新潟県加茂市の議会が、3日、政府の憲法解釈変更について反対する意見書を可決しました。
加茂市は、安倍首相の集団的自衛権の行使に向けた解釈改憲を批判している、元防衛官僚の小池清彦氏を市長に擁している町です。
解釈変更反対や慎重な議論を求める意見書を可決したのは、新潟県内では新潟市、五泉市、阿賀野市、湯沢町、聖籠町、新発田市に続いて7議会目となります。
以下に新潟日報の記事と、同紙の2日付の社説「憲法解釈変更 平和国家の根幹が揺らぐ」を併せて紹介します。
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憲法解釈変更に反対意見書 加茂市会可決
新潟日報 2014年7月4日
加茂市議会は3日の6月定例会本会議で、集団的自衛権の行使を容認する政府の憲法解釈変更について、反対する意見書を可決した。同様の趣旨の意見書を可決したのは県内30市町村議会で7議会目。
市民団体「加茂・九条の会」が提出していた請願を採択した上で、共産党の市議が意見書を発議した。無記名の投票で、10対5の賛成多数で可決した。
意見書は、集団的自衛権の行使容認は憲法上の歯止めを外し、海外の戦闘行動に自衛隊が参加することになると指摘。「一内閣の判断で憲法解釈を変えることは、政府を憲法の制約のもとに置くという立憲主義に反する」としている。
意見書は安倍晋三首相と総務、外務、防衛の3大臣宛てに提出される。
県内の市町村議会では、これまでに新潟、五泉、阿賀野、湯沢、聖籠、新発田が、解釈変更反対や慎重な議論を求める意見書を可決している。
(社説)憲法解釈変更 平和国家の根幹が揺らぐ
新潟日報 2014年7月2日
平和国家としての歩みを「より確固たるものにする」ためというが、この国が違う道を歩んでいく決断をしたとしか思えない。
集団的自衛権の行使を可能とする憲法解釈の変更について、自民と公明両与党の合意を受け、政府が1日に閣議決定をした。
自分の国が攻撃されていなくても、同盟国などが攻撃されたら、自国への攻撃と見なして実力で阻止する権利だ。戦いへの道を開く権利の行使ではないのか。
安倍晋三首相は閣議決定後の会見で「決断には批判を伴うが、批判を恐れず、平和への願いを責任ある行動に移す」と述べた。
与党協議では「解釈改憲」ではなく、解釈の適正化であり、憲法の法理は維持するとした。詭弁(きべん)に聞こえる。平和憲法の根幹を揺るがすことだ。
◆行使の範囲が広がる
閣議決定には「必要最小限」の実力行使が憲法上許容される新要件として、武力攻撃で国民の権利が根底から覆される「明白な危険」がある場合などと明記した。
当初は、覆される「おそれ」という文言だったが、公明が拡大解釈できると反発し「明白な危険」に変わったのだ。
だが、「明白な危険」でもその時々の為政者の判断で、解釈が左右されよう。厳しい枠がかかったとは言い難い。
さらに与党協議では、武力行使を伴う国連の集団安全保障への自衛隊参加を可能にする方針も、自民側から提起された。
複数の国で侵略国などを制裁する集団安保による武力行使は、歴代の政権は憲法上許されないとしてきた。不意を突くような提案だったといえる。
安倍首相は5月15日の会見で「湾岸戦争やイラク戦争に参加することは決してない」と、武力行使を伴う集団安保への参加を明確に否定したはずである。
一方で自民の石破茂幹事長は将来的な可能性に含みを残し、6月の首相国会答弁では、海外での武力行使に当たるシーレーン(海上交通路)での機雷掃海は「限定的な行為」として軌道修正した。
公明への配慮もあり、集団安保は閣議決定案には盛り込まなかったが、「自衛の措置」なら許容できるようにしている。これでは武力行使の範囲が無制限に広がることが危惧されよう。
◆期限ありきの協議だ
5月20日に初会合を開いた与党協議は約1カ月半、わずか11回の話し合いで合意した。肝心の集団的自衛権の事例で、本格的な議論は1度だけだった。
戦後の安全保障政策の大転換にもかかわらず、まさに結論ありき、期限ありきの協議だったといわざるを得ない。
公明は「平和の党」を自負してきたのではないのか。集団的自衛権の行使容認には慎重な立場を繰り返してきたのに、安倍氏の強硬姿勢に動揺して、押しきられた印象が拭えない。
自民との合意について、公明党内では「まだ国民的理解が進んでいない」という声も出ていた。筋の通った意見だ。
一時は、秋の衆院解散もあり得ると官邸側から公明をけん制する動きも出た。やはり連立を優先するために、譲歩したとみられても仕方がないだろう。
◆中身よりも形を重視
これまでの憲法解釈は内閣法制局を中心に積み上げてきたが、安倍氏は2月に「私が最高責任者だ」と答弁し、異論が噴出した。
「立憲主義を否定するものだ」という批判を浴びながらも、なぜ安倍氏は性急に事を進めようとしてきたのか。
文言の修正に終始したかのような与党協議をみると、安倍氏は閣議決定案の中身よりも、憲法解釈を変更したという形を取ることを重視したように映る。
解釈を変更するのではなく、本来ならば正々堂々と改憲の手続きを踏むべきだとの意見が、容認派からも出ている。
安倍氏には、こうした声の高まりを狙って、解釈変更を改憲の一里塚にしたいという戦略がうかがえる。理解できない政治手法だ。
行使容認に県内からも疑問の声が広がっている。「未来を担う子供たちが一番不幸だ」という70代の男性の言葉が重い。
共同通信の全国世論調査では、行使容認反対が55%で半数を超えた。「声なき声」も容認できないと訴える人が多数であろう。
解釈変更に伴う法整備を進めるというなら、その前に国政選挙で信を問う必要があるという意見は理にかなっている。
ある首相経験者は日本国憲法を戦後の混乱期に見えた「一瞬の青空」と例えた。青空をかき曇らせる政策には異を唱えたい。