自由法曹団は21日、団長名で「岸田内閣による安倍晋三元首相の国葬に反対する声明」を出しました。
声明は冒頭で、国葬は、国が個人の葬儀を主宰し、その費用に国費をもって充てるもので、安倍元首相の国葬を、賛否は大きく分かれている中で強行することは、法的にも社会的・政治的にも重大な問題をはらんでいるとして以下の事柄を挙げ、「安倍元首相の国葬を行うことに反対する意見は、すでに各界各層から表明されており、拙速に閣議決定すべき問題でないことは明らかである。よって自由法曹団は、安倍元首相の国葬の実施に強く反対し、直ちに計画の撤回を求めるものである」としています。
・戦後唯一の例外として行われた吉田茂元首相の国葬に関しても根拠になる法律がなく、岸田首相が内閣設置法の内閣の所掌事務である「国の儀式」にあたるとして、閣議決定があれば実施可能とした解釈は到底認められず、内閣の独断でこれを行えば政治的思惑に基づく国費の恣意的支出になり、許されない。
・国葬は国家として当該個人への弔意を表すものであり、すべての国民が弔意を強要されることになりかねず、思想・良心の自由(憲法19条)に反する。
・安倍元首相はその在任中、長らく憲法違反とされてきた集団的自衛権行使を認める安保法制や民主主義の基盤を根底から揺るがす特定秘密保護法を成立させる一方、森友・加計学園問題、「桜を見る会」等の政治の私物化や自殺者まで出した行政文書の改ざんを行うなど、国民が強く反対し批判する政治をおこなって来た。
・国葬を実施すれば、安倍元首相を礼讃するという実際上の効果をもたらすこととならざるを得ないし、結果として安倍元首相の批判への攻撃に拍車がかかり、市民間の分断を一層助長するおそれが強い。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
岸田内閣による安倍晋三元首相の国葬に反対する声明
2022年7月21日
自由法曹団団長 吉田健一
岸田首相は、本年7月14日、今秋に安倍晋三元首相の国葬を執り行うことを表明し、報道によれば明日にも閣議決定がされる見通しとのことである。
国葬は、国が個人の葬儀を主宰し、その費用に国費をもって充てるものであり、戦後は一例を除いて実施されることはなかった。こうしたことから安倍元首相の国葬をおこなうことについて、賛否は大きく分かれており、これを強行することは以下に述べる通り、法的にも社会的・政治的にも重大な問題をはらんでいることから、自由法曹団は強く反対する。
【法令上の根拠がなく財政立憲主義に反するおそれ】
現在、国葬について定めた法令は存在しない。もともと戦前においては、1926年に制定された勅令(国葬令)に国葬に関する定めがあったが、この勅令は、憲法に不適合なものとして「日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力に関する法律」1条に基づき失効している。
戦後唯一の例外として挙行された吉田茂元首相の国葬に関しても、塚原敏郎総務長官(当時)は「根拠になる法律もなく苦労した」と述べている。また佐藤栄作元首相に関し、国葬の実施が検討された際も、「法的根拠が明確でない」とする内閣法制局の見解等によって見送られた経緯がある。このように国葬に法的根拠のないことは明らかであり、岸田首相が内閣設置法の内閣の所掌事務として「国の儀式」にあたるとして、閣議決定があれば実施可能とした解釈は到底認められない。
このように法令上の根拠のないまま内閣の独断でこれを行うことは、政治的思惑に基づく国費の恣意的支出との批判を免れず、「国の財政を処理する権限は、国会の議決に基いて、これを行使しなければならない。」(憲法83条)とする財政立憲主義の観点から許されない。
【国民の思想・良心の自由に反するおそれ】
安倍元首相は一政党に属する国会議員であるが、その葬儀を国が主催し、国費を支出することは、個々人が故人を悼むこととは異なり国家として当該個人への弔意を表すものである。したがって、すべての国民が当該国会議員への弔意を事実上強要されることになりかねず、さらには当該政党への献金を強制されたに等しい効果を及ぼす。実際に、吉田茂元首相の国葬の際には、「国民をあげて冥福を祈る」の大号令の下、競馬や競輪などの公営競技が中止となり、娯楽番組の放送が中止され、全国各地でサイレンが鳴り響かされて職場や街頭で黙とうがささげられる、という事態が生じている。
すでに、安倍元首相の葬儀にあたり、弔旗を掲げたり、記帳台や献花台を設置したりした自治体もあり、兵庫県三田市の教育委員会のように学校現場において半旗の掲揚を求めた事例も生じている。政府が国葬を実施すれば、こうした傾向がさらに助長されることが懸念され、こうした弔意の強制は、思想・良心の自由(憲法19条)に反するものであり許されない。
【安倍元首相への批判を封じ、市民の中に分断をもたらすおそれ】
岸田首相は、安倍元首相につき「東日本大震災からの復興や日本経済の再生、日米同盟を基軸とした外交の展開など様々な分野で実績を残すなど、その功績は素晴らしいものがある」と持ち上げ、それを国葬の理由としているが、それこそ賛否が大きく分かれるものである。
安倍元首相はその在任中の2014年7月、政府が長らく専守防衛の範囲を超える集団的自衛権の行使は憲法違反となるとしてきた立場を変更する閣議決定を強行し、2015年には集団的自衛権行使を容認した安保法制を、多くの国民の反対の声を押し切って成立させた。また民主主義の基盤を根底から揺るがす特定秘密保護法の成立を強行し、「世界で一番企業が活動しやすい国にする」として掲げたアベノミクスにより、国民の中の貧富の格差を著しく拡大させた。さらに、森友・加計学園問題、「桜を見る会」等にみられる政治の私物化にかかわる疑惑等を首相自らが引き起こした上、国会で虚偽答弁を繰り返した結果、未だその真相は明らかとなっていない。さらに自殺者まで出した行政文書の改ざん問題についても、未解決なままである。こうした安倍元首相の「業績」については我々も都度批判してきたところであり、死亡によって「なかったこと」にすることは到底できない。未解決の問題については引き続き真相究明や検証が行われなければならず、安倍元首相への正当な批判が封じられることになっては決してならない。
しかし、実際には安倍元首相への批判に対する攻撃は起きており、安倍政権の後継である岸田政権を批判する街頭宣伝をしている人々に対する妨害も発生している。また北海道警が安倍元首相の演説中にヤジを飛ばした聴衆をいきなり排除した事件で、裁判所が道警の措置を違法と判断したことが警護をやりづらくさせたとする言説や、銃撃犯が在日朝鮮人である等の事実無根のデマまでが流布されるなど根拠のない非難も起きている。
こうした中で国葬を実施すれば、安倍元首相を礼讃するという実際上の効果をもたらすこととならざるを得ない。その結果、安倍元首相の批判への攻撃に拍車がかかり、市民間の分断を一層助長するおそれが強い。そうなれば自由な言論は保障されず、民主主義が危機に瀕することも懸念される。
安倍元首相の国葬を行うことに反対する意見は、すでに各界各層から表明されており、拙速に閣議決定すべき問題でないことは明らかである。よって自由法曹団は、安倍元首相の国葬の実施に強く反対し、直ちに計画の撤回を求めるものである。
以上