元従軍慰安婦らが日本政府に賠償を求めた訴えを4月21日、韓国のソウル中央地裁は国家は他国の裁判権に服さないとする「主権免除」を認めて却下しました。
同地裁は1月の元慰安婦訴訟の判決では「反人道的犯罪行為に主権免除は適用できない」とし日本政府に賠償を命じたので、この間に司法の判断が大転換しました。
主権免除は「慣習国際法上の原則」と称され 絶対的なものでないことが、司法にも政府の判断を考慮する余地を与えたようです。
日本政府が一貫して、15年の日韓合意を盾にして「主権免除」を強調してきたのはご承知の通りです。
信濃毎日新聞が「元慰安婦訴訟 日本の責務は変わらない」とする社説を出しました。
その中で、「15年の合意には『日韓両政府が協力し、元慰安婦の名誉と尊厳の回復、心の傷を癒やすための事業を行う』と明記された。文大統領が言う『原告が同意できる方法』を、韓国側は具体的に詰めなくてはならない。積極的に協議に応じ、真の解決に向け取り組む責務を、日本は負っている」と述べました。
日本側は加害者であったことを自覚し、これまでのような傲慢な姿勢を貫くべきではありません。
この件について、東京新聞が1月の判決と4月の判決についてポイントを分かりやすく整理した記事を2つ出しているので併せて紹介します。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
〈社説〉元慰安婦訴訟 日本の責務は変わらない
信濃毎日新聞 2021/04/23
元従軍慰安婦らが日本政府に賠償を求めた訴えを、韓国のソウル中央地裁が却下した。
国家は他国の裁判権に服さないとする「主権免除」を認め、裁判を行えば「外交的衝突は不可避」と理由を述べた。
同地裁は、1月の元慰安婦訴訟の判決では「反人道的犯罪行為に主権免除は適用できない」とし、日本政府に賠償を命じた。
判決は正反対でも、被害を受けた女性たちの尊厳回復に向け、両国が外交努力を尽くさなくてはならない現状は変わらない。
主権免除には「慣習国際法上の原則」との枕ことばが付く。絶対的な規則ではない。欧州を中心にした各国の司法判断により、適用除外の事例は広がってきた。
近年は、深刻な人権侵害に遭った人々の救済策としての裁判を受ける権利が、主権免除に優越するとの判断も出ている。1月の賠償命令に日本政府は猛反発したけれど、「あり得ない」と言うほど的外れな判決ではない。
国際法に基づく司法判断は、外交が絡むだけに政府の影響を受けやすい。賠償命令後、文在寅大統領が「少し困惑している」と述べたことも、今回の中央地裁の判決に響いたのだろう。
訴え却下を受け、加藤勝信官房長官は「適切と考える」と述べた上で、両国の関係修復へ「引き続き韓国側に適切な対応を強く求める」と続けた。不遜にも映る態度は相変わらずだ。
安倍晋三政権以降、日本は、元慰安婦や元徴用工の補償問題は1965年の請求権協定で解決済みだと繰り返し、国際法を盾に韓国に責任を押し付けてきた。通商分野で報復し、韓国も対抗して関係を悪化させている。
65年の韓国は軍事政権下で、国民は反対できなかったという。元慰安婦を巡る2015年の合意も「被害者が排除された」との不満を残した。この時、安倍首相は元慰安婦が求めた手紙での謝罪を拒み、大統領に電話で「おわびと反省」を伝えただけだった。
北朝鮮の核開発、中国の海洋進出、米中ロの軍拡を抑え、東アジアの秩序を維持するのに、日韓は互いの協力を必要とする。
15年の合意には「日韓両政府が協力し、元慰安婦の名誉と尊厳の回復、心の傷を癒やすための事業を行う」と明記された。
文氏が言う「原告が同意できる方法」を、韓国側は具体的に詰めなくてはならない。積極的に協議に応じ、真の解決に向け取り組む責務を、日本は負っている。
揺れる判決、解決になお時間 ソウル地裁が元慰安婦の賠償請求却下
東京新聞 2021年4月22日
元慰安婦が日本政府に賠償を求めた訴訟で、ソウル中央地裁は21日、韓国の裁判権が及ばないと判断して、原告の訴えを却下した。同じ趣旨の裁判で、同地裁が1月に日本政府に賠償を命じたのと正反対の判断だ。今回の判決は外交努力を求めているが、日本側は韓国側の対応を注視。韓国政府も具体的な動きをみせておらず、問題解決になお時間がかかる可能性がある。(上野実輝彦、ソウル・中村彰宏)
◆1月と真逆の判断
「あまりにも荒唐無稽だ」。判決後、法廷から出てきた原告の李容洙イヨンスさん(92)は声を震わせた。原告側の驚きは大きい。国家は外国の裁判権に服さないとする国際法上の「主権免除」原則の適用を巡り、1月と真逆の判断だったからだ。
両訴訟とも主権免除適用の判断根拠は、第2次大戦中にドイツに強制労働させられたとするイタリア人の独政府への損害賠償請求訴訟。1月は「国際犯罪には主権免除は適用されない」との2004年のイタリア最高裁判決を引用した。21日は、12年に国際司法裁判所(ICJ)が示した「ドイツの行為は国際法上の犯罪だが、主権免除は剝奪されない」との判断を踏襲。「国際慣習法と(韓国)最高裁判例から、外国の主権的行為に対する損害賠償は認められない」とした。
