今やトルコもイランも反米親露の政権になり、ロシアの影響圏はかつての防波堤を破ってペルシャ湾やインド洋、地中海まで達している。インド洋に出るという革命前からのロシアの夢が達成された。米国の稚拙なテロ戦争が、ロシアの影響圏を史上最大に広げてしまった。プーチンは米国のおかげでスターリンを超えた。コロナで欧米経済が自滅するのを尻目に、今のロシアは経済的にも順調だ。(田中宇の国際ニュース解説 記事一覧 概要説明より)
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余裕が増すロシア
田中 宇 2021年4月4日
ロシアと親しく、覇権動向に詳しいノルウェーの大学教授(Glenn Diesen)が「世界の覇権構造はすでに米単独型から露中米などが並び立つ多極型に転換したのに、米国は多極化の現実を認めたがらず、多極型の体制下で通用しない他の極をことさら敵視制裁する策に固執し、露中を敵視し続けている」といった趣旨のことを発言している。米国が多極化の現実を認めたがらない理由は、勝者がすべてを取るやり方(winner-takes-all ideology)に固執しているからだという。米国は、露中をいくら敵視・経済制裁しても、多極型の世界では露中が、貿易決済の非ドル化やユーラシア内陸交通網の構築などの方法で、米国抜きで経済発展や同盟強化できてしまう。米国は、露中を敵視するほど孤立し、相対的に弱体化する。米同盟諸国は、米国との共倒れを防ぐため、対米従属を続けられなくなる。(Washington’s Hegemonic Ambitions Defy Multipolar Reality, Risking Catastrophic Conflict)
ディーゼン教授によると、世界が米単独覇権型から、多極型や米中2極体制に転換するのなら、欧州(や日豪など同盟諸国)は、極の一つにすぎなくなる米国だけに従属する従来の国家戦略を続けたくない。多極型の体制下で、欧州(や日豪)は米露中などすべての極と付き合いたい。だが、米国は同盟諸国が露中など敵方の諸大国と付き合うことを許さなくなっている。米国は、露中と付き合うなら同盟を出ていけ、同盟国であり続けたいなら露中と付き合うな、と二者択一を迫る傾向を強めている。同盟諸国は、思想的にリベラルな米国が好きでも、米国についていけなくなっている。 (Washington's Hegemonic Ambitions Defy Multipolar Reality, Risking Catastrophic Conflict)
(そもそも最近の米国は、濡れ衣の理由に基づいて他国の自由・民主の欠如を針小棒大に過激に非難する不正かつ不寛容・非リベラルな姿勢を世界的に続けている。米国は国内的にも、リベラルを自称しつつ、全く不正かつ不寛容な非リベラルな状態になっている。リベラル主義は、非リベラルな諸国に悪のレッテルを貼って経済制裁して潰す策と一体になって米英覇権体制の維持に使われてきたが、今やこのやり方全体が、過激で自滅的な運用の末に壊れている。ロシアの政治体制は民主主義だ。米国が支援する野党人士ナワリヌイはロシアで人気がほとんどない) (“The EU in its current form is a tragic mistake of the European history”)
コロナ危機で国際的な人的交流の停止や物流の崩壊が起こり、世界経済が寸断されているが、これは米国が単独で世界を主導してきた経済覇権体制を壊している。寸断された世界の中で、露中(など非米諸国)は、米国と無関係な新たな経済システムを構築している。米国が露中を敵視制裁するほど、露中は非米的に自分たちを強化して逆に台頭し、米国は孤立と覇権低下を加速して自滅する(世界経済を寸断するコロナの長期化で、露中台頭と米自滅の傾向が加速している)。 (The International Economic System After COVID-19) (ロシアを濡れ衣で敵視して強くする)
