2014年3月2日日曜日

韓国人慰安婦問題で再検討チームの設置を明言

 菅官房長官は28日、国会で、従軍慰安婦問題をめぐり旧日本軍の関与と強制性を認めた河野談話の作成経緯を調べるチームを政府内に新設する方針を正式に表明しました
 日本政府が検証作業を進めることを明示しことに、韓国側は「歴代内閣の歴史認識を継承すると口癖のように言っていたが、国際社会の誰も日本の言葉を信じなくなる」と批判しました。
 
 日本の従軍慰安婦制度が、女性を慰安所に拘束し、逃亡できないようにして「性奴隷として虐待・酷使」するという特異で残虐なものであったことは種々の証拠によって明らかにされ、全世界から非難を浴びているものです。その本質を否定できなくて、単に韓国人女性たちの強制連行を指示した文書が見つかっていないことを強調したり、16人の慰安婦の証言に矛盾があることを明らかにしてみても、日本の立場が良くなることはあり得ません。
 
 橋本前大阪市長は、当初は強制連行を指示した文書が見つかっていないことを、鬼の首でも取ったかのように主張しましたが、公開質問状で、問題の本質はそこではないことを指摘されると沈黙しました。
 今度の政府の行為も同じ帰趨をたどることは明らかですが、韓国の批判を押し切って強行する以上、そんなことで収まるものではありません。つくづく愚かな政権です。
 
 天木直人氏のブログ「河野談話の検証を行うと国会で明言した菅官房長官の大失敗」を中心に、関係の記事を紹介します。
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河野談話の検証を行うと国会で明言した菅官房長官の大失敗
天木直人 2014年03月01日
 いまさら書くまでもなく私は安倍政権を支持しない国民の一人である。 
 しかしこれから書くことは安倍政権のためを思って書いている。
 河野談話の検証をすると国会で明言した菅官房長官はまたもや大きな間違いを犯した。
 安倍政権を守るべきはずの菅官房長官が安倍政権の足を引っ張り続けているように思えて仕方がない。
 もちろんその最大のものは安倍首相の12月26日の靖国参拝を止められなかった事だ。
 自ら反対していたという。そしてそれは正しい判断だった。
 それにもかかわらず安倍首相の靖国参拝を止められず、いまではその正当化に明け暮れている。そして菅官房長官は再び大きな誤りを犯した。
 きのう2月28日の衆院予算委員会で河野談話の検証を行うチームを政府内につくると明言したことだ。
 これは自分で自分の首を絞める愚かな判断だ。なぜか。
 検証する以上、その結果は「河野談話は間違っていた」という結論を出さざるを得ない。
 なぜならば、もし検証して河野談話の間違いが確認されなければ、その時は河野談話を追認せざるを得ないからだ。オウンゴールとなる。
 だから検討を始める以上、河野談話は誤りだったという結論を出すしかない。しかしそれは不可能だ。
 河野談話を否定するためには慰安婦の強制性を100%否定できる証拠を自ら揃えなければいけない。これは「強制性があったことが確認されなかった」というのとはわけが違う。はるかにむつかしい作業だ。
 一つでも強制性を示す証拠があればその瞬間に河野談話が間違いだと言えなくなる。
 そして、慰安婦の強制性を100%否定することなどできるはずがない。
 すでに強制性を示す証拠はいくらでも確認されている。官僚や御用学者たちにそれを100%否定する再検証ができる能力も覚悟もあるはずがない。
 作業させられる官僚や御用学者は勘弁してくれとみな逃げるだろう。
 百歩譲って河野談話を否定する根拠が示せたとしよう。その時は河野談話を見直さざるを得ないことになる。当然だろう。それこそが再検証の目的であったはずだからだ。
 しかし、河野談話を否定して、それを見直すと言った時こそ、安倍政権が韓国のみならず米国や世界からボイコットされる時だ。安倍政権が引きずり降ろされる時だ。
 これを要するに、河野談話の再検証作業は、途方もない困難な作業であるにも関わらず、その結果が何一つ有益なものを生み出さない無駄な作業であるということだ。
 今の安倍政権には、なすべきもっと重要な政策が山ほどあるはずだ。
 それがわからない菅官房長官は安倍首相にとって最悪の女房役である(了)
 
