元木昌彦氏が、「『そして誰も忖度しなくなった』 ~ 安倍首相の落日」とする辛辣な記事を出しました。
河野防衛相の「下剋上」に始まる安倍首相の醜態が濃密に語られています。
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「そして誰も忖度しなくなった」 政権崩壊がはじまった安倍首相の落日
河野大臣「私はやりたくありません」
元木 昌彦 PRESIDENT Online 2020/06/30
ジャーナリスト
安倍首相はその言葉に驚きを隠せなかった
安倍政権崩壊確実で「下剋上」が始まった。
その象徴が、河野太郎防衛相が「迎撃ミサイルシステム」の停止を、安倍に相談せず独断で決定したことだろう。
安倍首相は、河野から「私はやりたくありません」と聞いて、驚きを隠せなかったといわれる。
「陸上イージスの導入を撤回すれば、ミサイル防衛を根本から見直さなければならない。政府には導入によって、イージス艦乗組員の負担を軽減するねらいもあった。さらに米側とは契約済みだ。撤回すれば『バイ・アメリカン(米国製品を買おう)』を掲げるトランプ大統領の怒りを買う恐れもある。
『河野さんも外務大臣やったんだから、状況は分かってるよね?』。首相は河野氏が口にした問題の大きさを示すように念押し」(朝日新聞デジタル 6月25日 5時00分)したといわれる。
だが、河野は安倍のいうことに耳を貸さなかった。河野が停止する理由として、迎撃ミサイルを打ち上げた際、切り離したブースター(推進装置)を演習場内に落とすことができず、周辺に被害が及ぶことが判明したことと、それを改修するには、約10年、2000億円にも及ぶ時間とコストがかかるということだった。
費用を追加しないと機能しない欠陥品だった
だが、週刊文春(7/2号)の中で、元海将で金沢工業大学虎ノ門大学院の伊藤俊幸教授がいっているように、迎撃ミサイルを撃つのは、「核ミサイルが撃たれて、その核爆発を止められるか否かの瀬戸際の時です。モノが民家に落ちる危険と比べることには意味がない」という意見に頷けるところもある。
さらに、米国側と約1800億円で契約済みであるため、それをどぶに捨てることになりかねない。それでも河野が決断できた背景には、文春が入手したディープスロートからの「A4判2枚のペーパー」に書かれた衝撃的な“事実”があったからだというのである。
昨年3月下旬に防衛省外局の防衛整備庁職員が輸入代理店の三菱商事社員らと共に、アメリカのロッキード・マーチン社を訪れていた。彼らがその後に提出した報告書には、「LRDR(長距離識別レーダー)自体には射撃管制能力はない」と書かれていたというのである。
先の伊藤教授によれば、射撃管制能力というのは迎撃ミサイルを目標に誘導する能力で、イージス・システムはレーダーと、目標へ自らの武器を誘導する“神経”が一体化しているそうだが、その肝心かなめの神経がないというのだ。そのために、追加で莫大な費用をかけて別システムを組み合わせる必要がある重大な欠陥商品なのだ。
しかし、この報告書は、当時、防衛大臣だった岩屋毅を含めた防衛省上層部には届いていなかった。当時の深山延暁防衛装備庁長官は文春に対して、「それってもうイージス・システムじゃないじゃん! そんな報告があった記憶はない」と驚きを隠さない。
無知蒙昧とはこのことだ
ふざけた話である。そもそもこれは、防衛省から要求したものではなく、安倍首相がトランプ大統領に押し付けられ、仕方なく引き受けることになったのだ。
無用の長物に莫大な血税をつぎ込んだ責任は、間違いなく安倍首相にある。安倍や安倍の周辺が、この不都合な報告書を何らかの形で“隠蔽”したと考えても、無理筋ではないのではないか。
だが安倍首相は、トランプが再選されない可能性が高くなってきたことと、この配備停止を大義名分にして解散を目論んでいるといわれているそうだ。無知蒙昧とはこういう人間を指す言葉である。
