2017年12月18日月曜日

生活保護費の切り下げは生存権を侵害するもの(木村草太氏)

 憲法25は、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」として国に貧困者への生活保護を義務付けるとともに、「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」として、社会福祉と社会保障の向上への努力義務を課しています。

 安倍政権は、2013年に生活保護を見直すとして、より社会保障等を向上させるのではなく生活扶助費を切り下げました。
 木村草太教授によれば、それは物価下落率を不当に操作し、給付額を生活保護を受けていない一般世帯の収入下位10%のグループと比較するなどの不当な手法を用いて、行われたものでした

 政府は、5年毎に見直すとして2018年以降の分について、先の見直しを是正するのではなく、同じ手法を用いて給付額を更に引き下げようとしています。
 日本の生活保護受給世帯の比率は16%と先進諸国よりも著しく低くなっています。それは本来生活保護を受けるべき人たちの2割(=捕捉率)しか受給していないためで、該当者が正規に生活保護を受給すれば比率は80%になります。
 つまり現行の下位10%のうちの8割は、本来生活保護を受給すべき世帯なので、そこと比較するというのでは話になりません。誤謬の拡大再生産が行われることになります。政府はなぜそんな不当な手法を用いてまで、生活保護世帯を更に圧迫しようとするのでしょうか。

 木村教授は下位10%のグループの消費支出に生活扶助基準を合わせれば、憲法25条1項が保障する生存権が実現できなくなってしまうと述べています
 少なくとも収入レベルを10分割したなかの下位から2番目のグループ(下位10%~20%)のレベルと比較すべきでしょう。

 木村教授の論文(沖縄タイムス)と、その中で触れている、貧困問題に取り組むNPO法人「もやい」の緊急声明を併せて紹介します。
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生活保護基準改定 切り下げは生存権を侵害 
木村草太首都大学東京教授 沖縄タイムス 2017年12月17日
[木村草太の憲法の新手](70)
 2018年は、5年ごとに行われる生活保護基準改定の年だ。この連載でも指摘したように、13年に実施された基準改定では、(1)物価下落率の計算が不当に操作されたこと(2)生活保護を受けていない一般世帯の収入下位10%のグループと比較したこと(3)物価下落を二重に評価したこと-などの問題がある。本来ならば、来年の改定では、そうした問題を是正すべきだ。しかし、ここまでの報道を見る限り、情勢は楽観できない。

 12月8日、厚労省は、社会保障審議会生活保護部会に「生活扶助基準の検証結果(案)」など三つの資料を提出した。さらに12日には、これらの資料を踏まえ、報告書案も提出された。これらの資料・報告書からは、日常生活費に関わる「生活扶助」の支給基準を、一般世帯の収入下位10%のグループの消費支出額に合わせようとする意図が読み取れる。

 資料によると、例えば、「都市部の子ども二人の母子世帯」では、現行の生活扶助支給基準が月15万5250円であるのに対し、一般世帯の収入下位10%グループの消費支出は14万5710円から14万4240円程度となっている。もしも、この報告書案に従って生活保護基準を改定するならば、「都市部の子ども二人の母子世帯」では1万円近くも生活扶助基準額が切り下げられることになろう。

 しかし、よく考えてほしい。日本の生活保護制度の捕捉率は2割から3割程度と言われている。つまり、本来であれば生活保護を受ける資格があるのに、生活保護を利用できていない人は、以前からかなり多い。
 その上、13年の基準改定では、「最低限度の生活」が不当に低く設定された。もしも13年に適正な基準が決定されていれば、「最低限度の生活」に必要な収入を確保できていないとして、生活保護の利用資格を認められる人の範囲は、今よりも広かったはずだ。

 つまり、13年時と比べても、一般世帯の収入下位10%のグループには、「最低限度の生活」ができていないのに、生活保護を利用できていない人が、より多く含まれていることになる。このグループの消費支出に、生活扶助基準を合わせれば、憲法25条1項が保障する生存権が実現できなくなってしまう

 貧困問題に取り組むNPO法人「もやい」は、この点を懸念して、「【緊急声明】生活扶助基準の引き下げを止めてください」を出し、「引き下げありきの議論であると言わざるを得ません」と指摘している。

 こうした生活保護切り下げへの懸念に対しては、「不正受給があるから仕方ない」といった反論の声も聞かれる。しかし、生活保護費を切り下げたからといって、不正受給が減るわけではない。不正受給を減らしたいなら、不正の有無を十分にチェックし、生活保護受給者に適切な受給を指導できるよう、ケースワーカーの人員を増やすべきだろう。

 ケースワーカーを増員すれば、現場に余裕が生まれる。支援を必要とする人の個性に合わせて、きめの細やかな支援を届けることができるようになるだろう。生活保護の捕捉率も上がるだろう。これは、一石三鳥だ。(首都大学東京教授、憲法学者)


