2019年10月29日火曜日

「八ツ場ダムが利根川を守ったというのは誤解」(西島和弁護士)

 今回、日刊ゲンダイが直撃インタビューした人は、八ツ場ダム住民訴訟やスーパー堤防差し止め訴訟など、治水問題の訴訟で活躍している西島和(いずみ)弁護士です。
 冒頭で八ツ場ダムの効能に関する話が出てきますが、治水の中心はダムではなく、河道の整備(堤防の構築や川底の掘削、拡幅)が基本であると冷静な口調で語っています。
 実際にこれまでダムからの緊急放流で堤防からの越水が起こり、越水によって堤防の裏側が削られて決壊につながった事故が多く見られています。
 また現行の堤防が盛土構造になっているのは、国交省の河川管理施設等構造令が土堤を原則にしているからで、基準をアーマー・レビー工法(鎧型堤防方式)に変更しなくてはならないとしています。
 
 西島弁護士は裁判で「安全度が低い堤防などの整備を後回しにして、ダム整備を優先するのは人命軽視だ」と主張しますが、裁判所は「ダムの効能はゼロではない」として退けるのだそうです。
 なるほど「ゼロではない」でしょうが、そうした苦し紛れの言い方をするのは、如実に政権への忖度を思わせるものです。西島氏は、住民の命を最優先で守る治水への方針転換を実現したいが、「その前に現政権が代わらないと無理だとつくづく思います」と語っています。
 
 併せて日刊ゲンダイの記事「森田千葉県知事に危機意識ゼロ 災害対策10年ホッタラカシ」を紹介します。
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注目の人 直撃インタビュー  
西島和氏「八ツ場ダムが利根川を守ったというのは誤解」
日刊ゲンダイ 2019/10/28
 大型台風が次々に日本列島を襲い、甚大な水害をもたらしている。一方、巨大ダムやスーパー堤防があったから被害を食い止められたという自民党政治礼賛の声がネットで飛び交っている。果たしてそれは事実なのか。河川公共事業の住民訴訟に取り組んできた専門家に話を聞いた。
◇  ◇  ◇
 ――台風19号は記録的な大雨を降らせましたが、八ツ場ダムがギリギリまで貯水した画像がネットで拡散され、おかげで利根川の氾濫を防げたという意見もあります。これは事実なのでしょうか。
 誤解です。八ツ場ダムがなくても、利根川の河道で流せる程度の降雨量でした。治水というと、ダムを連想する人が多いと思いますが、基本は堤防や河道掘削などの河道整備です雨がどこにどれだけ降っても、一定量を流せる河道整備が進められてきたことにより、利根川では氾濫が起きませんでした。これに対し、ダムの効果は不確実で、限定的です。降雨が「想定した場所」「想定した規模・降り方」で発生し、かつ、放流のタイミングを誤らないという場合に河川への流入量を減らせるにすぎないのです。
 
 ――八ツ場ダムが本格稼働していなかったことも背景にありましたね。
 今回ラッキーだったのは、八ツ場ダムが試験湛水中だったため貯水量が少なく、本来より多くの水を貯めることができたことです。
 
 ――もし八ツ場ダムが本格稼働していて今回のような雨量になったらどうなっていたのでしょうか。
 危なかったと思います。ダムは無限に水を貯めることができるわけではありません。ダムが貯められる以上の降水が発生した場合、ダムはダム自体の決壊を防ぐために緊急放流を行うことがあります。それで失敗したのが昨年の西日本豪雨で大規模な浸水被害を引き起こした愛媛県の鹿野川ダムです。緊急放流をしたため肱川が氾濫し死者を出しました。今回もいくつか緊急放流をしたり、準備をしていたダムがあります。ダムの限界には注意する必要があります。
 
 ――八ツ場ダムの住民訴訟の弁護団に加わっていましたが、どのようなきっかけでしょうか。
 八ツ場ダムは治水と利水という相反する目的をもつ多目的ダムです。東京都は約500億円の利水負担金で新たな水源を得ようとしていました。しかし東京は人口は増えていますが、水需要は頭打ちで減少傾向ですから、負担金支出は違法だという訴訟を住民が起こしたのです。弁護団に加わるきっかけは「岸辺のアルバムで知られる多摩川水害訴訟を手がけた高橋利明弁護士のお話を聞いて、ダムのイメージが変わりショックを受けたことです。
 
 ――訴訟は敗訴しました。
 裁判所は八ツ場ダムが治水で役に立つ可能性が皆無ではないなどと判断しました。
 
 ――秋田県・雄物川の成瀬ダム訴訟もされていましたね。
 緑にかこまれた美しい沢もある自然豊かな場所に造る計画で、農家の方などが子や孫に自然を残したいと起こされた訴訟です。成瀬ダムは最上流にあり、流域面積の1%の集水面積しかなく、治水効果がきわめて限定的です。堤防整備が相当遅れている状況で利水負担金約200億円を支出してダムを造ってもらうメリットは秋田県にはありません。しかし、裁判所は、治水に役に立つ可能性はゼロではないし、利水負担金は支出しない民意が明らかではないから公金支出は違法ではないとしました。
 
「ダム優先」「人命軽視」の国策で堤防整備は後回し
 
 ――「可能性はゼロではない」と繰り返す裁判所の理屈は暴論ですね。
 盛り土をともなう再開発で立ち退きが必要になりますから、計画が進まないのです。北小岩では強引に進めて「まちこわし」になりました。
 