政府内に慰安婦問題で検討チーム 河野談話を調査、韓国反発か
東京新聞 2014年2月28日
 菅官房長官は28日の衆院予算委員会で、従軍慰安婦問題をめぐり旧日本軍の関与と強制性を認めた河野洋平官房長官談話の作成経緯を調べるチームを政府内に新設する方針を正式に表明。「秘密の中で検討チームをつくり、もう一度(経緯を)掌握する」と述べた。
 
 非公開を前提とするものの、日本政府が関与して検証作業を進めることを明示した形だ。韓国側が河野談話の見直しにつながる動きだとして反発を強める可能性がある。
 菅氏は、河野談話の根拠となった元慰安婦による証言内容の検証に関し「極めて難しいが、どんな状況だったか、秘密が保持される中でもう一度確認することが必要だ」と指摘。(共同)
 
「日本は二枚舌」=河野談話検証を批判-韓国外務省
時事通信2014年2月28日
 【ソウル時事】韓国外務省報道官は28日、菅義偉官房長官が従軍慰安婦制度への旧日本軍の関与を認めて謝罪した1993年の河野洋平官房長官談話の検証チームを設置する方針を示したことについて、「歴代内閣の歴史認識を継承すると口癖のように言っていたが、国際社会の誰も日本の言葉を信じなくなる」と批判する論評を発表した。
 
 報道官は「何かにつけてわれわれと対話を望むと言いつつ、一方で歴史を否定する言動を繰り返している」と批判し、「日本政府のこれまでの言葉がいかに虚構に満ちていたかを如実に示している」と指摘。「歴史の真実を否定すればするほど、日本は国際社会からさらに孤立し、日本政府が標ぼうする『積極的平和主義』も空虚な掛け声に終わるだろう」と主張した。 
 
慰安婦:なぜ今「河野談話検証」? 日本の魂胆は
朝鮮日報日本語版 2014年3月1日 
慰安婦の存在を歴史から消し去ろうという魂胆か
被害者の多くが死亡、法務省は当時の文書非公開
村山元首相「国際的反発もたらすだけ」
 日本政府が「河野談話検証論」を掲げてきたのは、ささいな言い掛かりをつけて、旧日本軍に強制動員された慰安婦の存在を日本の歴史から消し去ろうという意図があるためだ。安倍晋三首相は就任前から事あるごとに「日本軍が女性を銃剣で強制的に動員した証拠はない」として「慰安婦捏造(ねつぞう)説」を主張してきた。
 
 菅義偉官房長官は河野談話発表の根拠の一つだった韓国人元慰安婦16人の証言について「秘密を維持しながらもう一度確認する必要がある。政府は国会に報告する用意がある」と述べた。
 日本軍が慰安所設置・運営・慰安婦動員に組織的に関与したことを示す証言や裁判記録は数多い。それでも日本は、日本政府が日本軍に女性を慰安婦として強制動員するよう指示した公式文書が発見されていないという理由でこれを否定している。しかし、日本は1945年に降伏宣言をする直前、東京の空が真っ黒になるほど政府文書を組織的に焼却した。慰安婦の強制動員は犯罪行為だが、これを公式文書として作成しなかったという主張もある。日本政府は資料がないと言いながらも、法務省などが保管している膨大な量の非公開文書については全く調査をしていない。
 
