ブログ「五十嵐仁の転成仁語」に、『月刊 全労連』1月号に掲載された論文「『安倍一強』政権の正体と『退陣戦略』」が転載されました。ここに紹介しますが、論文は1月号に掲載するため11月27日に書き上げられましたので12月に起こった諸々の事柄には触れられていません。
論文は約13000字の長大なもので、「この日本はおかしくなっている。政治も行政も腐ってしまった」で始まり、「相次ぐスキャンダルの発覚と閣僚の辞任で、安倍首相の求心力は急速に低下している。~ 『退陣戦略』の発動に向けて動き出す時がやってきた。~ 『審判の日』は近づいている。解散・総選挙で安倍退陣を実現することは十分に可能だ。~ 」で結ばれています。
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「安倍一強」政権の正体と「退陣戦略」(その1)
五十嵐仁の転成仁語 2019年12月26日
〔下記の論攷は、『月刊 全労連』No.275、2020年1月号、に掲載されたものです。3回に分けてアップさせていただきます。〕
はじめに
この日本はおかしくなっている。政治も行政も腐ってしまった。経済は低迷し、アベノミクスの破綻は覆い難い。国会は軽視され、議会制民主主義は窒息状態に陥っている。首相は権力を私物化し、国会で平然と嘘をつく。大臣の辞任が相次ぎ、暴言を吐く。官僚は国民そっちのけで、「安倍首相と不愉快な仲間たち」に奉仕する上目使いの「ヒラメ」ばかりだ。国有地払い下げの不正、公文書の隠蔽に改竄・捏造と「桜を見る会」の私物化など、何でもありではないか。
森友・加計学園疑惑では総理夫妻の関与と不正が疑われたにも関わらず、真相はやぶの中で誰も責任を取っていない。公文書の改ざんや事務次官のセクハラ問題が明らかになったのに、麻生副総理兼財務相は居座ったままだ。加計学園問題で「総理の意向」を盾に文科省に圧力をかけ、それが露見してもシラを切り続けた萩生田元官房副長官は「ご褒美」として文科相に抜擢された。
安倍政権になってから、こんなことばかり続いている。それは国のトップである安倍首相自身が先頭に立って悪事の限りを尽くし、何の責任も取らずにきたからだ。それなのに、11月20日には歴代最長の首相在職日数となった。なぜここまで続いたのか。ほとんど実績らしい実績もないというのに。
衆院議員の任期は2年後に切れる。それまでには間違いなく解散・総選挙が実施され、与野党激突の局面がやってくる。今からそれに備えなければならない。安倍政権の正体を明らかにし、その秘密を探り、強みだけでなくジレンマや弱点を明らかにすることを通じて、来るべき政治決戦において安倍退陣を実現する条件を明らかにしたい。
Ⅰ 「安倍一強」政権の正体
キャッチ・オール・パーティーの変貌
2019年、台風15号が関東の東海岸を襲う中、安倍首相は災害対策をなおざりにして第4次再改造内閣を発足させた。この内閣は麻生太郎副総理兼財務相と菅義偉官房長官、自民党の役員では二階俊博幹事長と岸田文雄政調会長など骨格を維持し、それ以外は大きく入れ替わった。その最大の特徴は安倍首相の盟友や側近などの「お友だち」が総動員されたことにある。
しかも、これらの「お友だち」は極右「靖国」派の幹部でもあった。図表1(省略)に示されているように、日本会議国会議員懇談会に加盟している閣僚は安倍首相はじめ20人中16人で、神道政治連盟国会議員懇談会に加盟している閣僚も同じく16人となっている。しかも、日本会議の特別顧問や副会長、幹事長や副幹事長などの幹部がずらりと顔をそろえた。
まさに、内閣が極右「靖国」派に乗っ取られたようなものである。安倍首相は、消費増税後の難局を乗り切って悲願の改憲を実現するために、「お友だち」を総動員して「改憲シフト」を敷いたように見える。
これまでも安倍首相は「お友だち」を重用して「官邸支配」を貫き、固い支持基盤とされる極右層を惹きつけ、政権基盤の安定を図ってきた。これは安倍首相にとって「一強」体制を生み出す要因の一つであったが、同時に大きな弱点にもなっている。キャッチ・オール・パーティー(=包括政党)としての自民党の変質を引き起こしたからである。