森友学園や加計学園問題、公職選挙法違反の疑いが濃い「桜を見る会」前夜の夕食会問題から、憲法を踏みにじる集団的自衛権の容認、理想もリーダーシップもないトランプ大統領への媚びへつらいなどなど、安倍自身に関わる数多くの疑惑に、数え切れないほどの閣僚たちの失言・暴言、日銀、NHKの人事への介入や言論・表現の自由を委縮させる発言、新型コロナウイルス感染対策の数々の失敗、持続化給付金事業に代表されるように、官僚と電通の癒着構造など、安倍のやってきた“悪行”は数えきれないほどある。
「権力闘争のおもちゃにされてしまって…」
その集大成ともいうべき究極の事例が、河井克行元法相と妻・案里が「公選法違反(買収)容疑」で逮捕されたことである。
安倍に批判的な溝手顕正を落とそうと、案里を強引に立候補させ、安倍自らが指示したとされる、自民党から1億5000万円を選挙費用として渡したのである。
河井夫妻は、その巨額なカネを地元の実力者たちに大盤振る舞いし、選挙のウグイス嬢たちにも違法に高い謝礼を払っていたのである。
逮捕前、案里は文春でノンフィクション・ライターの常井健一のインタビューに答え、「権力闘争のおもちゃにされてしまって、権力の恐ろしさを痛感します。(中略)岸田(文雄)さんと菅(義偉)さんの覇権争い、岸田派と二階派(案里氏の所属派閥)の争い、検察と官邸の対立……。そういう中で“消費される対象”として擦り減っちゃった」と告白している。
50近い女性が、安倍の掌で転がされていたと、今頃気づくとはお粗末だが、安倍の持ち駒の一つで、自分に累が及びそうになってきたので、切り捨てられたのは間違いない。
今のような低次元な政権がかつてあったか
私は、政治記者でも評論家でもないが、長く生きてきた分、永田町という魔界で蠢いてきた政治家たちを見てきた。
今の政権のような醜い低次元なものが、かつてあっただろうかと考えてみた。金権政治、ゼネコン政治と批判された田中角栄は、カネにモノをいわせて日本中を掘り起こして環境破壊したが、裏日本といわれていた新潟に上越新幹線を通すなど、情のある政治家でもあった。
佐藤栄作という政治家も国民から嫌われたが、実態はともかく、沖縄をアメリカから返還させた。小泉純一郎は、竹中平蔵と組んでやみくもに新自由主義を広め、派遣法を改正して非正規社員を激増させた。今日の格差社会をつくったという意味では、ろくなものではなかったから、現政権と近いかもしれない。
だがもっと似ている醜悪な政権を思い出した。第1次安倍政権である。
「美しい国づくり」というスローガンを掲げて登場したが、年金記録問題に象徴されるように、醜い国づくりに終始した。
また、佐田玄一郎国・地方行政改革担当大臣の事務所費問題、松岡利勝農林水産大臣の自殺、赤城徳彦農林水産大臣の事務所費問題、久間章生防衛大臣の「原爆投下はしょうがない」発言など、わずか1年の間に閣僚の不祥事・失言が多発した。
結局は、自身の病を理由に、政権をほっぽり出してしまったのである。
反旗を翻す役人たちが続々現れている
再登場してからは、前回の“反省”を踏まえ、官僚の人事権を官邸が握り、日銀、NHKに自分の傀儡を据え、電通をこれまで以上に優遇して、マスコミをコントロールさせたのである。
野党、特に第1党の立憲民主党の枝野幸男代表のだらしなさもあって、選挙戦を勝ち続け、一強とまでいわれるほどの強力な政権をつくり上げた。
だが、かつて自民党のプリンスといわれ、斡旋収賄罪で実刑を受けたにもかかわらず、当選を続けている“無敗の男”中村喜四郎衆院議員が安倍政権を評してこういっている。
「安倍政権の一番の功績は、国民に政治を諦めさせたことだ」
だが、さすがの安倍政権にも最後の時がきたようである。それを示す動きは、先に書いた河野防衛相の叛乱のほかにいくつもある。
週刊ポスト(6/12・19号)が「霞が関クーデターの全内幕『さよなら安倍総理』」というタイトルを付けてこう書いている。
