2019年10月16日水曜日

16- 金丸信吾氏「拉致問題解決は国交正常化こそが一番の近道」

 今回の直撃インタビューは、日朝関係改善に取り組んだ金丸信元自民党副総裁のご子息で、9月に22回目の訪朝から帰国した金丸信吾さんです。
 平壌で行われた父(金丸信氏)の生誕105年を祝う式典に出席するためと、日朝友好山梨県代表団の団長として、参加者(約60人)に自分の目で北という国を見てもらうために訪朝しました
 信吾氏は、金日成元主席とは7回、金正日元総書記とは2回会談しており、宋日昊・朝日国交正常化交渉担当大使など北朝鮮要人と交流があります。
 
 同氏の日朝関係の改善、拉致問題の解決に向けての話は、安倍首相の虚飾・欺瞞のそれとは対照的で、自然体の話しぶりながら非常に論理的で説得力があります。
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注目の人 直撃インタビュー  
金丸信吾氏「拉致問題解決は国交正常化こそが一番の近道」
日刊ゲンダイ 2019/10/15
「最重要課題」――。安倍首相がこう繰り返す北朝鮮の拉致問題。2018年6月の米朝首脳会談以降、中国や韓国、ロシアが北との距離を縮める中、安倍は金正恩・朝鮮労働党委員長との「無条件の首脳会談」を打ち出したが、北は態度を硬化させたままだ。日朝関係の改善や拉致問題解決の糸口は見つかるのか。1990年の超党派訪朝団の団長を務め、日朝関係改善に取り組んだ父・金丸信元自民党副総裁(故人)の元秘書で、9月に22回目の訪朝から帰国した金丸信吾さんに聞いた。
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■日朝は関係が悪いからこそ交流が必要
 
 ――今回の訪朝目的を教えてください。
 平壌で行われた父(信氏)の生誕105年を祝う式典に出席するためと、日朝友好山梨県代表団の団長として、参加者(約60人)に自分の目で北という国を見てもらうためです。
 
 ――北と交流を続けている理由はなぜですか。
 父の政治家としての最後の仕事であり、かつ、やり残した(国交正常化できなかった)仕事。その遺志を受け継いでいるだけです。私は北を素晴らしい国だと言ったことは一度もありませんし、いまだに理解し難いところはたくさんあります。しかし、戦前の日本も(北と)似た時代がありました。「富国強兵」「一億玉砕」などと言って。太平洋戦争だって、日本の良識ある軍人は米国には勝てないと反対していたが、「ABCD包囲網」という(鉄鋼や石油の禁輸を伴う)経済封鎖を強いられ、戦争せざるを得ない状況に追い込まれた。父が言っていたのは、北を(かつての日本のように)暴発させてはならない。国際舞台に引っ張り出す努力を常にしないといけないと。日朝関係が悪い時だからこそ、頻繁に交流する必要があると思います。
 
 ――金丸訪朝団以降、日朝の政府間交渉は計8回ありました。その後、途絶えたのはなぜですか。
 日朝間協議が進む中で急浮上したのが拉致問題です。以来、日本では北の問題は核やミサイル開発ではなく、拉致となり、国民も北に対して「恐ろしい国」という印象が刷り込まれた。何でも感情的に反応するようになってしまったのです。
 
北は日朝平壌宣言の回答を変えない
 
  ――北は拉致問題を今、どう見ているのですか。
 彼らは2002年に小泉首相(当時)が訪朝した際、金正日国防委員長が拉致を認めて謝罪した回答(拉致被害者4人生存、8人死亡)が変わることは絶対にない、というスタンスです。北からすれば、その回答を小泉首相が認めて平壌宣言に署名したのに、日本政府は拉致被害者は生存していると言い続けている、そう思っています。日本は「北は嘘つき」というが、北は「日本こそ総理大臣が嘘を言った」というわけです。そして、彼らが必ず口にするのが、かつての日本の強制連行です。日本は一体、何人を強制連行したのかと。おそらく、拉致被害者とは比べものにならない規模ではないか、とでも言いたいのでしょう。さらに日本政府は強制連行について正式に謝罪していませんね、と。こう言われたら、我々のような民間人では、そこから先に話が進みません
 
 ――日朝両政府が拉致被害者の「生死」をどう受け入れるのかが解決のポイントだと。
 私は拉致被害者が生存していてほしいと心の底から思っています。とはいえ、そろそろ現実を見る時期に来ているのではないか。そうならないのは、日本政府が、北の説明が事実だった場合の家族会やメディアに対するシミュレーションを持っていないからでしょう。ただ、これはメディアにも責任があると思います。
 
 ――メディアの報道の仕方にも問題がある。
 そもそも日本国内で拉致被害者の「生存説」が広まったのは、脱北者といわれる人たちの目撃情報です。「平壌で拉致被害者を見た」とかね。しかし、よく考えてほしいのは、脱北者が厳重な監視下にあった拉致被害者と遭遇する確率はほぼありません。仮に目撃したとしても、「この人は拉致被害者」と分かるはずがないのです。そういう真偽不明で、事実検証も不可能な話が「事実」として扱われ、報じられ、国民に植え付けられてきた面は否めません。
 