かつて自民党は、その幅の広さで知られていた。保守派からリベラル派まで政治的・イデオロギー的な雑多な勢力を糾合し、多元的な構造によって国民の幅広い層の要求を敏感に察知し、柔軟に対応することが可能だった。
しかし、安倍政権には、このような幅の広さも多元的な構造も存在していない。その代替物となったのが、保守化した強固な支持基盤とそれを背景にした盟友や側近のグループである。安倍首相を中心とする右翼的な勢力による権威主義的で専制的な構造は安倍政権における「官邸支配」を可能にした。
同時に、それは自民党の支持基盤の狭隘化と多元的柔構造の喪失をもたらした。思想的な右傾化による保守リベラルの切り捨て、安倍首相の個人的な交友関係の優先、派閥均衡ではなく首相の専権による公平・平等な人事の放棄、地方議員からのたたき上げに多い「土着保守」の切り捨て、当選回数だけは多いが能力に問題のある大臣適齢期議員の「滞貨」を生み出している。
こうして形成された安倍首相を中心とする同心円構造は、一面では「安倍一強」を実現することに成功した。しかし他面では、自民党総裁選での地方票の少なさに示されたように、地方の幅広い保守層を結集するという点で大きな限界をもたらしているのである。
安倍9条改憲のジレンマ
参院選の結果、自民・公明・維新の改憲勢力は、3分の2の議席を獲得できなかった。このままでは、参院での改憲発議は不可能だ。それにもかかわらず、安倍首相は「何としても実現する」と述べて、改憲への野望をたぎらせている。
内閣改造と同時に実施された自民党の役員人事で、改憲4項目をまとめた細田博之元幹事長が憲法改正推進本部長に再登板した。公明党の北側一雄憲法審査委会長とは安保法制(戦争法案)を成立させた間柄で、これを生かして自公間の調整を加速するつもりのようだ。
また、本部長代行に古屋圭司元国家公安委員長、事務総長に根本匠前厚生労働相を充て、地方から改憲機運を盛り上げる「憲法改正推進遊説・組織委員会」(古屋委員長)の新設などを決めた。細田本部長は「新しい体制で、精力的に活動していく必要がある」と述べている。
衆院憲法審査会長に就任したのは、国会対策の経験が長い佐藤勉元総務相だった。戦争法案審議で一部野党を修正協議に巻き込んで成立させた手腕に期待しての人事である。同審査会の筆頭幹事には安倍首相側近の新藤義孝元総務相を留任させた。参院幹事長には首相側近の世耕弘成前経産相、新任の議長には日本会議議連幹部の山東昭子議員を配するなど、参院の「改憲シフト」も強められた。
さらに、自民党内でも改憲推進の動きが強まっている。とりわけ、それは改憲慎重派あるいは護憲派とされてきた二階幹事長と岸田政調会長に顕著で、岸田政調会長は「党を挙げて憲法改正を動かしていきたい」と述べ、全国で改憲集会を開いていく方針を明らかにした。この両者を前面に立てて、「安倍カラー」を薄める狙いがあるようだ。
しかし、これらの動きは確たる成算があってのことではない。安倍首相がめざす「任期内」(2021年9月まで)の改憲施行までには時間が限られている。丁寧に説明して野党との同調を図ろうとすれば時間切れとなり、焦って無理強いすればかえって反発を生んで停滞するリスクを高める。
このようなジレンマの中で打開策を模索し、国民投票法の改正問題を手掛かりに憲法審査会での審議を再開させ、並行して改憲項目をめぐる自由討議に野党を引き入れようとしている。しかし、閣僚のスキャンダルや辞任、「桜を見る会」疑惑などもあって難問山積で厳しい状況に変わりはない。
「富国」を犠牲にした「強兵」の突出
10月1日に消費税が10%に引き上げられた。安倍政権下では2回目の消費税増税である。8%と10%の複数税率と2%と5%のポイント還元、低所得層向けのプレミアム商品券などの「景気対策」が導入されたため現場は混乱し、景気の先行きへの不安が増大している。
