新型コロナ感染症の治癒者が再感染することは、かなり早い段階で中国などから報告されていましたが、なぜかあまり取り上げられないで推移しました。
ところが抗体を持つ人に移動の自由を与える「免疫パスポート」の普及が目指されたのをあたかも裏切るかのように、新型コロナウイルスの「抗体」が短期間のうちに消失する可能性があるとの報告が出され(7月11日)、世界に衝撃を与えました。
その一方で、ウイルスに対して肉弾攻撃を担う「キラーT細胞」が長持ちし、新型コロナウイルスへの抵抗力を引き上げる上でも不可欠とする研究結果が続出し、「暗がりに光明を照らしてくれている」ということです。是非そうあって欲しいものです。
抗体による防衛が「バズーカ砲」の威力を持つのに対して、キラーT細胞は「肉弾戦で防衛」する役割を果たし永続もするということです。
JBpressが「抗体消滅問題、『免疫パスポート』の鍵は『T細胞』」とする記事を出しました。
かなりの専門知識がないと十分に理解できない論文で、当事務局などはせいぜいストーリーを追うだけしか出来ませんでしたが紹介します。
なお末尾の文献紹介欄は、政党のレポート1件以外は英文なので割愛しました。
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抗体消滅問題、「免疫パスポート」の鍵は「T細胞」
星 良孝 JBpress 2020/07/22
「免疫パスポート」獲得への道のり
日本では新型コロナウイルスの新規感染者数が再び増加しており、第2波の到来が指摘されている。日本国内の旅行を支援し、観光需要を喚起するために政府が絞り出した「Go To キャンペーン」も、感染を全国に拡散させかねないと懸念の声が噴出する事態である。
感染者が知らずに移動し、ウイルスに触れていない人と接すれば、容易にウイルスがうつってしまうのではないか。そうした不安の背景にある要素の一つは、感染症に対する免疫を多くの人が持っていないと考えられていることだろう。世界保健機関(WHO)などは、抗体を持つ人に移動の自由を与える「免疫パスポート」を紹介している。その背景には、感染に抵抗力がないうちに、人々の移動の自由を認めるのは困難ではないかという考え方がある。
免疫パスポートの答えとして「ワクチン」は待望されている。これまでも多くの記事で紹介され、筆者も継続的にリポートしているが、大阪大学発ベンチャーのアンジェスがDNAワクチンの臨床試験を進め、米国オックスフォード大学とワクチンを共同開発するアストラゼネカも日本での早期承認を目指すと報じられた。7月17日に公明党が開いた合同会合によると、日本国内の感染者は皮肉にもワクチンの安全性を調べるためには少なすぎ、海外データを承認に用いる方向だという。
海外の論文に目を通すと、ウイルスへの免疫のとらえ方は世界的な転換点にあると気づく。筆者はこれまでも動物のコロナウイルスについての知見も交えながら触れてきたが、改めて最新の研究を踏まえて新型コロナウイルスへの免疫について考察する。
肉弾攻撃を担うT細胞が一縷の望み
ここ最近、新型コロナウイルスの免疫にまつわる研究が続々と発表されている。日本でも大きく報じられたので知っている方も多いかもしれないが、7月11日、新型コロナウイルスに抵抗するための「抗体」が短期間のうちに消失する可能性があると報告された。ウイルスへの抵抗力につながると考えられている抗体が思いのほか持続しないという研究結果であり、世界に衝撃を与えた。
英国キングス・カレッジ・ロンドンの研究グループが査読前論文として発表したもので、分析の結果、症状が出た当初こそ抗体は増えるものの、1カ月ほどで低下し、その後には検出できなくなる人がいると割り出した。抗体が消えてしまえば再び感染する可能性がある。それがコロナウイルス科のウイルスが原因の一つになる一般的な風邪とも共通するのではと、笑えない指摘を論文ではしている。新型コロナウイルスへの対策がより難しくすることになるため、悲壮感を持って受け止められた。
こうした「抗体」のもろさが明るみに出る中、暗がりに光明を照らしてくれているのが「T細胞」という別の形の免疫だ。
体内の細胞を描いた漫画『はたらく細胞』(清水茜、講談社)の分かりやすい表現を借りると、免疫には「バズーカ砲」と「肉弾攻撃」がある。バズーカ砲は抗体で、肉弾攻撃はキラーT細胞をはじめ外敵を殺す細胞性免疫だ。
