2019年12月17日火曜日

民間に依拠した入試システムの「改革」は基本的な誤り

 来年度から実施される大学入学共通テストで、「英語民間試験」は延期され、採点業務を民間に委ねた「国語・数学の記述式」も今週、実施見送りを正式に決定する運びになりました。
「英語民間試験」「国語・数学の記述式」の問題点では多少意味合いが違いますが、民間受験業者との利権を背景にした自民党の政治主導に、文科官僚がやむなく従わされたことの理不尽さが、土壇場になって方法論の未熟さ・拙さとして露わになったという点では同じです。
 文科省が数年かけて作り上げた方式が、受験生や教官らの批判に堪えないものであったのに、それを今後1年程度掛ければ満足なものに仕上がる筈などありません。

 そもそも政治主導の方針が間違ったものであれば、どんなに努力したところで不満足で実施するに堪えないものしか出来上がりません。「英語民間試験」「国語・数学の記述式」は、実施を延期するのではなく廃止するのが筋です。

 安倍首相は第一次安倍内閣の時代から教育改革(実体は右翼化・改悪)に殊のほか熱心でした。彼は取り分け道徳教育の必要性を強調していましたが、ウソを吐き、自分の非は決して認めず、証拠になる公文書は全て改竄するか破棄するという彼自身こそが「道徳・倫理」の対極にあると明らかになったのはまことに皮肉なことです。
 今回の大学入学共通テスト問題は、まさに安倍内閣の醜悪さが露呈されたものと見るべきです。

 日刊ゲンダイが、大内裕和・中京大教授教育社会学)に「注目の人 直撃インタビュー」を行いました。

註)文中「eポートフォリオ」という聞きなれない言葉が登場しますが、ネットによれば「生徒の「学び」の記録を電子化し、教師と共有することで進学や就職に活用するもの」と説明されています。⇒ https://resemom.jp/article/2018/04/19/44151.html 
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
注目の人 直撃インタビュー 
大内裕和氏 民間背後の教育改革は格差拡大の失敗繰り返す
日刊ゲンダイ 2019/12/16
 30年続いた「センター試験」に終止符を打ち、来年度から実施される大学入学共通テスト。「英語民間試験」は延期され、採点業務を民間に委ねた「国語・数学の記述式」も実施見送りの公算が高まっている。入試改革の目玉だった民間活用は総崩れの様相だ。なぜ、こんなポンコツ入試がギリギリまで導入されようとしていたのか――。大学教授らでつくる「入試改革を考える会」代表の中京大教授・大内裕和氏に聞いた
◇   ◇   ◇
 ――大学入学共通テストに民間業者を参入させる入試改革が迷走しています。英語民間試験は延期されました。
 英語民間試験にかなり問題があるということは、以前から専門家の間では広がっていましたが、メディアの扱いが小さく、世間一般にはあまり伝わっていなかった。私は今年8月からこの問題に取り組み、焦点を絞りました。英語民間試験は、経済的な負担が増加することも含めて、経済格差、地域格差が拡大するという論点が一番わかりやすく、伝わりやすいと考えました。
 ――9月以降、英語民間試験についての報道は急増しました。
 大学入試が、公平・公正に行われないということは、保護者を含めてとても関心が強いのです。そんな中、10月24日のテレビ番組で、萩生田光一文科相から、格差を容認する「身の丈」発言が飛び出した。世間で話題になっていたから、キャスターは格差の問題を質問したのです。
 ――ベネッセの子会社に採点業務を委託する国語と数学の記述式も中止すべきとの声が拡大しています。
 短期間に大規模採点することの問題や、自己採点が困難など、物理的に実施は無理との見方が大勢です。文科省も国語の記述式の結果を、国公立大の2次試験の足切りで使わないよう要請することを検討しているくらいです。正確に採点できないことを半ば認めている
 ――記述式の意味がなくなっているとの指摘もあります。
 模範解答があっても、違う解答がたくさん出てくるのが記述式。大規模採点は難しい。そこで、採点しやすくするために、問題の方にいろんな誘導や規則をつけているのです。記述式は選択問題と違って、自由に書いたり、表現したりするから、思考力や表現力を判定できるのですが、記述式の長所を完全に奪う矛盾に陥ってしまっている
 ――採点しやすい問題の極みが数学の記述式です。
 途中経過を書かせるのが数学の記述式なのに、数値や記号を書くだけで、マーク式でもできる問題になっている。加えて、同じ解答でもさまざまな別の表現があり得るのが数学なのに、模範解答と違ったら「×」にされてしまうという問題もある。民間参入の英語も国語・数学の記述式もすべて破綻しているのです。

