2022年7月1日金曜日

ウクライナ侵攻5カ月目「戦争報道のインチキさ」今こそ検証を(窪田順生氏)

 ロシアのウクライナ侵攻事件について日本のマスコミは当初、「西側の報道」をベースに「ロシア=人類の敵」の蛮行をこれでもかとばかりに凄惨な映像付きで報じましたが、さすがにそうした過熱状態はクールダウンの段階に移行しました。

 その中で改めて確認できたことは戦争報道は政治的思惑に基づいたプロパガンダだということで、「西側の報道だけでは真実は見えてこない」という当たり前のことでした。「西側の報道」とは、米国の意向に沿った報道そのものであり、それこそは米国が第二次大戦後以降、営々と築いてきた体制でした。
 戦争報道については日本は80年程前にもリアルに体験していました。そうした報道姿勢は敗戦を契機に厳しく総括された筈でしたが、実際はそうなってはいませんでした。
 今度のウクライナ侵攻事件の報道を見ると、一朝、重大事変が発生すれば当時の状況がそのまま再現されそうな予感がします。
 ノンフィクションライター窪田順生氏が「ウクライナ侵攻5カ月目…日本人は『戦争報道のインチキさ』今こそ検証を」という記事を出しました。
 それは太平洋戦争中の日本の状況に触れているので、いま米国がそれを誘導し、日本を参戦させようとしている「台湾有事」の際に、日本の国内がどうなるかを想定させるものでもあります。
 ウクライナ問題では政府による議論の規制はありませんでしたが、日本特有の同調圧力によって、本来自由であるべき議論に対して見事な「自主規制」が行われました。注意すべきは、その自主規制は簡単に「国防の一点で団結しなければ」という自主規制に変わり得る点です。
 決してそんなことにならないように、この際十分な中間総括が行われるべきです
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ウクライナ侵攻5カ月目…日本人は「戦争報道のインチキさ」今こそ検証を
                 窪田順生 ダイヤモンドオンライン 2022.6.30
                     ノンフィクションライター
マスコミも「ウクライナ侵攻」報道にお疲れ?
 ロシアによるウクライナ侵攻が5カ月目に突入した。
 欧米諸国では「支援疲れ」が見えてきたという。当初は「国際社会で経済制裁をしてプーチンを追いつめろ!」と威勢のいいことを言っていたが、思っていたほど効果が出ていない。むしろ、これまで散々世話になっていたロシアの天然資源が入らなくなって、自分たちの首を締めることになっている。
 そんな長期化による「疲れ」は日本のマスコミにも見て取れる。
 侵攻直後は「ウクライナと共に!」と芸能人たちが呼びかけ、ワイドショーも毎日のように戦況を紹介し、スタジオで「どうすればロシア国民を目覚めさせられるか」なんて激論を交わしていた。今はニュースで触れる程度で、猛暑だ!値上げだ!という話に多くの時間を費やしている。
 作り手側が飽きてしまったのか、それとも視聴者が飽きて数字が稼げなくなったのかは定かではないが、「打倒プーチン!」と大騒ぎをしていたことがうそだったかのように、ウクライナ問題を扱うテンションが露骨に落ちてきているのだ。
 そこでマスコミの皆さんに提案だが、今のクールダウンした世論にピッタリな、日本にとっても非常に意義のある企画をされてみてはいかがだろうか。
 それは、戦争報道」の検証である。
「戦場の霧」という言葉があるように、世界では戦争中に飛び交うニュースというのは、さまざまな政治的思惑がのっけられたプロパガンダだということが常識だ。それは今回のウクライナ戦争も然り。この4カ月を振り返ってみると、うさんくさいニュースが山ほどあった。それを総ざらいして、なぜあんな眉唾な話に乗っかってしまったのかということをしっかり自己検証すれば、「マスゴミ」などと何かと批判されることの多いみなさんの株もグーンと上がるのではないか。