このところ、安倍に反旗を翻す役人たちが続々現れているのは、安倍の最後が近いからだというのである。
記者たちとの賭け麻雀が明るみに出て、黒川弘務東京高検検事長が処分されたが、「訓戒」というあまりにも軽い処罰に、批判が巻き起こった。
すると安倍は、これは稲田伸夫検事総長が行ったのだと逃げようとしたが、早速、共同通信が、法務省は懲戒が相当と判断していたのに、官邸が訓告にしたとすっぱ抜いた。
さらに、当の稲田検事総長がTBSの単独インタビューに出て、自身の処分への関与を否定したのだから、前代未聞の事態である。
次に暴かれるのは「桜を見る会」の名簿か
安倍が肩入れして、早く承認しろとごり押ししていた新型コロナウイルスの治療薬「アビガン」だが、厚生労働省が、副作用などのこともあり、早期承認には反対していた。
これも共同通信が、「明確な有効性が示されていない」と報じ、5月中の承認は断念するに至った。これは厚労省側からのリークだといわれているそうだ。
やはり安倍が押し進めようとしていた「9月入学」も、文部科学省が、家計の負担が3.9兆円にのぼるという試算を発表し、見送りになった。
これまでなら「忖度」という2文字でいいなりになっていた役人たちが掌を返し、安倍を追い落とせとばかりに攻勢をかけているというのである。
次に暴かれるのが、安倍と妻の昭恵が招いた、「桜を見る会」の招待者名簿ではないかと、週刊ポストは書いている。これは、機密指定されてはいない資料だから、官邸は破棄したといっても、どの役所も名簿を持っているというのである。これをメディアに流せば、安倍はご臨終というわけだ。
長いだけが唯一の“勲章”だった安倍政権の崩壊へのカウントダウンが始まっている。それを水面下で推し進めているのが、人事権をちらつかせていうことを聞かせてきた官僚たちだというのも皮肉な話である。
ここへきて、電通と省庁との癒着構造が明るみに出てきているのも、政権が弱体化したことの証左であろう。
「コロナまで利用して金儲けしようとしているのか」
電通と政治との腐れ縁は長い。田原総一朗は著書『電通』の中で、主権回復後の1952年10月の選挙で電通が、日米安保条約の必要性を国民に理解させ、吉田茂の自由党への共感を深めさせる戦略を担ったと書いている。
週刊文春(6/11号)は「安倍『血税乱費』コロナ2兆円給付金を貪る幽霊法人の裏に経産省」というタイトルで、経産省と電通の癒着構造を報じた。
私は以前から、電通という会社を国策会社だと考えている。国策会社というのは「主に満州事変後、第二次大戦終了までに、国策を推進するため、政府の援助・指導によって設立された半官半民の会社」である。
もっとも電通側にいわせれば、「オレたちが国を操っている」というかもしれないが。
東京五輪招致は、電通の人間がIOC(国際オリンピック委員会)理事に巨額の賄賂を渡して成功させたという疑惑が色濃くある。
自民党の選挙広報のほとんどを担っているのも、原発の安全神話を作り出したのも電通である。安倍首相の妻・昭恵が結婚前にいたのも電通の新聞雑誌局であった。
今さら、電通と安倍官邸、官僚たちとの“癒着構造”など珍しくもない。だが、今回、文春が報じたのは、新型コロナウイルス不況で困っている中小、個人事業者向けの「持続化給付金」の給付業務を769億円で国と契約した「一般社団法人サービスデザイン推進協議会」(以下サ協)が幽霊法人で、749億円分の事業が電通に丸投げされていたという疑惑なのである。お前たちはコロナまで利用して金儲けしようとしているのかと非難轟々だ。
事業公募日とサ協の設立日が同じ日付
この協議会を運営するのはAという元電通社員(後に平川健司と実名で報道)。文春によれば、このサ協は経産省の「おもてなし」事業を公募で落札しているが、「不可解なことに公募の開始日と団体の設立日が全く同じ日付」(代理店関係者)で、設立時に代表理事を務めていた赤池学も「経産省の方から立ち上げの時に受けてもらえないか」と打診を受けたと証言しているのだ。