疲弊した学校現場に民間がつけ入る
 ――なぜ、政府は無理な制度を導入しようとするのですか。
 メリットがないのに導入しようとするのは、何か他に理由があると考えるのが論理的です。ベネッセをはじめとする民間業者と政治家や文科省との利権関係を疑わざるを得ない。ただ、個々の癒着問題も重要ですが、公教育への民間参入という大きな流れで見ないといけない。
 ――と言いますと。
 教育の新自由主義改革です。教育を公の費用ではなくて、民営化するという流れがずっと続いている。教育予算を削って、教育に税金を回さない。加えて、減らされた後のなけなしの税金は、公教育ではなく何とベネッセに回るのです。
 ――具体例はありますか。
 英語のスピーキングです。民間試験を導入するよりも、英語教員を増やし、1クラス40人から20人にして、生徒が話す時間を倍増させた方が話せるようになりますよね。ところが、教員増ではなく、民間参入の方向に進むのです。
 ――民間業者は喜んでも、教育現場は大変ですね。
 ますます現場は疲弊しています。自前の教材やテストを作ろうと思っても、そんな余裕はない。そこにベネッセが現れ、「うちを利用すれば便利ですよ」と持ち掛ける。先生も人間ですので、疲れていたら頼りたくなります。
 ――少子化でマーケットが縮小する中、教育ビジネス関係者にも危機感があった。
 そうですね。新規市場を開拓しなければならない。例えば、小学校の英語導入は、中高の6年に小学校の6年を入れて、12年にすれば、子どもの人数が半分になっても市場は維持できる。その流れに大学入学共通テストへの民間参入があります。これまでは模擬試験や対策ビジネスだったが、本番の試験までやってしまうと。問題作成や採点業務の売り上げだけでなく、本番の試験の一翼を担えば、「うちの教材や模試は役立ちますよ」とPRできるので、対策ビジネスは拡大します。実際、ベネッセは、共通テスト検証事業の「採点助言事業」を受託していることを営業活動に使っていました
 ――民間参入により出来上がった共通テストは、撤回せざるを得ないようなデタラメだった。文科省の官僚はブレーキをかけられなかったのか。
 昔なら官僚が、これは試験としては成り立たないと止めたはずです。しかし、内閣人事局をつくって、官邸の官僚コントロールが利いているので、ここまで引っ張ってしまったのです。教育政策について、官僚が持っている最低限の合理性や客観性を飛び越して、安倍官邸と少数の政治家のパワーによって、政策がねじ曲げられたのです。

■「eポートフォリオ」も要注意
 ――この先、要注意の「教育改革」はありますか。
 大学入試改革では主体性を重視するといわれていて、「eポートフォリオ」の導入が検討されています。高校での学習や部活動の記録を生徒自身が入力し、電子データにまとめるのです。これを高校教諭が作成する調査書と連動させて大学入試に使う案が出ています。
 ――主体性ですか。
 高校生は、入試に有利なのかどうかを考えて、活動するようになります。評価のために主体性を発揮するなんて、主体的ではありませんよね。
 ――高校生活全体の活動が監視、管理され、評価されるのですか。背筋がゾッとしますね。
 高1、高2をサボっていても、高3でエンジンかけて受かる人が出にくくなる。また、さまざまな活動には資金も必要。出身家庭の経済力に左右されることにもなる。
 ――何でも入試につなげてやろうとしていませんか。
 主体性を重視するなら、入試で評価するのではなく、高校時代に自由に活動できるようさまざまな基盤整備をするのが筋。入試は、大学に入ってからついていける能力を公平なやり方で選抜することが最も大切。当日の試験だけで選抜するのが一番公平だと思います。
  ――「eポートフォリオ」の導入にも裏がありそうですね。
 教育改革の背後に民間あり。「eポートフォリオ」をリードしているのもベネッセなのです。高校生の日々の活動はとても貴重な個人情報です。個人情報を手に入れて、ビジネスを展開するのではないかという疑いを持ちます。
  ――公教育軽視と民営化の構造が変わらなければ、この先も同じことが起こりませんか。
 公教育と私教育は別なのに、公教育のトップである文科大臣まで区別ができなくなっている。萩生田文科相の「身の丈」発言の際、都心部で経済的に豊かな生徒が民間試験の準備をたくさんできるのは「あいつ予備校に行ってズルい」というのと同じだと言いましたが、大間違いです。予備校は私教育だから、行きたい人が行けばいい。共通テストは公の制度の問題なんです。公教育がどこまでを扱い、私教育はここまでだとはっきり線引きする。その上で、公教育をひたすら縮小したり、市場化する方向にブレーキをかけ、公教育に予算と人員をちゃんとつける――。そういう方向に持っていかないと、今回の共通テストの迷走のようなことが再び起こるのは目に見えています。教育改革の全体像そのものを問う視点が問われていると思います。
 (聞き手=生田修平/日刊ゲンダイ)

▽おおうち・ひろかず 1967年、神奈川県川崎市生まれ。東大大学院教育学研究科博士課程を経て、2011年から中京大国際教養学部教授。専攻は教育社会学。「奨学金が日本を滅ぼす」「ブラックバイトに騙されるな!」など著書多数。