2019年10月22日火曜日

テレビ報道はなぜ八ッ場ダムを隠すのか(世に倦む日々)

 台風19号による豪雨災害で、利根川水系での洪水防止に「八ッ場ダム」が決定的に役立ったとされていますが、テレビはその事実を殆ど報じません。「世に倦む日々」氏がその理由を解き明かしました。
 
 それは今の政府もう地方にダムを作る意思を持たず、防災は自己責任を原則とするという方針を定め、地域住民の面倒は見ないという考えを固めているために、今回八ッ場ダムが大いに貢献したことを強調したくないということで、テレビがそれに従った結果だというものです。
 政府は、少子高齢化の時代に、莫大な経費を掛けて大々的規模の治水施設の新設や拡充は無駄だとして住民が安全に避難できればそれでいいという「ソフト対策」方向転換しようとしています。それに向けて論陣を張っているのが、星浩松尾一郎関根正人氏らであり、報道陣がそれに従っていというわけです
「世に倦む日々」氏一流の「深読み」であり、その「洞察力」には敬服します。
 
 巨大台風に伴う豪雨の襲来が近年頻発しており、河川改修と堤防増強はこれまで以上に必要になっているこの時期に、「ソフトで対応できる」とはあまりにも馬鹿げた思想で、それは国の至る所に文字通りの「廃墟」と国民の艱難を生み出そうとするものに他なりません。正気なのかという話です。
 
 ところで、今回「八ッ場ダム」はたまたま完成した直後であったため、今回の豪雨が貯水(開始)の水源となってダムの全容量が「洪水調節容量」となったという幸運がありました。
 しかし年数が経過するとダム内の堆砂容量が増大し、農業用水、生活用水等の利水容量も設定されるのでその分「洪水調節容量」が縮小される結果、いずれ豪雨時に「緊急放流」が行われる事態になりかねません。
 
 政府や「ソフト対策」への賛同者はそうした犯罪的な思考に走るのは止めて、ダムの「洪水調節容量」を最大限に確保するために、どうすれば「事前放流」が円滑に行われるようになるのか、法律を改正するなどの「ソフト」をこそ検討すべきです。
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テレビ報道はなぜ八ッ場ダムを隠すのか - 官僚に不都合な真実 
世に倦む日日  2019-10-21
八ッ場ダムについてテレビが報道しない。台風襲来の後、ネットでは侃々諤々されているが、マスコミでは報道の表面に現れず、ネットを見てない高齢者は何も今回の事実と議論を知らないだろう。NHKは首都圏外郭放水路については7時のニュースで取り上げ、その排水機能の活躍を短く紹介した。首都圏の中で最も浸水被害を受けやすい春日部一帯は、「地下神殿」の防備のおかげで台風19号による水難を逃れたと言える。今回、「地下神殿」が江戸川に放流した水量は1200万m³、東京ドーム9杯分に過ぎないが、この一帯はお皿状の低い地形になっていて、水が溜まると捌けにくく、4年前に常総市で起きた水害と同じ惨事を惹き起こす。停電と断水が起きる。道路と鉄道が冠水して交通が止まり物流が止まる。スーパーとコンビニが営業できなくなる。病院と学校と介護施設が水没する。「地下神殿」は、昭和22年のカスリーン台風の災禍と教訓を元に作られた防災設備だった。 
 
同じく、カスリーン台風を契機にして、同じ威力の台風が来て同じ豪雨を降らせても利根川の堤防が決壊しないよう、治水対策のハードとして計画され施工されたのが八ッ場ダムである。八ッ場ダムの水防能力について、それを疑い否定する声が左翼から上がっているが、本当に見るに堪えない。八ッ場ダムの総貯水量は9000万m³。東京都都市整備局の資料によれば、基準点となる八斗島より上流のダム群全7基(矢木沢・奈良俣・藤原・相俣・薗原・下久保・八ッ場)のうち、八ッ場ダム以外の6基の総貯水量は1億1484m³で、すなわち他6基合計分の6割を八ッ場ダム1基で担う容量と記されている。要するに、群馬県の平地に流れ込んで利根川に集まる水の4割が吾妻川水系分で、そこに八ッ場ダムが仁王立ちしているという意味だ。地図を見ても、関東平野最奥の、関東平野が90度折れ曲がる左上角の、群馬県北西部に位置する吾妻川水系が水量が特に多くなることは、素人でも容易に推測できよう。
 
利根川水系全体で、最も貯水量が多いプールは、言うまでもなく渡良瀬遊水池である。渡良瀬貯水池の総貯水量は1億7000万m³。今回は過去最大の1億6000万m³まで水を溜めたと報道されている。長い年月をかけて、利根川水系に戦後日本が敷設構築してきた治水防災機構群が、今回、総動員され、フル回転して機能を発揮し首都圏を守った。埼玉と東京を守った。まさにカスリーン台風の仇を討った。カスリーン台風で犠牲になった72年前の人々の無念を晴らした。貯水量において、八ッ場ダムは渡良瀬遊水池の半分のキャパを有しているのである。左翼は、この八ッ場ダムの能力を過小評価してはならない。実際に、13日午前3時、渡良瀬川が合流する加須市栗橋で利根川が越水し、堤防が決壊する恐れが出て、一帯に避難勧告が出た。カスリーン台風で決壊したのもほぼ同じ場所だったのだ。昭和22年、濁流は春日部を一瞬で飲み込み、越谷・草加と南に向かって帯状に下り、足立区から江戸川区の人口密集地帯を水浸しにする。
 