【緊急声明】生活扶助基準の引き下げを止めてください
2017.12.09
認定NPO法人自立生活サポートセンター・もやい
理事長 大西連
私たちは、日本国内の貧困問題に取り組む団体として、生活に困窮された方が生活保護などの社会保障制度を利用するにあたっての相談・支援や、安定した「住まい」がない状態にある方がアパートを借りる際の連帯保証人の提供、サロンなどの「居場所作り」といった活動をおこなっています。
2001年の団体設立からこれまでに、のべ約3,000世帯のホームレス状態の方のアパート入居の際の連帯保証人や緊急連絡先を引き受け、また、生活にお困りの方から寄せられる面談・電話・メール等での相談は、年間4,000件近くにのぼります。日夜、生活困窮者の相談をうける立場として、政府が進めつつある生活扶助基準(生活保護の生活費の基準)の引き下げに対して懸念を感じるとともに、強く反対いたします。

昨日(12月8日)に生活保護基準部会が開催され、そこで、厚労省より「生活扶助基準の検証結果(案)」「有子扶助・加算に関する検証結果(案)」「これまで出された検証手法に関するご意見について」の資料が明らかにされました。ここでは具体的な今後の生活扶助基準の見直しについての提案が記載されています。
この「生活扶助基準の検証結果(案)」においては、二つの新たな生活扶助基準の計算方法が書かれており(「展開方法①」と「展開方法②」)、この通りに基準が見直されるとすると、多くの世帯で生活扶助基準が大幅に削減される可能性があります。

例えば、都市部(1級地の1)で夫婦子1人世帯 (30代夫婦+子3~5歳)の場合、現行基準が148380円のところ、展開方法①だと144760円、展開方法②だと143340円となります。どちらの方法でも4000円~5000円の減額となります。また、同じく都市部の母子世帯 (子2人) (40代親+中学生+小学生)の場合は、現行基準が155250円のところ、展開方法①だと145710円、展開方法②だと144240円となり、こちらはどちらも1万円以上の減額となります。そして、同様に都市部の高齢単身世帯 (65歳)に関しては、現行基準で79790円のところ、展開方法①では73190円、展開方法②だと74370円とこちらも減額です。もちろん、世帯構成によっては展開方法①の場合は現行基準を上回る、などのものもありますが、現実には高齢単身世帯が多いことなどの実際の生活保護世帯の世帯類型でみれば、総じて引き下げといった方向性であることは明らかです。

また、そもそもが、これはすでに様々な指摘があることでもありますが、生活扶助基準を計算するときに、1・十分位(最も所得が低い下位10%層)の消費実態と比較するという方法自体に問題があります。生活保護制度自体の捕捉率が2~3割と言われている現状で、第1・十分位と比較しそこに基準を合わせていくことは、引き下げありきの議論であると言わざるを得ません。低所得者は所得が低いわけですから必ずしも消費を満足にできません。その低所得者の消費実態をもとに最低生活基準を定めるのではなく、物価の上昇等をふまえた現実に即した基準の検討をおこなってもらいたいと思います。
加算に関しても現段階でまだ金額は明らかになっていませんが、「有子扶助・加算に関する検証結果(案)」を見る限りにおいては、大幅な減額になる可能性もあります。そもそもが「母子加算」に関しては、子どもにかかる費用というよりは、ひとり親で子育てをすることに対しての「加算」であるにも関わらず、親が二人いる世帯と「固定的経費の割合は変わらない」という発想は筋違いであるとも考えます。

生活扶助基準の引き下げは、今回が初めてではありません。2013年8月から、すでに段階的に生活扶助基準の引き下げはおこなわれ、生活保護世帯の家計の平均6%がカットされました。しかも、子どものいる世帯ほど結果的に多く削減される計算方法がとられており、同年に成立した「子どもの貧困対策基本法」の理念と矛盾したものとなっています。
そして、2014年4月からは、消費税が8%となり、低所得者、生活保護世帯の暮らしを圧迫しています。また、物価の上昇や円安の影響により、食料品や灯油代等の値上げも、喫緊の課題として家計を直撃しています。
実際に、報道等ですでに「生活扶助の1割カット」というニュースを見て、不安に感じた生活保護利用者より当団体にも相談が寄せられています。2013年の生活扶助基準の引き下げ以降、生活保護利用者の生活は苦しくなる一方です。必要なのは引き下げではなく支援を手厚くしていくことなのではないでしょうか。

私たち、〈もやい〉は、まだ案の段階であるものの、生活扶助基準の引き下げに対して大きな懸念を感じております。また、拙速な議論による引き下げには強く反対いたします。さらなる生活扶助基準の引き下げをいますぐに止めていただくよう、声明します。