 ――ところで国交省の堤防は土を盛ることしかしないのですか。
 今回の長野県・千曲川も洪水が土の堤防を越水し破壊したことによる決壊だといわれています。堤防を越えると水が反対側に落ちて、滝つぼができるように土の堤防を削って決壊させるのです。ですので、国交省がかつて研究してきたアーマー・レビー工法のような堤防強化が必要なのですが、今の国交省は河川管理施設等構造令の土堤原則だからと土を積むだけです。
 
 ――堤防に矢板(鋼板)を入れるのもダメですか。
 矢板やセメントなど異物を入れてはいけないそうです。土堤原則には例外もあり、場所によっては堤防強化されている例もあるのですが、決壊を防ぐには原則と例外を逆にすべきです。理解に苦しみます
 
■国土強靭化は“やってる感”のスローガン
 
 ――安倍政権は国土強靱化を掲げていますが、水害対策は強靱化されましたか。
 国土強靱化は“やっている感”を出すためだけのスローガンです。公共事業批判を封じ込めたいのでしょうが、事業の中身は問わず規模を大きくするだけでは問題は解決しません。“忖度道路”(安倍・麻生道路と呼ばれる下関北九州道路)など民主党政権時代にできなかったような事業も復活させる一方で、堤防決壊を回避するための本当に必要な対策は後回しにされています
 
 ――河川水害はどうしたら防げるのでしょう。
 水害を100%防ぐことはできませんが、氾濫しても人命が失われることのないよう、越水しても決壊しない堤防を整備していくことです。日本全国の堤防は土を盛っただけの“土まんじゅう”で、安全度も低いところが多いんです。2015年の豪雨で利根川水系の鬼怒川が決壊し、死者が出ました。10年に一度くらいの規模の雨でしたが、堤防を強化して氾濫だけで済んでいれば、あれほど深刻な被害にならなかった可能性があります。数時間の越水に耐えられる堤防を造って、少なくとも短時間に大量の水があふれないようにすることです。
 
 ――今後はどのような活動をされていきますか。
 安全度が低い堤防などの整備を後回しにして、ダム整備を優先するのは人命軽視だと成瀬ダム訴訟でも主張してきました。広範囲で大規模な災害が起こる気候危機の一方で、災害対策の予算・人手は限られており、整備の順番はとても大事なんです。国交省にいる志のある人などを後押しして、住民の命を最優先で守る治水への方針転換を実現したいと思います。ただその前に現政権が代わらないと無理だとつくづく思います
(聞き手=平井康嗣/日刊ゲンダイ)
 
 ▽にしじま・いずみ 
1969年、長崎県生まれ。東京外国語大学卒。2006年から弁護士。八ツ場ダム住民訴訟、スーパー堤防差し止め訴訟など治水問題や福島原発事故の避難者訴訟の弁護団に加わってきた。 
 
 
森田千葉県知事に危機意識ゼロ 災害対策10年ホッタラカシ
日刊ゲンダイ 2019/10/28
 台風15号、19号、21号と立て続けに記録的な豪雨に見舞われた千葉県。複数の河川が氾濫し、浸水や土砂崩れなどによる死者が続出する中、県民の間からは森田県知事の危機管理能力を問う声が相次いでいる。
 
「土地の脆弱さを目の当たりにした。国には根本的な対策を考えてもらいたいし、県も全力で頑張りたい」
 26日、長南町や茂原市などをヘリコプターで視察した後、国に対応を迫る考えを示していた森田県知事。だが、この発言に対し、県民は「おまえは傍観者か」「人任せにするな」とカンカンだ。そりゃあそうだろう。先週末に千葉を直撃した台風21号による大雨は、早い段階で予測されていた。それまでの台風被害の状況を考えれば、一刻も早く県が司令塔になり、森田県知事が先頭に立って避難や警戒を呼び掛けるべきだったのは言うまでもない。ところが、森田県知事は県庁を表敬訪問した山下泰裕JOC会長と東京五輪の成功を祈ってガッチリと握手。「千葉県らしい心のこもったおもてなし」なんてニヤついていたのだ。
 
 大体、森田県知事は「土地の脆弱さ」に今頃気付いたかのような口ぶりだったが、2009年から10年間も知事のイスに座りながら、今まで何をやっていたのか。災害対策の必要性についても議会では以前から指摘されていたこと。今年6月の県議会定例会でも、立憲民主の矢崎堅太郎議員がこう質問しているのだ。
 
〈大雨や台風に備えた水害・土砂災害対策が求められています。(略)千葉県に目を向けてみると、(略)梅雨や台風など、これから出水期を迎えるに当たり、万が一に備えて地域住民の生命や身体を守るために、県や市町村が中心となって減災に向けた対策を実施していかなければならないと考えます。土砂災害時の住民避難に関し、県ではどのように取り組んでいるのか〉
 
■さらば知事のイスと言おう
 まさに議員が懸念していた事態が今回、起きたワケだが、アングリするのは森田県知事の答弁だ
 
〈平常時から消防団、自主防災組織などと情報を共有するとともに、個々の要支援者ごとに支援を行う者や避難経路などを定めた個別計画を作成しておくことが重要。(略)個別計画については、作成方法を盛り込んだ手引を市町村に示し、ヒアリングを通じて早期の作成を促すとともに、地域防災力向上総合支援補助金の活用についても照会しているところ〉
 
 県の主体的かつ、具体的な取り組みを問われているのに、「市町村に作成を促す」「照会している」というのだから、当事者意識も危機意識もゼロと明かしたに等しい。要するに県も森田県知事も災害対策を本気で考えていなかったのではないか。
 振り返れば「自民党支部長」の肩書がありながら、「完全無所属」と有権者をだまして知事のイスを分捕った森田県知事。千葉県民もそろそろ、この男の「無能」に気付くべきだ。