要は、経産省と電通との出来レースということだ。こんなことを、多くの国民が不自由な生活を強いられている時に、よくできたものだ。
当然ながら、こうしたことをやるためにはキーパーソンがいる。それは、前田泰宏中小企業庁長官だと、文春は名指しする。ここは持続化給付金を所管しているし、前田の人脈の中にAもいる。
Aは、「政府がコロナ収束後に向けて1兆7000億円という破格の予算を計上した需要喚起策・Go Toキャンペーンの運営を取り仕切る」(電通関係者)ともいわれているそうである。
同志社大学政策学部の真山達志教授のいうように、「電通などへの委託には不透明なところがあり、さらに役所と事業者の間に個人的関係まであるならば、さらなる疑惑を持たれるのは当然」である。
「ズブズブ」だったのが、一体化している
博報堂出身で作家の本間龍が雑誌「月刊日本」で、経産省は過去にもIT導入支援やIT補助金事業をサ協に受注し、電通が再委託していると書いている。昨年の消費税率アップの際も、キャッシュレス決済のポイント還元事業でも「一般社団法人キャッシュレス推進協議会」に発注して、電通に再委託されたという。
政府広報費も、2014年に約65億円だったのが2015年度には約83億円に増額され、その約半分が電通に流れているそうである。電通を安倍が優遇するのはなぜか?
「マスコミをコントロールして政権を支えているからです。安倍政権は、メディアの政権批判を封じる上で、電通に頼らざるを得ません」(本間)
以前から自民党と電通はズブズブの関係だったが、安倍政権になって「一体化」しているようだ。
その関係が明るみに出てきたのは、安倍に反旗を翻す人間、官僚かまたは官邸の内情をよく知る人物が情報をリークしているからであろう。新聞やテレビは、電通に関わるスキャンダルはやらない。ゆえに文春砲へ持って行ったのではないか。
トランプ大統領落選がダメ押しになるか
そして、安倍政権崩壊の最後のダメ押しは、11月に予定されているアメリカ大統領選で、トランプが民主党のバイデンに敗れることである。
「米国のポチ総理」といわれ、トランプの威を借りて外遊を続けていた安倍は、トランプの度はずれたアメリカ第一主義に異を唱える欧米各国首脳から冷ややかな目で見られていた。
その後ろ盾がいなくなれば、トランプと一蓮托生と見ていた首脳たちは、安倍のいうことなど聞かなくなる。中国の習近平も同様であろう。
かくして、長くやっただけで、国民の暮らしなどに寄り添おうともしなかった安倍政権は、崩壊した途端、悪夢になって誰も振り返らなくなる。
Wikipediaには後年、こう書かれるだろう。
「第1次、第2次安倍政権は、長期政権だったことを除けば、アベノミクスは無残に失敗し、国民の年金積立金を株に投資してこれまた失敗。そのうえトランプ大統領のいうがままに無用な戦闘機などを大量に買わされたため、国の財政を破綻寸前まで追い込んだ戦後の歴代最悪の政権である」(文中敬称略)
元木 昌彦(もとき・まさひこ) ジャーナリスト
1945年生まれ。講談社で『フライデー』『週刊現代』『Web現代』の編集長を歴任する。上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。主な著書に『編集者の学校』(講談社編著)『a href="https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4198630283/presidentjp-22" target="_blank">編集者の教室』(徳間書店)『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)、近著に『野垂れ死に ある講談社・雑誌編集者の回想』(現代書館)などがある。