今年5月、企業にパワハラ防止の取り組みを義務付ける「パワハラ防止法」が成立し、1年以内の施行に向けて、厚労省は企業向けの指針をまとめています。
ところが21日、労働政策審議会の分科会に示された指針案は、逆に「職場のパワハラが助長」されかねないという実にトンデモナイものでした。
日本労働弁護団は即日、「パワハラ助長の指針案の抜本的修正を求める緊急声明」を出しました。それはやや長文ですが、その誤りを綿密に指摘してあり、如何に指針案が間違ったものであるかが良く分かります。
日刊ゲンダイがその概要を報じましたので先ずそれを紹介し、そのあとに声明の全文を載せました。どうぞご覧ください。
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厚労省「パワハラ防止」トンデモ指針案 “該当せず”ズラリ
日刊ゲンダイ 2019/10/26
厚労省が公表したパワハラ防止の指針案が大ひんしゅくを買っている。誰がどう見ても、防止どころか、パワハラを助長する内容なのだ。
今年5月、企業にパワハラ防止の取り組みを義務付ける「パワハラ防止法」が成立。1年以内の施行に向けて、厚労省は企業向けの指針をまとめているが、21日の労働政策審議会の分科会でトンデモナイ指針案が示された。
指針案では、パワハラに該当しない事例を挙げている。
〈社会的ルールやマナーを欠いた言動・行動が見られ、再三注意してもそれが改善されない労働者〉や〈重大な問題行動を行った労働者〉に対し〈強く注意〉することはOKなのだ。
社会的ルール、重大な問題行動、強く注意など使用者が都合よく解釈できる曖昧な表現だ。使用者は「パワハラではなく強い注意だ」と強弁できる。そもそも、どんなワル社員相手でもやっちゃいけないのがパワハラだ。
さらに、パワハラ経営者が大喜びしそうな記載もある。
〈経営上の理由により、一時的に、能力に見合わない簡易な業務に就かせること〉はパワハラにあらずというのだ。
■弁護士団体「使用者の弁解カタログ」
パワハラをやるぞと言ってパワハラをする経営者はいない。「経営上の理由」は、パワハラ経営者が言い逃れをする常套句だ。指針は言い逃れに国のお墨付きを与えようとしているのだ。
指針案が公表されると日本労働弁護団は抜本的修正を求める緊急声明を出した。
〈使用者にパワハラに当たらないという言い訳を許し、かえってパワハラを助長しかねないものであり、「使用者の弁解カタログ」となるような指針などない方がましである〉
厚労省は「いろいろな意見は承知しています。議論を続け、年内をめどにまとめたい。作成しているのは法律ではなく指針です」(雇用機会均等課)と答えたが、日本労働弁護団事務局次長の長谷川悠美弁護士が言う。
「法律ではありませんが、厚労省が示す指針はとても重たい。事実上の解釈のベースになります。パワハラをした経営者が、指針にのっとって行動したと言えば、安全配慮義務違反でないと認定される可能性は高くなってしまう。今以上にパワハラが許される社会になる恐れがあります」
こんなムチャクチャな内容が正式な指針になれば、「パワハラ大国」まっしぐらである。
パワハラ助長の指針案の抜本的修正を求める緊急声明
2019年10月21日
日本労働弁護団
幹事長 棗 一郎
パワハラについて事業主に防止対策を義務付けた労働施策総合推進法の改正、セクハラに関する男女雇用機会均等法の改正を受けて、現在、厚生労働省労働政策審議会雇用環境均等分科会(以下「労政審」という)で指針の策定・改定が議論されている。
指針は、深刻な社会問題となっているパワハラ、セクハラを防止し、被害者を救済するための実効的な施策でなければならず、その内容は極めて重要である。
ところが、本日の労政審で厚生労働省事務局より示された指針案(本日の労政審資料11)は、以下のとおり、実効的なパワハラ防止策となっていないばかりか、むしろパワハラの範囲を矮小化し、労働者の救済を阻害するものであるため、反対の意見を緊急に表明する。この内容では、使用者にパワハラに当たらないという言い訳を許し、かえってパワハラを助長しかねないものであり、「使用者の弁解カタログ」となるような指針などない方がましである。
1 「優越的」の定義が狭すぎる
指針案では、パワハラを定義づける「優越的」とは、「抵抗又は拒絶することができない蓋然性が高い関係」としている。
しかし、「抵抗又は拒絶することができない蓋然性が高い関係」とは、大きな力関係の差を必要とする定義であり、単なる同僚同士の場合にはもちろん、場合によっては上司と部下の関係であってもパワハラから除外される危険性がある。また、労働者がパワハラを訴えた際に、「抵抗または拒絶できない関係ではない」「その蓋然性は高くない」からパワハラには当たらない、との使用者からの言い訳や反論を許すことになる。
これまで、「優越的」(優位性とは、職務上の地位に限らず、人間関係や専門知識など様々な優位性が含まれ、結果、上司から部下に限らず、先輩・後輩間や同僚間、部下から上司に対して行われる行為も含まれるとして広く解釈されてきた。国会の附帯決議(衆議院9項、参議院11項)でも、同僚や部下からのハラスメント行為も対象であることを周知すべきとされている。実際に、単なる同僚間や部下から上司へのハラスメント行為は起きており、裁判例ではそれらについても使用者責任や環境整備義務違反が認められている。
「抵抗又は拒絶することができない蓋然性が高い関係」との定義は、これまでの解釈以上にパワハラの範囲および使用者の責任を極めて限られたものに限定するものであり、大きな問題がある。そもそも業務上必要かつ相当な範囲を超え労働者の就業環境を害する行為は、優越的関係の有無にかかわらず防止すべきであるから、「優越性」の要件は法文から削除すべきである。仮に、優越的関係を前提とするとしても、例えば、職位、職種・雇用形態の違い、能力・資格・実績・成績などの個人的能力、容姿や性格、性別、性的指向・性自認など、あらゆる要因からハラスメントは起き得るのであって、「優越的」とは、それらの要因により事実上生じた人間関係を広く含む概念であると記載すべきであり、指針案の定義は直ちに改めるべきである。