 日本は、当時慰安婦だった女性たちが高齢になり、記憶がかなり以前のものになっているため、一部証言が矛盾している可能性があるという点を狙っているとの見方も出てくる。また、証言した元慰安婦の多くはすでに死去しているため、信ぴょう性を検証する方法もない。日本の一部メディアは証言が虚偽だと結論付けている状況だ。さらに日本の極右派は韓日政府間の密通説も流布している。日本政府は当時、韓日関係改善のために韓国政府の要求に応じて河野談話を作成、発表したというのだ。
 これに対し、韓国政府当局者は「日本軍慰安婦の強制性はすでに国際社会で十分に確認され、論議された問題。元慰安婦たちをいたわるどころか、その証言が事実かどうかを検証するためのチームを政府内に設けるというのは、多くの元慰安婦の証言を全部うそだったと考えているということ」と述べた。別の政府関係者は「普遍的人権と女性の尊厳の問題に対し、日本政府はあまりにとんでもない試みをしようとしている。これでも韓日首脳会談など関係改善をしようというのか」と語った。
 村山富市元首相は27日の記者会見で「日本軍が慰安所を設置したのは間違いない。河野談話の検証は国際的反発を招く」と述べた。 
東京= 車学峰(チャ・ハクポン)特派員 
 

3・1 静岡で、そしてマーシャル諸島で核廃絶集会

 ビキニ環礁で焼津市のマグロ漁船「第五福竜丸」が被爆して60年目となる3月1日、焼津市静岡市をはじめとする全国各地で、そしてマーシャル諸島の首都マジュロで、3・1核廃絶集会が開かれました。
 マジェロの集会には、米政府高官も出席して挨拶をしましたが、補償や謝罪に言及せずに市民の怒りを買いました。
 
 また静岡県立藤枝北高の生徒たちは昨年から地道な活動を重ねて、この8日、第五福竜丸の元乗組員の証言や、福島第1原発事故の被災地取材をまとめた資料展示会を同市内で開く活動に取り組んでいます。
 「放射能の恐ろしさと向き合わずに未来は語れない」と訴えて・・・
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第五福竜丸被爆から60年 静岡で核廃絶集会
NHK NEWS WEB 2014年3月1日
アメリカが太平洋のビキニ環礁で行った水爆実験で、静岡県焼津市のマグロ漁船「第五福竜丸」が被爆して1日で60年となります。静岡県では各地で集会が開かれ、参加した人たちが核兵器の廃絶を訴えました。
 
昭和29年3月1日、静岡県焼津市のマグロ漁船「第五福竜丸」は南太平洋で操業中に、アメリカがマーシャル諸島のビキニ環礁で行った水爆実験で放射性物質を含んだ「死の灰」を浴び、乗組員23人が被爆しました。
焼津市では1日、静岡県をはじめ全国から集まった人たちが核廃絶を訴えて市内を行進しました。
一行は被爆し、半年後に亡くなった元乗組員、久保山愛吉さんの墓がある市内の寺を訪れ、墓前に花を手向けて反核の思いを新たにしていました。
午後からは焼津市内で集会が開かれ、第五福竜丸の元機関士の池田正穂さん(81)が体験を話しました。
池田さんは「すごい爆発音が聞こえた。急いでエンジンをかけました。そのあと、船上でロープを引いたあとに手の皮が荒れたことを覚えています。当時は放射能の影響とは全く分かりませんでした」などと、集まった人に当時の様子を語りました。
一方、静岡市では市の中心部の公園で集会が開かれ、350人が参加しました。
このなかで、静岡市内の高校に通う2年生の女子生徒は核兵器廃絶の署名を呼びかける横断幕を掲げて、「私が大人になるころには核兵器がなくなるように頑張りましょう」と訴えました。
そして、核兵器や原子力発電所など核の利用に反対する宣言文が拍手で採択されました。
静岡県三島市から参加した30代の男性は、「静岡に暮らしていてもビキニについてよく知らなかった。こうした機会で過去を学び、ニ度と起こらないようにしたい」と話していました。
60年がたって、第五福竜丸の乗組員23人のうち、すでに16人が高齢などで亡くなっていて、今後、ビキニ被爆をどう伝えていくかが課題になっています。
 
