2018年4月19日木曜日

幹部自衛官の「国民の敵」発言は 安倍政権の国民分断政策が生んだ

 防衛省統合幕僚監部に所属するの男性3等空佐30ランニング中の夜9時ごろ議院会館近くの路上で遭遇した民進党の小西洋之参院議員に対し「おまえは国民の敵だ」「お前の国会での活動は気持ち悪い」と繰り返し罵声を浴びせました。戦前軍部が戦争に反対する政治家に「国賊」と凄んだことの再現です。
 
 LITERAは、この問題を「シビリアンコントロールの欠如」という枠組みで解釈するのは不十分だとして、国民を「敵」と「味方」を恣意的に区分し対立を煽ることで支持を得る安倍首相の最も得意とする政治手法に同調するなかで生み出された発想であって、安倍政権が醸し出す空気の中で生まれた異常事態だと述べています。
 
 このことは、沖縄県高江で強行している米軍ヘリパッド建設に反対している市民たちに警官が「ボケ、土人が」などと差別発言をしたり、国会前の政権批判デモに対して過剰警備を行っている警察が、「デモに来ている人は一般人ではない」と公言して背後から肘打ちするなどの暴力を加えていることにもあらわれています。
 国民を「敵」と「味方」を区分し対立を煽る安倍政権の手法は、単にネトウヨに支持されているだけでなく、その害悪はすでに実力組織である警察官や自衛隊員に及んでいるということです。
 
 LITERAの記事を紹介します。
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幹部自衛官「国民の敵」暴言を生んだのは、国民を分断する安倍政治だ!
自衛隊、警察に蔓延するネトウヨ思想
LITERA 2018年4月19日
 統合幕僚監部に所属する幹部自衛官が、民進党の小西洋之参院議員に対し、「お前は国民の敵だ」「お前の国会での活動は気持ち悪い」などと暴言を放った問題。これは、戦後日本政治と自衛隊との関係を根本から揺るがす大事件だ。
 小西議員は、安保法制や自衛隊日報問題などで安倍政権を追及し、総辞職を求めてきた。こうした議員の言動に敵意を持っていたと想像されるが、とりわけ注目したいのが、幹部自衛官が単に小西氏を「バカ」や「アホ」と罵倒したのではなく、「国民の敵」と糾弾していることだろう。
 小西議員は国会で、戦時中の青年将校らによる5.15事件と2.26事件を引き合いに出したが、これは大げさな話ではない。武器や武力を保持する自衛隊が、国民から選挙で選ばれた国会議員に対し直接的な敵意をむき出しにするのは、かよう戦中を想起させる異常な状況と言う他ないのである。
 
 事実、1932年の5.15事件では、海軍の青年将校らが官邸などを襲い、犬養毅首相らを殺害、政党内閣から軍部内閣へと移行するターニングポイントとなった。決行前にバラまかれた檄文には〈日本国民よ! 天皇の御名に於て君側の奸を屠れ! 国民の敵たる既成政党と財閥を殺せ!〉などと記されていた。
 その4年後の2.26事件では、陸軍青年将校と約1500人の兵士が首相官邸や大臣の自宅などを襲撃。高橋是清大蔵相らを殺害したのち、陸軍主導の内閣樹立を要求した。その決起趣意書は、天皇親政を実現するとの名目で、政治家らを〈不逞凶悪の徒族〉〈国体破壊の不義不臣〉と指弾し〈誅殺〉を呼びかけるものだった。
 いずれも、軍隊という暴力を武器にクーデターを狙ったものだ。「国民の敵」なる文言で政治家を攻撃した自衛官は、そうした戦中の青年将校とある部分で重なって見える。
 
 しかしその一方で、今回の暴言事件を「シビリアンコントロールの欠如」という枠組みで解釈しては不十分だろう。むしろ、危惧せねばならないのは、こうした考えられないような異常事態が、安倍政権が醸し出す空気の中で生まれたという事実のほうにある。
 
自衛隊、警察という実力組織に国民を敵と味方に分断する安倍政権の空気が蔓延
 そもそも、暴言を浴びせた幹部自衛官の思想性については現時点では定かではないが、「お前は国民の敵だ」「お前の国会での活動は気持ち悪い」というセリフからは、天皇崇拝や国体思想ではなく、ある種、安倍政権下で跋扈しているネット右翼との親和性を感じさせる。
 周知の通り、ネトウヨたちは、安倍政権とその支持者を「味方」、批判者を「敵」として分かち、後者へ「反日」「国賊」「非国民」のレッテルを貼って血祭りにあげようとする。社会学者の宮台真司氏はこうした習性を「感情の劣化」と指摘しているが、幹部自衛官が小西氏に向けた「気持ち悪い」との感情の吐露はまさにその点において“ネトウヨ的”と言える。
 
