かつて中東レバノンの駐在大使を務め、中東問題に最も詳しい一人である天木直人氏に、日刊ゲンダイがインタビューしました。
天木氏はレバノン大使時代、小泉首相が米国のイラク攻撃を支持したときに、「米国のイラク攻撃を支持してはいけない」と直接進言したためにその職を失いました。
今はフリーの立場で、複雑で根深い問題をかかえている中東問題について何の知識も持たない安倍首相に対して、「IS問題に係わってはいけない」と繰り返し警告してきました。
しかしその意味を理解できない首相がそれに従う筈もありません。
天木氏は、これまで中東に対して世界の主要国がどのように対応してきたかを述べるなかで、結局G8の主要国でISから本来憎まれない国は唯一日本であったことを明らかにしました。
従って本来であれば日本は中東問題で最も指導力を発揮できる国になった筈なのに、「有志国連合の一員としてISと戦う」などと安倍首相が愚かな発言を繰り返したために、今では完全にISの敵だと見なされていると述べました。
愚かな首相というしかありません。
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元大使・天木直人氏「中東の不条理は武力では解決できない」
日刊ゲンダイ 2015年11月24日
パレスチナ問題でスンニ派結束の可能性
過激派組織「イスラム国(IS)」がパリで起こした同時テロに世界中が震撼している。だが、このモンスターは12年前に米国が始めたイラク戦争の結果、台頭したことは、もはやブレア英首相ですら否定できない事実。結局、米国が主導する「テロとの戦い」は、その解決策を誤ったのではないか。当時、小泉首相に「米国のイラク攻撃を支持してはいけない」と進言し、外務省を解雇されたのがこの人、元レバノン特命全権大使の天木直人氏だ。反骨の元外交官は、今回の惨劇と混沌をどう見ているのか。
――パリの事件を受け、G20が対テロ戦争で「連帯」を表明し、米仏はISへの空爆強化を表明しました。
世界の安全のために、有志連合が言うような武力攻撃でテロを封じ込めることができるのならそれでいい。しかし現実には無理なのです。特に、ISを封じ込めることはできない。それはもう誰もが認めざるを得ません。暴力と弾圧が繰り返される悪の連鎖の典型に陥っています。
――武力ではIS掃討はできないということですね。
ISの台頭が報じられ始めたのは昨年5月でした。ちょうど私は入院していてテレビばかり見ていたからよく覚えているのですが、大型車両に乗った真っ黒な服を着た兵士たちが出てきて、彼らは「俺たちは帰ってきた。落とし前をつけに来た」と言っていたのです。「落とし前」という言葉を聞いた時、「これだ」と思いました。米国が9.11後にアフガンやイラクでやったことに対する“復讐”ということでしょう。米国はそれだけ不条理なことをしたのです。
――不条理ですか。
私の中東問題の原点は、二十数年前のサウジアラビア勤務と01年からのレバノン大使としての経験にありますが、やはり、中東、イスラム、アラブというのは不当な差別を受けていると思うんですね。いろんな意味で。典型的なのがパレスチナ問題です。イスラムが差別される根底には、やはりイスラエルの存在がある。ここのところを、頭ではなく実感として理解しないと、なかなか分からない。中東の不条理というか不正義です。
レバノンにもパレスチナ人がいるのですが、彼らと話すとみな一様に、「いま自分たちに核兵器があったら、ためらいなくテルアビブに撃ち込み、イスラエルをやっつける」と言う。「そんなことはするな」と言うと、「おまえらにそんな権利はない。誰も俺たちを止められない」と。積年の差別に対し、米国が「これまでの行動は間違っていた」と謝罪するなど世界があっと驚くようなことをしないと、ちょっとやそっとでは彼らの恨みは晴らせないと思う。だからISに対しても、まずは米国が空爆を止めて「話し合おうじゃないか」と働きかける。いくら話が通じない相手だといっても、これ以上軍事的な攻撃を強めても、問題が悪化するばかりなのは自明です。
――パリのテロの前日(12日)、レバノンの首都ベイルートで2件の自爆テロが相次ぎ、43人が死亡、239人以上が負傷しました。こちらもISの犯行とされていますが、パリと比べほとんど報道されていません。
レバノンでのISのテロには重要な事実があります。シーア派組織のヒズボラの拠点を狙ったテロだったということです。私がレバノンにいた時、レバノンで起こるテロはヒズボラによるものと相場が決まっていて、ヒズボラの敵は米国だった。現在、ヒズボラはイランの影響下にあるといわれていたり、最近はシリアのアサド政権を支えるアラウィー派(シーア派の一派)と共闘している。だからあの自爆テロは、スンニ派対シーア派の宗教戦争の側面もあるのです。私は今度のことで、ますますスンニ派が団結するのではないかと危惧しています。
――この宗教戦争はISの世界的なテロにどんな影響を与えるのでしょう?
