5月9日のロシア戦勝記念日にプーチンが何を語るのかについての、いわゆるロシア通の専門家たちの予想はことごとく外れました。
何よりも勝利の宣言はなく、これまで「特別軍事作戦」と称してきた侵攻を「戦争」に切り替え、ウクライナに宣戦布告して総動員に道を開くのではという予想も外れました。かといって核兵器の使用を示唆する発言もなく、戦死者の遺族への補償に言及しただけという極めて堅実な発言に終始しました。
一方外部からの停戦への働きかけは今後もなく、代わりにウクライナに対して西側から一層潤沢に攻撃用兵器を供給することで、戦争は際限なく継続することになりそうです。
要するにウクライナ国民の悲劇は何時までも続き、ひとり米国の産軍複合体だけが大儲けをして目的を達するということになります。
問題は戦争が長引き経済制裁が続けばロシアが消耗し困窮するかどうかですが、それははっきりしない一方でEU各国は困窮が深まることになりそうです。
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戦争報道とはこんなもの ロシア専門家たちの見立ては大外れ
日刊ゲンダイ 2022/ 5/ 11
(記事集約サイト「阿修羅」より転載)
「やむを得ない、唯一の正しい決断だった」──。ウクライナ侵攻を正当化したものの、欧米で臆測が浮上していた「戦争宣言」はなかった。
戦況停滞の中で迎えた9日のロシアの対独戦勝記念日の式典。国民統合を象徴する一大イベントで、プーチン大統領が「特別軍事作戦」と称してきた侵攻を「戦争」に切り替え、ウクライナに宣戦布告し、総動員に道を開くとも報じられたが、戦死者の遺族への補償に言及するのみだった。
侵攻前から脅しをかけてきた核兵器使用を示唆する発言もなかった。この日に合わせ、ウクライナ東部ドンバス地方や南東部マリウポリに対する「勝利」が宣言されるという欧米メディアの予想も外れた。
侵攻で目立った成果を得られず、ドンバス制圧もままならない状況では、華々しく「勝利」をアピールできない。今の戦況で「宣戦布告」や「総動員令」に踏み込めば、ウクライナでの苦戦を認め、国民の間に動揺が広がりかねない。
つまり、プーチンは至って冷静な判断を下したとも言えるのだが、欧米だけでなく、日本のロシア専門家まで拍子抜け。その根底には「極悪非道のプーチンは何をしでかすか分からない」という極端な見方がにじむ。プーチンは「悪魔のようなあいつ」という偏向的なスタンスである。
裏を返せば、「悪魔」に国土を荒らされているウクライナの人々は「可哀想な被害者」。プーチンと戦うゼレンスキー大統領は「正義の英雄」という単純な「勧善懲悪」の二元論報道にも結びついてしまう。
安全地帯からの薄っぺらな希望的観測
日本も米国主導の対ロ経済制裁に参加し、ロシアから「非友好国」として名指しされている。日本政府がロシアの外交官ら8人を国外追放すれば、ロシアも入国禁止63人リストを突き付けてきた。少なくともロシアは、日本を「敵対国」とみなしているに違いない。
だからこそ、もっと冷静に、クールな報道が求められるのに、この国のテレビのコメンテーターは、プーチン批判の著書のある「ロシア専門家」のオンパレード。彼らにロシア政府サイドの情報が届くとは思えず、欧米の情報に頼った見立ては大外れだ。
NHKを筆頭に防衛省防衛研究所の専門家を取っ換え引っ換え出して戦況を解説させてもいるが、口をつけば大本営さながら。「ロシア軍の士気は大幅に低下している」「指揮命令系統に問題がある」との決まり文句ばかりである。
最近も「米欧が供与する兵器が届き次第、5月下旬から6月上旬にはウクライナは反転攻勢、攻撃を強めていく」と解説していた。むろん、彼らの説明を「フェイク」と決めつける気はさらさらない。しかし、戦地から遠く離れた“安全地帯”に身を置きながらの戦況分析が、どれだけ迫真に満ちたものなのかは誰にも分からない。
最下位に沈みながら「6月から反転攻勢や!」と息巻くどこぞの野球ファンじゃあるまいし、ある意味、贔屓チームに対する薄っぺらな希望的観測のように聞こえなくもないのだ。