 あるいは、ネトウヨから絶大な支持を得ている作家・百田尚樹のことを思い出させる。百田氏は1月、〈朝日新聞は日本の敵だが、そんな売国新聞を支えている朝日の読者も日本の敵だ〉とツイートした。自分たち(安倍政権と応援団)を「日本」と措定し、その対岸に朝日新聞と一般市民である同紙読者を「敵」と位置づける言辞である。「日本」は自己正当化のための装飾にすぎず、決して国民一般を代表するものではない。
 
 また、「敵」と「味方」を恣意的に区分し、対立を煽ることで支持の源とする政治手法は、安倍首相の最も得意とするところだ。昨年の都議会選の応援演説で政権を批判する市民に向かって「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と叫んだのは記憶に新しい。こうして国民を敵と味方に分け、自らを批判する者を「こんな人たち」扱いし、総理大臣として奉仕すべき全体から排除する。それが安倍政権だ。
 実際、安倍政権のもとでは実力組織による市民の弾圧・差別が続発している。たとえば昨年、安倍政権が沖縄県高江で強行している米軍ヘリパッド建設をめぐり、大阪府警の機動隊員が反対派市民に「ボケ、土人が」などと差別発言を繰り出した一件だ。この「土人」発言は、治安組織が守るべき「国民」を明確に敵と味方に分けていた。安倍政権の政策に反対する市民に対しては何をやっても許されるという空気が組織内で蔓延しているのではないか。
 
 また、国会前での政権批判デモに対しては警察による過剰警備が相次いでいる。弁護士有志による「官邸前見守り弁護団」が3月29日に警視庁へ提出した申し入れ書によれば、〈参加者の体に背後から肘打ちしたりするなどの暴力を振るっていることが参加者の多数の証言から明らかとなって〉おり、〈警察官が参加した市民に対して「一般の人はデモには来ません」(つまり、デモに来ている人は一般人ではないということ)などと冷笑しながら言い放つなど、極めて侮辱的発言・態度を取るに至っている〉という。ここからも、政権を批判する人々が「国民」から除外されていることがわかる。
 
自衛官暴言を生んだのは“シビリアンコントロールの欠如”でなく、安倍政権への追従だ
 翻って、幹部自衛官が小西氏に放った「国民の敵」という言葉は、つまるところ「非国民」の言い換えであり、その背景に、小西氏本人だけでなく野党を支持する有権者への強い嫌悪感が自然と見て取れる。ひっきょう、銃口を「敵」に向けるのが軍隊ならば、自衛官の暴言はまさに市民に銃を突きつけるも同然だろう。
 
 繰り返すが、だからこそ、今回の事件を「シビリアンコントロールの欠如」と言うだけでは本質を見誤りかねないのだ。もとより自衛隊内に保守的な風潮があるのは言をまたないが、幹部自衛官による「お前は国民の敵だ」発言は、それがエスカレートして政治による統制が効かなくなったというよりも、人々を敵と味方に分断する安倍政治の空気が浸透し、政権に批判的な者は「敵」と見なすという、極めて短絡的かつ危険な兆候を示していると言える。
 
 いささか逆説的だが、その意味において、自衛隊はむしろ政治の統制から逸脱しているのではなく、グロテスクなまでに安倍政権を追従しているのである。実際、そのことは防衛省トップの言葉からも浮き彫りになっている。小野寺五典防衛相は今回の事案について、「自衛隊員の服務の問題になるので事実関係を確認し、適正に対応したい」と述べているが、同時に「(自衛官も)国民の一人として当然思うことはあると思うが」などとフォローした。この言葉の軽さが何よりの証左だろう。
 
 何度でも繰り返す。今回の事件は単なる暴言事案ではない。市民を敵と味方に分断して「国民の敵」を糾弾する発言が、他ならぬ実力組織である自衛隊から公然と発せられたのだ。「政権を批判する国民の敵に銃口を向けて何が悪い」。そういうメンタリティが、安倍政権下の自衛隊で確実に萌している。決して、うやむやにさせてはならない。(編集部)