自衛隊の基地や原発など安全保障上重要な施設周辺の土地利用を規制する法案は、質疑が十分尽くされないなか28日、委員長の職権で衆議院内閣委で強行採決されました。
この法案は自衛隊の基地や海上保安庁施設、原発といった重要施設の周辺1キロ以内を「注視区域」や「特別注視区域」に指定し利用を規制するもので、そこに住む住民を基地や「施設」の運用を妨害する行為をはたらく危険があるとして、調査・監視の対象にしようとするものです。
『しんぶん赤旗』は「土地利用規制法案 人権侵害法は廃案にすべきだ」とする『主張』で、法案の大きな問題は、調査の範囲が職歴や海外渡航歴、思想・信条、家族・交友関係などに及ぶ危険があることだと指摘しました。
法案は、内閣総理大臣が「関係行政機関の長」に対し、土地・建物の所有者や賃借人らの情報のうち「氏名又は名称、住所その他政令で定めるもの」の提供を求めることができるとしていますが、「その他政令で定める」ということは、内容も範囲も無限定で、政府の判断次第で拡大されるということに他なりません。
政府はまた、「重要施設を所管または運営する関係省庁、事業者や地域住民から機能阻害行為に関する情報を提供される仕組みも今後検討する」として、調査主体に防衛省・自衛隊が含まれることを認めています。この法案は戦前の一連の悪法を十分に想起させるもので、廃案にするしかありません。
『沖縄タイムス』は社説で、「法案にはあやふやな部分が多く、恣意的な運用が危惧される。あまりにも問題が多い。政府は法案を取り下げ廃案にすべきだ」と述べています。
そして法案は、重要施設の周囲1キロや国境の離島を『注視区域』に指定し、所有者らの情報を収集、分析する権限を政府に与え、施設の『機能阻害行為」に対しては中止勧告や命令を出せ、罰則も科せるとしているが、「土地の所有者や利用者がどんな人で、施設の機能を阻害する恐れがあるのかどうか。その判断材料として、収集される情報が名前や住所、国籍、土地の利用状況にとどまらず思想・信条や所属団体、交友関係、海外渡航歴など際限なく広がる恐れがあ」り、「日常的に市民が監視され、人権侵害につながる懸念が払拭できないし、肝心の『機能阻害行為』の中身を「法成立後に閣議決定される『基本方針』などで規定する」となっていて、国会の承認を必要としないのは疑問だとしています。
『神戸新聞』は社説で、「十分な根拠もなく、国による私権制限がまかり通るのを見過ごすことはできない。規制の及ぶ範囲を明確にし、恣意的な運用にしっかりと歯止めをかける仕組みが必要だ」として、法案の最大の問題は、調査や規制の対象が曖昧な点であり、「規制は外国人だけでなく国民にも及び、調査が土地所有者の住所、名前、国籍にとどまる保証はない。『安全保障』の名目で、政府による思想信条、家族・友人関係など個人情報の際限のない収集に“お墨付き”を与えることにもなりかねない。自衛隊基地や原発周辺での反対運動が『機能阻害行為』として排除されないかを不安視する声もある」と述べています。
3つの主張・社説を紹介します。
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主張 土地利用規制法案 人権侵害法は廃案にすべきだ
しんぶん赤旗 2021年5月28日
自民・公明の与党は、米軍や自衛隊の基地周辺に暮らす住民の個人情報を調査し、土地・建物の利用を制限する土地利用規制法案を28日にも衆院内閣委員会で採決しようとしています。軍用機の爆音や墜落、部品落下の危険、基地からの汚染物質の流出など理不尽な現状は放置する一方、その被害に苦しむ住民を基地の運用を妨害する行為をはたらく危険があるとして監視対象にしようとするものです。基地被害などに反対する住民やその運動を萎縮させて分断する人権侵害の違憲立法であり、徹底審議で廃案にすべきです。
収集情報の範囲は無限定
