2022年7月10日日曜日

10- 消耗戦で物量に勝るロシアが優位に 米欧は形勢逆転できるか

 ロンドン在住でウクライナにも入っている国際ジャーナリスト木村正人氏が、「消耗戦で物量に勝るロシアが優位に 米欧は形勢逆転できるか」という記事を出しました。

 客観的に記述されていてウクライナの実情が分かります。結論は、必要にして十分な武器がウクライナに供給されればロシアを撃退できる、といういわば常識的なものですが。
 記事では触れていませんが、EUの中で経済面で最優等国家であったドイツが、ロシアからの天然ガスの供給が40%に減じたことが影響したため、いまや赤字国家に転落したということです。アメリカ主導の対露経済封鎖政策がこの先NATO内でどこまで維持されるのかも重要なポイントになりそうです。
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消耗戦で物量に勝るロシアが優位に、米欧は形勢逆転できるか
大砲が足りず、東部戦線でじりじり後退するウクライナ軍
                             木村 正人 2022.7.7
                          在ロンドン国際ジャーナリスト
[ロンドン発]ウクライナ軍が東部戦線で後退を強いられている。ロシア軍がウクライナ東部制圧を目指して仕掛けた飽和攻撃により、砲兵火力で10分の1以下のウクライナ軍はどうしても劣勢に立たされる。互いに兵力を磨り潰す消耗戦は長引けば長引くほど、ウクライナより人口が多く、経済力でも軍事力でも優位に立つロシアが有利になる米欧はこの力学を逆転させる必要がある

 露大統領府によると、ロシア軍は東部ルハンスク州の主要都市セベロドネツクに続き、7月3日、リシチャンスクを制圧、州境を掌握した。これを受け、ウラジーミル・プーチン大統領は翌4日、セルゲイ・ショイグ国防相に会い、中央グループ司令官と南部軍管区第8軍副司令官に「ロシアの英雄」の称号を与えるとともに部隊に休息を取らせるよう指示した。
 ウクライナ軍は死者2218人、負傷者3251人を出し、戦車など装甲車196両、航空機12機、ヘリコプター1機、ドローン(無人航空機)69機、長距離地対空ミサイルシステム6基、多連装ロケット砲97基を失った。リシチャンスクから撤退する際、戦車など装甲車39両、対戦車ミサイル48基、スティンガーシステム18基、ドローン3機を放棄した(露大統領府)。
 プーチン、ショイグ両氏はリシチャンスクとルハンスク州の制圧をロシア軍にとって大きな勝利と位置づけた。しかし2014年の東部紛争で親露派分離主義武装勢力を指揮したロシア民族主義者イゴール・ガーキン元ロシア軍司令官は、自身のテレグラムチャンネル(約40万人が登録)で高すぎる代償を払ったリシチャンスク奪取の意義に疑問を呈するなど、ロシア国内から戦略に対する批判の声が上がり始めている。

「みんな前線に出てしまって分隊長も素人の民間人」
 一方、5月28日から6月30日にかけポーランドとウクライナ各地を取材した筆者にもウクライナ軍の劣勢はひしひしと伝わってきた。医療支援を行うNGO(非政府組織)は5月下旬の時点で「ウクライナにいる障害者は約300万人で、手や足がない人の割合はその3%だ。今の激しい戦闘状態が続けば、この数字は10%に上昇する恐れがある」と予測した。
 ウクライナ西部リビウの避難民宿泊施設で会った東部ルハンスク出身のヨハンは「東部戦線の第二戦線で戦っている兄から『ロシア軍の砲撃は激しく、重傷者が出ているので絶対に志願するな』と釘を刺された。両親も行くなと止める。それでも祖国を守るために戦いたい」とすでに死を覚悟しているような静かな表情を見せた。
 キーウがロシア軍のミサイルで攻撃された6月26日に首都のバーで隣り合わせたスウェーデン人の青年で元同国軍の職業軍人だったアクセルは、志願兵や領土防衛隊の民間人に銃の扱い方など基本を指導している。「みんな前線に出てしまって分隊長も素人の民間人。18歳から65歳まで全部で200人ぐらい。太りすぎていたり年を取りすぎていたりして軍隊にいるべきじゃない人もいる」と言う。
 国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)によると、クリミア侵攻に続く東部紛争で14年4月から21年12月にかけ、ウクライナ軍は4400人の死者を出した。今回のロシア軍侵攻で4月の米紙ニューヨーク・タイムズの報道ではウクライナ軍は5500~1万1000人の犠牲を出し、大砲戦になった現在、1日100~200人が命を落としているとされる。