この4カ月の間にどんなプロパガンダが流れていたか
 では、どんなニュースをマスコミが総ざらいすれば、いいだろうか。
 例えばわかりやすいのは、侵攻直後に耳にタコができるほど報じられ、今も盛んに叫ばれている「ロシアは国際社会で孤立してもうおしまいだ!」という方向のニュースなんてどうだろう。実際、こんなニュース記事もあった。
 ●国連非難決議 ロシアの孤立が明白になった(読売新聞3月4日)
 ●結束強めれば孤立も ロシアと国際社会の間で揺れ動く中国の苦悩(毎日新聞3月11日)
 このニュースを真に受けたピュアな日本国民は狂喜乱舞した。ロシアは国際社会から追放され、ズブズブの関係だった中国も距離を置き始めている。あとは、ロシア国民が「洗脳」から目覚めて、プーチンの首を取ってくれれば世界に平和が訪れる――。
 だが、残念ながら、これは典型的な戦争プロパガンダだ。西側諸国と西側にくっついた日本の立場的に「こうだったらうれしいな」という願望が多分に盛り込まれた、かなりバイアスのかかった偏向報道なのだ。
 それがうかえるのが、6月15日から18日にかけて、ロシアのサンクトペテルブルクで開催された、第25回サンクトペテルブルク国際経済フォーラムである。
 これは例年140カ国ほどの国が参加しているが、今年は欧米諸国の政府要人は軒並み欠席しており、米国政府などは他国にボイコットを呼びかけている。今やロシアは世界中の人々から批判される「悪の帝国」であり、国際社会で孤立無縁の状態なのだから当然だと思われるだろうが、なんと今年も127カ国が出席した。
 また、その最中にプーチン大統領は今のG7(イギリス、アメリカ、フランス、イタリア、カナダ、日本、ドイツ)を中心とした古い世界秩序は崩壊寸前だと主張し、新興国と発展途上国同士の連携を呼びかけている。ロシアが唱えている「新しいG8」(中国、インド、ロシア、インドネシア、ブラジル、トルコ、メキシコ、イラン)のことを指しているのは明らかであり、そのスピーチの場では盟友・習近平氏のビデオメッセージが公開されていた。
 ちなみに6月28日、ロシアが入っているBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)の枠組みにイランが正式に加盟を申請した。また、ロシア外務省によれば、アルゼンチンも加盟を申請しているという。
 3カ月前、マスコミが「国際社会で孤立している」と報じていたロシアに、なぜ127もの国が集っているのか。なぜイランやアルゼンチンのように経済的連携を強化しようという国まで現れているのか。ここにきて何かロシアの国際的なイメージが急速にアップするようなことがあったのか――。
 いや、そんなイメージアップもダウンもない。そもそも3月から実は国際社会でのロシアの評価はこんなものなのだ。
 つまり、あの当時、マスコミが大騒ぎしていた「国際社会で孤立」や「中国とギクシャク」という話の方がインチキで、アメリカやEUの視点に基づいた「こうなったらいいのに」という願望を多分に含んだ戦争プロパガンダだったのだ。

「日本が世界の中心」という考えが日本人の認識をゆがめる
 というと、「そりゃ世界には親ロシアの国もあるだろうが、国際社会で主導権があるのはやはりアメリカやEUなんだからロシアが孤立していることは間違いない」と口を尖らせて反論する人もいるだろう。しかし、実はそういう「国際社会」の認識こそが、西側諸国のプロパガンダの賜物である。
「国際社会」の代表みたいな顔をしている西側諸国は、実は世界の人口の15%しか占めていない。一方、ロシアと中国を含めたBRICSは5カ国だけで人口30億人以上(世界人口の38%以上)を擁して、経済規模も世界のGDPの約24%を占めている。

 つまり、ロシアはウクライナ侵攻によって、人類の1割強に満たない西側諸国と対立を深めて、これらの国の集まりの中で孤立をしているだけだ。それ以外の大多数の国とは今までも、そしてこれからも普通に「連帯」をしているのだ。
 今年3月の段階でも、ちょっと真剣に調べれば、こういう客観的な事実がすぐに把握できる。しかし、我々日本国内にニュースで伝えられる時は、なぜか「ロシアは国際社会で孤立してギブアップ寸前」という話に置き換わる。
 なぜこうなってしまうのかというと、我々が日本人だからだ。
 日本人が働く日本のマスコミは、どうしても「日本が世界の中心」という考えに基づいた自国ファーストの情報を流す。そして、「数字」が欲しいので、日本人の読者や視聴者が「いい気分」になる話を扱いがちになる。西側についた日本が世界の中心だと視聴者や読者に知らしめるには、ロシアという国がいかに狂っていて、非人道的な連中なのか、とおとしめるのが手っ取り早い。ナショナリズムが報道の客観性をゆがめてしまっているのだ。

ビジネスでプロパガンダを流したことを反省すべき
 今回、ロシアとウクライナという遠く離れた異国同士の戦いではあるが、ロシアの延長戦上には中国の存在があるので、日本人のナショナリズムが強烈に刺激された。これがさらに事態を悪化させた。
 テレビや新聞は、恐怖や憎悪をあおった方が視聴率や部数が上がることがわかっている。つまり、ロシアと中国をセットにして、「北方領土が危ない」「台湾有事の恐れもあるぞ」なんて騒げば騒ぐほど、チャリンチャリンとカネの入るサイクルがマスコミの中にでき上がってしまったのである。
 かくして、日本ではこの4カ月、「ロシア=人類の敵」というかなり一方的なバイアスのかかった戦争プロパガンダ報道が流れていたというワケだ。