 
静岡県立藤枝北高:「放射能の恐ろしさ伝えたい」と展示会
毎日新聞 2014年3月1日
 静岡県藤枝市の県立藤枝北高の生徒らは8日、第五福竜丸の元乗組員の証言や、福島第1原発事故の被災地取材をまとめた資料展示会を同市内で開く。記憶の風化が進む中、生徒らは「放射能の恐ろしさと向き合わずに未来は語れない」と訴えている。
 
 同高教諭の橋本純さん(59)と生徒・卒業生ら11人は第五福竜丸の操舵(そうだ)手だった見崎(みさき)進さん(87)=静岡県島田市=と操機手だった池田正穂さん(81)=焼津市=から「死の灰」を浴びた証言や風評被害に遭った経験を聞いた。
 昨年8月には福島県南相馬市の農家を訪問。同高卒業生の長谷川倖友(こうゆ)さん(19)は「原発事故で普通の生活が一瞬に奪われた。唯一の被爆国である日本で焼津、福島と続いた悲劇は繰り返してはならない」と力を込める。展示会場には福島県を訪れた時の写真や、生徒らの感想文などを展示する。
 
 藤枝市駅前2の市文化センターホールで正午開場。講演会などもあり、前売り券1000円(当日券1200円)、学生200円。問い合わせは橋本教諭(054・644・8611)。【平塚雄太】
 
 
ビキニ水爆実験60年 式典で大石又七さん訴え 
NHK NEWS WEB 2014年3月1日
アメリカが太平洋のマーシャル諸島のビキニ環礁で行った水爆実験で、日本のマグロ漁船「第五福竜丸」の乗組員が被爆してから1日で60年となり、現地で開かれた式典で元乗組員が核兵器の廃絶を訴えました。
 
1954年3月1日にアメリカが太平洋のビキニ環礁で行った水爆実験では、広い範囲に放射性物質を含んだいわゆる「死の灰」が降り注ぎ、静岡県焼津市のマグロ漁船第五福竜丸の乗組員23人や島民も数多く被爆しました。
水爆実験から60年となる1日、マーシャル諸島の首都マジュロでは、被爆した島民などおよそ100人が参加した式典が開かれ、日本からは第五福竜丸の元乗組員、大石又七さん(80)が参加しました。
壇上に立った大石さんが「核兵器を作るために多くのマーシャルの人たちが犠牲になった。指導者たちに猛省を促したい」と述べ、核廃絶と平和への願いを訴えると、会場からは大きな拍手が起こりました。
そしてマーシャル諸島のロヤック大統領が「島の被爆者と第五福竜丸の被爆者は同じ悲劇の経験を共有する仲間だ」と述べ、核兵器の廃絶に向け、日本とマーシャル諸島が連携することの重要性を強調しました。
大石さんの演説を聞いた地元の女性は、「大石さんの演説に感銘を受けました。この問題に対して、日本の多くの方が関わってくれていることに感謝しています」と話していました。
 
広島市の代表や福島の学生も出席
式典には、広島市の代表として広島平和文化センターの小溝泰義理事長が出席しました。
小溝理事長は式典で「私たちは核兵器の非人道性がもたらす、ことばにできないほどの恐怖について、記憶を共有しています。核兵器のない平和な未来の実現に向けた取り組みを続けていきましょう」と呼びかけました。
また、福島県の大学院生と福島市出身の大学生も式典に出席しました。
学生らは放射能の影響で、多くの島民が水爆実験から半世紀以上たった今も、ふるさとを離れ、避難生活を続けている現状などを調べるため現地を訪れています。
このうち福島大学の大学院に通う佐藤甲斐さん(25)は「実験から60年がたっても島民が心を1つにして、この日を迎えていることに驚きました。20年後、40年後の福島で放射能の問題にどう向き合うべきか考えさせられました」と話していました。
 