デフレ不況からの脱却を掲げて「3本の矢」を放ったアベノミクスが成功していれば、消費不況への懸念など生ずるはずはなかった。しかし、「黒田バズーカ」による異次元金融緩和は功を奏せず、インフレターゲットはいつの間にか消えてしまった。
「アベノミクス」が打ちだされた当初、それは「富国強兵」の現代版だと見られた。安倍首相のめざす軍事大国化(強兵)のための不況脱出による経済成長(富国)ではないかというのである。しかし、それから7年近く経って明らかになったのは、経済成長なしの軍事大国化という現実であった。
消費税が3%から5%に引き上げられたのは、1997年4月1日である。それから昨年までの実質可処分所得の推移を見れば、ほぼ一貫して減少していることが分かる。1997年から2018年までで82万6000円の減少であった。この間、民主党政権時代の2009年から20012年では2万4000円のプラスだったのに、安倍政権時代の2012年から2018年には、17万6000円のマイナスとなっている(図表2を参照:省略)。
日本の一人当たり名目GDPの推移(図表3参照:省略)を見ても、大まかな傾向に変わりはない。円高の影響があったとはいえ、民主党政権時代に増大し安倍政権になってからほぼ低迷していることが分かる。
他方で、安倍政権になってから防衛費は減少から増大に転じた。2015年に過去最高額を突破して以降、毎年、それを更新し続けている(図表4:省略)。今後も、戦闘機F35の爆買いや陸上型イージスの設置計画、ヘリ空母「いずも」型の改修、敵地攻撃も可能な巡航ミサイルの購入など、軍事大国化に向けての整備計画は目白押しだ。
結局、アベノミクスはデフレ脱却に成功せず、景気を回復させることもなかった。2012年の第2次安倍政権発足後に成長戦略の目玉として新設された10の「官民ファンド」も18年度末で計323億円の赤字となった。
「経済の安倍」は虚構だった。アベノミクスの看板は偽りで、景気は低迷し貧困化と格差が拡大した。安倍首相が実施してきたのは軍事力の増強によって経済成長や国民生活を犠牲にする軍事大国化一本やりの路線であり、「富国強兵」ですらなかったのである。
強みから弱みに転じた外交
安倍首相にとって強みから弱みに転じたのはアベノミクスだけではない。「外交の安倍」も看板倒れに終わり、漂流を始めている。日本外交の基軸となってきた日米関係も揺れ出した。日米貿易協定の調印について安倍首相は「ウィンウィン」だと述べたが、実際には日本側が譲るだけの「大敗」だった。
安倍首相がトランプ米大統領に追随し続けてきたツケが、このような形で回って来たことになる。トランプ米大統領は「アメリカ第1」を掲げて同盟国との協力を度外視する態度を取り、日米同盟の信頼性が弱まることは避けられない。また、国際関係を破壊し、パリ協定やイラン核合意などから一方的に離脱するとともに中国に貿易戦争を仕掛けて国際協調に背を向けてきた。
これに対して、安倍首相は手をこまねいているだけだ。武器購入で米国に押しきられ、早期の普天間飛行場の返還を求める沖縄県民の意志を無視して辺野古新基地建設を強行し、不平等な日米地位協定を改定するための交渉すら行おうとしていない。
北方領土をめぐるロシアとの交渉は進展せず、日朝首脳会談も展望が開けないままだ。戦後最悪となっている韓国との対立は徴用工の問題から通商、安全保障分野にまで拡大し、観光業や輸出産業は大打撃を受けた。アメリカとイランとの板挟みになり、苦し紛れに「調査・研究」名目で中東への自衛隊派兵にも踏み切ろうとしている。
国際社会からの離反と時代への逆行も覆い難い。非核・脱原発の動きに背を向けて原子力発電を成長戦略に位置付け、温室効果ガスの削減や再生可能エネルギーの利用促進には消極的で原発推進の国策に固執している。
温暖化防止のための環境政策、ジェンダー平等や女性の地位向上、LGBT(れず、芸、バイセクシュアル、トランスジェンダーの総称)などマイノリティの権利擁護、国連の持続的な開発目標(SDGs)の達成、国連家族農業の10年に示されている農家支援などに取り組もうとしていない。かつての植民地支配や慰安婦などの戦時性暴力への反省もなく、国連人権理事会や人種差別撤廃委員会による勧告を無視し続けてきた。
