2019年7月5日金曜日

05- 参院選 真の争点を伊藤惇夫氏が斬る(ダイヤモンドオンライン)

 参院選挙を迎え、「ダイヤモンド」が政治アナリストの伊藤惇夫氏に、求心力の低下も指摘され始めた「安倍一強」の政治体制が変わることはあるのか注目すべきポイントは何かについてインタビューしました。
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安倍一強」は揺らぐか? 参院選、真の争点を伊藤惇夫氏が斬る
  小尾拓也 ダイヤモンドオンライン 2019.7.4
 来る7月21日、令和初の参議院議員通常選挙が実施される。求心力の低下も指摘され始めた「安倍一強」の政治体制が変わることはあるのか。争点らしき争点がない選挙戦で、注目すべきポイントとは。政治アナリストの伊藤惇夫氏が鋭く分析する。(聞き手/ダイヤモンド編集部 副編集長 小尾拓也)
 
「安倍一強」は続くのか  ハードル高い今夏の参院選
――今回の参院選で改選されるのは、245議席のうちの124議席。非改選の70議席を持つ自民・公明の与党は、この選挙で53議席以上をとれば、参院で過半数を維持できます。注目は「安倍一強」の体制が続くかどうか。長期政権の「緩み」によって、安倍首相の求心力が失われつつあるという見方も増えています。
 今回、改選を迎える議員が当選した2013年の参院選では、自民党が65議席を獲得しました。次の2016年の参院選で獲得したのが56議席だったことを考えても、これは彼らの実力を10議席程度上回った数字。前年に下野した民主党が壊滅状態で、安倍政権の支持率が最も高かった中で行われ、圧倒的に有利な選挙だったからです。
 そう考えると今回のポイントは、もし自民党が議席を減らしたとしても、2013年時と比べて10議席以内の減少に留め、50台後半の議席を維持できるかどうかです。ここを乗り切れば、安倍首相が責任を問われることはないでしょう。
 
――仮にそれ以上の議席を失った場合は、どんな状況になりそうですか。
「安倍一強」を支える大きな要素の1つが、国政選挙で5連勝していること。そのイメージが途絶えると安倍神話は揺らぎます。だからといって、直ちに政権がどうにかなるようなことは考えにくいですが、レームダック化(政治的影響力の喪失)していく可能性はあります。
 
――与党の勢力が強い中で、選挙の争点が熱を帯びて議論される空気は薄いです。外交や経済政策など、改めて参院選の争点にすべきものとは何でしょう。
 政権選択の選挙ではない参院選は、もともと争点が乏しいです。むしろ政権に対する「中間テスト」の意味合いが強い。有権者にとっては、与党の政策をどう評価し、中長期的に支持していくかどうかを見定める機会となります。
「中間テスト」という目線で私見を述べると、安倍政権の外交については国益に繋がるような成果がなく、ほとんど評価できません。問題は、首脳同士の信頼関係を強化すれば外交がうまくいくという発想で、それは先日のG20でも否定されました。米国にはトランプの「日米安保発言」でハシゴを外され、ロシアとの北方領土返還交渉、北朝鮮との拉致問題も進展がありません。中国との関係改善は、米国との関係が悪化した中国が戦略的にやっている側面が大きい。いくら仲良くなったからといって、相手国に自国の利益を譲歩する国などありません
 
アベノミクスが醸し出す 「かば焼き」的な魔力
 経済政策についても、効果は実感できません。私はアベノミクスを「かば焼きの匂い」と評しています。安倍政権はうちわどころか、強力な扇風機でうなぎのかば焼きのいい匂いを街中に広げますが、実際においしいかば焼きを食べられる人は少ないのが現実。
 政権発足以来の世論調査を見ると、「景気回復を実感している」という人は、いまだに2~3割程度です。事実、株価や有効求人倍率が上がる一方で、実質賃金や個人消費はなかなか伸びず、日本の中で良い数字と悪い数字が混在するという不思議な状態になっています。にもかかわらず、経済政策に対して国民がそれほど批判的な反応を示さず、いまだにアベノミクス開始当初の「期待感」が空気のように残っている。「かば焼きの魔力」といえるでしょう。
 
 来る参院選で、多くの有権者が現政権の課題を冷静に見据えて投票するのか、それとも「今のところ大きな問題はない」と現状維持の姿勢で投票するかは、フタを開けてみないとわかりませんが。
 
安倍首相は本気になれば 新たな改憲案を出してくる
――争点としては、憲法改正も挙げられます。安倍首相にとって、今回の参院選では、非改選と合わせて3分の2(164議席)以上の改憲勢力を維持できるかどうかが重要になりますね。
 ひとくくりに改憲勢力といっても、厳密にいえば公明党は違う。自民党が示した4つの改憲案(自衛隊の明記、緊急事態条項、合区の解消、教育無償化の明記)は、憲法9条が絡んでいることもあり、公明党がすんなり飲むとは思えません。また、選挙後の国民民主党の動きなどによっては、今の改憲勢力が入れ替わることも考えられます。なので、「自民、公明、維新などを合わせて3分の2以上」という数字には、あまり意味がないと思います。
 そもそも、改憲勢力が参議院で3分の2以上に達したとしても、すぐに改憲の動きが出るとは考えづらい。各種の世論調査を見る限り、今の改憲案は国会を通過させることができても、国民投票で否決される可能性が極めて高いからです。それが否決された途端に内閣は総辞職です。そんな状況下で、安倍首相は短兵急に動かないでしょう。
 
