2020年7月20日月曜日

政府は再度の緊急事態宣言を出せ(世に倦む日々)

「世に倦む日々」氏が、現状のコロナの再拡大を分析したうえで、「政府は再度の緊急事態宣言を出すべきである」としました緊急事態宣言を出せば経済の沈滞に直結するのは明らかですが、承知のうえでの主張です。
 彼は
少なくとも東京と埼玉・千葉・神奈川については4月頃の厳しい自粛環境に戻すべきで、日本型ロックダウン、すなわち自発的非強制的な都市封鎖の措置に踏み切る必要がある。
 今すぐに強力なハンマーを振り下ろすことが重要で、第2波の勢いを止めることが急務だ。
 米国のように感染が深く蔓延して日常化すると、どれほどPCR検査を増やして陽性者の隔離を徹底させても、ウィルスの力に社会全体が征服されて人の力では制御できなくなってしまう
と述べています。
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政府は再度の緊急事態宣言を出せ - 第2波を起こした三つの感染ルート
世に倦む日々 2020-07-16
今日16日のモーニングショーで、玉川徹が東京新聞の報道を紹介していた。練馬区の保健所では、コロナ感染を疑う市民からの電話が鳴り止まない状態になっていて、PCR検査の順番が取れず、待機を要請されている事態だという。すでに3月4月と同じ状況になっていた。小池百合子は、1日4000件のPCR検査数を鼻高々で自慢しているが、それでは全然足りず、東京では市中感染が広まっている。玉川徹が指摘したように、1週間単位で見たとき感染者数は倍、倍と増えていて、今週末から来週にかけて東京都の感染者数は400に膨らむ可能性がある。大曲貴夫の予測では、感染経路不明者の数は4週間後(8/11)に現在の16倍の1200人となり、さらに4週間後(9/8)には256倍の19200人になるという数字が示されている。4月中旬にニューヨークで1日の感染者数が最大だったときが1万1500人だが、それを凌駕する水準だ。何も対策を打たず、感染拡大を阻止しなければ、この予測どおりの結末になるだろう。

第1波が起きたとき、感染者数は4月中旬まで急上昇のカーブで増加したが、同時にその過程は行政とマスコミが必死になって「人と人の接触を減らす」呼びかけをした刻一刻だった。小池百合子の「ロックダウン」発言が3月23日であり、それに触発され牽引されて政府が緊急事態宣言を出したのが4月7日である。西浦博が「42万人死亡説」の脅しを発したのが4月15日であり、山口那津男が官邸に給付金10万円の談判に乗り込んだ日と同じだった。その間、テレビの報道番組は毎日毎回、繰り返し執拗に渋谷駅前交差点の現在の様子を映し、人出が減った現況を伝え、人と人との接触を8割減らす目標の必達を国民に訴えていた。外出自粛の厳守を呼びかけていた。その甲斐あって、5月に入って陽性者の数は急速に減って行く。5月中旬以降、「日本の成功」が喧伝され、5月25日に緊急事態宣言が解除される。スタバやユニクロやQBハウスが店を開け始め、市民生活は長い「戦時」から解放されて一息つく安堵の局面となった。

最早、第2波の襲来は否定できない。今回の事態が厄介なのは、行政も専門家もマスコミも等閑に徹していて、危機を危機として認識することなく、市中の混雑を防止しようとせず、都市の人流をそのままにしていることである。経済の再開再興を旗印に、感染拡大を放置し、放置するどころかトランプ的に拍車をかける政策まで遂行していることだ。3月4月の頃の空気感と全く違う。「感染防止と経済活動の両立」と言いつつ、実際には経済活動を重視した開放の流れで進んだのが、6月7月の日本の楽観に満ちた日々だった。空気は弛緩し、企業はテレワークをやめて社員を都心のオフィスに戻し、会社の飲み会が解禁され、テレビも出演者をスタジオに戻している。ウィルスからすれば、自由に活発に繁殖できる環境条件になっている。発表される感染者数は2週間前の感染実態だから、常識で考えて、大曲貴夫の予測が今後の推移の想定として正しいところに違いない。少なくとも今後3週間は、感染者は増え続けるだろう。東京都の感染者数は月末までに1000人を突破するだろう。