決定的な問題は、国連総会で採択された核兵器禁止条約への背反だ。唯一の戦争被爆国でありながら条約に背を向けている安倍政権の対応は日本の国際的地位を大きく低下させ、信頼を失わせている。この条約が国連で批准されるとき、その場に日本政府の姿が無いということになりかねない。そのような不名誉なことにならないよう「非核の政府」を樹立することは急務である。
「安倍一強」政権の正体と「退陣戦略」(その2)
五十嵐仁の転成仁語 2019年12月27日
Ⅱ 「政権安定」のカラクリ
国政選挙6連勝の実態
「安倍一強」と言われるほどの安倍首相の「強さ」はどこにあるのか。その「政権安定」のカラクリが解明されなければならない。
まず指摘する必要があるのは、国政選挙での「強さ」である。安倍首相は政権に復帰した2012年の総選挙を含めて6連勝という成績を収めてきた。これが「安倍一強」と言われる国会での勢力関係を生み出し、自民党内でも安倍首相の支配力を強めている。
しかし、この間、有権者内での得票率(絶対得票率)は選挙区で約25~26%、比例代表で16~17%であった。自民党に投票する有権者の割合は約4分の1にすぎず、残りの4分の1は野党に、さらに残りの半分ほどの有権者は投票所に足を運ばず棄権している。
このように有権者の4分の1ほどにしか支持されていない自民党が選挙で勝ち続けたのは、公明党の選挙協力と選挙制度に助けられてきたからだ。とりわけ、衆院選で289ある小選挙区や参院選で32ある1人区では、野党がバラバラで立候補することで自公勢力を有利にした。「ベからず選挙」と言われるような選挙運動に対する厳しい制限も、政策の浸透を阻むことで自民党に有利に働いた。
これを打破するためには、大政党に有利な定数1の選挙区を、少数政党も不利にならない比例代表的な制度に変え、選挙運動を自由にして有権者に政策が浸透しやすくする必要がある。同時に、制度が変更される前でも、野党や少数政党が不利にならず自民党に対抗するためには、野党間での共闘を実現して選挙区での1対1の構図を作らなければならない。
2016年の参院選では、このような対抗戦略が功を奏し、定数1の選挙区で統一候補は11議席を獲得した。2019年の参院選でも統一候補は10議席となり、有権者内での自民党の絶対得票率は19.8%と2割を下回って9議席を減らした。自民党は参院での単独過半数を失い、公明党などと合わせた「改憲勢力」は発議に必要な3分の2の議席を割っている。
投票率が戦後2番目に低い48.8%に低下したため、この程度の陰りにとどまった。投票率が上がれば、選挙制度の制約を乗り越えて自民党に勝利することができる。このことは、参院選1人区で共闘した野党4党の比例代表の合計より26.6%もの「上積み効果」があり、山形60.74%、岩手56.55%、秋田56.29%、新潟55.31%、長野54.29%など、統一候補が立候補した選挙区で軒並み投票率が上昇し、いずれも当選したという事実によって裏付けられている。
内閣支持率の「安定」
「安倍一強」を支えてきたもう一つの要因は内閣支持率の「安定」である。NHK世論調査による内閣支持率の推移を見れば、長期にわたって一定の水準を維持していることが分かる。一時的に不支持が支持を上回ることがあっても、また支持が盛り返して4割台を維持してきた(図表5:省略)。
同時に、森友・加計学園疑惑が国会で追及されたときには不支持が支持を上回り、その後の回復によっても支持率は5割に達していない。つまり、政権の安定は5割以下の世論を背景にした低い水準のもので、国会での追及などで政権を追い込むことは十分に可能だということになる。
しかし、安倍政権は森友・加計学園疑惑というピンチを乗り切った。それが可能だったのは、この問題に関わった官僚などが公文書の改ざんや虚偽の証言などによって安倍首相と昭恵夫人を助けたからである。今に至るも、この疑惑の真相は明らかになっていない。
