2015年11月28日土曜日

戦争法案強行採決と国民のたたかい(その1) (五十嵐仁氏) 

 元法政大学 社会問題研究所所長(教授)の五十嵐仁氏が、通常国会での「戦争法案の強行採決と国民のたたかい」を発表しました。本格的な総括です。
 同氏のブログ「五十嵐仁の転成仁語」に3回に分けて掲載されるということで、今回はその第1回分です。
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[論攷] 戦争法案強行採決と国民のたたかい(その1)  
五十嵐仁の転成仁語 2015年11月28日 
〔以下の論攷は、『治安維持法と現代』No.30、2015年秋季号、に掲載されたものです。3回に分けてアップさせていただきます。〕
 「このような暴挙は許されない」と、誰もがそう思ったことでしょう。通常国会の焦点とされ、九五日間もの延長の末に九月一九日に強行採決された戦争法案(安保法案)のことです。とりわけ最終盤では、連日、国会正門前に多くの人々が集まり、激しい抗議の声が上がりました。それを無視する形で採決が強行されたのです。
 法律が成立した後の世論調査で、八割もの人が「審議尽くされていない」(共同七九・〇%)、「十分に説明していると思わない」(同前八一・六%)、「説明不十分」(読売八二%、毎日七八%)、「審議不十分」(産経七八・四%)などと異議を唱えているのも当然でしょう。
 戦争法案が国会に提出されたのは五月一五日でした。成立したのは九月一九日ですから、約四ヵ月間の審議になります。通常国会の会期は六月二四日まででしたが、六月二二日に九五日間延長され、九月二七日までとされました。
 衆参両院での審議時間はあわせて二二〇時間に達しました。しかし、今回の法案は現行の一〇本をまとめて改正する一括法「平和安全法制整備法案」と、いつでも自衛隊を海外に派遣できる新法「国際平和支援法案」の成立でした。合計一一本の改正と成立ですから、一本あたりにすれば二二時間にすぎません。国の基本的なあり方を左右する法案の審議時間としては極めて不十分だったと言うべきです。
 しかも、審議の過程では答弁が二転三転し、審議の中断は衆参両院で二二五回を数えました。行政府の長である安倍首相が立法府の議員に「早く質問しろよ」「そんなこと、どうでもいいじゃん」などというヤジを飛ばしたこともあります。八割もの国民が「説明不十分」と感じた背景には、このような誠実さを欠いた不真面目な答弁ぶりにもありました。
 
一、国会での審議・採決を通じて何が明らかになったのか
 
二重の意味で破壊された立憲主義
 このような審議を通じて明らかになったのは、二重の意味で憲法違反だという事実でした。一つは、歴代内閣によってこれまで憲法上認められないとされてきた集団的自衛権の行使を容認し、自衛隊を海外に送り出して戦争できるようにするという内容上の違憲です。
 もう一つは、憲法の改正手続きを経ることなく内閣の憲法解釈を変えることでこれを実現してしまったという手続き上の違憲でした。憲法を改正しなければ行使できないから改憲が必要だとされてきたのに、正規の改正手続きを経ることなく行使できるようにしてしまったのですから、「裏口入学だ」と批判されたのも当然です。
 六月四日の衆院憲法審査会に参考人として出席した三人の憲法学者は、自民党が推薦した長谷部恭男早稲田大学教授を含めて全員「憲法違反だ」と証言しました。東京新聞が全国の大学で憲法を教える教授ら三二八人にアンケートを実施した結果、「合憲」だというのはたったの七人(三%)にすぎず、「憲法違反」は九割に上っています。
 それに、憲法第九八条と第九九条違反という問題もあります。第九八条は憲法の最高法規制を定め、「その条規に反する法律……の全部又は一部は、その効力を有しない」ことを明らかにしています。戦争法は内容と手続きの両面で憲法に違反していますから、たとえ成立しても法律としての「効力を有しない」ことになります。
 また、第九九条は「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」として、憲法尊重擁護義務を定めています。憲法に違反する法案を提出し、その成立を図ることは許されず、安倍内閣の閣僚もそれを成立させた国会議員も憲法尊重擁護義務に違反していたことになります。
 憲法に基づく政治運営という原則が立憲主義です。このような原則が侵されれば国の土台が崩れてしまいます。憲法違反の法律を廃止し、そのような法律を制定させた行政と立法のあり方を正すことによって立憲主義を回復することは、国の土台を立て直すための最優先の課題だと言わなければなりません。
 