米政府高官は補償や謝罪に言及せず
式典にはアメリカのゴッテモラー国務次官代行も出席してスピーチを行いましたが、「マーシャル諸島の人々が世界の平和と安定のために果たした歴史的貢献をアメリカは忘れていない」と述べるにとどめ、マーシャル諸島政府が求めている追加補償や住民が求めている謝罪については一切、言及しませんでした。
これに対して、60年前のアメリカによる水爆実験で被爆したマーシャル諸島の女性は、「非常に怒りを感じました。すぐに壇上に上がって反論したい気持ちです」と話していました。
 
 

2014年3月1日土曜日

超党派の「集団的自衛権を考える議員と市民の勉強会」

 憲法解釈変更の閣議決定で集団的自衛権の行使容認へ踏み切ろうとしている安倍首相の姿勢に、野党が批判を強めています
 集団的自衛権行使の解釈改憲は憲法9条の形骸化につながるとの主張に対して、首相は 恣意的な解釈拡大を否定していますが、連立を組む与党の公明党にも慎重論は根強くあることはご存知の通りです。 
 
 民主党結いの党、共産党、社民党などの有志議員は20日、解釈変更に反対する勉強会を立ち上げてました。そして同日、阪田雅裕元内閣法制局長官を招いて国会内で初会合・勉強会をきました
 会の名称は「集団的自衛権を考える議員と市民の勉強会」で、メンバーは約20人す。
 
 以下に共同通信の記事と、藤末民主党参院議員がBLOGOSに掲載した「政府の憲法条解釈」と題する阪田氏の講演レジメを紹介します。
 
 講演レジメの原文はBLOGOSのバックナンバーでご覧になれます。
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【集団的自衛権】 憲法9条形骸化に懸念 解釈改憲路線に批判
共同通信 2014年3月1日
 憲法解釈変更の閣議決定で集団的自衛権の行使容認へ踏み切ろうとしている安倍晋三首相の姿勢に、野党が批判を強めている。憲法が国家権力に制約をかける「立憲主義」に反し、解釈改憲で憲法9条の形骸化につながるとの主張だ。首相は 恣意 (しい) 的な解釈拡大を否定するが、連立を組む公明党にも慎重論は根強い。 
 
 「集団的自衛権の行使容認は、自衛隊が海外で武力行使することになる。大転換だ」。民主党の岡田克也元代表は20日の衆院予算委員会で、解釈変更を閣議決定する前に国会で議論を尽くすよう迫った。だが首相は「閣議決定で初めて案が確定し、その案を国会で議論してもらう」と述べ、要求を突っぱねた。
 
 野党側は、首相が12日の予算委で解釈変更をめぐり「私が責任を持っている」と答弁したことも危険視している。首相は「変更して何でもできるわけではない」と懸念の 払拭 (ふっしょく) に努めるが、反発は収まる気配はない。
 
 民主党や結いの党、共産党、社民党などの有志議員約20人は20日、解釈変更に反対する勉強会を立ち上げ、阪田雅裕元内閣法制局長官を招いて国会内で初会合を開いた。阪田氏が「解釈改憲で集団的自衛権を行使できるのならば憲法9条の意味はない。 こんなことが許されるなら立法府なんて要らない 」と指摘すると、参加者は「首相の暴走をストップしよう」と気勢を上げた。
 
 一方、解釈変更の閣議決定では公明党の対応が焦点となる。井上義久幹事長は「真正面から否定しているわけではない」と柔軟な姿勢。だが山口那津男代表は「国の最高規範を変更することには慎重でなければならない」と首相をけん制しており、与党内調整は難航しそうだ。
 