このような状況が生まれた要因の一つは、官僚に対する官邸の支配力が強化されたことにある。2014年の内閣人事局の新設によって高級官僚の人事が一元化され、その中心に官房副長官が座った。そのために官僚は官邸の意向に逆らうことが困難になり、森友学園疑惑で決済文書の書き換えに関与させられた財務省近畿財務局の職員の1人は、それを苦にして自ら命を絶った。
逆に、森友学園疑惑で首相夫人付きだった官僚は昭恵氏をかばい続けた後に在イタリア大使館の一等書記官へと栄転し、決裁文書改ざんで中核的な役割を担った財務省官房参事官も駐英公使となった。不起訴とした大阪地検特捜部長は大阪地検の次席検事となって出世コースに乗り、当時の近畿財務局長も財務官に昇進している。加計学園疑惑で白を切り続けた萩生田元官房副長官は文科相に抜擢された。飴と鞭による官僚支配の貫徹である。
もう一つの要因は、公文書管理のルールが明確にされず、問題が発生した後での検証が困難になっていたことである。これについては、その後一定の改善がなされたが、かえって行政関連の文書や記録が隠蔽されやすくなったという面もある。行政に関連する情報は国民の財産であり、行政監視の徹底や国民の知る権利を守るという点からも、行政の記録が残され事後検証可能な条件を整備しなければならない。
さらに、第3の要因として、国会での野党の追及のあり方という問題もあった。野党がバラバラに質問するため、論点が分散したり重複したりして十分に政権を追い込めなかった。その後、野党合同のヒアリングや立憲・国民・社保・社民などによる統一会派の結成、質問に向けての調整など一定の改善がなされている。
教育による若者の取り込み
かつて若者は革新的で政権批判の傾向があると見られていた。しかし、今日ではその若者が「安倍一強」を支える世代として注目を集めている。とりわけ、18歳選挙権が導入された4年前の第24回参院選では、新たな有権者となった18~19歳の与党支持率の高さが際立っていた。それは何故なのだろうか。
その最大の理由としてあげられるのが、教育による若者の取り込みである。自民党政権は一貫して日教組を敵視し教育への介入を試みてきたが、安倍首相は特に教育改革に力を入れてきた。
第1次安倍内閣では教育基本法と学校教育法など関連3法を改定して愛国心教育を強化した。第2次政権となってからも教育再生実行会議を発足させ、道徳教育の教科化、教科書検定の強化、大学入試改革、教員への管理・統制、教育内容への関与と介入を強めてきた。
教科書の内容も変わった。とりわけ、「つくる会」の教科書や育鵬社版の歴史教科書によって従軍慰安婦などの記述は削除されたり書き換えられたりしてきた。その結果、安倍首相が期待する若者が形成されてきたのである。その目的は、政権に従順で愛国心に満ち「祖国」のために進んで命を投げ出すことを望むような若者の育成であった。
しかし、戦後教育がめざした民主的な人格形成のための教育を取り戻せば、状況を変えることができる。愛国心教育や道徳教育の教科化、教科書検定の強化に反対し、検定内容の偏向を正して誤った歴史記述の教科書の採用を許さない取り組みに力を入れなければならない。教員に対する管理・統制や労働強化、長時間労働を是正し、教員が子供たちと接する時間を増やすことも必要だ。
過去の歴史的事実や周辺諸国との関係について、教育やネットなどによって注ぎ込まれた誤った知識を是正しなければならない。若者に事実を伝えていくための様々な取り組みを工夫することも重要だ。街頭宣伝や講演会、ネットやSNSなども活用し、社会的レベルでの歴史教育を幅広く展開していく必要がある。
現状を肯定しがちになる若者の心理には、将来に対するあきらめと期待値の低さもある。自らの将来が今よりも良くなるという希望や展望を持ちにくい現状は政治の貧しさの結果であり、安倍首相によってもたらされたものにほかならない。その因果関係を理解し、現状打開の展望、将来への希望を持つことができれば、現状肯定に傾きがちな若者心理にも変化が生ずるにちがいない。
