在ロシア9年のジャーナリスト・徳山あすか氏が、ロシア市民について日本のメディアが口にする「違和感があるフレーズ」に対し、内部に住んでいて掴めるロシアの現実を知らせてくれました。
日本人のロシア市民に対する浅薄な見方への警鐘と受けとめるべきです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
在モスクワの日本人もびっくり、実態とかけ離れたロシア報道
日本で報道されるありがちな「5つのフレーズ」に潜む危険
徳山 あすか JBpress 2022.4.28
5つの「ありがち」フレーズ
ここ2か月、日本発のロシアに関するニュースやコメントでよく使われているが、ロシア暮らし9年目でロシア社会を取材してきた筆者にとっては、違和感があるフレーズがある。
「対露制裁を強めれば、国民が立ち上がり政権崩壊につながる」
「ロシア人が苦しむのは自己責任」
「若者は反政府、高齢者は親政府」
「情報統制が厳しく正しい情報が伝わっていない」
「ロシアはありえない国」
この5つだ。本来のロシアの姿が「ロシアA」であるとするなら、上記5つの要素が合わさってニュースに登場することによって、日本人の中に「ロシアB」という、実態とズレたイメージが形成されているような気がする。
そのせいで、日本人が「ロシアB」を懲らしめて反省させるにはどうすればいいか考えている時に、肝心の「ロシアA」は痛くも痒くもない、ということになる。
ロシアAにおける価値観や世界観は、一般的な日本人のそれとはだいぶ違っている。それを順番に説明していきたい。
まず「対露制裁を強めれば国民が立ち上がる」説は、真逆の結果になる。
「ロシアB」という虚像を見ている人々のロジックは、制裁する→市民が生活に困る→制裁の原因を作った政府にノーを突きつける→政権打倒、ということだろう。
しかしリベラルな政治思想をもち欧米や日本のものが大好きというロシア人でさえ、「それはない」と断言する。
国民が本当に生活に困るレベルになれば、怒りの矛先は普段の政治信条に関係なく、制裁をしている欧米や日本へと向く。
一般的日本人のあなたは「そんなバカな。だってそもそもの原因を作ったのはロシアでしょ」と突っ込むだろう。しかしロシアAの世界では、そういう発想はまずわいてこない。
それはなぜか、第2のフレーズ「ロシア人が苦しむのは自己責任」と一緒に説明する。
例えば、日本からの物流が滞って日本製の紙おむつが3倍の値段になったとする。そうなると、負担が増えるのは小さい子供のいる一般家庭である。
親は、自分は政治家でもないし何も悪いことをしていないのに、なぜ庶民の暮らしを苦しめるのか、子供には何の罪もないのに、と考える。
外交や経済政策に決定権を持つ人々と、一般市民の間には高い高い壁があり、ロシア人としての連帯責任を感じることはまずない。
それでも読者の皆さんは「いやいや、ロシアの今の政権は選挙で選ばれたんでしょ。意思表示する権利はあったんだから国民に一定の責任はあるよ」と言うかもしれない。
そういう人にはアベノマスクを思い出してほしい。仮にあなたが、親子3代で自民党を支持しているとする。そこへコロナという未曾有の危機がやって来て、全世帯に2枚ずつ布マスクを配布すると言い出した。
それから2年の時が過ぎ、8000万枚の在庫を抱え、配送や処分に5億円はかかると言われている。
自民党支持のあなたは「アベノマスクなんてお金ばっかりかかって何の意味もなかった。あなたにも一定の責任がありますよ」と言われたら、心外ではないだろうか。
もちろん、事の重大さとしてはウクライナ危機と比べるまでもない。
あくまで「あなたにも責任がある」と外部の人に言われたとき、「それは違う!」と反発したくなる気持ちをイメージしてもらうためにこの例を挙げただけだ。
つまり、いくら外部が「ロシア人の自己責任」と主張したところで、本人たちにその感覚がなければ、その主張は意味をなさないのである。
第3のフレーズ「若者は反政府、高齢者は親政府」が意味するのは、プーチン大統領を絶大支持し、ロシアで言うところの軍事作戦に賛成しているのは高齢者だということだ。
その理由としてよく挙げられるのが、第4のフレーズ「情報統制が厳しく正しい情報が伝わっていない」である。
プロパガンダテレビしか見ることができず、西側の「正しい」(とされる)ニュースにアクセスできない人々が、洗脳されているというわけだ。
しかしこれこそ大いなる勘違いだと思う。
筆者は、ロシア人が、一方的に与えられる情報に洗脳されているとは思わない。誰しもが、自分の嗜好に従って、自らが求めるコンテンツを見ているだけだ。
テレビが好きな人は、今回の騒乱が始まるずっと前から、テレビ好きだ。
特に政治トークショーを好んで見る人は、たくさんのコンテンツがある中で(チャンネルの数と種類は日本よりずっと多い)それを見てきたし、今も見ている。
普段ほとんどテレビを見ずに、情報収集は主にSNSという20代、30代でも、「支持派」はたくさんいる。
かと思えば、60代以上で、子供や孫が動員されるのではと恐れる人も多い。年代で簡単にくくれるものではない。
ツイッターやフェイスブック、インスタグラムといったSNSはVPN(Virtual Private Network=仮想専用線)を経由しないと使えないが、ユーチューブは制限なしで見られる。
その気さえあれば米国の資金で運営されているチャンネルで毎日、西側の視点から見たウクライナ情勢を流しっぱなしにすることもできる。
メッセンジャーアプリ「テレグラム(Telegram)」では、親ロシアから反ロシアまで、様々な意見や政治カラーをもつロシア語チャンネルがあり、ユーザーは好きなものを登録する。