英陸戦専門家「ウクライナ軍の死傷者は1万8000人以上」
 ウクライナの大統領顧問は英紙ガーディアンの取材に対し、毎日150人が死亡、800人が負傷していると語っている。シンクタンク「英国王立防衛安全保障研究所」(RUSI)のジャック・ワトリング研究員は6月28、29日に開かれた陸戦コンファレンスで「ウクライナ軍はこの4カ月間で英陸軍の歩兵部隊(1万8000人)よりも多くの死傷者を出した」と分析した。
 ロシアが4月時点でウクライナ兵2万3000人を殺害したと発表したのは脇に置くとしてもウクライナ軍がかなり消耗しているのは疑いようがない。ウクライナ軍参謀本部によるとロシア軍の死者は3万6350人(7月5日時点)。北大西洋条約機構(NATO)高官も3月下旬に最大4万人が死傷、または不明・捕虜になったと分析した(死者は7000~1万5000人)
 一方、兵力・物量で勝り、消耗戦で優位に立つロシアも、一部の装備面では「在庫切れ」を起こしている可能性が高い。例えば、長射程の誘導ミサイルだ。どうやらロシア軍はこれを使い果たしつつあるようだ。
 英国防情報部は7月2日「防犯カメラの映像分析により6月27日に死者20人を出した中部クレメンチュクのショッピングセンターを攻撃したのは空中発射型の超音速巡航ミサイルKh-32(射程600~1000キロメートル)だった可能性が高い」と指摘した。
 Kh-32は「ソ連時代の長射程空対艦ミサイルKh-22キッチン(同600キロメートル)のアップグレード版」(英国防情報部)だ。本来なら敵の空母を攻撃するために使われる大型空対艦ミサイルである。それを地上攻撃に用いた理由について、英国防情報部はこう分析する。
「6月30日にオデーサ州に撃ち込まれた2発のミサイルもKh-22キッチンだった可能性が高い。正確な近代兵器の備蓄が減少しているためと思われるが、ロシア軍は空中から発射される対艦ミサイルを陸上攻撃に使っている」

空爆に匹敵する破壊力を発揮する米ハイマース
 しかしロシア軍は不正確で古い大砲をうんざりするほど持っている。自ら志願して5月上旬からウクライナ軍に参加している元米陸軍兵士マーク・ロペス氏は「自走式多連装ロケットランチャー『ウラガン』や『スメルチ』の射程は通常45~90キロメートル。最も数が多い『グラート』システムは15~45キロメートルだ」と筆者に解説する。
「ロシア軍はすべてのロケット砲を使って一定の地域にできるだけ多くの攻撃を加える飽和攻撃を行っている。152ミリメートル砲の標準的な射程は約40~80キロメートルだが、通常40~50キロメートルで使われる。最大の大砲である203ミリメートル砲の射程は37~55キロメートルだ。砲身が摩耗し始めると射程が短くなり、精度が低下する」と言う。
 NATO首脳会議が開かれたマドリードでジョー・バイデン米大統領は6月30日「50カ国以上がウクライナに14万基近い対戦車システム、600両以上の戦車、500基近い大砲システム、60万発以上の砲弾、さらに最新の多連装ロケットシステム、対艦システム、防空システムを供与する」ことを明らかにした。
 バイデン氏は大統領就任以来、約70億ドルに達した対ウクライナ安全保障支援に加え、最新の防空システムNASAMSを含め新たに8億ドルを支援する。7月中旬までに8基が配備される米M142高機動ロケット砲システム「ハイマース」(射程約70キロメートル)の一斉射撃は精密誘導爆弾を搭載した攻撃機による空爆に匹敵する破壊力を発揮するという。

