2018年4月4日水曜日

放送法改正は短絡的で放送の信頼を損なう

 政府は、政治的公平などを定めた放送法4などの規制を撤廃しようとしていますが、それでは番組制作の基準がなくなり、過激な表現や真偽の不確かな情報流れるようになります。政権におもねるネットメディアが跋扈することにもなり、むしろそれを狙っている可能性があります。
 規制緩和の名の下に自由競争優先の産業政策を放送に当てはめるのはそもそも乱暴な話だと、北海道新聞は述べています。

 また東京新聞は放送法改正はテレビへの政治介入であり、4条の規制を撤廃すれば放送は信頼を失うので、放送の自由の拡大ではなく、自由縮小につながる恐れがあるとしています
 北海道新聞と東京新聞の社説を紹介します。
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(社説)放送の規制緩和 短絡的で信頼を損なう
北海道新聞 2018年4月2日
 政府の規制改革推進会議が放送事業の見直しを検討している。

 インターネットを含む通信事業と、放送事業との間で異なる規制を一本化する。NHKを除き、番組の政治的公平などを求めた放送法の規制は撤廃するという。
 規制緩和を通じて放送への新規参入を促し、多様な番組を視聴者に提供するのが狙いとされる。
 安倍晋三首相は「ネットテレビは視聴者の目線に立てば、地上波と全く変わらない」「自由なネットの世界に規制を持ち込む考え方はない。であれば放送法をどうするか」と述べている。
 過激な表現や真偽の不確かな情報も流れるネット空間に合わせ、放送の規制を取り払う改革の方向に危惧を覚えざるを得ない

 そもそも、ネット動画配信サービスと民放テレビ局を同列に置くのは短絡的だ。
 目的とは逆に、むしろ質の低い番組が増えて、放送の信頼を損なう恐れがある。
 焦点の放送法4条は、放送局に「公序良俗」「政治的公平」「事実をまげない」「多角的論点」を守る番組編集を義務付けている。
 加えて、報道、娯楽など番組種類別の編集基準、番組審議機関の設置といった規定も撤廃の対象となっている。これでは、番組制作の基準がなくなるに等しい
 視聴率目当ての過激な番組やフェイク(偽)ニュースの横行といった弊害が懸念される。
 1987年に公平原則を撤廃した米国では視聴率競争が激化し、党派色の強い放送局も増え、社会の分断を助長したとされる。

 これまで4条の政治的公平は政治が介入する口実となってきた。特に、安倍政権では2年前、当時の高市早苗総務相が電波停止を命じる可能性にさえ言及している。
 にもかかわらず、今度は唐突に4条撤廃が浮上した。あまりにご都合主義ではないか。
 4条はあくまで放送局が自らを律する倫理規範と解するのが通説だ。これを守るためNHKと民放が設立した放送倫理・番組向上機構も機能している。その現実を踏まえるべきだろう。

 放送の規制緩和ではこのほか、番組供給のソフト部門と放送設備を運営するハード部門の分離も検討課題になっている。民放局を事実上解体する内容で、各社が反発するのは当然だ。
 自由競争優先の産業政策を、放送に当てはめるのは乱暴だ。極端な規制緩和は、民放への「威嚇」とみられても仕方あるまい。


社説放送法改正論 テレビへの政治介入だ
東京新聞 2018年4月3日
 政府が考える放送法改正論の本質は、テレビへの政治介入ではないだろうか。政治的公平などを定めた四条を撤廃するという。政権に親和的な番組が増えるという狙いが透けて見える気がする。

 放送法ができた時代を振り返ってみたい。制定されたのは一九五〇年。戦争中にラジオが政府の宣伝に利用された反省に立って、放送の自律を保障しつつ、公共の福祉に適合するよう求める法律だ。
 重要なポイントは「放送の自由」と「放送の公共性」であろう。確かに問題の四条は(1)公序良俗を害しない(2)政治的に公平である(3)報道は事実をまげない(4)意見が対立する問題は多角的に論点を明らかにする-ことを放送局に求めている。
 これらの条文は、放送を規制するためと理解するよりも、放送の自由を守るためのものであると考えるべきである。なぜなら、どの規定を破っても、放送は信頼を失い、放送の自由は自壊してしまうからである。放送法は自らの自由を守るための法律なのだ。

 だから、四条の規律を撤廃することは、自由の拡大ではなく、自由縮小につながる恐れがある。わかりやすく言えば、四条がなくなれば、間違ったニュースが放送されても構わない、公序良俗に反しても構わない、政治的に中立でなくても構わない-そんな報道が増加することが十分考えられるだ。国民の信頼が薄れることは放送の自由の縮小である。
 うそのニュース、いわゆるフェイクニュースがテレビであふれても構わないと政府は考えているのだろうか。裏付け取材をせずに沖縄の反基地運動を侮蔑的に放送した東京MXテレビの「ニュース女子」が、第三者機関の放送倫理・番組向上機構(BPO)から、放送倫理違反や人権侵害を問われた。つまりはこのような番組が野放しになりうるのだ。

 事実と異なる言説を流す番組-まさか政府がそれを欲しまい。だが政府に都合のよい番組を流してほしいという下心はあろう。もともと安倍晋三内閣は「政治的中立性」を振りかざし放送局に圧力をかけてきた。今度はその言葉を取り払うという。政権に都合がいい見通しがあるからに違いない。
 でも、忘れていないか。放送法の第一条の目的は「健全な民主主義の発達」である。真実のニュースを国民が知らないと、正しい意見を持てず、真の民主主義も発達しないのだ。