自身のレイプ被害に対する官憲の対応に官邸が関与したのではないかという強い疑惑を持っている伊藤詩織さんの訴えを、これまでメディアは事実上無視してきました。
それは官邸から取り上げないようにという要請があったからだといわれています。
この事案は、レイプの被疑者が、安倍首相を絶賛した本:『総理』を書いた山口敬之氏であり、所轄の署員が彼を逮捕すべく配置された現場に、緊急の指示を入れて逮捕を中止させた警視庁の中村格刑事部長(当時)もまた官邸と昵懇な人物でした。
逮捕状が発付されたものを刑事部長の一存で中止させるなどは、本来はあり得ないことなので、官邸が関与したものであろうことは容易に想像できます。
官邸が各メディアに対し「あれは筋の悪いネタだから触れないほうが良い」と報道自粛を勧めた理由は明白で、官邸が関与したという疑惑が持ち上がるのを避けたいからでした。
たださえ官邸の意向を忖度する日本のメディアが、それを受けて一も二もなく沈黙したのは当然でした。
彼女には、検察の不起訴処分に対する審査を検察審査会に訴えたときの記者会見以外には、会見の場も与えられませんでした(外国記者クラブもなぜか二度目には会見の場を提供しませんでした)。
発言の場を失った詩織さんは、最後の手段として告発の手記「Black Box」を発表しました。
幸いなことに詩織さんは英語が堪能だったので、彼女の訴えに注目した海外メディアにインタビュー記事が載るようになって、日本のメディアもようやく動き出しました。
それにしても官邸の意向に従って沈黙を続けていた日本のメディアには、詩織さんの人権への思いはなかったのでしょうか。
27日の毎日新聞が伊藤詩織さんのインタビュー記事を掲載しました。
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#MeToo
伊藤詩織さん「社会変わると…声あげ続ける」
毎日新聞 2017年12月27日
自身のレイプ被害をもとに、日本の性犯罪を取り巻く事情を取材した手記「Black Box(ブラックボックス)」を出版した伊藤詩織さん。毎日新聞のインタビューに対して、作家でブロガーのはあちゅうさんの告発で広がったセクハラ告発キャンペーン#MeTooへの思いを初めて語った。【中村かさね/統合デジタル取材センター】
性暴力について話せる社会にしたい
――日本でも#MeTooの動きが広がっています。詩織さんの告発に背中を押された人も多いようです。
「ブラックボックス」を出版した同時期に#MeTooのムーブメントが起こりました。公で自らの体験を語ってから同じ苦しみを抱えている人がこんなにもいることを知り、また#MeTooで世界中からのさまざまな人の声を聞き、何かが変わらなくてはいけない時がきたのだと感じました。
問題を解決していくには、声を上げ、話し合わなければいけません。性暴力について話せる社会にしたい、というのが私の本来の願いだったので、#MeTooはその思いが世界中の人々と一つになったムーブメントだと思います。
日本で当初、私が感じたのは性暴力の話をすると声を上げた人が責められる、または男女の問題として片付けられてしまうということです。しかし、これは暴力の問題です。個人の問題ではなく、多くの人に共通する社会問題として捉えていくべきです。
スウェーデンではこの運動が男女平等担当大臣に届き、システムが変わるきっかけになろうとしています。日本でも#MeTooが社会を変えるきっかけになると信じて、これからも声をあげ続けていこうと思います。
――5月に司法記者クラブ、10月に日本海外特派員協会で記者会見を行いました。周囲の反応や気持ちの変化は?
5月の会見の後は、批判や脅迫のメッセージが続き10日ほど食べ物が喉を通らず、起き上がることができませんでした。でも日本海外特派員協会での会見後は、海外のメディアに取り上げてもらい、日本国内外から応援メッセージをいただいた。出版後は伝えたかったことについて理解していただき、たくさんの応援コメントも受け取っています。
――「ブラックボックス」では、会見前からメディア取材を受けてきたのに一切報道されなかったことを明かしています。海外特派員協会での会見は、背景に日本のメディアへの失望感もあった?
そうですね、それはとても大きかった……。10月の会見は(メディアに対して)何度も同じ話を繰り返しているのにまた同じ話をすべきか悩みました。「会見がないと報道しづらい、報道のきっかけがほしい」という日本メディアの声も聞いていて、それに応えることにも葛藤があった。
ただ今年1世紀ぶりに刑法が改正された背景には、国連から何度も意見表明があったこともあり、日本は外から問題を相対的に可視化されると動くんだな、と感じていた。海外メディアに自分の声で伝えるということは必要だと思っていたので、実現できてよかったです。
「少しずつ、すべてを変える必要がある」
――執筆に当たり、スウェーデン・ストックホルムをはじめ、海外の性被害サポート体制についても取材しています。
一番訴えたかったのは、今の日本の社会システムを見直し、変える必要があるということ。当時、相談窓口、病院、警察、報道、一つ一つに落胆し、社会のシステムに疑問がわきました。いろんな壁がありました。その壁がなければ、事実関係をもっと明らかにできただろうし、ここまで深く傷つくこともなかった。少しずつ、でもすべてを変えなければいけない。
例えば私が被害に遭ったとき、まず最初に何をしなければいけないのかすら分かりませんでした。自分の無知に驚きました。情報が欲しくて電話した相談窓口には「面接に来てくれ」と言われたけれど、本来なら検査ができる病院を紹介してくれるべきですよね。決して近くはない場所に面接に行かなければ情報が得られないのでは、ホットラインの意味がありません。例えばストックホルムなら、カウンセリング、検査、治療がワンストップでできる施設が24時間365日稼働している。男性専用の施設もある。「被害に遭ったらここに行けばいい」とみんなに周知もされています。
性暴力被害は誰にでも、どこでも、どんな時でも起こり得ます。でもその後、社会がどう動くか、どうサポートできるか。その点で日本は欠けているところがたくさんある。一つ一つの壁を可視化する必要があります。そのために、海外ではどんな取り組みがあって、何が効果的なのかを知りたかったし提案したかったのです。
――本書で「勝手に決められた『被害者』のイメージの中で生きたくない」と書かれています。そう感じる#MeToo 発信者は多いようです。
被害者だったら「泣いているはず」「白いシャツで、ボタンは一番上まで留めているはず」というようなステレオタイプにはめられ、被害者とキャラクターづけられて生きることは絶対に嫌だったんです。
そこから外れた行動を取ると「本当に被害者なのか」と証言の信頼性と関連付けて批判される。そのイメージを壊したくて、会見にはリクルートスーツを来てくるようにとアドバイスされましたが、受け入れることができませんでした。
被害を受けてもその後の人生は続きます。 笑っていることを批判されたこともありますが、私は今でもよく笑います。ステレオタイプ(固定観念)に当てはまらなければ信じてもらえないのは、おかしいと思います。