「政府の憲法条解釈」 元内閣法制局長官 阪田雅裕弁護士講演
 藤末健三 BLOGOS 2014年2月20日 
※ 民主党参院議員  
 本日は超党派の「集団的自衛権を考える議員と市民の勉強会」を開催しました。
 藤末は集団的自衛権の行使容認を政府の憲法解釈変更により行うことについて、もっと世論を盛り上げたいと考えており本勉強会の発起人となっています。
 本日は阪田元法制局長官のお話をお聞きしました。
 阪田元長官は大蔵省に入省され内閣法制局長官(大臣と同じ地位)までなられた方です。そのような経歴をお持ちの方が講師を受けて頂けたことは大きな意味があります。
 概要は以下のとおりです。
 
 まず「戦争の放棄」については日本国憲法条だけでなく。不戦条約や国連憲章にも見られます。
 
戦争の放棄
 第9条
   日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
 2 前項の目的を途するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権はこれを認めない。
 
 条約(1929年発効)
 第
   締約国ハ国際紛争解決ノ為争イニ訴フルコトヲ非トシ且其ノ相互関係ニ於テ国家ノ政策ノ手段トセテノ戦争ヲ放棄スルコトヲ其ノ名ニ於テ厳粛ニ
 第2條
   締約ハ相互間二起コルコトアルベキ一切ノ紛争又紛議ハ其ノ性質又ハ起因ノ如何ヲ問ハズ平和的手段依ルノ外之ガ處理又ハ解決ヲ求メザルコトヲ約ス
 
 国連憲章
 第2条[原則]
    この機構及びその加盟国は、第1条に掲げる目的を達成するに当たっては、次の原則に従って行動しなければならない1
   1,2 略
   3 すぺての加盟国は、その国際紛争を平和的手段によ.って国際の平和及び安全並びに正義を危うくしないように解決しなければならない。
   4 すべての加盟国その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない。
 
  自衛隊は、「国民の生命・財産等を守るための必要最小限度の実力」として位置づけられます。
  また、自衛権発動の三要件は、
 わが国に対する急迫不正の侵害があること
 この場合にこれを排除するために他に適当な手段がないこと
 必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと
 となります。
 日本政府は、集団的自衛権(right of collective self-defense)を「自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利」としている。
 
 集団的自衛権は、国際連合憲章第51条に規定されている。しかしながら、国連憲章はその定義について明確には規定していない。
 
(国連憲章) 第51条〔自衛権〕
 この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。この自衛権の行使に当って加盟国がとった措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない。また、この措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持又は回復のために必要と認める行動をいつでもとるこの憲章に基く権能及び責任に対しては、いかなる影響も及ぼすものではない。
 
憲法第条の解釈変更が許されない理由
 9条の解釈変更はなぜ許されないか
1.正当な法的理論の有無(政策の当否とは異次元)
2.9条の空文化(規範性の喪失)
3.立憲主義と法の支配の否定
4.国会での議論の積み重ね(議会制民主主義の意味)
5.デュープロセス(正規の改正手続)の存在
 
 憲法第98条(1項略)
  2 日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。
            (講演レジメ 以上
 阪田先生に教えていただいたことを本に、これから国会で議論を深めていきます。
 

3・1はビキニデーです

 1954(昭和29)年の3月1日、太平洋のビキニ環礁マーシャル諸島)でアメリカが水爆実験を行いました。
 このとき まぐろ漁船「第五福竜丸」米国が設定した危険水域の外で操業していたのですが、その船上に「死の灰」が降り注ぎ、乗組23とともにそれを浴びた無線長の久保山愛吉さん(40歳)は半年後に亡くなりました。
 
 水爆実験の威力はアメリカが当初想定した規模の2~4倍であったため、当時放射性降下物を浴びた漁船は数百隻にのぼり、ビキニ環礁から240kmも離れたロンゲラップ環礁の島にも「死の灰」が降り積もりました。
 この水爆実験では2万人以上が被曝し多くの人々がいまだに後遺症に苦しめられています
 