法案は、内閣総理大臣が安全保障上重要とみなす米軍・自衛隊基地、海上保安庁施設、原発といった「重要施設」の周囲約1キロと国境離島を「注視区域」に指定し、区域内にある土地・建物の所有者や賃借人らを調査することを定めています。「注視区域」のうち特に重要とみなすものは「特別注視区域」に指定し、土地・建物の売買に事前の届け出も義務付けます。
政府は、自衛隊基地だけで「注視区域」の候補は全国で四百数十カ所、「特別注視区域」の候補は百数十カ所に上ることを明らかにしています。
調査の結果、政府が「重要施設」や国境離島の「機能を阻害する行為」やその「明らかなおそれ」があると判断すれば、利用中止を勧告・命令します。命令に違反すれば2年以下の懲役もしくは200万円以下の罰金が科せられます。
法案の大きな問題は、調査の範囲が職歴や海外渡航歴、思想・信条、家族・交友関係などに及ぶ危険があることです。
政府は「土地等の利用に関連しない思想信条等に関わる情報を収集することは想定していない」「氏名、住所など、土地等の利用者やその利用目的等を特定するために必要な情報に限られている」と答弁しています。
しかし、法案は、内閣総理大臣が「関係行政機関の長」に対し、土地・建物の所有者や賃借人らの情報のうち「氏名又は名称、住所その他政令で定めるもの」の提供を求めることができるとしています。「その他政令で定める」としているように、内容も範囲も無限定で、政府の判断次第で拡大されるおそれがあります。
「関係行政機関」には警察や公安調査庁をはじめ、イラク派兵や基地反対の運動などを日常的に監視し大問題になった自衛隊の情報保全隊などが含まれる可能性があります。憲法が保障する思想・信条の自由を侵す危険は重大です。
実際、政府は「重要施設を所管または運営する関係省庁、事業者や地域住民の方々から機能阻害行為に関する情報を提供いただく仕組みも今後検討する」とし、防衛省・自衛隊が含まれることを認めています。地域住民から情報提供を求めるのも密告を促すようなもので、住民同士の相互監視や相互不信につながります。
採決などもってのほかだ
政府は、「注視区域」や「特別注視区域」の指定で不動産価格の下落など所有者が不利益を被る可能性を認めています。一方で「政府としては補償する予定はない」としています。審議をすればするほどさまざまな問題が明らかになっています。審議を継続すべきで、採決などもってのほかです。
社説[土地規制法案]懸念だらけ 廃案にせよ
沖縄タイムス 2021年5月27日
自衛隊基地や原発など安全保障上重要な施設周辺の土地利用を規制する法案を、自民党は28日にも採決する構えだ。
私権を制限し、正当な経済活動にも影響を及ぼしかねない内容である。あやふやな部分が多く、恣(し)意(い)的な運用が危惧される。あまりにも問題が多い。政府は法案を取り下げ廃案にすべきだ。
法案は、重要施設の周囲1キロや国境の離島を「注視区域」に指定し、所有者らの情報を収集、分析する権限を政府に与える。施設の「機能阻害行為」に対しては中止勧告や命令を出せ、罰則も科せる。
さらに自衛隊司令部周辺や領海の基点となる無人の国境離島などは、特に重要な「特別注視区域」に指定し、一定面積以上の売買には利用目的の事前届け出が義務付けられる、というものだ。
政府は土地取引に関する情報や、土地利用者への聴取は内閣府に新設する組織が担い、情報を一元管理する、と説明している。
26日の審議で、収集した情報を内閣情報調査室などと共有する可能性について、小此木八郎領土問題担当相は「関係機関の協力を得ながら、必要な分析をすることはあり得る」と認めた。
土地の所有者や利用者がどんな人で、施設の機能を阻害する恐れがあるのかどうか。その判断材料として、収集される情報が名前や住所、国籍、土地の利用状況にとどまらず思想・信条や所属団体、交友関係、海外渡航歴など際限なく広がる恐れがある。
日常的に市民が監視され、人権侵害につながる懸念が払(ふっ)拭(しょく)できない。
