国連の拷問禁止委員会で、2年前に「日本の刑事司法制度は自白に頼りすぎており、中世のようだ」と批判されたことがありました※。
※ 2013年6月15日 日本の人権大使が国連で「シャラップ」と
2014年6月3日 「中世の名残り」の司法が続く
その後同委員会から勧告された改善要求の殆どは、驚くべきことに前回出された改善勧告の繰り返しまたはより厳しくしたものであったということです。要するに日本側には、何度改善するように勧告されても、悪評高い人質司法や代用監獄制度(⇒留置場に留置)などを直そうとする意思がないということです。まさに中世期的な暗黒性と法務省の例を見ない傲慢さの顕れです。
そうした検察や警察の取調べ制度が更に改悪されようとしています。
7日に衆院を通過した刑事訴訟法等の改正案は、盗聴法(通信傍受法)の対象犯罪を大幅に拡大し要件を緩和するものであり、新たな冤罪の温床となりかねないと早くから指摘されていた司法取引の導入(捜査・公判協力型・合意制度)等を内容とするものです。
その一方で、取調べの可視化は極めて限定的となっています。
自由法曹団は、7日、「参議院においては、衆議院の審議で明らかになった改正案の問題を改めて徹底的に審議した上、廃案にする」ことを求める声明を出しました。
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刑事訴訟法等の改正法案の衆議院での可決に抗議し、
参議院での徹底審議と廃案を求める声明
1 審議の経過を無視した刑事訴訟法等の改正案の可決
本日、盗聴法(通信傍受法)の対象犯罪の大幅拡大・要件緩和と司法取引の導入(捜査・公判協力型・合意制度)等を内容とする刑事訴訟法等の改正案が、衆議院本会議で自民・公明・民主・維新の賛成により可決した。
可決された改正案は、衆議院法務委員会において自民・公明・民主・維新による修正協議を経て同4党により提出された修正案である。しかし、同修正案は、法務委員会の審議の中で明らかになった当初の政府案が内包していた問題点を何ら払拭するものではない。
2 盗聴法改正案の違憲性
改正案は、盗聴法の対象犯罪を詐欺・恐喝・監禁といった一般刑法犯まで大幅拡大し、盗聴実施時の通信事業者の立会を不要とする要件緩和を容認した。
そもそも、盗聴法は、1999年制定当時から違憲であるとの指摘が絶えず、対象犯罪を組織犯罪4類型(殺人、密航、銃器、薬物)という最小限に絞り、通信事業者の立会といった手続的規制を加えることで、違憲の声をかろうじてかわそうとして来たに過ぎない。
それにもかかわらず、改正案は、「組織犯罪に対する捜査上の必要性」のみを根拠に対象犯罪を大幅に拡大し、未だ完成していない「暗号技術」の利用により通信事業者の立会人を要らないとする手続的規制の緩和は、盗聴法の違憲性を強固にすれども緩和するものではない。
また、改正案は、対象犯罪の大幅拡大の理由を「組織犯罪に対する捜査上の必要性」に求めていながら、法文上は、2人以上の者が関与する共犯事件であれば要件を満たす形式になっており、いわゆる組織犯罪集団による犯罪に限定しておらず、捜査機関による濫用の危険性は大きい。
盗聴された当事者に傍受記録の閲覧ができること、不服申立てができること等の通知の義務づけ等といった修正が行われたが、盗聴により侵害された通信の秘密・プライバシーの権利は、不服申立てや事後の通知によって回復できるものではなく、改正案が孕む危険性を何ら改善するものではない。
3 新たな冤罪の温床となりかねない司法取引制度
改正案は、被疑者が他人の犯罪の解明に協力する見返りに、検察官が起訴を見送ったり求刑を軽くするという司法取引について、「虚偽供述で無実の第三者が冤罪に巻き込まれる恐れがある」との冤罪被害者・市民・法律家による多数の批判があったにもかかわらず、その導入を容認した。
可決された改正案は、検察官との司法取引の協議について、弁護人の常時関与を認め、検察官が司法取引をすべきか否かの判断にあたって、被疑者の犯罪と他人の犯罪の関連性の程度を考慮事項に加えるという微修正を行っている。
しかし、弁護人に捜査段階での証拠開示の制度がなく他人の犯罪についての情報が一切ない中で、弁護人は検察官との協議を迫られるのであって、弁護人が関与することによって、無実の他人を引っ張り込む危険性は排除できない。また、検察官が司法取引に臨む際に犯罪の関連性の程度を考慮すべきとしたところで、検察官による濫用の危険性は払拭されはしない。
そもそも、利益誘導により獲得された供述の信用性は乏しく、極めて慎重に判断されなければならない。利益誘導による供述に依拠する司法取引は、明らかに冤罪を生み出す構造的危険性を有しているといえ、その導入は断じて許されない。
4 対象がきわめて限定され、捜査機関の恣意的運用を許す取調べの可視化
改正案では、取調べの録音・録画の対象となる事件は、裁判員裁判対象事件と検察官直受事件に限られており、取調べの可視化の議論の基となった厚労省・村木事件(郵便法違反)、志布志事件(公選法違反)、痴漢冤罪事件等は可視化の対象にされておらず、その範囲が余りに狭すぎると言わざるを得ず、原則として全事件で認めるべきである。
改正案は、取調べの録音・録画に①機器の故障等、②被疑者の記録の拒否等、③暴力団の犯罪等、④その他記録により被疑者十分な供述をすることができないときという広範な例外を認めたうえ、その判断権者を捜査機関としており、捜査機関による恣意的運用の危険性が残されたままである。
5 参議院での徹底審議と廃案を求める
衆議院法務委員会での論点毎の審議の中で、法案の危険性は次々と明らかになっていた。
しかし、自民・公明・民主・維新の4党は、その危険性にほとんど配慮するなく、僅かな修正を行ったのみで改正案を可決した。
法案の危険性を切々と訴えていた冤罪被害者の声を無視し、法案の危険性を放置したまま賛成にまわった自民・公明・民主・維新の4党、及び、被疑者・被告人の弁護という職責を担う弁護士でありながら改正案の支持に回った日本弁護士連合会執行部の対応は、社会的責務に背馳すると言わざるを得ない。
自由法曹団は、市民の通信の秘密・プライバシー権を蹂躙する盗聴法の改悪と新たな冤罪の温床となる司法取引の導入を含む危険な改正案の可決に強く抗議する。参議院においては、衆議院の審議で明らかになった改正案の問題を改めて徹底的に審議した上、廃案にするために奮闘する決意である。
2015年8月7日0000
自由法曹団00000
団長 荒井新二