2022年7月7日木曜日

NATOは米英両国が他の加盟国を支配する仕組み(櫻井ジャーナル)

 櫻井ジャーナルが、NATO(北大西洋条約機構)の創設当時の事情を明らかにする記事を出しました。
 NATOは1949年4月に米英が創設した軍事同盟で、創設時の参加国は米加の北米2カ国欧州10カ国でした。創設の主旨はソ連軍の侵攻に備えるという名目でしたが、当時のソ連は対独戦争で2000万人とも3000万人ともわれる国民を失い、工業地帯の3分の2を含む全国土の3分の1が破壊されるという惨憺たる状態で、西ヨーロッパに攻め込む余力などはありませんでした。それで米国による欧州支配が主な目的だったという見方り、実際にそうなっています。
 NATOではCIA傘下のOPCが中心になって計画局が作られここが秘密工作を担当するようになる一方、欧州側はソ連やコミュニストを敵視するゲリラ戦部隊ジェドバラ)を秘密部隊改変し、NATOが創設されるとその中へ潜り込ませました。そうした組織は各国政府を監視する役目を持ち、米英支配層にとって不都合な事態が生じた場合、何らかの秘密工作を実行する仕組みになっている筈ということです。
 さらにNATOに加盟するためには秘密の反共議定書に署名する必要があり、「右翼過激派を守る」ことが義務付けられているということです。そういえば米国が主導したTPPには、脱退するには全加盟国の同意が必要というような縛りが付いていて驚かされたものです。要するにNATOは米英によって支配された組織であり、対等な加盟国で構成されているというようなものではありません。
 
 櫻井ジャーナルの記事「 ~ 、西側の供給した兵器が地下市場へ流出」を併せて紹介します。こうした噂は以前からあったものでウクライナ政権の腐敗を示しています、
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北欧の2カ国が加盟するNATOは米英両国が他の加盟国を支配する仕組み
                         櫻井ジャーナル 2022.07.05
 フィンランドとスウェーデンのNATO(北大西洋条約機構)加盟が決まったようだ。DHKP/C(革命的人民解放戦線)とPKK(クルディスタン労働者党)を受け入れている両国を加盟させることにトルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領は反対していたが、ここにきて態度を変えていた。

 NATOは1949年4月、ソ連軍の侵攻に備えるという名目で創設された軍事同盟。創設時の参加国はアメリカとカナダの北米2カ国に加え、イギリス、フランス、イタリア、ポルトガル、デンマーク、ノルウェー、アイスランド、ベルギー、オランダ、そしてルクセンブルクの欧州10カ国だ。
 しかし、この理由には現実味がない。ソ連はドイツとの戦争で2000万人とも3000万人とも言われる国民が殺され、工業地帯の3分の2を含む全国土の3分の1が破壊され、惨憺たる状態で、西ヨーロッパに攻め込む余力があったとは思えない。ヨーロッパ支配が主な目的だという見方もある。

 本ブログでは繰り返し書いてきたが、第2次世界大戦のヨーロッパ戦線は1942年8月から43年2月にかけて行われたスターリングラードの戦いで事実上、勝敗は決していた。アドルフ・ヒトラーの命令でドイツ軍は戦力の4分の3をソ連との戦いに投入、その部隊が降伏したのだ。
 それを見て慌てたイギリスとアメリカの支配層は1943年5月にワシントンDCで会談、7月にシチリア島上陸作戦を敢行した。その際、レジスタンスの主力だったコミュニストを抑え込むため、アメリカ軍はマフィアの協力を得ている。ノルマンディー上陸作戦(オーバーロード作戦)は1944年6月だ。
 その頃になるとアメリカの戦時情報機関OSSのフランク・ウィズナーを介してアレン・ダレスのグループがドイツ軍の情報将校、ラインハルト・ゲーレン准将(ドイツ陸軍参謀本部第12課の課長)らと接触している。ソ連に関する情報を持っていたゲーレンをダレスたちは同志と見なすようになり、大戦後には彼を中心に情報機関が編成された。BND(連邦情報局)だ。
 スターリングラードでドイツ軍が降伏した後、アメリカやイギリスはナチスと接触して善後策を協議。サンライズ作戦である。
 その後、アメリカの軍や情報機関はナチスの幹部や協力者を逃走させたり、保護したり、雇用する。ラットライン、ブラッドストーン作戦、ペーパークリップ作戦などという暗号名が付けられている。

