ジャーナリストの伊藤詩織さんが、飲食後 前後不覚(薬物によると推定)になりその状態で元TBS記者・山口敬之氏にレイプされた準強姦容疑事件は、所轄の警察署が山口氏の逮捕状を取り、彼が帰国する空港に警察官を配置するところまで進んだのですが、そこに突然警視庁の中村格刑事部長(当時)からの指示が入り、逮捕が中止になりました。
刑事部長からの突然の指示で逮捕が見送られたことについて、元東京地検特捜部検事の若狭勝氏は、
「私の目からすると通常ではあり得ない事態。この種の犯罪で、所轄警察署が入手した逮捕状につき、警視庁本部刑事部長がその逮捕状の執行をストップすることは通常絶対にあり得ない。
裁判官の判断は何だったのか。そもそも、裁判官は、逮捕する理由も相当ではなく、逮捕するに適さない案件に逮捕状を発付したということなのか。私は、珍しく怒りを抑えきれない」
と述べています。
山口氏は、「総理」という本を上梓するほど安倍首相と懇意であり、一時は官邸の代弁者として元時事通信の田崎史郎氏と並んでテレビにも出ずっぱりでした。
また逮捕中止の指示を出した中村氏も官邸入りしていた時期があり、菅官房長官の片腕と言われています。
こうした事情は、この「通常絶対にあり得ない」ことが起きた背景に、官邸からの圧力があったことを強く疑わせるものです。
検察は随分と時間を掛けた挙句に山口氏を不起訴処分にしました。それに承服できない彼女は今年5月、検察審査会に再審査を申し立てるとともに、記者会見して検察に対する不信の念を訴えました。しかしメディアは東京新聞などを除きこの事件を取り上げようとしませんでした。官邸の意向を忖度したためとしか考えられません。
彼女が記者クラブでの会見を望んでも同クラブは許可しませんでした。それは外国人記者クラブも同じでした。
官邸寄りの人間を庇うために官邸が権力を行使した可能性があれば、当然野党は追及する筈ですが、それもありませんでした。その理由は、民進党の安住淳氏が中村氏と懇意であったことから党内の動きを制したためと言われています。
結局、検察もメディアも野党もそして司法も、弱者の側に立とうとしませんでした。一体なぜこんな救いのない国になったのでしょうか。政権の腐敗が、国家全体を腐らせている結果としか考えられません。
伊藤詩織さんには、あとは自分が真実を公表して世に訴える手段しか残っていませんでした。
彼女は先日、手記「ブラックボックス(Black Box)」を出版し、大きな反響を呼びました。
その彼女を日刊ゲンダイがインタビューしました。
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注目の人 直撃インタビュー
レイプ被害で手記 伊藤詩織氏「ブラックボックスに光を」
日刊ゲンダイ 2017年11月13日
司法記者クラブで開いた衝撃の会見から5カ月。安倍首相と昵懇な間柄の元TBSワシントン支局長の山口敬之氏から受けたレイプ被害を告発した女性ジャーナリストが手記「Black Box」(文芸春秋)を出版し、反響を呼んでいるジャーナリストの伊藤詩織氏。準強姦容疑で進められた捜査は、警視庁上層部の指示で逮捕目前に見送り。嫌疑不十分による不起訴処分に矮小化され、不服を申し立てた検察審査会の議決は不起訴相当だった。この国の司法制度は一体どうなってしまったのか。
■真相究明を求め民事訴訟を提起
――手記では事件に至る経緯から捜査過程を含む一連の流れを克明につづり、被害者支援制度の不備などにも言及しています。
私が性暴力被害を受けたのは2015年4月でした。直面した捜査のあり方や司法制度、助けを求めた医療機関やホットラインをはじめとする被害者支援体制の問題などについての記録や調査、取材をもとにまとめたノンフィクションです。
――警察に訴えてから被害届の提出、告訴状の受理まで1カ月を要しました。
密室での出来事だという理由で、捜査員や担当検事の口からは「ブラックボックス」という表現が何度も出てきました。「相手は有名で地位もある。この業界で働けなくなるかもしれない」とも繰り返し聞かされ、性犯罪としての捜査は難しいからと、被害届の提出も考え直すように言われました。
この問題と2年以上向き合う中で、警察や検察に存在するたくさんのブラックボックスにも気づいたんです。個人的な経験を公に明かすことになりましたが、このブラックボックスに光を当て、箱を開くきっかけになることを願っています。
――9月に不起訴相当を決定した検察審の議決理由は「慎重に審査したが、検察官がした不起訴処分の裁定を覆すに足りる事由がない」と記されているだけでした。「慎重審査」の中身がサッパリ分かりません。
検察審は申立人やその代理、証人を尋問することがあります。ですが、私も代理人弁護士も呼ばれることはなく、議決理由の説明もありませんでした。
申し立ての際、特に注記を付けてお願いしたのが、ホテルの防犯カメラ映像についてです。会食後に乗車したタクシーから私が抱えられるように降ろされ、ホテルに引きずられていくシーンを静止画ではなく、動画で見てほしいと伝えたのですが、実際に証拠が動画で提出されたのかどうかさえ分かりません。こうした疑問点について検察審に質問状を送りましたが、検察審査会法26条(審理非公開)を根拠に回答をいただけませんでした。
――ゼロ回答だったんですか?