マスメディアの変容
マスメディアの変容によって政権の正体が隠され、見えにくくなっている。それが「安倍一強」を支える大きな要因だ。国民が目にする政治の実相は数々のベールによって隠され、別の映像や言説によって惑わされている。その結果、「フェイク(虚偽)ニュース」が氾濫し「ポスト真実」の時代が生まれた。
近年になって、国民をとりまく情報環境は大きく変容した。ニュースを入手する主たる手段であった新聞は購読者の減少に悩み、政府を監視したり牽制したりする役割を放棄し始めている。若者などが情報を入手するのは主としてインターネットやツイッター、ファイスブックなどのSNSで、事実に基づかない誹謗や中傷なども飛び交っている。
このような情報環境の悪化こそがヘイト発言や偏狭な差別心が巣くう社会、国民意識の右傾化を生み出す大きな要因だ。安倍政権はそれを是正しようとしないばかりか、ハードで強権的な管理・統制とソフトで目立たない懐柔策との併用という形で促進してきた。
テレビに対しては、場合によっては電波の免許を停止すると脅した高市早苗総務相の発言があった。元総務次官経験者によるNHK経営委員会に対する抗議、JR九州の相談役で日本会議福岡の名誉顧問だった経営委員長によるNHK会長への厳重注意など、日本郵政によるかんぽ不正を描いたNHKのテレビ番組『クローズアップ現代+』をめぐる一連の介入事件もテレビ番組への直接的な圧力行使の一例である。
ソフトな懐柔策の例は、安倍首相の臨時国会に向けての所信表明演説前日の動静に示されていた。この日の午後、「2時31分、新聞・通信各社の論説委員らと懇談。59分、在京民放各社の解説委員らと懇談。3時23分、内閣記者会加盟報道各社のキャップと懇談」と報じられている。これらの報道関係者と、時には酒食をともにした「懇談」もなされている。
また、「国境なき記者団」が発表する「報道の自由度ランキング」で日本は67位であり、「あいちトリエンナーレ」の「表現の不自由展・その後」中止をめぐる一連の経過と文化庁による補助金の不交付という事例もあった。これは政治情報に関わるものではないが、日本における言論・表現の「不自由」を象徴的に示したものだと言える。
マスメディアは激しい競争にさらされ、一部のメディアは企業としての生き残りを模索するようになっている。商業主義に屈服し、売り上げや視聴率を気にして理想・理念よりも商売・業績を優先し、誤った情報環境によって醸成された歪んだ社会意識に迎合しようとする。売上優先でフェイクニュースを垂れ流し、それによって社会の劣化と右傾化がさらに促進されてしまうという悪循環に陥っている。
大企業化したメデイア産業は商業主義に屈し、ますます保守化していく。大きな産業になれば、政権との距離も近くなる。それを牽制できるのは有権者であり消費者でもある国民だけだ。絶えず、有権者として権力を監視し牽制するジャーナリズムとしての本分を問い、情報のよしあしを見分ける目を持った賢い有権者・消費者にならなければならない。
「安倍一強」政権の正体と「退陣戦略」(その3)
五十嵐仁の転成仁語 2019年12月28日
Ⅲ 活路はどこに
真の「危機」を知ること
危機は、それを正しく認識できない時にこそ、本当の危機になる。今の日本は、まさにこのような状況に陥っている。これこそが、真の危機である。
戦争法は集団的自衛権行使を一部容認するために「存立危機事態」という条件を付けた。別の意味で、今の日本は「存立危機事態」に直面している。子供を産んで育てることができず2008年を境に人口が減少している量的な縮小と、普通に働いてもまともな生活ができず老後も不安にさらされる質的な劣化こそが「真の存立危機事態」にほかならない。この現実を直視することが必要だ。
このまま事態が進行すれば、日本社会は外から攻撃される前に内から縮小し崩壊する。兵器などの高額な防衛装備はこのような内なる崩壊に対して役に立たないばかりか、「金食い虫」となって福祉予算を侵食し崩壊を促進してしまう。