今回も、決壊したらそうなっていた。13日午前2時40分の栗橋観測所での水位は9.66mに達していて、避難勧告の目安となる氾濫危険水位の8.90mを76cmも超えていた。破堤が目前に迫った絶体絶命の状況だった。氾濫危険水位の8.90mを超えた時刻は、正確には13日午前0時40分である。このときすぐに避難勧告を出さなかったのは、他の北関東・東北の被災地と同じく、深夜であり、暗闇で移動が危険だからという行政側の配慮があったと思われる。が、水位が9.66mとなり、利根川氾濫の悪夢が現実のものとなり、午前2時40分なのに自治体は避難勧告を出した。もし群馬に八ッ場ダムがなく、9000万m³の水が堰き止められなければ、加須から久喜にかけての脆弱な右岸堤防はどうなっていたことだろう。正直に言えば、この流域で国交省が計画中のスーパー堤防化は一刻も早く完成させるべきで、さらに、渡良瀬遊水池は大胆に面積を拡幅して貯水容量を2倍にすべきである。即着手するべきだ。
 
左翼に言いたい。君たちは、なぜNHKが八ッ場ダムの活躍を大きく報道しないのか訝しむことはないのか。八ッ場ダムがテレビ報道に浮上しない政治的意味をどう理解しているのか。NHKが安倍放送局であり、官邸の支配統制下にあり、微に入り細にわたって菅義偉が報道内容を監査していることは誰でも知っている。左翼の常識だ。であれば、本来、八ッ場ダムは自民党政治のお手柄として脚光を浴びるのが当然で、民主党政権の失敗として巷で嘲笑の材料にされて不思議ではない。ネットではその床屋政談が続き、右翼の「祭り」がずっと続いている。だが、テレビはどこも取り上げない。それには理由がある。それは、今の政府が、もう地方にダムを作る意向がないからだ。「小さな政府」にシフトした政府が、防災は自己責任を原則とするという方針を定め、地域住民の面倒は見ないという政策思想を固めているからだ。だから、官僚は八ッ場ダムの貢献を称揚したくないのであり、積極的な顕彰を与えないのだ。功績を隠したいのだ。
 
今の政府と政権そのものが、当時の民主党の仕分け路線の後継者なのであり、地域に必要なミニマムの公共事業を冷酷に削減する「小さな政府」の鬼と化している。そのため、本来、河川改修と堤防増強はこれまで以上に必要になっているにもかかわらず、予算が足りないからとか、少子高齢化でハード新設は無駄だからとか口実を言い、「ソフト対策」への方向転換を刷り込んでいるのである。住民避難に重点を置いた政策への転換の正当性をエバンジェリズム福音伝道主義・神のお告げ化しているのだ。その論陣を張っているのが、星浩であり、松尾一郎であり、関根正人である。官僚の手先どもである。朝日新聞が脱ダム派の今本博健を記事に出して、今回の八ッ場ダムの治水効果を疑問視し、八ッ場ダムの水防能力を矮小化するのは、朝日が官僚の代弁機関だからであり、霞ヶ関(財務省)の言い分を天下の公論のように偽装して大衆を洗脳するためだ。悪質な世論工作に他ならない。左翼は、環境保護のイデオロギーに惑溺して、治水科学と経世済民の本質を忘失している。
 
右翼と官僚は非常に巧妙で、今回の台風災害の言論を狡猾に操作している。右翼vs左翼の構図では、ネットを言論のバトルフィールドにして、八ッ場ダムを英雄にして脱ダムと民主党政権を叩き、自民党政権の健全性をプロパガンダしている。右翼はその説得に成功している。一方、マスコミ(なかんづくテレビ)の言論フィールドでは、「小さな政府」の官僚が、八ッ場ダムの存在と成果を隠し、地球温暖化時代にダムは無駄だと主張し、もう追いつかないと嘯き、ハードは放棄してソフトで対応すると説教している。そうした「小さな政府」側のショック・ドクトリンを、何を勘違いしているのか、脱ダム派の左翼リベラルが左から援護するというピエロを演じ、官僚のネオリベ言説を神聖な託宣のように仰ぐという倒錯した政治的光景が出現している。この国の左翼の劣化は止まるところを知らない。私が以前から指摘しているところの、新自由主義と脱構築主義の癒着とはこのことだ。ネオリベ右翼と左翼リベラルが屈折した回路で結合し、八ッ場ダムの意義を不当に貶める挙に出ている。
 
左翼は、理論の正しさは実践によって証明されるという、マルクス主義の古典的テーゼを再認識・再了解するべきだろう。八ッ場ダム建設の政策構想は、今回の台風の結果によって正しさが証明された。是非は確定した。決着した。カスリーン台風級の豪雨から利根川の氾濫を防ぐという使命を帯び、総工費5320億円を投じた巨大土木プロジェクトは、今回、その目的の正しさを自ら証明した。その威容と能力をわれわれ首都圏住民に示した。5320億円の税金投入のうち、少なくない部分が不透明なポケットに環流し、銀座のクラブで浪費されたことは想像に難くない。だが、八ッ場ダムが吾妻川渓谷に屹立せず、弁慶の役目を果たさなければ、利根川氾濫によって埼玉東部と東京下町の広範囲が泥の海となり、その被害額は10兆円に及んでいたことだろう。危機一髪だった。人間と自然の奇跡のドラマを、左翼は謹んで認めるべきであり、救世主の八ッ場ダムに頭を垂れるべきであり、戦後日本に感謝すべきで、水害と戦い続けてきた日本史の物語(アイデンティティ)を素直に顧みるべきだろう。