今、バズーカ砲がすぐに弾切れしてしまうとの懸念が持ち上がっている一方で、肉弾攻撃を担うT細胞の方が長持ちし、新型コロナウイルスへの抵抗力を引き上げる上で不可欠と示した研究結果が続出しているのだ。
未感染者がウイルスへの抵抗力を持つ理由
7月15日、著名科学誌の英『ネイチャー』の論文では、新型コロナ制圧に向けた興味深い研究結果が報告された。先に見た「抗体消失」の研究結果とは対照的に、長期にわたって維持されるT細胞にまつわる発見だ。免疫の仕組みはややこしいかもしれないが、今後の解決策を考えるときには重要だと考えるので紹介する。
研究報告をしたシンガポール科学技術研究庁の研究グループは「執念の研究者」と言っていいかもしれない。2003年に香港で流行したSARSも含め、コロナウイルスにおける免疫の実態を継続的に検証してきたグループだからだ。
この研究グループは、2016年に、SARS流行の11年後の時点で回復者の免疫を調べた研究結果を出した。そこでは、抗体が早期に消えるのに、肉弾攻撃を担う細胞の一つである「メモリーT細胞」が長持ちし、10年以上経っているのにSARSに反応できることを明らかにしている。コロナウイルスに対する免疫の実態を考える上では画期的で、現在のパンデミックの中でも幾度も他研究で引用されている。
この7月に彼らが新たな研究で示したのは、新型コロナウイルスやSARSに感染したことのない人にも、新型コロナウイルスに反応可能なメモリーT細胞を持つことが多いという意外な結果だった。
日本でも、類縁ウイルスに感染した経験があると、別のウイルスにも抵抗力を持つ「交差免疫」が話題に上っている。風邪の原因になるコロナウイルスとの関係が指摘される。ところが、シンガポールの研究から浮かび上がったのは、面白いことに、人のコロナウイルスではなく、むしろ動物の持つコロナウイルスだった。
17年近くも免疫が維持したSARS回復者も
研究の中で調べているのは、新型コロナウイルスから回復した36人に加えて、過去にSARSから回復した23人と、いずれの感染症にかかっていない37人(感染者と接触もしていない)である。
まず、新型コロナウイルスやSARSに感染して回復した人を見ると、新型コロナウイルスが持つ「ヌクレオカプシド」というタンパク質(NP)に反応する免疫が全員で確認された。ウイルスのボディを構成する主要なパーツに反応していることになる。次に、新型コロナウイルス回復者では36人中5人、SARS回復者では23人中2人が新型コロナウイルスの持つ遺伝子増幅のためのタンパク質(NSP7、NSP13)に反応していた。SARSに感染して回復した人については、実際に流行のあった2003年頃から17年間程度も免疫を維持していたと推定される。新型コロナウイルスとSARSウイルスとの持っているタンパク質が類似しているために、引き出される免疫が共通していたことになる。
© JBpress 提供 新型コロナウイルス回復者(COVID-19)、SARS、未感染者(Unexposed)の血液における新型コロナウイルスのタンパク質に反応するT細胞の有無を調べたもの。ヌクレオカプシドのタンパク質(NP)および遺伝子増幅に関連したタンパク質(NSP)に対して反応するT細胞がそれぞれのグループで確認された。未感染者に反応するT細胞も存在していた(出典:Le Bert N, Tan AT, Kunasegaran K, et al. SARS-CoV-2-specific T cell immunity in cases of COVID-19 and SARS, and uninfected controls [published online ahead of print, 2020 Jul 15]. Nature. 2020;10.1038/s41586-020-2550-z. doi:10.1038/s41586-020-2550-z https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32668444/)