 ただ、安倍首相が歴史に名を残したいと思えば、もはや任期中に外交で目覚ましい成果を出すことは難しいため、ゆくゆく改憲に動かざるを得ないでしょう。4項目の改憲案の中身のなさを見ればわかる通り、今の安倍首相は改憲自体が目的化しているように見える。もし本気で改憲に動こうと思えば、安倍首相は改憲案の中身を国民が納得できるものに全て差し替えてくるでしょう。
 
――突然、噴出した年金不安が、参院選の最大の争点のようになっています。
 安倍政権に対してあった漠然とした不満が、年金不安を機に明確に表に出始めたということでしょう。多くの国民はもともと、年金だけで老後を安泰にすごせるとは思っていません。「老後資金2000万円」報告書を発表した金融庁のデータは平均であって、それ以下の水準の人がたくさんいることも、皆わかっています。
 問題は、報告書によって「年金100年安心」のミスリードが取り沙汰された際、それをうやむやにしようとしたダメージ・コントロールの失敗が、「政府は何か重大なことを隠しているのではないか」という疑心暗鬼を広めてしまったことです。有権者は、外交や憲法改正より、自分の懐に直接影響するテーマに敏感ですから。
 
――年金問題が尾を引いて、与党が思いのほか苦戦する可能性はありますか。
 ないとは言い切れません。選挙の怖いところは、トップの一言で情勢がガラリと変わりかねないことです。たとえば2017年の東京都議選では、安倍首相の「こんな人たちに負けるわけにはいかない」という発言が批難され、自民党は惨敗しました。
 それと同じで、年金問題における麻生大臣の言動や、先のG20における安倍首相の「大阪城エレベーター」発言も、悪くすると大きな火種になり得ます。ただ、いずれにせよ政権を大きく揺るがすような負け方になることは考えにくい。
 
国民が期待するのは 「安定第一」の政治
――それはなぜですか。
「消えた年金」問題が発覚した後の2007年の参院選で自民党は惨敗し、第一次安倍政権は退陣しました。今回も同じ年金繋がりの問題が起きていますが、当時とは状況が全く違います。あのときは民主党という大きな受け皿があり、「彼らに政権を任せてもいいかもしれない」というムードがあった。でも今は、それがありません
 世論調査からも明白なのは、今国民は政治に対して「安定」を第一に求めていることです。リーマンショックや民主党政権の失敗などを通じ、国民には「政治が安定しないと景気は決して上向かない」という意識が根付いています。そんななかで、積極的に支持しなくても投票は与党にする、という人は多いでしょう。
 
――そういう状況だと、選挙を通じて政治を動かすことは難しい。存在感を示すことができそうな野党はいるのでしょうか。
 残念ながら、目ぼしい政党はない。野党に対しては期待というより、「やりたい放題やっている自民党にお灸をすえる」という目的で投票する人はいるでしょう。今後は、第二の55年体制が生まれるかもしれません。自民党+αに対抗する万年野党の立憲民主党、という構図です。
 
――では、参院選後に目を移しますが、選挙を大過なく乗り切れば、安倍首相は安定的な政権運営を当面、続けられるでしょうか。
 アベノミクスに対する「期待」は根強いですが、空気のようなものなので、いつ風向きが変わるかわかりません。10月には消費税増税が行なわれる予定で、米中貿易戦争の悪影響も懸念されるため、想像以上に景気が落ち込む恐れがあります
 また、年金不安が盛り上がるなか、参院選後に発表されるであろう年金の財政検証結果で厳しい数字が出れば、多くの国民は「100年安心という言葉に騙された」と憤るはず。
 そうなると安倍首相は解散権を行使しずらくなり、政権はレームダック化していくでしょう。その結果、自民党の中で「ポスト安倍」を狙う動きが出始める。現実的に考えれば、来年の東京五輪後に安倍首相は退任すると思われるため、それを見据えた動きも絡んできます。
 
「ポスト安倍」候補に 浮上する意外な名前
――「ポスト安倍」の可能性があるのは、どんな人たちですか。
 安倍首相の辞め方によって、3つのパターンが考えられます。
 1つ目は、安倍首相が余力を残して任期を全うし、後継者指名の影響力を維持したまま辞めるパターン。この場合の「ポスト安倍」の本命は、岸田文雄・政調会長といわれます。ただ、私は懐疑的です。岸田氏は保守本流の宏池会出身で、本来、理念や政策は安倍首相と対照的な穏健派だからです。安倍首相が自分の路線の継承を望むなら、考え方が同じ菅義偉・官房長官や加藤勝信氏を指名する可能性が高い。あまり知られていませんが、加藤氏は安倍首相が最も信頼する政治家の1人です。
 
 2つ目は、何らかの理由で国民の信頼を失った政権が崩壊状態に陥り、追い詰められて辞めるパターン。安倍政権の崩壊は自民党の危機に直結するため、国民の目先を変えるため、ライバルの石破茂氏が候補に上がる可能性があります。
 
 そして3つ目は、余力を残しながらも、健康問題などにより、総理の座を降りざるを得ないパターン。この場合は、リリーフ(つなぎ)役として政権の内外を熟知する菅氏が候補に上がりそうです。短期のリリーフと考えるならば、河野太郎氏、野田聖子氏らも候補に上がるかもしれませんが、推薦人集めの難しさなどを考えると、現実的ではないでしょう。