2 労働者の問題行動の有無を重視すべきではない
指針案では、「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」言動であるかの判断にあたって、「個別の事案における労働者の行動が問題となる場合は、その内容・程度とそれに対する指導の態様等の相対的な関係が重要な要素となる」と指摘する。
しかし、労働者の行動に問題があったからといって、暴行や人格を否定する言葉を伴うなど「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」指導が許容されるわけではない。裁判例でも、同僚を誹謗中傷した労働者に対する叱責1や、他部署から勤務態度の問題点を指摘されたりミスや期限徒過、不提出等の問題行動がある労働者に対する叱責2、度重なるミスや出社前の飲酒という問題行動に対する叱責3であっても、パワハラと認められている。
あたかも労働者の行動の問題性が高ければ、指導・叱責がパワハラに該当しなくなるかのような誤解を与える指針の表現は、誤りであり、削除すべきである。むしろ、労働者に問題行動があったとしても、業務上必要かつ相当な範囲を超えた指導等はパワハラに該当することを指針に明記すべきである。
1 三菱電機コンシューマエレクトロニクス事件(広島高裁松江支判平21.5.22)
2 サントリーホールディングスほか事件(東京高判平27.1.28)
3 岡山県貨物運送事件(仙台高判平26.6.27)
3 「該当しない例」が極めて不適当である
指針案では、6つの行為類型ごとにパワハラに該当しない例が記載されているが、いずれも「使用者の弁解カタログ」とも言うべき不適当な例示である。
例えば、精神的な攻撃に該当しない一例として、「遅刻や服装の乱れなど社会的ルールやマナーを欠いた言動・行動が見られ、再三注意してもそれが改善されない労働者に対して強く注意をすること」が挙げられているが、「社会的ルールやマナー」の範囲や「強く注意」の程度が不明確であるため、幅広く解釈される危険性がある。
また、多くの裁判例でも指摘されているとおり、本人の仕事ぶりに問題があり、その指導目的でなされた叱責であっても、社会通念上の相当性を欠く場合にはハラスメントになるのであるから、労働者に帰責性がある場合にはハラスメントにならないかのような誤解を与える例示を行うべきではない。
また、過小な要求に該当しない一例として、「経営上の理由により、一時的に、能力に見合わない簡易な業務に就かせること」が挙げられているが、これまで違法な降格・配転事件、追い出し部屋事件等の多くの事件で、使用者は「経営上の理由」から「一時的」な解雇回避措置でありやむを得ない措置だとの弁解の主張を行っていた。
この例示は、それら使用者の弁解を正当化することになりかねない。
その他の「該当しない例」についても、抽象的で、幅のある解釈が可能であるため、加害者・使用者による責任逃れの弁解に悪用される危険性が高い。指針案でも「個別の事案の状況等によって判断が異なる場合もあり得る」と指摘されているように、状況によってはパワハラに該当する可能性があるものを「該当しない例」とする
ことは、誤解・悪用を招きかねず、絶対に避けるべきである。「該当しない例」の記載は不要である。
4 国会の附帯決議が反映されていない法改正にあたっては、国会で様々な審議が行われ、両院で附帯決議が付された。この附帯決議は、与野党一致で決議されたものであり、立法府の意思として尊重されなければならない。
ところが、指針案には、附帯決議で指摘された内容がきちんと反映されていない。例えば、パワーハラスメントの判断に際しては、「平均的な労働者の感じ方」を基準としつつ「労働者の主観」にも配慮すること(参議院9-1項)とされているが、指針案にその旨の記載はなく、「同様の状況で当該言動を受けた場合に、社会一般の労働者の多くが、就業する上で看過できない程度の支障が生じたと感じるような言動であるかどうかを基準とする」として、むしろ「労働者の主観」は排除されてしまった。
また、附帯決議で指摘された性的指向・性自認に関するハラスメント及び性的指向・性自認の望まぬ暴露であるいわゆるアウティング(衆議院7-2項、参議院9-2項)についても、指針案では、精神的な攻撃に該当する一例に「性的指向・性自認に関する侮辱的な発言」、個の侵害に該当する一例に「労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露すること」が記載され ているのみで、極めてわかりにくい。指針には、性的指向・性自認に関するハラスメント及びアウティングもパワーハラスメントとして雇用管理上の措置の対象となることを明記するとともに、プライバシー保護の措置も含め、事業主の取るべき措置義務を具体的に定めるべきである。
指針で対象とするパワハラとは、事業主が防止措置義務を負うパワハラ、すなわち職場で行われるべきではない言動であって、その範囲を広く捉えて労働者の良好な職場環境を整備することが望ましい。
にもかかわらず、指針案は、対象となるパワハラの範囲を極めて狭く捉え、加害者・使用者に弁解を与えるものとなってしまっている。これでは、パワハラを防止する実効性がないばかりか、害悪を生じかねない。
日本労働弁護団は、このように重大な問題のある指針の策定に強く反対するとともに、抜本的な修正を速やかに講じるよう求める。