冷戦期にニクソン米大統領が中国と関係改善し、中国とソ連を引き離して冷戦に勝った。米国は、今回も同様の露中引き離し策をやれば良いという見方がある。だが、ニクソン時代には中ソが対立していたが、今は逆に中露が結束している。今のロシアと中国は、相互に相手国を必要としている。今回はニクソン時代と逆で、米国はロシアと関係改善してロシアを中国から引き離す必要があるが、ロシアは中国から離れたくない。だから露中の引き離しは無理だ・・・。私が読み取ったディーゼン教授の分析の要旨はそんな感じだ。 (US Hegemony Depends on Keeping Russian Energy, Chinese Technologies Away From Europe, Prof Says)
今の時期にロシア側の分析者から「すでに世界は多極化した」という指摘が出てくる理由は、タイミング的に、米国の政権がトランプからバイデンになって、バイデン新政権がトランプ時代のような露中への敵視をやめて、すでに台頭している露中に協力してもらうかたちで、既存の米国覇権体制を維持する道を選ぶ可能性があったことと関係している。露中は、米国が自分たちの権益を認めて各種の譲歩をするなら、多極型に固執せず、しばらく米国覇権体制のままでの世界運営に付き合っても良いと考えていた。その方が世界の政治対立を緩和できて良かったので、露中はバイデンに期待していた。しかし実際のバイデンは、トランプの露中敵視を踏襲し、露中への制裁をむしろ強化しつつ単独覇権に固執した。これを見て露中は、米国と協調する道をあきらめ、米単独覇権体制を壊しつつ多極型への転換を不可逆的に進めることにした。 (Escobar: Putin, Crusaders, & Barbarians) (Biden's Post-Trump NATO-Reset Points To Fading US Global Power In Multipolar World)
バイデン政権はむしろ、トランプの時よりもさらに「うっかりロシアを有利にしてしまう策」をやりまくっている。たとえばバイデンがリベラル主義を振りかざしてサウジアラビアのMbS皇太子に「反体制人士カショギを殺した罪」をなすりつける報告書がそうだ。MbS皇太子は確かにカショギ殺害の責任者だろうが、殺害にゴーサインを出したのは米当局であり、米国はMbSのさらに上位にいる「カショギ殺害の最高責任者」である。米国からはしごを外されて極悪のレッテルを貼られたMbSは、米国との関係に見切りをつけ、ロシアや中国に急接近している。 (US cooling could help Russia boost ties with Saudi Arabia)
サウジもロシアも世界最大級の産油国だ。これまで、サウジは親米、ロシアは反米の側だったが、今や露サウジの両方が反米(というより米国から不正に敵視された非米)の側になり、露サウジが米国に楯突く形で世界の石油市場をOPCE+として支配していく傾向になっいる。露サウジ同盟には、世界最大の石油消費国になりつつある中国も入っている。核武装の濡れ衣をかけられて米国に敵視されているイランと、その傘下のイラクも大産油国だ。中南米で米国に敵視されているベネズエラも。これらの産油諸国はすべて非米反米の側であり、露サウジと連携し、世界の石油ガスの支配権を米欧から奪って自分たちのものにし始めている。石油ガスの覇権は、米国から離れ、中露サウジなど非米側に移っていく。 (Including Iran in Moscow-Led Economic Group Will Upend Former Soviet Space)
米欧はインチキな地球温暖化対策に自滅的に固執し、石油ガスから離れているが、自然エネルギーが米欧の主要なエネルギー源になることはなく、温暖化対策の政策はいずれ大失敗する。しかも、そのころになって人為が温暖化の主因でないことが現実としてわかっていく。米欧の人々は騙されていたことに気づき、石油ガスのエネルギー体制に戻ろうとするが、その時にはすでに石油ガスの世界的な利権の多くが中露など非米側に握られている。ロシアのプーチンは、この流れをすでにつかんでいる。 (How US tensions with Russia and China could impact Israel)