一方で、意外だったのが未感染の人での結果だ。というのも、37人中19人が、やはり新型コロナウイルスの持つタンパク質に反応することが分かったからだ。中でも、8人については新型コロナウイルス回復者やSARS回復者では見られなかった、遺伝子増幅のためのタンパク質(NSP7、NSP13)だけに反応するT細胞も確認された。遺伝子増殖のためのタンパク質は、新型コロナウイルスやSARSばかりではなく、新型コロナウイルスやSARSを含む幅広いベータコロナウイルス属に共通して存在しているパーツであるからだと考えられた。
研究グループが背景として疑ったのが、やはり「交差免疫」の関与だ。研究グループが調べたところ、人の風邪の原因になるベータコロナウイルス属では遺伝子増幅のためのタンパク質(NSP7、NSP13)の類似性が低く、それは理由ではないと見られた。むしろ過去に接触していたウイルスとしては、前述の通り、人以外、動物が持つベータコロナウイルス属と推測している。筆者は過去の記事で指摘したが、ベータコロナウイルス属には、牛や馬、豚、ネズミ、コウモリなど複数の動物に固有のタイプが存在する。そこに答えがある可能性もある。
この研究から遡る5月には、米国ラホヤ免疫研究所のグループも、新型コロナウイルスに感染していない人で、新型コロナウイルスに反応できるT細胞を持つと報告していた。このときは風邪の原因となるコロナウイルスを疑っていたが、シンガポールの研究を踏まえれば、正体は動物かもしれない。そこはさらなる検証は必要になる。
いずれにせよ、指摘できるのは、繰り返しになるが、抗体とは対照的に、T細胞を見ると、「感染の痕跡」がしぶとく残るという事実。SARS回復者で17年程度も免疫が維持されたのは象徴的であり、未感染でもT細胞を長期維持されていたのは意義がありそうだ。
ウイルスから身を守ってくれるのかまでは未知数とはいえ、こうしたT細胞こそが免疫パスポートにつながってくる可能性も考えられる。新型コロナウイルスを制圧する道程を考えていく上で、わずかに見える光明がここにはある。
T細胞の有無を検査することも一考
7月17日、英国インペリアル・カレッジ・ロンドンの研究グループは、『サイエンスイミュノロジー』において従来の研究結果を踏まえ、「パンデミックの初期には、抗体のデータに診断や治癒の可能性を見いだしていたが、感染症の全貌が見えるほどに、T細胞のデータが必要であることがはっきりしてきた」と指摘した。
この中で、診断において、新型コロナウイルスに対応したT細胞を測る検査の可能性を指摘している。結核では、T細胞を測定する「クオンティフェロン」と呼ばれる検査が存在している。さらに、診断の際やワクチン開発などにおいてT細胞に注目するのは重要と見ている。
一方、過信も禁物であると同グループは見ている。T細胞の増加によって新型コロナウイルスを阻止できるのかは検証が必要と指摘。重症患者ではむしろT細胞の増加も認められ、病気にむしろマイナスに働く可能性もあるのだ。複数の種類があるT細胞によって、メリットやデメリットが決まってくる可能性もある。
筆者は以前の記事で書いているが、そうした違いをうまく利用すれば細胞治療の可能性も開けると思う。日本でもテラやロート製薬が乗り出しているところだ。最低限言えるのは、これまで日の当たらない存在だったT細胞をより意識したウイルス制圧の戦略を立てていく必要があるということだろう。
短期で消失すると指摘された抗体も可能性はまだまだ残されている。7月15日に著名科学誌の『ネイチャー』において、米国ヴァンダービルト大学をはじめとする研究グループは、分子の構造が一種類で均一に作られた抗体(モノクローナル抗体と呼ばれる)は、新型コロナウイルスの感染性をうまく抑えられると動物実験の結果などから報告している。抗体もばらばらな構造ではなく、性質を揃えれば、ウイルスのコントロールへの有効性を高められると見られる。
抗体をどう作るか、いかに維持するかなど解決すべき課題は少なくない。これまでの記事で指摘してきたように、感染症を増悪させる「抗体依存性感染増強(ADE)」の弊害を防ぐ観点も依然として重要だ。
免疫というと、抗体に関心が集まりがちだが、最新研究を見ていくと、T細胞も同レベルに大切だと考えられる。免疫パスポートの実現とも関係する。今は一般的ではないが、T細胞を検査できるような仕組みを一般化していくことも視野に入れておく必要はあるだろう。