元慰安婦訴訟判決の比較
判決日 | 1月8日 | 4月21日 |
判決内容 | 日本政府に賠償命令 | 原告の訴えを却下 |
主権免除 原則 | 慰安婦動員は反人道的犯罪行為で主権免除は適用できず | 国際慣習法により主権免除が適用され韓国に裁判権はない |
2015年の | 政治的合意の宣言にとどまり元慰安婦の請求権は消滅せず | 日本政府レベルの権利救済であり現在も有効 |
◆韓国内で政治的背景指摘の報道も
なぜ主権免除を巡り正反対の判断が示されたのか。国際関係に詳しい韓国の弁護士は「判断が分かれる問題。韓国の国内法や国際法から見て前回の判決が異例だった」と話す。
政治的背景を指摘する韓国内の報道もある。文在寅ムンジェイン大統領は1月の記者会見で、判決に「困惑している」とし、15年の慰安婦を巡る日韓合意を政府間の公式合意と認めた。バイデン米政権も日韓関係改善を促している。文氏は米高官に、関係改善への努力を約束した。韓国司法は世論や政権の意向に敏感ともされ、今回の判断に影響した可能性がある。
予兆とみられる動きも。3月末に同地裁の別の裁判官が、訴訟費用確保のための日本資産差し押さえは認められないとの決定文を出した。外国公館への不可侵などを定めたウィーン条約に照らし「国際法違反を招きかねない」と判断した。
◆日本は冷ややか、不信感根深く
ただ、元慰安婦問題が直ちに解決するわけではない。原告側は控訴の見通し。ICJ付託も求めている。
日本政府は、相いれない主張を繰り返してきた文政権への不信感が根深い。加藤勝信官房長官は21日の記者会見で、判決を「適切だ」としたが、それ以上の評価を避けた。
日本政府は、1月の判決は「国際法上、考えられない異常な事態」(茂木敏充外相)だとの立場。日韓外交筋は今回の判決に「マイナスの関係がこれ以上、悪化しなかったというだけだ」と冷ややかだ。外務省当局者は「関係改善に直結するとの見方は誤り。まずは韓国政府が、1月の判決に対応すべきだ」と話す。
韓国の外交当局者は21日の判決を受け「韓国政府は被害者中心主義で、被害者の名誉と尊厳を回復するため努力をしていく」と従来の立場を繰り返した。
ソウル大日本研究所の南基正ナムキジョン教授は「最終的な判断が出るまで時間がかかる。両政府が外交で解決するしかない。日本も国際法違反だと突っぱねるばかりでなく、積極的に対話すべきだ」と話す。
韓国地裁判決のポイント
● 訴えを却下 |
● 国家は外国の裁判権に服さないとされる国際法上の「主権免除」原則が適用され、韓国の |
● 2015年の慰安婦問題を巡る日韓政府間合意が救済手段だったことは否定できず、今も |
● 問題解決は日本政府との外交交渉を含め、韓国の対内外的な努力により達成されなけれ |
元慰安婦の訴えを却下 日本政府主張の「主権免除」認める 韓国地裁、1月と逆の判決
東京新聞 2021年4月21日
【ソウル=相坂穣】韓国の元慰安婦らが日本政府に損害賠償を求めた訴訟で、ソウル中央地裁は21日、原告の訴えを却下した。同地裁は1月に、同種の訴訟で日本政府に賠償を命じていた。日本側は、国家は外国の裁判権に服さないとする国際法上の「主権免除」の適用を求めていたが、地裁が主権免除を認めた。
今回の訴訟は、慰安婦問題を訴えてきた李容洙イヨンスさん(92)ら元慰安婦や遺族ら20人が2016年12月に提訴。計約30億ウォン(約2億9000万円)の賠償を日本政府に求めた。日本側は、主権免除を主張し、裁判の参加を拒否してきた。
地裁は、1月に予定していた判決を延期。2月に担当判事の一部が交代し、3月24日に再開した弁論で、原告の元慰安婦16人のうち9人が、15年の日韓慰安婦合意に基づき設置された「和解・癒やし財団」から支援金を受け取ったと認める一方、合意に法的拘束力はなく、賠償請求権は残っていると主張した。
地裁判決は、慰安婦合意について「外交的な要件を備えており、権利救済の性格を持っている」とし、現在も有効だと判断した。
1月8日に判決があった別の訴訟の判決で地裁は、原告1人当たり1億ウォンの慰謝料支払いを日本政府に命じ、日本政府が控訴せずに判決が確定した。しかし、地裁が3月に、訴訟費用を確保するための日本政府資産の差し押さえを「国際法に違反する恐れがある」として認めない決定をし、原告の弁護士に通知していたことが判明した。
文在寅ムンジェイン大統領は日韓関係の改善に意欲を見せており1月18日の新年記者会見で、判決について「正直、困惑している」と発言。「最終的かつ不可逆的な解決」とした15年の日韓合意を「公式合意」と認め、日韓で原告が同意できる解決策を探る考えを示した。
主権免除を巡っては、戦時中にナチスドイツに強制労働させられたとするイタリア人の原告が独政府に損害賠償を求め、イタリアの裁判所が賠償を命じたが、国際司法裁判所(ICJ)が独政府の主張する主権免除を認めた例がある。
李容洙さんは、日韓首脳に慰安婦問題をICJに付託して解決するように求めている。