否定された「平和国家」としてのあり方
 この法案の提出にあたって、安倍首相は憲法の理念としての平和主義も専守防衛という国是も変わらないと強調しました。この法案は「平和安全法制」の整備を目指すもので戦争法案というのは不当なレッテル張りだと反論していました。しかし、これは真っ赤な嘘です。
 この法律によって、自衛隊はいつでも、どこでも、たとえ先制攻撃による無法な戦争であっても、それが「存立危機事態」であると認定されれば集団的自衛権の行使によって、「重要影響事態」と判断されれば重要影響事態法によって、国際の平和に関わるものだとされれば国際平和支援法によって、自衛隊を海外に派遣することが可能になります。
 そこで「後方支援」という名目のたん活動に従事し、時には治安維持や捜索・救助活動を行ったり任務遂行のために武器を使って戦闘行動に加わったりすることになります。これは戦争への参加そのものではありませんか。
 しかも、集団的自衛権の行使容認の理由とされたホルムズ海峡の機雷封鎖解除について安倍首相は「具体的に想定しているものではない」と答弁し、半島有事における日本人母子を輸送する米軍艦の防護について、中谷防衛相は邦人が乗っているかどうかは「絶対的なものではない」と答えました。集団的自衛権行使容認が必要な具体例として示されていたケースですが、いずれも否定されたことになります。
 それならなぜ、このような法律が必要なのでしょうか。法律が必要とされる具体的な根拠、すなわち「立法事実」が存在しないことになります。それらは単なる口実にすぎませんでした。法律の目的は他にあったのです。
 中東地域や南シナ海などで多国籍軍や有志連合の一員として米軍などを助け、肩代わりすることが真の目的なのです。戦争法で可能になる自衛隊の任務の拡大は、「第三次アーミテージ・ナイ」報告で求められている内容と見事に一致していました。
 日本が攻撃されていなくても、米国などの要請によって戦争に加われるようにするための準備が法整備の真の狙いなのです。まさに「戦争法」そのものではありませんか。そのような法律の成立によって、「平和国家」としての日本のあり方も専守防衛という国是も根底から覆されてしまったことは否定できません。
 
踏みにじられた議会制民主主義
 戦争法案の採決のやり方も滅茶苦茶でした。議会制民主主義が踏みにじられ、法成立のための手続き上の瑕疵があったことは誰の目にも明らかです。
 戦争法案は七月一六日の衆院本会議で野党が退席して抗議の意思を表明するなか、自民党と公明党の賛成で採択され参院に送付されました。参院では九月一五日の中央公聴会、翌一六日の地方公聴会を経て一七日に特別委員会で採決が強行されます。参院本会議は、翌一八日から一九日未明にかけて開かれ、与党の自民・公明両党と野党の次世代の党、日本を元気にする会、新党改革の賛成で成立しました。
 この間、地方公聴会の内容が委員会に報告されることも、それを反映した質疑が行われることもありませんでした。本会議では野党の抵抗を阻むために発言時間を制限する動議が採択されています。とりわけひどかったのは、特別委員会での採決の強行です。
 委員会が再開されて鴻池祥肇委員長が着席した途端、自民党の若手議員が周りを取り囲み、大混乱の中で五回も採決されたことになっています。しかし、速記録には「議場騒然、聴取不能」としか書かれていません。委員には委員長の言葉は聞こえず、委員長は委員の様子を見ることができなかったでしょう。委員長を囲む輪の中にいた自民党の佐藤正久筆頭理事が手を上げて合図を送る様子がテレビに映っていました。
 まともな議事運営が行われなかったことは明らかで、到底法案が採択されたとは言えません。議事運営続き上の瑕疵があったことは否定できず、「安保関連法案採決不存在の確認と法案審議の再開を求める申し入れ」(メール署名)に五日間で三万人以上の署名が集まったのも当然でしょう。