このような政治の現実を知らせるために、労働組合の政治的社会的影響力の発揮が求められている。そのための活路は東日本大震災と原発事故以降に生じた「デモの復権」にあり、国会議事堂前や首相官邸前での集会や抗議行動が世論を変える上で大きな力を発揮してきている。
政治の中枢だけでなく地方や地域でも、デモや集会、パレード、駅頭などでのスタンディング、署名活動や演説などによって広く社会にアピールし、問題の所在を知らせ国民の関心を高める行動が日常的に取り組まれてきた。一部の活動家による「自己犠牲的な行動」を核としながら、幅広い市民が日常の生活の延長としての「平凡な異議申し立て」へと広がってきた。
それは特殊な活動ではなく、当たり前の日常的な風景となりつつある。この取り組みの方向を維持しつつ、幅を広げ活動の水準を高めていけば、やがては国際的な大衆運動の流れに合流する可能性が生まれるだろう。
韓国での「ろうそく革命」や香港のデモ、アメリカでの銃規制を求める若者の運動、フランスでの「黄色いベスト」運動、チリでの激しい大衆デモ、そして温室効果ガスの削減を呼びかけて国際的なうねりを生み出しているスウェーデンの高校生の取り組みなど、政治の問題点を可視化し、その解決を求める地道な社会運動が世界各地で広がりを見せている。真の「危機」を明らかにし、それを解決するための手がかりは、このような運動の現場から生み出されてくるにちがいない。
労働組合の力の発揮を
このような点で、社会運動の「老舗」としての労働組合の政治的社会的影響力の向上が大いに期待される。しかし、それだけでは不十分だ。社会的に組織された集団としての労働組合だけでなく、それを構成している個々の組合員も大きな役割を果たさなければならない。
労働組合の構成員の多くは自覚的な市民であり、今日の社会運動における市民の役割は、これまでになく大きなものとなっている。したがって、労働組合の社会的な力の発揮は「外へ」だけでなく、「内へ」というもう一つの方向でも強められなければならない。
労働組合は要求実現に向けての職場での活動とともに、政策制度課題実現のための地域社会での活動や政治活動にも取り組む必要がある。これが社会運動的労働運動としての役割の発揮であり、「外へ」向けての活動である。
同時に、組合員などに対する広報宣伝や教育学習も重要であり、これが「内へ」向けての活動である。政治の現実や問題点を可視化する機能は、何よりも労働組合の構成員に対して発揮されなければならない。従来の広報手段に加えて、ネットやSNSによる情報発信にも習熟することが必要である。
個々の組合員が意識的に学ばなければ、「安倍一強」体制の正体を見破り、そのカラクリを知ることはできない。個々人の情報リテラシー(読解力)を高めることはますます重要になっている。一人でそれを行うことは困難であり、助けあえる仲間が必要だ。労働組合にはそれができる。
個別的な労働者管理が広まり働く人々が切り離されて孤立し処遇の格差が拡大している現状の下で、労働組合の組織化は新たな意義と有用性を持ってきている。分断ではなく連帯、競争ではなく助け合いの場を提供できるという意味で、労働組合の存在は貴重である。「仲間のいる幸せ」によってこそ、分断や孤立から抜け出すことが可能になる。
労働時間の短縮によって、自分や家族のためだけでなく政治や社会などの公共空間のためにも使える自由時間の増大を図ることも必要である。それは民主的な社会を実現し維持するためのコストであり、個人の努力に任せるのではなく社会全体で保障すべきものだからだ。
「手を結ぶ」しかない
個々の労働者は弱い存在である。その労働者が団結し、手を結ぶことによってはじめて交渉力を強め資本と対等の立場に立つことができる。それが労働組合である。団結こそが労働組合にとっての「武器」であり、力の弱いものが団結して弱さを克服し、対等な立場を獲得するのは労働組合の「お家芸」だ。
同様のことは、政治の分野でも当てはまる。「多弱」とされている野党が「安倍一強」に対抗するためには、手を握らなければならない。大政党に有利になる、当選者が一人の選挙区では野党がバラバラでは勝ち目はない。市民と野党との共闘によって「1対1」の構図をつくり出すことで、はじめて対等な競争条件が獲得できる。