レバノンの事情通は「シーア派のヒズボラよりもスンニ派のテロの方が脅威だ」と常々、口にしていました。なぜなら、シーア派のヒズボラのテロは米国の中東支配に対するイランの代理戦争というべきものでしたから、まだ外交的な解決が可能でした。しかし、スンニ派の敵というのは、イスラムの教えに背き堕落したサウジ王政です。サウジは石油が出て大金持ちになったものの、湾岸戦争以降は完全に米国に屈服した。サウジはイスラム教の総本山ですが、そこに米兵を入れ、女性兵士まで入れた。これはアラブにとっては許されない冒瀆で、狂信的なだけに外交的には解決できないテロなのです。
アルカイダとISが共闘の衝撃
――スンニ派はどう団結するのですか。
一部で報じられていますが、最近、これまで敵対していたアルカイダとISが共闘し始めたという情報があるのです。どちらもスンニ派ですが、これは衝撃的なことで、後々にはやはりスンニ派のパレスチナとも共闘し、その攻撃の矛先は米国とイスラエルに向かうのではないか。パレスチナ問題が絡んでくれば、世界中のアラブがこれの味方をするのではないか。私はそんなふうに見ています。
――ISはパレスチナ解放をあまり言っていないように思いますが。
確かに一時、ISはパレスチナのハマス(暫定自治区の政権与党)とケンカしているという説があったので、パレスチナを助けないISはおそらく長続きしないだろうと見ていました。ところが最近、ISがパレスチナ問題を言い出しているのです。もちろん、ISの思惑は分かりませんし、自らの生き残りのためにパレスチナ問題を利用している面があるかもしれません。しかし、ISもハマスもスンニ派ですし、それが結びついて、アラブの究極の不正義であるパレスチナ問題を訴えれば、結束の力は大きくなる。世界戦争、ハルマゲドンにつながりかねない深刻な事態です。
――日本人はどうしても「テロとの戦い」を欧米の視点で捉えがちです。
ISのこれまでの発言にあるのは、植民地支配に対する抵抗なんです。第1次世界大戦後にサイクス・ピコ協定(英露仏で結ばれたオスマン帝国の分割)で支配され、第2次大戦後には米国がイスラエルを通じて中東を支配した。ISは新旧の帝国主義者に対して歯向かっているわけです。これに新旧帝国主義者は空爆でもって武力で抑え込もうとしているという構図。つまりISの敵は、この新旧帝国主義者とこれに追随してアラブを裏切ったサウジアラビアやヨルダンなど親米国家で、その他の国はほとんど無関係なんです。
――そういう意味では、日本も無関係ですよね。
G8の主要国でISから本来、憎まれない国は唯一、日本なんですよ。イラク攻撃でブッシュをあそこまで応援した小泉さんの時に、アラブを失望させたことは事実です。しかし、失望させたことと敵に回すことは別で、敵ではなかった。ところが「有志国連合の一員としてISと戦う」など、安倍さんの一連の言動で、完全に敵だと見なされてしまった。日本は歴史的な認識が欠如した大きな間違いを犯したというのが私の見解です。日本が安倍さんではない首相で、「テロはもちろん間違っているけれど、武力では解決しない」と発言していれば、ISは日本を敵視しなかったでしょう。もちろんだからといって、ISが戦いをやめる保証はないですよ。だけど、そう発言していれば、日本は世界でいま一番指導力を発揮できる国になり得たでしょう。
――12年前に「イラク戦争に参加すべきでない」と公電を打ち、解雇されたわけですが、結局、それは正しかった。いま振り返ってみて、どう感じていますか。
公電を打ったのはレバノンの人がみんなそう言っていたからです。米国がサダム・フセインをやっつけるなんて1日でできるだろう。しかし、米国はイラクが新しい民主国家に生まれ変わり、平定すると考えているが、まずそうはならない。場合によっては、中東全体が混乱する。最悪の場合は世界が混乱する。レバノン人はそこまで助言してくれていたんです。まさにあの時、私は「警告」を発したのですが、その通りのことが、最悪の形になってしまいました。
公電を打ったのはレバノンの人がみんなそう言っていたからです。米国がサダム・フセインをやっつけるなんて1日でできるだろう。しかし、米国はイラクが新しい民主国家に生まれ変わり、平定すると考えているが、まずそうはならない。場合によっては、中東全体が混乱する。最悪の場合は世界が混乱する。レバノン人はそこまで助言してくれていたんです。まさにあの時、私は「警告」を発したのですが、その通りのことが、最悪の形になってしまいました。
▽あまき・なおと 1947年、山口県下関市生まれ。68年、京大法学部を中退し、上級職として外務省入省。在サウジアラビア大使館参事官(82~84年)、在レバノン特命全権大使(2001~03年)などを歴任。03年、イラク戦争に反対する公電を発し、解雇処分。現在は自由な立場から評論、執筆活動を続けている。