政府は再度の緊急事態宣言を出すべきである。少なくとも東京と埼玉・千葉・神奈川については4月頃の厳しい自粛環境に戻すべきで、日本型ロックダウン、すなわち自発的非強制的な都市封鎖の措置に踏み切る必要がある。そうしないと、感染者数が指数関数的に増え、全国に感染が拡大して取り返しのつかない事態になる。米国やブラジルのような窮状になる。高齢者に感染が広がり、各地の病院と福祉施設で深刻な院内感染が起き、医療体制が崩壊して死者が急増する。今すぐに強力なハンマーを振り下ろすことが重要で、第2波の勢いを止めることが急務だ。米国のように感染が深く蔓延して日常化すると、どれほどPCR検査を増やして陽性者の隔離を徹底させても、ウィルスの力に社会全体が征服されて人の力では制御できなくなってしまう。日本は人口の中の高齢者の割合が高く、加えて、過剰なリストラ(聖域なき構造改革)のせいで医療体制が脆弱だから、米国以上に悲惨な結末になりかねない。GoToキャンペーンなど論外で、緊急事態宣言の再発出こそすぐに決定して行動に移さなくてはならない。

昨日15日の東京都のモニタリング会議で、杏林大の山口芳裕は、東京都は3000床のベッドを確保するべく各病院に働きかけているが、現状、1500床がやっとで、そこから増やすのに四苦八苦しているという話があった。大曲貴夫の見通しどおりに感染者数が拡大すると、来週か再来週には病床が埋まり、医療体制が逼迫し、救急搬送先がなくなるだろう。おそらく、その問題は東京都よりも先に埼玉県で深刻化しそうで、病院に入れず、ホテルにも入れず、自宅待機を余儀なくされる患者が溢れ、モーニングショーで話題になるに違いない。3月4月と同様、保健所に電話しても、しばらく自宅で様子を見てくれと冷酷に突き放され、検査を受けさせてもらえなくなるだろう。PCR検査のキャパは以前より増えているが、医療体制の不備は解消されておらず、入院施設や医師・看護師のマンパワーの手当が全くできてない。重症者がこのまま増加すれば、すぐに医療崩壊に陥るのは確実だ。「4日間待つのだぞ」の子連れ狼的フレーズは使えなくなったとして、保健所はどういう言辞で門前払いするのだろう。

第2波の押さえ込みはなぜ失敗したのか。感染の第2波はどこから来たのか。三つのルートがあると私は推測する。第一は、「夜の街」からのスピルオーバーである。感染症研の島田智恵によるスピルオーバーの説明は説得的で、もっとマスコミで光を当てて議論してよい。「夜の街」には感染症が蓄積し滞留しやすい性質があり、最後までウィルス消滅を阻む素地がある。歴史的一般的にその傾向がある。そこを根治しないと周辺に漏れ出るリスクがあり、疫学にとって「夜の街」問題は永遠のテーマだろう。岡田晴恵は、新宿など「夜の街」のローラー検査を提唱し続けたが 採用されなかったと苦言を述べている。第3波に備えての教訓と課題ということになるだろう。第二は、国際線の空港ルートである。これは、大塚耕平が7月9日の報道1930で漏らしていた事実だが、特にある国からの航空便で顕著な数の感染者が出ているという。大塚耕平は国名を言わず、政府は情報公開をするべきだとだけ言った。松原耕二は国名を訊かなかった。普通に考えて想像するのは、米国だろう。議論は続かず伏せられた。

思い返せば、春の日本での第1波も、武漢から入った最初のウィルスと、次に欧米から入った感染力の強いウィルスと、二通りがあると専門家が分析していた。そして児玉龍彦は、愛知県に最初にウィルスを持ち込んでクラスターを次々発生させたケースがハワイ旅行帰りの夫婦だった点に着目、イタリア経由で米国から侵入したウィルスが日本の感染の主役になったのだと看破していた。武漢ルートは右翼が叩きまくったが、米国ルートについては誰も言及しなかった。第三のルートは、第二とも関連するが、米軍基地へ検疫なしで入った米兵の体内のウィルスである。沖縄では、今、大問題になっている。沖縄だけでなく、米兵はフリーパスでどこでも着陸でき、自由に接岸上陸できる。横田でも厚木でも岩国でも、横須賀でも佐世保でも。そこから繁華街に繰り出すことができる。歴史を振り返れば、幕末に大流行して28万人の死者を出したコレラも、安政条約が締結された1858年、長崎に停泊していた米海軍軍艦ミシシッピの水兵が発症し、そこから全国に感染が拡大したものだった。ミシシッピはペリー艦隊旗艦のサスケハナに帯同し、浦賀沖に現れた四隻の黒船の一隻である。

第二と第三のルートの監視と遮断も課題である。政府と米国に情報公開させないといけない。第二・第三のルートを放置すれば、国内でどれだけPCR検査して隔離を徹底しても、何の意味もない。