 その一方、ソ連やレジスタンスに対抗するための手を打っている。そのひとつがシチリア島上陸作戦だが、もうひとつはゲリラ戦部隊ジェドバラの創設。1944年のことである。この部隊を組織したのはイギリスとアメリカの特殊部隊。つまりイギリスのSOEとアメリカのSO(OSSの一部門)だ。アメリカやイギリス、より正確に言うならば、米英の金融資本はナチスと手を組み、ソ連やコミュニストを敵視していた。
 1945年4月に反ファシストの姿勢を鮮明にしていたニューディール派のフランクリン・ルーズベルトが急死、その翌月にドイツが降伏した。その直後にイギリスの首相だったウィンストン・チャーチルはソ連を奇襲攻撃するための軍事作戦を作成させた。そしてできたのが「アンシンカブル作戦」である。(Stephen Dorril, “MI6”, Fourth Estate, 2000など)
 その作戦では、1945年7月1日にアメリカ軍64師団、イギリス連邦軍35師団、ポーランド軍4師団、そしてドイツ軍10師団で「第3次世界大戦」を始めることになっていたが、イギリスの参謀本部は拒否し、実行されなかったという。
 この作戦が葬り去られる別の理由もあった。1945年7月16日、アメリカのニューメキシコ州にあったトリニティ実験場でプルトニウム原爆の爆発実験が行われ、成功したのだ。ハリー・トルーマン大統領の意向でポツダム会談が始まる前日に実行されたという。
 その実験成功を受けてトルーマン大統領は原子爆弾の投下を7月24日に許可。26日にアメリカ、イギリス、中国はポツダム宣言を発表、8月6日に広島へウラン型爆弾を投下、その3日後には長崎へプルトニウム型爆弾が落とされている。これ以降、チャーチルやアメリカの好戦派はソ連や中国への核攻撃計画を作成する

 大戦が終わるとジェドバラはOSSと同じように廃止されるが、その人脈は残る。当初、CIAは情報の収集と分析に限るという条件が付けられたことからOSS人脈の好戦的なグループは秘密裏に破壊工作機関のOPCを創設した。OPCの初代局長に選ばれたフランク・ウィズナーはアレン・ダレスの部下で、ふたりともウォール街の弁護士だ。
 OPCは1950年10月にCIAへ吸収され、51年1月にはダレスがCIA副長官としてCIAへ乗り込み、52年8月にはOPCが中心になって計画局が作られた。それ以降、ここが秘密工作を担当するようになる。
 ヨーロッパでもジェドバラの人脈は秘密部隊を組織、NATOが創設されるとその中へ潜り込んだ。その秘密部隊は全てのNATO加盟国に設置され、1951年からCPC(秘密計画委員会)が指揮するようになる。その下部機関として1957年に創設されたのがACC(連合軍秘密委員会)だ。この仕組みは今も生きていると言われ、スウェーデンやフィンランドでも作られ、各国政府を監視、米英支配層にとって不都合な事態が生じた場合、何らかの秘密工作を実行するはずだ。
 こうした秘密部隊は国によって別の名称で呼ばれているが、アメリカやイギリスの情報機関の指揮下、作戦は連携して行われる。中でも有名な部隊はイタリアのグラディオで、1960年代から80年代にかけて極左を装って爆弾テロを繰り返し、治安体制の強化を国民に受け入れさせ、左翼にダメージを与えた
 この問題を研究しているダニエレ・ガンサーによると、NATOへ加盟するためには秘密の反共議定書にも署名する必要があり、「右翼過激派を守る」ことが義務付けられている。(Daniele Ganser, “NATO’s Secret Armies”, Frank Cass, 2005)