唯一分かったのが、審査員の男女比と平均年齢です。男性7人、女性4人、平均50.45歳とのことでした。男女でとらえ方が異なる可能性のある事案にもかかわらず、審査員の男女比を半々に近づけていただけなかったことも非常に残念です。
――真相究明などを求め、山口氏を相手取って東京地裁に民事訴訟を起こしたそうですね。
法廷で初めてお互いが事実関係を主張し、それをもとに第三者による公平公正な判断が下されることになります。提訴にあたって提出した資料は、検察審への申し立て資料とほとんど変わりはありません。
――民事訴訟提起を理由に、山口氏は「月刊Hanada」に全20ページに及ぶ反論手記を寄せました。伊藤さんが訴える「デートレイプドラッグを使用された可能性がある」「意思に反してホテルに連れていかれた」「意識不明の状態で性行為が行われた」といった点を含め、疑惑を全面否定しています。
「あえて伏せている」などと指摘された点は、会見や手記ですでに説明していることばかりでした。読み比べれば分かっていただけると思います。
――米ニューヨークでの2人の初対面の状況についてですが、伊藤さんは「学費を稼ぐためにアルバイトしていたピアノバー」としているのに対し、山口氏は手記で〈私があなたに初めて会った時、あなたはキャバクラ嬢でしたね〉と強調しています。
手記に書いた通り、当時は学費の足しにするためにベビーシッターやピアノバーでアルバイトをしていました。山口氏と会ったのはピアノバーで、お酒が提供される場所ではありましたが、私は「ジャーナリズムを勉強している学生です」と話しましたし、その後も学生の立場でお会いしています。
山口氏のほかにも、ネット上には私について韓国人だとか左翼だなどと、事実ではない書き込みをする人がいます。誰であろうと、どんな立場であろうと、性暴力の対象になっていいはずはありません。重要なのは、この事件に関して私も山口氏も認めている事実、捜査や証言で明らかになった客観的事実が9点あることです。
■私も山口氏も認める9つの事実
▼当時TBSワシントン支局長だった山口氏と私は、支局で働くために必要な就労ビザについて話し合うために会った
▼山口氏に会ったのは3回目で、2人きりで会ったのは初めてだった
▼そこに恋愛感情はなかった
▼私が「泥酔した」状態だと山口氏は認識していた
▼山口氏は投宿先ホテルに私を連れて行った
▼性行為があった
▼私の下着のDNA検査で、山口氏のものと過不足なく一致するY染色体が検出された
▼ホテルの防犯カメラ映像、タクシー運転手の証言などの証拠を集めて警察は逮捕状を請求、裁判所が発付した
▼逮捕当日、山口氏の帰国を待ち受けて成田空港に捜査員が詰める中、警視庁の中村格刑事部長(当時)の判断で逮捕状執行が止められた
これだけの事実があっても、現在の日本の司法制度では起訴されませんでした。
個人的な話と考えるなら忘れた方が良かった
――逮捕見送りの判断をめぐり、中村氏に何度も取材を試みているそうですね。
当初事件を担当した警視庁高輪署の捜査で集めた証拠などをもとに逮捕状が請求され、東京地裁から逮捕状が出されました。それが逮捕目前に中村氏の指示で執行が差し止められた。松本純国家公安委員長(当時)が国会で「警察署の捜査に関して警察本部が適正捜査の観点から指導を行うのは通常のこと。警視庁が告訴を受理し、法と証拠に基づき、必要な捜査を遂げた」と答弁していましたが、私にとっては全く不十分な説明でした。具体的な理由は判断を下した中村氏しか知り得ない。中村氏に何としてもお答えいただかなければならないと思い、何度も取材を申し入れていますが、いまだに何の回答も得られていません。
――司法記者クラブでの会見、手記出版に続き、外国特派員協会でも会見をされました。この5カ月で、世間の関心は高まっています
私が告発を決めた理由のひとつは、自分に起きた事実を大切な人に置き換えて考えたことです。妹や友人が同じ状況に置かれてしまったら、彼らはどういう道をたどるのか。私が胸の内にしまい込むことで、同じようなことが繰り返されるのはとても苦しい。それに、自分で真実にフタをしてしまえば、真実を伝えるジャーナリストとしては働けないと思ったんです。
どんな時代でもどんなところでも起こり得ることで、遠い誰かの話ではないことを知ってもらいたい。捜査方法や司法制度を改め、社会の意識を変え、レイプ被害者への救済システムの整備が必要です。それを考えるきっかけをつくりたいんです。自分自身がこの問題を個人的な話と考えるのなら、忘れた方が良かったと思います。
(聞き手 = 本紙・坂本千晶)
▽いとう・しおり 1989年生まれ、28歳。高校時代に渡米、ホームステイを経験。米国の大学でジャーナリズムと写真を専攻し、15年に帰国後、フリーランスで活動。エコノミスト、アルジャジーラ、ロイター通信など、海外メディアを中心に映像ニュースやドキュメンタリーを発信。