2020年11月9日月曜日

学術研究の成果 国民に届かなくなる 長谷部恭男教授

 日本学術会議の任命拒否問題を巡って自民党の伊吹文明元衆院議長が「学問の自由と言えば、何かみんな水戸黄門の印籠の下にひれ伏さなくちゃいけないのか」と述べた5日)ことについて、共産党の小池晃書記局長は6日の記者会見で、「印籠を突きつけられるのは悪代官と相場が決まっている。自民党は自覚されている」と皮肉りました。
 野党が「学問の自由」を強調するからそれに同調したくないというのは子供じみていて、長いものでは数千年の歴史を持つ人類の叡智の蓄積である「学問」と、それを支えている「学術会議」に対して敬意を抱かないのは愚かなことです。学問に対する敬意の有無こそは教養のレベルの尺度といえます。

 しんぶん赤旗が、学術会議任命拒否問題で焦点となっている憲法23条の「学問の自由」「学問の自由」とは何か任命拒否をどうみるのかについて、憲法学の泰斗・長谷部恭男早大教授に聞きました
 「学術会議」の役割を通して「学問の自由」とは何かを改めて教えられます。
           ~~~~~~~~~~~~~~~~~~
学術会議任命拒否
学術研究の成果 国民に届かなくなる 
  「学問の自由の核心は研究者集団の自律にこそ
              早稲田大学教授(憲法)長谷部恭男さん
                    しんぶん赤旗日曜版 2020年10月8日号
 菅首相による日本学術会議の会員候補6人の任命拒否問題で焦点となっている憲法23条の「学問の自由」。「学問の自由」とは何か。任命拒否をどうみるのか-。早稲田大学の長谷部恭男教授(憲法)に聞きました。         田中郎記者

中長期的利益大きく損なう
 学問の自由は、「表現の自由」などの他の精神的自由権とは性格が違います。
 ほかの精神的自由権は、各人が自由に考えること、自由に表現することを保障すれば十分です。
 これに対し学問というのは、やや特殊な活動です。研究内容や手続き、結果の公表の仕方などには厳格な規律が必要です。たとえば理系であれば、どういう材料、器具で実験したのか、その結果も克明に記録しなければなりません。こうした規律は研究者聞の相互批判や検証を可能にするために欠かせません。
 研究分野ごとに定められた厳格な規律に従ってこそ真理は追求できます。
 学問の自由の核心は、こうした規律を研究者集団が自分たちで決めるという点にあります周りからの介入や圧力を受けて決めるものではありません。
 これは学術の成果を社会に反映・還元するごとを任務とする学術会議にもあてはまります。誰が専門の研究者・学者として活動すべきか、学術会議自身が推薦する候補者を、理由を明らかにしないまま政府が拒否することを許していては、結局、社会全体の中長期的な利益を大きく損なうことになります。

人事への政治介入は許されない
 日本国憲法に「学問の自由」が書き込まれているのは、明治憲法の時代に、滝川事件 (1933年)や天皇機関説事件(35年)といった学問の自由へのあからさまな弾圧があり、その反省の上に立っているからです。
 日本国憲法23条が定める学問の自由の保障内容には、①学問研究の自由 ②学問研究成果の発表の自由 ③大学における教授の自由 ④大学の自治 -が挙げられてきました。
 「大学の自治」の核心は人事の自律性です。だれを学長、教授にするのか。こうした人事は、優れた研究業績、研究能力があるかを研究者集団自身が厳格に評価し、自分たちで決めるということです。
 人事の自律は大学にだけではなく、学術会議にも妥当します。
 学術会議は、学者の中から優れた研究能力、研究業績のある人を集め、学術の成果を社会に浸透させることを設立目的にした機関です。
 優れた能力、業績がある人がだれかというのは、学術会議に集まっている人たちが自分たちで決めなければなりません
 学者でも研究者でもない人が「自分たちにとって都合の悪いことを言いそうだ」といったもくろみで人事に介入すべきではありません。
 学問研究の成果は、しばしば社会や政治の側から敵対的反応を招きがちです。とくに学者というのは世間ずれしていませんから、そのときどきの政権の意向に反するような結論であっても、ついつい言ってしまいがちです(笑い)。それを目先の利害から学者に圧力をかけてしまうと結局、世のため人のためになる活動の息の根を止めてしまうことになりかねません。

憲法15条は国の権限を制約
 首相は任命拒否について「(学術会議には)総合的、俯瞰(ふかん)的な活動が求められる」からだといいます。これは学問的な理由ではなく、ほかの事情に基づいて人事権を行使したと言っているのと同じです。完璧な人事介入です。「学問の自由を侵害している」と自白したようなものです。
 政府は任命拒否を正当化する根拠に憲法15条(別項)を挙げています。
 憲法15条は、国民の基本的人権(基本権)を保障した条項の一つです。基本権規定は、国民の権利を守るために政府の権限を制約する役割を持ちます。
 しかし政府は、憲法の基本権規定を国民の権利を守るためではなく、日本学術会議法の規定を超え首相の権限を拡大するために使っています。きわめて異様です。
 日本学術会議法は、学術会議からの「推薦に基づいて」、首相が会員を任命すると定めています。
 「基づいて」という文言は、行政機関の権限行使を強く拘束する場合に使われるものです。よほどの理由がなければ、「基づかない」で行使してはいけません。「よほどの理由」があるなら、正々堂々と明らかにすべきです。理由も説明できないで、首相権限の拡大のために憲法の基本権規定を持ち出すなど、全く理解できません

会員に既得権益などない
 誤解されたくないのは、この問題は学者たちが自分の身分を守りたくて言っているのではないということです。学術会議会員になることは特権や既得権益でも何でもありません。 私は2005年から9年間、学術会議会員を務めました。貴重な研究時間が割かれ、予算がなくなれば手当も出なくなり、ただ働きです。ボランティア以外の何物でもない。それでも国際交流や社会への提言など、「社会や公共のためになるなら」という気持ちでやっていました。
 学者の使命は、自分の学術的な成果を社会に還元していくことです。政府が間違ったことをしているのに黙っていたら、学者としての使命を果たせません

 日本国憲法15条1項

  公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。

  はせべ・やすお =1956年広島市生まれ。東京大学法学部卒。早稲田大学波学院法務研究科教授(憲法学)東京大学名誉教授「立憲デモクラシー会」呼びかけ人。『憲法講話24の入門講義』(有斐閣)、『戦争と法』(文藤春秋)など著書多数