「そもそも、防衛省の一員による戦況解説に違和感を覚えます。政府・与党を挙げ、憲法9条に基づく専守防衛を逸脱した先制攻撃になり得る敵基地攻撃能力の保有や、防衛費倍増などに邁進する中、まさに防衛省はその当事者。防衛省の一員が戦況解説を通じて視聴者を戦場に引き込むことで、この国の軍事化に正当性を与えようとしてはいないか。怪しいプロパガンダにメディアも手を貸しているようにも思えます」(立正大名誉教授・金子勝氏=憲法)
悪魔にも「正義と思い込んでいるもの」はある
自分たちに都合のいい情報と分析で、争っている双方が「勝てる」と言い合う。戦争報道とはこんなものとはいえ、ロシアだけじゃなく、西側メディアも無責任な言説を垂れ流してきた。
侵攻当初はロシア各地の反戦デモを大々的に報じ、「いずれロシア国民も決起する」と言われたものだ。ところが、ロシアの独立系世論調査機関が実施した4月調査でも、ウクライナでの軍事活動を「支持する」は74%。前月から7ポイント下落したものの、依然として高止まりだ。
というのも、すでにプーチン政権に嫌気が差した人々は国外に脱出。ロシアの独立系メディアが報じた連邦保安局の統計によると、今年1~3月に約388万人が国外に出た。決起への参加は物理的に不可能だ。
残った人々も当局による報復や拘束を恐れて、容易に政権には歯向かえない。国内での侵攻批判はご法度。最長で15年の禁錮刑だ。場合によっては6年以上の殺人より罪が重くなる。「決起せよ!」と無責任に叫ぶのは酷な話だろう。
侵攻直後は欧米などに厳しい制裁を科され、多くの外国企業が撤退や事業の一時休止を決定。通貨ルーブルは一時1ドル=約150ルーブルまで急落し、物不足への不安からスーパーの棚から商品が一斉に消えた。しかし、ルーブル相場は今や侵攻前よりも上向き、買いだめに走る人もいないという。たとえうわべだけでも平穏な暮らしが戻っていれば、なおさら「反旗」は期待しにくい。
ロシアが対独戦勝記念日を迎える前日、G7はゼレンスキーを招き、オンラインで首脳会議を開催。共同声明でロシア産原油の禁輸または輸入の段階的廃止に一致して取り組むと表明したが、全面禁輸に踏み切ったのは米国のみ。他の国は、あくまで「段階的」に過ぎない。その効果は、中国やインドがロシア産原油を輸入するなど制裁の抜け穴をふさがない限り、西側の結束を強めるだけの枠内にとどまる。
最大の勝者は米国の軍産複合体
パーキンソン病や甲状腺がんの悪化などプーチン重病説も根強い。先月末から今月上旬にかけ、英国の複数メディアと米ニューヨーク・ポスト紙は「プーチン大統領が、がんの手術を受けるため一時的に権力を手放す」と報じたが、この情報とて真偽のほどは定かではない。高千穂大教授の五野井郁夫氏(国際政治学)はこう言った。
「戦果も乏しく、記念日の演説で『宣戦布告』『戦勝宣言』に踏み込めなかったことを受け、プーチン氏が『追い詰められている』との論調も目立ちます。しかし、戦争に踏み切る力を失っているのなら、それこそ和平交渉に持ち込む好機。侵攻を正当化する主張を『虚言』と断ずる限り、この戦争は終わらない。もちろん、人道犯罪の責めは負うべきだし、プーチン氏に正義はないとしても、『正義と思い込んでいるもの』はある。プーチン氏は演説で『キエフ(キーウ)は核兵器取得の可能性を発表していた』ことを先制攻撃の理由に挙げました。このロジックで米国はイラクへの先制攻撃に打って出たわけで、米国の戦争は正当化され、われわれの戦争は許されないのはおかしいというのも『正義と思い込んでいるもの』のひとつ。メディアは今回の演説を『内向きな内容』と伝えていますが、プーチン氏を悪魔化している限り『外向き』のメッセージは読み解けません」
戦争の泥沼化で、ウクライナへの軍事支援は膨れ上がり、大半は米国製兵器の調達に費やされる。中国公式メディアは「この戦争の最大の勝者は米国とその軍産複合体」と批判したが、西側メディアの牽強付会よりも的を射てはいないか。
「米国は『近い将来』とする台湾侵攻に備え、同盟国・日本を巻き込みたい。その軍事体制づくりのため、日本国民を納得させる“正しい戦争”としてウクライナの戦闘の長期化を望んでいるのかもしれません」(金子勝氏=前出)
国同士の利害や思惑が渦巻く戦争に「正義」などない。感情論の勧善懲悪報道にどっぷり漬かるのは危険だ。