「ウクライナの勝利は可能だが、そのためには国際的な支援が不可欠」
 英国もドイツもそれぞれ3基の多連装ロケットシステムをウクライナに供与する。前出のロペス氏らウクライナ入りしている外国人志願兵は、「西側の武器供与や資金援助が途切れず、射程の長い大砲でロシア軍占領地域の武器・弾薬・燃料の兵站を叩くことができれば、領土内からロシア軍を駆逐できる」と口をそろえる。問題は西側にその意志と結束力があるかどうかだ。
 バイデン氏はロシアとの核戦争へのエスカレートを回避するため「ハイマース」でロシア領土を攻撃しないことをウクライナ側に約束させた。しかし「ハイマース」を供与したバイデン氏は「エスカレーション・リスク」を背負って、ロシア軍が大砲と塹壕の消耗戦で優位に立つ戦局を逆転させようと決断したのは間違いない。
 RUSIのワトリング氏は最新の報告書『ウクライナが生存から勝利への道を開くために』の中で「ウクライナはロシア軍を作戦上、敗北させる意志を持っている。しかし現時点ではロシア軍の優位性とウクライナ軍の弱点がいくつかあるため消耗戦となり、最終的にはロシアに有利な長期戦になる恐れがある」と分析する。
ウクライナの勝利は可能だが、そのためには国際的な支援が不可欠だ。それがなければウクライナは消耗して経済的に疲弊するか、数年に及ぶ長期的で血なまぐさい戦争に巻き込まれるかもしれない。ウクライナへの効果的な支援には、提供される装備の合理化と、プラットフォームと軍需品の標準化、適切なメンテナンスが必要だ」(ワトリング氏)

ウクライナが勝利するための戦術的要件
 そう語るワトリング氏はウクライナが勝利するための戦術的要件を列挙する。
 第一に、ウクライナ軍はロシア軍の砲兵優勢を抑えるため大規模砲兵の兵站を破壊する。
 第二に、ウクライナ軍は自軍の火砲を使用して、ロシア軍が集中するのを防がなければならない。
 第三に、ウクライナ軍はロシア軍の電子戦アーキテクチャ⇒構造物を攻撃し、大砲戦に勝利するためターゲットの位置を特定して伝達するキルチェーンを機能させる。
 第四に、ウクライナが地上作戦で攻撃に転じるため、歩兵技能の大規模訓練、ウクライナの旅団・師団計画の支援、砲撃にも耐えられる機動力を提供する。
 第五に、ウクライナの訓練基地、重要な国家インフラ、人口集中地区をロシアの長距離精密攻撃から守るため、巡航ミサイル追跡システムとポイント・ディフェンスを提供する。

 装備の優先順位は(1)多連装ロケットシステム、(2)155ミリメートル榴弾砲と弾薬、(3)電子戦アーキテクチャを破壊する対レーダー徘徊型兵器、(4)安全な戦術的通信手段、(5)NLAW、ジャベリンなど対戦車誘導兵器、(6)スターストリークのような携帯式防空ミサイルシステム、(7)砲撃下も移動できる装甲車だという。
 ワトリング氏は「これらの装備を満たすには備蓄分では追いつかず、新たな生産が必要となる。ロシア軍がキーウから撤退しなければならないと判断したようにロシアに侵略を止めることが最善策だと分からせるためには、ウクライナの備蓄と西側の意志を磨り減らす長期戦では勝てないことをクレムリンに確信させなければならない」と指摘している。