ロシアの影響圏(旧ソ連)のすぐ南側にあるトルコとイランはかつて、英米がロシアを封じ込めて南下を防ぐための防波堤の役割をしていた。トルコはNATOに入れてもらったし、イランはイスラム革命で反米に追いやられたもののロシアと仲が悪いままだった。しかし、911後に米国がテロ戦争でイスラム世界を敵視し、イランに核武装を濡れ衣をかけて潰そうとする中で、ロシアは米国に敵視されたトルコやイランに接近した。米国がシリアを内戦にして政権転覆しようとするのをロシアとイランが防ぎ、シリア内戦の負け組になったエルドアンのトルコは米国を見限ってロシアに接近した。(トルコは最近、NATO加盟国としてウクライナに軍事支援し、ロシアに楯突く感じを醸成しているが、これはロシアと謀った上での目くらまし的な演技だろう) (Turkey, Ukraine Press Forward With Plans for Two-Front Anti-Russian Proxy War)
その結果、今やトルコもイランも反米親露の政権になり、ロシアの影響圏はかつての防波堤を破ってペルシャ湾やインド洋、地中海まで達している。インド洋に出るという革命前からのロシアの夢が達成された。イランはロシアの経済圏EEU(ユーラシア経済同盟)に正式加盟したがっている。インドも最近ロシアから最新鋭の迎撃ミサイルS400を買うことを決め、米国が激怒しても無視している。米国の稚拙なテロ戦争が、ロシアの影響圏を史上最大に広げてしまった。プーチンは米国のおかげでスターリンを超えた。まさに隠れ多極主義である。コロナで欧米経済が自滅するのを尻目に、今のロシアは経済的にも順調だ。 (US Has Delhi in a ‘Dilemma’: Former Indian PM's Advisor on US Threat of Sanctions over S-400 Deal)
これまで米国(米英)は、自分たちの側が民主的で自由で寛容なリベラルなので「正義」で、この規範に従わず米英に楯突いてくる諸国に「悪」のレッテルを貼った上で、経済制裁や野党テコ入れをして政権転覆する覇権維持策を採ってきた。米国はロシアにいろんな濡れ衣を着せて「悪」のレッテルを貼り、経済制裁してきた。だが実のところ、シリアでは、米軍がシリアの油田を占領し、石油を汲み出して勝手に密輸出してトルコに転売する「悪」をやっている。ロシアの空軍機が最近、米国勢が石油を密輸出する時に使うタンク類や車両群を空爆し、違法な密輸出をやめさせようとしている。ロシアの方が「正義」だ。シリア人はロシアに感謝している。しかし、米欧日などのマスコミはほとんど報じない。マスコミは米国の「悪」の一味である。ロシアは、米国が内戦状態に陥れた北アフリカのリビアでも、内戦を終わらせるための仲裁を続けている。リビアでも、米国が悪でロシアが正義だ。非米反米諸国の多くで、その手の状態が起きている。マスコミはほとんど報じず、不正義に加担している。 (Russia Obliterates Oil Storage Facilities in Syria Used for Oil Stolen by US, Israel & Turkey) (ウクライナ東部を事実上併合するロシア)
バイデン政権になってから、米国がウクライナに武器を大量に売り、何とか停戦していたウクライナの内戦を再燃させている。ウクライナは、西部の住民がウクライナ系、東部の住民がロシア系で、両者間で2014年から内戦になっている。この内戦は当初から、米国の諜報界がウクライナ系のナショナリストたちを扇動し、ロシア系住民の自治権を剥奪させて内戦を引き起こしたものだ。ウクライナ東部のロシア系はウクライナからの分離独立を求めており、ロシア政府は東部勢力を支援している。だが、ロシア軍はウクライナ東部に越境侵入しておらず、ロシアから東部への武器の越境搬入も見つかっていない。こっそり行われている可能性はあるが、欧米勢がそれを暴露できていないので、ロシアは「悪」でない。米国は大っぴらにウクライナのナショナリストに武器支援しているので「悪」だ。 (Kremlin says it fears Ukraine could restart conflict in war-torn east) (US Makes Large Military Hardware Delivery To Ukraine's Army After Biden Pledged "Crimea is Ukraine")