 「原水爆による犠牲者は、私で最後にしてほしい」と述べた久保山の死は内外に大きな衝撃を与えやがてそれは当時の有権者の半数にもあたる3200万人もの署名や第1回原水爆禁止世界大会(55年)の開催へと発展しました。
 同時にその後は「3・1ビキニデー」として、第五福竜丸の母校焼津港のある焼津市や静岡市を中心にして、全国各地で途切れることなく全国で取り組まれてきました。
 今年は、日本の反核・平和団体や広島、福島の学生たち、3・1に合わせてマーシャル諸島を訪れ、元住民を支援したり、世界の核被害地の若者が集うイベントを開きます
 
 いま、広島・長崎の被爆から70年に開かれる来年2015年の核不拡散条約(NPT)再検討会議に向け核兵器廃絶の運動が盛り上がっています。
 その一方で、「いかなる状況」でも核兵器を使用すべきでないというのこそ被爆国としての立場であるべきなのに安倍政権はアメリカの核戦略につき従って核兵器廃絶の流れに背を向け続けています。
  
 そうした状況のなかでは、一層 3・1ビキニデー集会の成功は重要です
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社説 ビキニ被災60年 終わり見えぬ核の被害
中国新聞 2014年2月28日
 核実験がもたらした甚大な被害から何を学ぶべきだろうか。中部太平洋マーシャル諸島のビキニ環礁で米国が行った水爆実験によってマグロ漁船第五福竜丸が被災してから、あすで60年を迎える。 
 乗組員23人は大量の放射性降下物、「死の灰」を浴びた。無線長の久保山愛吉さんが半年後に亡くなり、ほかの乗組員もさまざまな病気に苦しんだ。 
 現地住民も多数が被曝(ひばく)し、島を追われた。一部で除染作業が進んでも、多くは帰還しようとしない。残留放射能の恐怖は容易になくなるものではない。 
 福島第1原発事故からもうすぐ3年。ビキニとフクシマを地続きに捉える動きが高まっている。古里から離れ、避難生活を強いられている人たちの将来と重なるからだろう。 
 
地域と生活奪う
 放射能が奪うのは、人々の健康だけではない。日常の暮らしや地域社会の営みも一変させる。しかも終わりが見えない。 
 米国の統治下、ビキニ環礁から約150キロ離れたロンゲラップ島の住民は避難勧告もないまま被曝した。実験直後の移住と帰島を経て、1985年に無人島への自主的な再移住を余儀なくされた。がんや甲状腺の異常が多発したからである。 
 46~58年に米国がマーシャル諸島で行った核実験は70回近くに達した。第五福竜丸と同じ時期に、延べ千隻の日本の漁船が操業していたことも分かっている。水揚げされたマグロの放射能汚染が発覚し、日本全体がパニックに陥った。核実験反対のうねりが原水爆禁止運動に発展していった。 
 だが日米両政府は、第五福竜丸が被災した翌年に米国が慰謝料を支払うことで幕引きした格好である。「原子力平和利用」に対する国民の反発を恐れ、実態にふたをしたに等しかった。 
 
軍拡競争の産物
 マーシャル諸島の苦難は、米国と旧ソ連が核兵器の破壊力を際限なく競い合った冷戦の産物にほかならない。 
 第五福竜丸を襲った水爆の威力は、広島型原爆の千倍に達した。広島と長崎は核時代の序章だった。いまや地球全体が滅亡の危機にある―。当時、誰しもおののいた。 
 冷戦が過去のものとなった現在も、世界に約1万7千発の核兵器が存在する。偶発的な限定核戦争や核ミサイルの誤射は、現実のリスクであり続ける。 
 それでも核保有国は、非人道的な兵器に相変わらず固執する。敵に攻撃を思いとどまらせる「抑止力」だと強弁する。 
 
 本当にそうなのか。今は独立したマーシャル諸島共和国のロヤック大統領は先日、広島を訪れ、「核兵器を持ち続ける国はいずれ使うことが念頭にある。二度と被害者を出してはならない」と語った。何より説得力のある言葉だ。 
 核兵器の開発は一切禁止する。決して使われないためには廃絶を急ぐ。それしかない。 
 