 ところで、今回、新たにNATOへ加盟するスウェーデンはかつて自立の道を歩いていた。その象徴的な存在がオロフ・パルメ首相だ。アメリカの支配層にとって目障りな存在だったとも言える。
 そのパルメが首相に返り咲いたのは1982年10月8日だが、その直前、10月1日からスウェーデンでは国籍不明の潜水艦が侵入したとして大騒動になっている。この騒動はスウェーデン人のソ連に影響を与えたが、ソ連の潜水艦だったことを示す証拠はない。圧倒的な宣伝で多くの人はソ連に対する悪いイメージが植え付けられただけである。
 1980年までソ連を脅威と考える人はスウェーデン国民の5~10%に過ぎなかったが、事件後の83年には40%へ跳ね上がり、軍事予算の増額に賛成する国民も増える。1970年代には15~20%が増額に賛成していただけだったが、事件後には約50%へ上昇しているのだ。そして1986年2月28日、パルメ首相は妻と映画を見終わって家に向かう途中に銃撃され、死亡した。(Ola Tunander, “The Secret War Against Sweden”, 2004)


露軍のドンバス完全制圧が目前に迫る中、西側の供給した兵器が地下市場へ流出 
                          櫻井ジャーナル 2022.07.07
 ドンバス軍とロシア軍はリシチャンシクを攻略、ルガンスク全域を制圧したとロシアのセルゲイ・ショイグ国防大臣は発表した。ウクライナ国防省の広報官はBBCに対し、ロシア軍はリシチャンシクを完全にはコントロールできていないとした上で、「我々は勝っている」と主張していたが、​現地から伝えられている映像​を見ると、ロシア側の発表が正しいようだ。
 ドンバスでは西側の記者も取材している。ドイツ人ジャーナリストのアリナ・リップ、フランス人ジャーナリストのアン-ローレ・ボンネル、カナダ人ジャーナリストのエバ・バートレットが有名だが、フランスの有力メディアTF1やRFIのスタッフ、またロシアやイタリア人の記者も現地で取材しているようだ。
 ドイツのシュピーゲル誌が伝えたBND(連邦情報局)が分析していた通り、​ウォロディミル・ゼレンスキー政権が送り込んだ部隊は7月で抵抗を終えざるをえなくなり、ロシア軍は8月にドンバス全域を制圧する​かもしれない。
 リシチャンシクでも解放された人びとはクーデター体制が送り込んだ軍や親衛隊を批判している。住民にとってこうした戦闘集団は占領軍。2014年から8年にわたり、彼らは死と隣り合わせの生活を強いられてきた。その緊張から解放された様子が映像に収められている。ドンバスで解放された人びとは異口同音にウクライナの軍や親衛隊、特に親衛隊の残虐行為について語っているが、リシチャンシクでも同じだ。
 ゼレンスキー政権は3月からドンバス制圧戦を始める計画だったことを示す文書がロシア軍によって回収されているが、その直前にロシア軍が動いた。西側諸国は配下の有力メディアを使って大々的な宣伝戦を展開しているが、戦況自体に影響を及ぼすことはできなかったようだ。
 アメリカ/NATOは宣伝だけでなく、ゼレンスキー政権へ携帯式対戦車ミサイル「ジャベリン」など大量の兵器を供給してきた。当初、​アメリカ/NATOはウクライナへ持ち込む兵器をウクライナの西端、ポーランドとの国境近くにあるヤボリウ基地へ集積、そこで軍事訓練も行われているとロイターは2月4日に伝えていた​。
 ​ヤボリウ基地をロシア軍は3月13日に巡航ミサイルで攻撃​。​ニューヨーク・タイムズ紙はその基地がウクライナ軍と西側の軍隊とを結びつける場所で、重要な兵站基地であると同時に外国から来た戦闘員を訓練するセンターでもあるとしている​。
 その後、ロシア軍に歯が立たないウクライナ軍は西側に高性能兵器の供給を求め、フランスからカエサル155mm自走榴弾砲、アメリカからHIMARS(高機動ロケット砲システム)、またイギリスからはM270 MLRS(M270多連装ロケットシステム)も供給された。こうした兵器でドンバス(ドネツクとルガンスク)の住民を攻撃しているようだ。

 しかし、兵器を扱える兵士が足りているとは思えない。だぶついた兵器は中東やブラックマーケットへ横流しされているという情報もある。最終的にはアメリカが戦乱を引き起こそうとしている場所へ流れていくのだろうが、それらがEUやアメリカへ流れ込まないとは言えない。