安倍政権はいま、秘密保合法の制定に続いて集団的自衛権行使のための解釈改憲に突き進んでいます。
戦前を知る人たちには、今の日本と太平洋戦争へと至った戦前の様子が重なって見えると言います。
15の歳で終戦を迎えた作家の半藤一利さんが、時事通信のインタビューにこたえました。
半藤氏は、
「安倍政権は、戦前と同じようにまず特定秘密保護法でメディアを抑え、国民が自由に発言できなくなる方向に持っていった。たった1人の記者を不当な取材という法律違反で引っ掛ければメディアは自制し萎縮してしまう。
もし、解釈改憲となったら、次には自衛隊を軍隊にするための国防軍法を出してくる。しかし、日本は海岸線に原発を五十数基も並べていて最も守りづらい国。だからこそ戦争を起こさないように真剣に考えないといけない。
70年間も平和国家であったのは日本人のすごい努力。それに対する国際的信頼こそが日本の最大の国益、アメリカの手先になってその国益を捨てることはない」
と語っています。
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目前に「引き返せぬ地点」=集団自衛権に警鐘鳴らす
-作家・半藤一利氏に聞く
時事通信 2014年6月14日
国民の懸念が広がる中、集団的自衛権行使のための解釈改憲に突き進む安倍晋三首相。作家の半藤一利さん(84)の目には、今の日本と太平洋戦争へと至った戦前の様子が重なって見える。「昭和史の語り部」に、歴史からくみ取れる教訓を聞いた。
◇言論統制「昭和のまね」
-特定秘密保護法、集団的自衛権をめぐる解釈改憲など、安倍政権下で日本の進路に関わる政策が次々と打ち出されている。
「安倍さんは『国家のかたち』を変えるための三本の矢を用意したんだと思う。
第一の矢は、(改憲発議の要件を緩める)96条を改めての憲法改正。しかし、これは国民の総スカンを食ってできなかった。
そこで第二の矢が特定秘密保護法。これで安倍さんは言論の自由に対する縛りを握った。
第三の矢が解釈改憲で、これが実現すると、憲法9条が完全に空洞化されることになる」
「軍国主義へとひた走った昭和の時代でも、軍機保護法という法律で、権力者はまずメディアを抑え、国民が自由に発言できなくなる方向に持っていった。ああ、昭和のまね、昭和に学んでいるなと思いましたね」
-秘密保護法でメディアが沈黙すると?
「(安倍政権は)なにもメディアを弾圧しようなどとは思っていない。秘密保護法を厳しく適用するという脅しをかける。あるいは、たった1人の記者を不当な取材という法律違反で引っ掛ける。それだけで昭和でもそうだったように、メディアは自制し萎縮してしまう。それが権力者が望んでいること。戦前と同じ構図です」
-歴史には、状況が引き返せなくなる「ノー・リターン・ポイント」がある、と著書で指摘しているが。
「公明党が自民党に屈して解釈改憲となったら、次に安倍さんは、自衛隊を軍隊にするための法律を出してくるでしょう。自衛隊法改め国防軍法。そこまでいけば、ノー・リターン・ポイント。それで戦争ができる『普通の国』になる」
-なにゆえ首相は解釈改憲に前のめりなのか。
「なぜそんなに急いでいるのか、私も不思議でしょうがない。憲法を変えたい人たちに、何か強い妄想があるのか…。ただ、憲法改正という本丸を見せずに最初はデフレ脱却に取り組み、国民の警戒心を解き、そして一の矢、二の矢、三の矢と段階を踏んで急速に進めてきた。安倍さんの周りにいる知恵者が、相当研究しているのは間違いない。私たちは、油断しすぎたのかもしれない」
◇消えぬ攘夷の思想
-戦前は国民の間にも戦争を望む気持ちがあったと書いているが、今の日本はどうか。
「まだないんじゃないか。ただ、近代日本の国家建設の原動力は尊皇攘夷(天皇を尊び、外敵を撃ち払うこと)なんですよ。ところが薩英戦争などで敗北し、『いずれ攘夷をするから開国せざるを得ない』と方針を変えた。じゃあ攘夷の思想が日本人から消えたかというと、消えてはいない。外圧が加えられると、攘夷の思想が芽を出す。いち早く自分の心の中で芽を出した人々が安倍さんを応援しているんでしょう」。
-日本社会で政権の意向を過剰に忖度(そんたく)する風潮が出てきたという指摘もある。
「いつの時代もそうです。『国家のやることは間違いない。それに反するのは非国民だ』と言う人たちは必ずいる。昭和も、憲兵がどうの、警察がどうのというよりもむしろ、国民同士でやっていた。隣組の中で『あいつは非国民だから配給は教えない』と。ボヤボヤしていると、また『一億一心』になってしまう。私が勤務していた文芸春秋でも昭和15年ぐらいから神がかりになって、批判的な人は満州の文春に飛ばされた。社内ではみそぎをやり祝詞を唱える人間もいたらしい」
「戦前と違うのはまだテロが始まっていないこと。ただ、ネット右翼とかヘイトスピーチは言論へのテロ。そう考えると、テロは始まっているのかもしれない」
-日本の国防をどう考えるか。
「日本は真ん中を山脈が貫く細長い国で、日本人はみんな海側に張り付いている。海岸線はアメリカより長く、この国を守ろうとしたら、ものすごい数の兵隊が要る。しかも海岸線には原発が五十何基もあり、ミサイル1発撃ち込まれたら誰も住めなくなる。地政学的に見て最も守りづらい国。だからこそ戦争を起こさないように真剣に考えないといけない」
◇日本への信頼「最大の国益」
-日本の指導者に言いたいことは。
「戦争っていうのは、いかに残酷で悲惨であるか。私のように体験した人には分かるんだけど、それを言葉で正確に伝えられないのがね…」
「昭和の初めから10年代の日本の指導者は、政治家でも軍人でも官僚でも、日露戦争の悲惨さを知らず、(戦勝の)栄光だけを背負っていた人ばかり。今の日本のトップも、太平洋戦争の悲惨を知らず、日本は優秀だったという栄光を取り戻そうとしている。そうなった時に、国家というのは大国主義でぐんぐん動くんですよ」
「だからといって、絶望しちゃいかんのであってね。70年間も平和国家であったのは日本人のすごい努力。それに対する国際的信頼というのは、日本の最大の国益ですよ。どこの国に行っても、日本人は殴られもしなければ、標的としてテロに巻き込まれることもない。
それなのに、人のけんかを買って出る権利(集団的自衛権)を持って、アメリカの手先になって、その国益を捨てることはない。そう私は思いますね」
(聞き手=時事通信編集委員・芳賀隆夫)。
◇半藤一利氏略歴
半藤 一利氏(はんどう・かずとし) 東京生まれ。84歳。東京大文卒。文芸春秋に入社し、月刊文芸春秋編集長、専務取締役を経て著述に専念。日本近現代史を研究し、「昭和史の語り部」として旺盛な執筆活動を続ける。著書に「日本のいちばん長い日」「昭和史」「あの戦争と日本人」など。