 このあたりの構造的、組織的な問題を、マスコミの皆さんがその卓越した取材力をもって検証してくれたら、「なんだよ、記者クラブとか軽減税率とか自分たちに都合の悪い話はいつもスルーなのに、今回はちゃんとしているじゃん」とアンチの人々からも再評価されるのではないか。
 もちろん、この検証企画は、そんなイメージアップ以外に「社会の公器」として意義もある。
 このような形で「戦争のどさくさに紛れて流される報道はインチキばかり」というリテラシーを、日本国民に身に付けさせることは、「国防」や「国民の命を守る」という観点からも非常に大切なことだからだ。
 もし台湾有事が勃発して、中国と日本を含めた周辺国の間に武力衝突が起きてしまった場合、日本国内ではさまざまな「戦争報道」がなされるだろう。それは当然、中国をおとしめるプロパガンダになるので、国民がそれをノーリテラシーで鵜呑みにしてしまったら、目もあてられないひどい事態が起きてしまうのだ。
 例えば、ロシアのプーチン大統領に関して散々報道されたように、「習近平氏は病気で正常な判断ができない」なんてフェイクニュースや、中国軍の戦力についてかなり偏った報道が連日のように流れたらどうか。真珠湾攻撃をした時、日本ではお祭り騒ぎだったというような、調子に乗りやすい国民性を考えると、「中国も大したことはないぞ、日本もアメリカと協力して徹底的に打ちのめせ」なんて好戦ムードが一気に高まるはずだ。
 これが戦争プロパガンダの最も恐ろしいところだ。

プロパガンダに乗せられやすい日本人は自ら窮地に陥る
 リテラシーがないと日本人は、戦争プロガンダに乗せられて相手の戦力を過小に見積もったり、自国の軍事力を過大評価してしまう。そして、世論が暴走する。好戦的な国民の顔色をうかがう政治や自衛隊が誤った判断をして、国防の最前線にいる自衛官の皆さんに危機をもたらす恐れもあるのだ。
「そんなバカなことあるわけがないだろ」と言う人もいるが、実は80年前も同じようなことを言いながら、プロパガンダに乗せられた世論が暴走して、すさまじい数の人々が犠牲になっている
 例えば、太平洋戦争中のマスコミは盛んに、「アメリカ人は個人主義で、国に対して命を捧げる気がないのですぐに厭世ムードが漂う」と根拠ゼロの戦争プロパガンダを流していた。アメリカ軍の戦力を過小に見積もり、日本兵の強さをひたすら説いた。
 当時の日本人はピュアだったので、新聞やテレビで繰り返しそんなニュースを聞かされているうちに、「そうか、日本人の根性を見せれば、アメリカなど恐るるに足らんのだな」と刷り込まれ、現代人からみると狂気の沙汰としか思えない精神論が広まった。
 例えば、欧米の兵士たちが当たり前のようにした「投降」を、日本の兵士はしなかった。これは上官から命じられていたということもあるが、何よりも投降をすると、その情報が故郷にも届き、「あそこの家の息子は、アメリカに命乞いをした売国奴だ」などと家族までバッシングに遭うことを恐れたことも大きい。民間人も米軍から投降を呼びかけられると、集団自決した。
 現代の「マスク社会」がウイルスよりも「周囲の目」を恐れた同調圧力によるもののように、戦時中の人々も「周囲の目」に非国民として映ることを恐れた同調圧力で、玉砕や自決をしていたのだ。
 このほかにも、日本のマスコミは太平洋戦争中、正しい情報を伝えず、国威発揚のためのプロパガンダばかりを流して、多くの国民を死にいたらしめたケースは枚挙にいとまがない。
 …という話をすると、マスコミのみなさんは決まって「軍部が怖くて逆らえなかった」みたいな被害者ヅラをする。しかし、厳しい言論弾圧をされたのは敗色濃厚になった1944年くらいからの話で、それまでは軍から命令されるまでもなく、自ら率先して、愛国美談をあおりまくっていた動かし難い事実がある。
 現代のオリンピック報道と同じく、「日本人スゴイ」「世界が賞賛」みたいな話を盛れば盛るほど、新聞の部数が増えていった。当時を覚えている人間の多くが鬼籍に入っているので、自己正当化をして歴史を修正しているだけで、戦時中のマスコミがビジネス的なメリットから、率先して戦争に「協賛」していた事実は消すことはできないのだ。

 ウクライナの「戦争報道」をしっかりと検証していけば当然、自国の戦争報道とも地続きなので、そのような過去の過ちとも向き合うことができる。
 2016年、NHKスペシャルで、「そしてテレビは“戦争”を煽った」が放送された。これは、2014年のクリミア併合時、ロシアとウクライナ双方のメディアが根も葉もない報道をして、国民の憎悪をあおっていたのかということに迫った、非常に良質なドキュメンタリー番組だった。
 今回もあのような形でやってみたらどうか。題して、「そして日本のマスコミはウクライナ戦争を煽った」――。賞賛間違いなしだと思うのだが、どうだろうか。
              (ノンフィクションライター 窪田順生)