ロシアはウクライナ領だったクリミアを併合したが、クリミアはロシアとウクライナが友好な前提でウクライナ領だった。ウクライナが米国にそそのかされてロシアを敵視した段階で、ロシアはクリミアを併合する権利を得ていた。歴史的経緯を見ると、ロシアのクリミア併合は不正でない。 (Russia Ends Poorly Kept Ukraine Ceasefire) (Russia Warns NATO Against Sending Any Troops To Ukraine As "Frightening" Escalation Looms)
ウクライナ内戦が再燃しても、巷間言われているような「第3次世界大戦」にはならない。ロシア軍は国境まできているがウクライナに侵攻しない。東部の民兵団は、士気の低い西部の政府軍より強い。バイデン政権がウクライナ内戦を再燃させているのは、ロシアをへこませるためでなく、ロシアと和解したがっていたドイツなどEUの希望を破壊し、欧州を困らせるためだ。ロシアの天然ガスをドイツに運ぶノルドストリーム2の海底ガスパイプラインが完成間近だ。このパイプラインがないと、ドイツはウクライナとポーランド経由でロシアのガスを運び続けねばならず、ドイツのエネルギー供給が国際政治的に不安定なままだ。ドイツは、ロシアとの良い関係を恒久化しつつ、ノルドストリーム2を稼働したい。バイデン政権は、ウクライナ内戦を再燃させ、欧米とロシアの関係を急に悪化させることで、ドイツの希望を打ち砕いた。 (Russia says any attempt to start a new war in Donbass could destroy Ukraine) (Biden's Ukrainian "Putin Push" May Lead To World War III)
ドイツは、ノルドストリーム2の稼働をあきらめないと決めている。だが、バイデン政権の米国は「一緒にロシアを敵視しないなら同盟国じゃない」という態度だ。メルケルらドイツの上層部には軍産傀儡の人々が多く、対米従属をやめるつもりがない。しかし、対米従属とノルドストリーム2の両方を持つことはできない。しかもディーゼン教授も指摘するとおり、露中排除の単独覇権策に固執する米国の策は大失敗が運命づけられている愚策だ。ドイツなどEUは、米国の露中敵視策に追随すると自分たちも失敗する。思想的にも、米国のロシア敵視は、米国が言うようなリベラル主義の防衛策でなくなっている。 (Why Putin’s Pipeline Is Welcome in Germany) (US Army Raises Europe Threat Level To 'Potential Imminent Crisis' On Ukraine-Russia Fears)
米国はご丁寧にも、米欧の軍事同盟であるNATOを、これまでのロシアだけでなく中国も敵視する組織に変えている。欧州はこれまで、対米従属策の一環としてロシアを敵視せざるを得なかったものの、中国とは大っぴらに仲良くできた。しかし欧州は今後、中国とも仲良くできなくなる。中国との経済関係を絶つと、欧州経済はさらなる打撃を受ける。米国は、自国の覇権が低下するほど、自滅的で無茶な要求を欧州にしてきている。欧州は、しだいに米国との同盟関係を維持できなくなっていく。これもディーゼン教授が言うとおりだ。 (Moscow Declares "No Relations" With EU As Brussels Has Unilaterally "Destroyed" Ties)
今はまだ行き詰まりつつも対米従属を続けている欧州が、いずれ対米従属をやめる動きを顕在化していくとき、世界的な覇権の多極化が大きく進む。顕在化はいずれ必ず起きる。だから、世界はすでに多極型に転換している、という話になる。米国の単独覇権体制は、すでに「詰んだ」状態だ。ロシアの余裕が増えていく。多極化を認めたがらない米国(軍産)の一部であるマスコミはこうした動きを報じたがらず、ほとんどの人々が気づかないまま、隠然と多極化が進む。