 ――拉致被害者の遺骨が偽物という報道も世論批判に火をつけた。
 拉致被害者のものとされた遺骨は持ち帰られ、2つの民間組織に鑑定に出されました。いずれも結果は鑑定不能で、偽物とは断定されていません。それが、なぜかメディアでは偽物と報じられ、政府もいまだに否定していないのが実態です。
 
 ――遺骨が偽物でないのであれば、北は証拠を示すべきという意見もあります。
 北はずっと拉致を認めず、全否定してきました。拉致自体を隠してきた国が、拉致被害者の埋葬場所を他者に明確に分かるようにするわけがない。理不尽で許せない話ですが、きちんとした墓誌も残していないでしょう。ただ、ここら辺に埋葬したということは認めていて、彼らなりに「これではないか」という場所で遺骨を収集したのでしょう。要するに北も確たる自信がないのです。
 
 ――安倍首相の「拉致問題を解決して国交正常化」という姿勢はどう見ていますか。
 拉致は国家犯罪であり、許し難い国家暴力であることは間違いない。しかし、安倍さんの姿勢は順序が逆です。むしろ、私は国交正常化こそが拉致問題解決の一番の近道だと考えています。国交正常化すれば日本政府は平壌に大使館を開設できる。外務省や警察庁、防衛省の担当者を配置し、常駐すれば拉致の調査や、両国間で情報交換もスムーズにできるからです。
 
 ――北に対する今の強硬政策については。
 私は北に対する圧力や経済制裁を否定するつもりはありません。強硬政策で拉致問題が一歩でも二歩でも前進するのであれば、結構なこと。しかし、安倍さんが強硬政策を始めてから、拉致問題は進まないどころか、むしろ後退している。つまり、圧力や経済制裁で拉致問題は解決しないと考えています。
 
二階幹事長に訪朝を促したがうやむやに
 
  ――強硬政策は誤り。
 関係を進展させるには、対話と協調しかありません。対話の重要性は米朝首脳会談でも証明されたはず。歴史をみれば、ああいう独裁体制の国が未来永劫、続くわけがない。かといって、ここ数年で崩れるわけもない。そうであれば、「ケシカラン」と拳を振り上げるばかりではなく、理解して付き合っていくしかない。隣国なのですから。
 
 ――安倍首相は拉致問題解決のために「あらゆるチャンスを逃さない」と言っています。
訪朝の際に政府から親書を託す依頼や接触はありましたか。
 何もありません。一民間人に親書を託すなど、国会議員としてのプライドが許さないのでしょう。そもそも、外交というのは、信頼が基本ですが、安倍さんは「対話と制裁」と言いながら、実際は制裁だけです。これでは、信頼関係は生まれません。今回の訪朝でも、帰国すると羽田の税関で参加者は皆、土産品没収です。数十、数百万円分の土産品であれば、経済制裁に反した行為と指摘されても仕方がない。しかし、500円の菓子や1000円の朝鮮ニンジン入りクリームを没収してどうなるのか。それでいて「無条件の首脳会談」は無理です。それに「前提条件なし」という表現も良くない。お茶を飲みに行くわけではあるまいし、無条件の会談は現実的にあり得ません。平壌宣言の精神に戻り、原点からもう一度話し合おう、と言えばいいのです。
 
 ――安倍政権は本気で北朝鮮問題を解決する気があると思いますか。
 少なくとも私にはそう見えません。昨年10月末の訪朝時、私が個人的な提案として、超党派の国会議員が訪朝の意思を示した場合、あなた方(北)は受け入れるのかと質問すると、喜んで受け入れると答え、確約しました。そこで自民党の二階幹事長に「あなたが団長として超党派で訪朝してほしい」と頼んだのですが、二階幹事長は「官邸と相談」と言って、その後はウヤムヤ。北も「安倍首相の真の目的は憲法改正で、そのために拉致問題を解決すると言ってパフォーマンスしている」と見ていますよ。
 
 ――日朝関係進展のカギは何でしょうか。
 これだけ拉致問題が長期化し、混迷してしまうと、もはや日朝関係解決の方法は見つからない。だから、私は北に対して米朝関係を進めた方がいいと言っています。米朝関係改善に重点的に取り組み、両国で平和条約なりが成立すれば、日本は米国に黙って従うでしょう。
(聞き手=遠山嘉之/日刊ゲンダイ)
 
▽かねまる・しんご 1945年、山梨県生まれ。青山学院大卒。境川カントリー倶楽部社長。90年9月、父・金丸信元副総理が初訪朝し、自民、社会両党、朝鮮労働党の3党による日朝国交正常化交渉の「共同宣言」に署名した際に同行。その後、父の代理として訪朝を重ね、金正恩委員長の祖父・金日成主席とは7回、同父・金正日総書記とも2回、それぞれ会談した。宋日昊・朝日国交正常化交渉担当大使など北朝鮮要人と交流がある。
金丸信吾さん(C)日刊ゲンダイ