2015年の戦争法に反対する大衆的な運動の盛り上がりの中から、「野党は共闘」という声が上がり、これに応える形で日本共産党は国民連合政権の樹立を呼びかけた。この時は唐突に見えたこの呼びかけは、2016年参院選に向けての「5党合意」に結実した。
以後、市民と野党の共闘は、3回の国政選挙と地方の首長選挙などで実績を上げてきた。とりわけ、2016年と19年に実施された2度の参院選1人区での野党共闘の成果は大きかった。そこで示された教訓は、「安倍一強」に対抗する「受け皿」を提供するためには、市民と野党が共闘するしかないということだ。「手を結ぶ」ことこそ「退陣戦略」の要にほかならない。そのためには、克服しなければならない難しさもあった。
第1に、市民と個々の政党が互いに尊敬、尊重する態度を貫き、共闘する意志を固めあうことが必要である。とりわけ、共産党を除外するという「反共意識」を克服しなければならなかった。今では共闘に共産党を含むことは当たり前の光景になった。共闘の推進力である共産党を含んだからこそ、大きな成果を上げることができたのである。
第2に、共通する政策と各政党が独自に掲げる政策とを区別し、一致点を拡大すると同時に各政党の独自政策を尊重することが必要である。各政党の理念や政策に違いがあるのは当然であり、違うからこそ政策のすり合わせや一致点の確認が必要になる。これまで、市民連合を仲立ちとして政策合意の幅は広がり、合意内容の水準も高められてきた。これをさらに広げ、高めていかなければならない。
第3に、2年以内に実施されることが確実な総選挙に向けて、各小選挙区での共闘のための具体的な協議を始めていくことが必要である。統一候補を擁立し政権交代によって政策実現の条件を作りだし、政治の転換につなげるまでの一連の取り組みで市民参加型をめざすことである。要求課題にもとづく対話と共闘を日常的に地域と職場で強め、市民と野党の共闘の担い手を増やすとともに小選挙区で力を出し合える選挙態勢をつくり出す必要がある。
むすび
「安倍一強」体制の強みが弱みに転化し、その正体が次第に明らかになってきた。長期政権であるが故の驕りと緩みが大きな問題を生み出し、安倍首相に対する責任追及の声も高まっている。その原因となったのは、大臣の辞任や「桜を見る会」など政権スキャンダルの噴出である。
第4次安倍再改造内閣発足後、1ヵ月半で2人の重要閣僚が辞任した。しかも2週続けてである。有権者に公設秘書がメロンなどの金品を配ったり秘書が香典を渡したりしていた疑惑で菅原一秀前経産相が辞任したのに続き、妻の参院議員が法定額を超える日当を運動員に支払った疑惑で河井克行前法相も辞任した。
第2次安倍政権発足以降、このような閣僚の辞任は10人に上る。多くは「政治とカネ」がらみで、行政の私物化疑惑や暴言なども数知れない。導入予定だった英語の民間試験についての萩生田光一文科相の「身の丈に合わせて頑張って」という発言も憲法や教育基本法で保障された教育の機会均等を踏みにじる暴言で、発言の撤回と試験導入の「延期」に追い込まれた。
相次ぐスキャンダルの発覚と閣僚の辞任で、安倍首相の求心力は急速に低下している。さしもの「安倍一強」体制にも陰りが生じた。消費増税や社会保障の削減で国民いじめを続ける一方、不正や疑惑にまともな説明責任も果たさず強引な政権運営を続けてきたモラル崩壊の安倍政権の正体が露わになってきている。
「退陣戦略」の発動に向けて動き出す時がやってきた。市民と野党が手を結び共闘によって連合政権樹立をめざし、安倍政治の正体を明らかにして「受け皿」を提供すれば、あきらめていた国民も投票所へと足を運ぶことは、参院選1人区での勝利などで実証されている。
「審判の日」は近づいている。解散・総選挙で安倍退陣を実現することは十分に可能だ。そのために、来るべき政治決戦に向けての準備をいそがなければならない。(2019年11月27日脱稿)