登録すると、チャンネル運営者の主義主張に沿ったニュースや動画が絶え間なくスマホに飛んでくる。
要は、自分が何を見聞きしたいのかによって、情報を得るプラットフォームを選び、さらにそこからチャンネルを選んでいるというだけのことである。
筆者は意識的に、ロシアと西側の主張を半々くらい読むようにしているが、そういう人はあまりいないと思う。
どんな人も、自分にとって受け入れられないものを見聞きするのは苦痛だし、頭に入って来ない。もともとの自分のポジションとそぐわないコンテンツは、自然と見なくなる。
ロシアが全面的に120パーセント悪いと信じる人が、在日ロシア大使館のツイッターを100回読んでも意見を変えたりしないのと同じである。
結局、フレーズ3とフレーズ4をまとめて何が言いたいかというと、情報統制は日本でイメージされているほど厳しくなく、反体制派のラジオ局やテレビ局が閉鎖されたといってもそれに代わるコンテンツは山ほどある。
情報統制があるから国民が洗脳されているのではなくて、年齢にかかわらず、皆が見たいものを見ている。
その結果、利用するプラットフォームに差が出ている、ということだ。
第5のフレーズ「ロシアはありえない国」の意味するところは、欧米や日本の常識が通用しないとか、ロシアは泥棒国家、基本的に信じてはいけない、など様々なニュアンスを含んでいる。
一つ例を挙げよう。4月初頭、日本のある一流経済誌に掲載された記事では、外資系企業がロシアから撤退したはずなのに、ロシア側パートナーによって(勝手に)営業を継続することに対する批判が展開されている。
同記事には「有名なところではマクドナルドでも起きていて、同社ロゴに類似したUncleVanya(ワーニャおじさん)として営業を継続している。(中略)ブラックジョークとしては片付けられない状況が続いている」と書いてあった。
だが、マックはワーニャおじさんとして営業してなどいない。ロゴはインターネット・ミーム、つまりSNS用のお遊びにすぎない。
ロシア人はミームを作るのが好きだ。ミーム化されたサンクトペテルブルクの現場には、閉店したマクドナルドがたたずんでいるだけだ。
ワーニャおじさんという名称は、ロシアに住んだことのある人なら必ず一度は見たことがある、野菜の瓶詰めのブランドだ。
ワーニャおじさんブランドを展開するRuspole brands社は、この名称を飲食店の店名としても使えるように商標登録してあることを明かしたが、それは将来の可能性に備えてあらかじめ取っていたもので、ネット上に流布しているミームとは一切関係なく、今のところ飲食店を開く計画もないと公式ホームページで否定している。
つまり、ロシアはそもそもありえないことを平気でやる泥棒国家だという前提・思い込みがあると、明らかに誤った情報でも鵜呑みにし、ジョークと真実の区別がつかなくなる。
前述の記事を書いた人も、この話が西側の国だったら、きっと事実関係をもっと注意深く検証したと思う。
それなのにロシアが相手だと、ロシアはそういうものだからと思って、なぜか思考停止してしまうのだ。このような例はほかにも多々ある。
本来の姿「ロシアA」を見えなくさせるのは、フレーズのマジックだけでなく、報道姿勢もあると思う。
ある有名番組から出演の打診があったとき、名前も顔も出します、と言ったところ、先方から断られたことがある。
出てほしいが、匿名でお願いしますと言うのである。
そもそもロシアで働くジャーナリストは数少ないのですぐ誰が誰だか分かるし、私の発言は私の自己責任だから心配しないでほしいと言ったが、やはり断られた。
犯罪被害者の場合を除いて、報道は匿名より実名が良いに決まっている。
考えすぎかもしれないが、説明された番組コンセプトを考慮すれば、「ロシアに住んでいて自由な発言ができない日本人が、匿名でロシアを告発している」ような印象を視聴者に与えたかったのだろうと思う。
一時期、マックやユニクロの撤退が話題になった頃は、モスクワ在住の筆者のところにも山ほど取材依頼が来たし、砂糖が消えた棚とか、閉店した店舗の「絵」が好まれた。商品やサービスがなくなって市民が困り、制裁の効果が出ているのを「目で見て実感したい」というニーズがあるのは理解できる。
しかしそれも積み重なれば、実態とは違う印象を与えると思う。
一時的な買い占めにより様々な商品が店頭から消えては復活したが、復活したことは大してニュースにならないので、ずっと物不足が続いているように思ってしまう。
ちょっと話が戻るが、第3のフレーズには「都市部の人は反政府、田舎の人は親政府」というバージョンもある。
しかしこれも乱暴な見方で、実際はごちゃまぜだと思う。筆者は大都市圏だけでなく、シベリアにも、ウラルにも、極東にも、コーカサスにも友人がいるし、年齢層も20代から高齢者まで様々だ。
その立場から言うと、5人以下のインタビューを記事にしているケース、同じような主張の人ばかり集めたケースはあまりあてにならないと思う。
それは、記事が正しくないというのではなく、ロシアの全体像を把握するのには役に立たないという意味である。
そもそもの話、ロシア人(民族的にではなくロシア国民)の姿を平均化すること自体、不可能だ。
ロシア人は、自分の属するコミュニティ内で生活が成り立つわけだから、あえてそこから飛び出して、自分と全く世界観が違う人々と交わる必要はない。
むしろ外国人の筆者の方が、ロシア人よりもロシアの多様性を実感しているのではないかと思う。
ロシアに関する記事のニーズが伸びるとともに、様々な書き手やコンテンツの作り手が参加する。
コンテンツの発信にはもはや、プロもアマもない時代だ。
そういうとき、情報を受け取る側の人には、この記事で挙げてきた、作り手にとって使い勝手の良い「それっぽい言説」に注意してほしいと思うのである。