CTBT発効を
 だが、歩みは遅々として進まない。大気圏内や宇宙空間、水中での核実験を禁止する条約は63年にできた。今度は包括的核実験禁止条約(CTBT)の発効が待たれるが、米国や中国、北朝鮮など、肝心の核保有国の一部は批准しようとしない。被爆国の日本を先頭に、圧力をさらに強めるべきである。 
 
 日本の反核・平和団体や広島、福島の学生らがあすに合わせてマーシャル諸島を訪れ、元住民を支援したり、世界の核被害地の若者が集うイベントを開く。被害の実態を学び、しっかり日本で伝えてほしい。 
 ここ数年、核兵器を「非人道性」の観点から問題視する動きが国際的に高まっている。実際に起こり、今も続く被害の数々を知ることは、廃絶への機運にも当然つながる。 
 旧ソ連の実験場があったカザフスタンのセミパラチンスク、米ネバダ州、フランスの旧植民地アルジェリアでの核実験なども深刻な被害をもたらしている。被爆地から、どれだけ世界のヒバクシャの現状に関心を寄せてきたか。この節目に思いを新たにしなければなるまい。
 

【社説】ビキニ60年 「死の灰」は今も、の怖さ
東京新聞 2014年3月1日
 米国が太平洋ビキニ環礁で行った水爆実験で日本の漁船が「死の灰」を浴びた惨禍から六十年。被ばくした元乗組員や周辺の島民らの苦悩は今も続く。核は許されない、その思いを新たにしたい。
 東京・井の頭線渋谷駅の連絡通路に巨大壁画がある。岡本太郎さんの「明日の神話」。水爆さく裂の瞬間がマグロ漁船「第五福竜丸」とともに描かれた代表作だ。
 
 「福竜丸」は一九五四年三月一日、中部太平洋のマーシャル諸島で行われた米国の水爆実験で、放射能を含む「死の灰」を浴びた。威力は広島に投下された原爆の約千倍。二十三人の乗組員は全員急性放射線障害を発症し、四十歳だった無線長の久保山愛吉さんが半年後、入院先の東大病院で亡くなった。生き残った多くの人もその後肝臓がんなどで亡くなり、生存する七人も病魔と闘っている。
 
 水爆実験で被災した日本漁船は福竜丸だけではない。米ソ冷戦下、四八年から五八年まで行われた実験は六十七回に及び、日本政府の調査では少なくとも八百五十六隻の被ばくが判明している。福竜丸の被ばく後も実験を知らない漁船が海域で操業していた。
 しかし、福竜丸が強調される一方で、他の被災漁船の乗組員の被ばくは軽視され、事件は矮小(わいしょう)化された。五五年に米政府が日本政府に支払った慰謝料は、汚染魚の買いとりや廃船費などに充てられたが、乗組員の健康について追跡調査などは行われなかった。
 
 ビキニ事件は広島、長崎の原爆投下に続く核被害として、核廃絶運動の原点となりながら実態は明らかにされず、九五年に施行された被爆者援護法の対象にもならなかった。一部の被災漁船の乗組員の調査ではがんによる死亡が多発し、内部被ばくによる晩発性の障害に苦しんでいた。
 何の補償も、救済もない。差別や偏見を恐れ、被ばくの事実を語れずに生きてきた。仲間を失い、高齢になって健康調査に協力を申し出た人も出ている。時間との闘いだ。ビキニの被害は今も続く。忘却してはならない。
 死の灰で苦しむのは実験地にされた太平洋の島民も同じだ。米国の進める帰還政策に従う間に甲状腺異常や白血病などが広がった。福島原発事故の被害も過小評価し、同じ轍(てつ)を踏んではならない。
 大切なふるさとを奪い、健康や生活を壊す。生きる権利を蝕(むしば)む核-。この問題とどう向き合うのか。静かに考えてみたい。