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2年前のドローン規制法の改正によって基地周辺の空域が規制された。次は陸域の規制ということだ。沖縄の基地抗議運動への影響も懸念される。
沖縄弁護士会は法案に反対する会長声明を発表した。沖縄は県土そのものが国境離島で、米軍基地も多く抱え「県民誰もが調査規制対象となってもおかしくない」と訴えた。
弁護士会として反対声明を出し廃案を求めたのは、法案が沖縄へ及ぼす影響の大きさを示すものである。
自民党の杉田水脈議員は法案審議で、名護市辺野古の新基地建設に対する抗議活動に参加する市民が食べる弁当のごみが、米軍基地の機能を阻害する恐れがあると指摘した。
県民が基地の過重負担によってどれほど苦しみ続けてきたのか理解が及ばぬ発言である。
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法案は、そもそも肝心の「機能阻害行為」とは何か、が明らかにされていない。
どのような行為が該当するのかは、法成立後に閣議決定される「基本方針」などで規定するという。罰則も設けられた厳しい措置にもかかわらず、国会の承認を必要としないのは疑問だ。
自民、立憲民主両党は運用に関し国会や自治体の関与と、私権制限に配慮することを求める付帯決議に大筋で合意した。だが、この程度では政府に歯止めはかけられない。やはり廃案しかない。
社説 土地規制法案/国民監視の歯止めがない
神戸新聞 2021/05/27
安全保障上重要な施設周辺や国境にある離島の土地利用を規制する法案が衆院で実質審議入りした。
自衛隊基地や原発などの周囲約1キロや国境の島を「注視区域」に指定し、土地所有者や利用状況などを調査する権限を政府に与える内容だ。特に重要な施設周辺は「特別注視区域」とし、土地・建物の売買に事前届け出を義務付ける。
対象施設の機能を妨害する行為には中止を勧告・命令し、応じない場合は2年以下の懲役もしくは200万円以下の罰金を科す。
北海道千歳市や長崎県対馬市などで、自衛隊施設周辺の土地を外国資本が買収する事例が続いたのが法整備のきっかけとされる。実体が見えない土地利用に住民が不安を抱くのは当然だ。安保上のリスク回避は国の責務でもある。
だが一方で政府は、自衛隊の運用に具体的な支障が生じる事態は確認していないと認めている。立法事実は乏しいと言わざるを得ない。
防衛施設や原発を狙ったサイバー攻撃など近年高まっている脅威に備える対策こそ急務ではないか。
十分な根拠もなく、国による私権制限がまかり通るのを見過ごすことはできない。規制の及ぶ範囲を明確にし、恣意(しい)的な運用にしっかりと歯止めをかける仕組みが必要だ。
法案の最大の問題は、調査や規制の対象が曖昧な点である。
規制は外国人だけでなく国民にも及び、調査が土地所有者の住所、名前、国籍にとどまる保証はない。「安全保障」の名目で、政府による思想信条、家族・友人関係など個人情報の際限のない収集に“お墨付き”を与えることにもなりかねない。
政府が想定する防衛関連の規制対象は500カ所を超える。施設や区域が広がれば、さらに多くの国民が監視対象になる恐れがある。自衛隊基地や原発周辺での反対運動が「機能阻害行為」として排除されないかを不安視する声もある。
公明党は私権制限の拡大につながるとして一時法案に難色を示し、自民党との修正協議で規制は必要最小限とする義務規定を明記した。ただ規定をどう担保するかは不明だ。
対象施設や調査項目は法成立後に閣議決定する基本方針などで定めるという。この手続きに国会承認は要らず、歯止めはないに等しい。
立憲民主党は、罰則を撤廃し、私権制限の抑制や国会への事前報告などを盛り込むよう求めている。国民民主党、日本維新の会も修正案を出している。
多くの懸念を抱えたまま、国民の自由と権利を制限する法案の成立を急ぐべきではない。国会の慎重な審議を求める。