2018年7月29日日曜日

米国の圧力でエクアドル政府はアサンジ氏を米英へ

 WikiLeaksの創設者ジュリアン・アサンジ氏(1971年オーストラリア生れ)は、10代のときオーストラリア大学のコンピュータに侵入するなどのハッキングを行い警察の家宅捜索などを受けました。彼は1992年に24件のハッキングを認め保釈されてからはハッキングは止めています。
 2006年に内部告発者からの資料を公表するWikiLeaksを創設すると、2008年にはエコノミスト誌の「表現の自由」賞、2009年にはアムネスティー・インタナショナルの「国際メディア」賞、2010年にはサム・アダムス賞を受賞するなど、世界的にその活躍が評価されました。
 
 その一方、アメリカなどは重大な秘密情報を開示され打撃を受けましたが、櫻井ジャーナルは、それらの秘密情報はアサンジ氏がハッキングしたものではなく、単に内部告発者から入手したものを公開したという通常の「メディアとしての活動」であることを強調しています。
 
 2012年、アサンジ氏はスエーデンに滞在中に2人の女性から性的暴行容疑で訴えられましたが、担当検察官はまもなく逮捕状を取り下げました。アサンジ氏はWikiLeaksに敵意を抱く者による「デッチアゲ事件」だとしました。
 しかしイギリス滞在中の2012年に、英最高裁はアサンジ氏をスエーデンに移送する決定をしたため、反米左派政権を有するエクアドル大使館に逃げ込み、英警察が狙撃手を配置して四六時中、同大使館を監視している中、ずっと大使館に閉じこもっています。
 
 ところが2017年4月、エクアドルの大統領がレニン・モレノ前副大統領に変わったため、アサンジ氏の処遇に変化が起きる可能性が生じました。エクアドルの外相は、英国政府、エクアドル政府、アサンジ氏の弁護士の3者により国際法の枠中でアサンジ氏の処遇問題を議論することを呼びかけています。
 もしも最終的に彼が米国に移送されることになれば、アサンジ氏は生涯を刑務所で過ごすことになると言われています。
 櫻井ジャーナルの記事と関連のスプートニクの記事を紹介します。
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米国の圧力でエクアドル政府は内部告発情報を伝えていたメディアの代表を米英へ
櫻井ジャーナル 2018年7月28日
 エクアドルのレニン・モレノ大統領は7月27日、同国のロンドンにある大使館に避難しているWikiLeaksのジュリアン・アサンジに対し、大使館から出るべきだと語った。昨年(2017年)5月にエクアドルの大統領はラファエル・コレアからモレノへ交代、そのモレノがアメリカの意向を受けて追い出しにかかっている。IMF国際通貨基金からの圧力に屈したとも言われている。
 
 モレノはアサンジをハッカー扱いしているようだが、WikiLeaksはハッカーでも内部告発者でもない。本ブログで繰り返し書いているように、内部告発を支援しているだけだ。情報は外部から持ち込まれ、それを取捨選択し、編集して公表しているのである。つまり、やっていることはメディア
 
 現在は支配層のプロパガンダに徹している西側の有力メディアだが、かつては支配層にとって都合の悪い内部情報を伝えることがあった。それでも記者や編集者が刑務所へ入れられ、拷問を受けていない。脅すにしても搦め手からだ。暴漢を使ったり事故を装ったりして危害を加えることもあるようだが、メディアの収入源である広告主からの圧力は支配層にとってリスクは小さく効果的。
 
 支配層にとって痛くない「スクープ情報」を提供する代償として支配層にとって不都合な情報は伝えないという取り引きもある。それをシステム化したのが記者クラブだと言えるだろう。
 
 アメリカの情報機関は第2次世界大戦後、モッキンバードと呼ばれる報道操作プロジェクトを実行してきた。情報を提供するという飴と鞭でコントロースするだけでなく、メディアの内部へCIAのエージェントを潜り込ませたり、記者や編集者をエージェント化することもあるようだ。
 
 しかし、内部告発者を処罰しても、それを伝えたメディアを処罰することを支配層は避けていた。民主主義の看板を掲げている以上、言論の自由を否定するようなことはしたくなかったのだろう。が、その一線をアメリカは越えようとしている。メディアや内部告発者への攻撃はバラク・オバマ政権が強化したが、その流れが続いている。アメリカの支配層は民主主義という衣を脱ぎ捨てようとしている。脱ぎ捨てればファシズムという正体が現れる。
 
 
エクアドル政府がアッサンジを数週間以内に米国へ引き渡すとの噂  
櫻井ジャーナル 2018年7月21日
 ロンドンのエクアドル大使館に閉じ込めらているWikiLeaksのジュリアン・アサンジをエクアドル政府は数週間以内にイギリス当局へ引き渡すと噂されている。引き渡されたなら、そのままアメリカへ送られ、そこで一生を刑務所の中で過ごすことになると推測されている。
 
 アサンジがエクアドル大使館へ逃げ込んだ理由はスウェーデン検察が2010年11月に逮捕令状を出し、滞在先のイギリスで裁判所がアサンジの身柄をスウェーデン当局へ引き渡すことを認めたためだ。この当時からアサンジの身柄拘束を求めていたのはアメリカ政府だとみられていた。
 アサンジにかけられた容疑は「性犯罪」。もう少し具体的に言うならば、合意の上で始めた行為におけるコンドームをめぐるトラブルだ。アサンジ側は女性の訴えを事実無根だとしている。このふたりの女性も当局が主張する容疑を否定している。
 このトラブルに関係したふたりの女性は2010年8月20日にスウェーデンの警察に出向いて「被害」を訴え、「臨時検事」が逮捕令状を出した。その話を警察がスウェーデンのタブロイド紙へリーク、「レイプ事件」として報道することになる。が、主任検事のエバ・フィンはその翌日、容疑が曖昧だということで令状を取り消してしまう。
 
 アサンジは8月30日に警察から事情を聞かれているが、容疑を否認している。その翌日、9月1日に検事局長だったマリアンヌ・ナイが介入、主任検事の決定を翻し、捜査再開を決めたのである。しかも、捜査資料がメディアにリークされた。アメリカ政府の意向を受けた政治的な決定だとみられている。その捜査をスウェーデン当局は昨年(2017年)5月に打ち切ると決めた​。
 本来ならこの決定でイギリス当局はエクアドル大使館の包囲を解くべきなのだが、そうした兆候はない。それどころかスナイパーの配備は続き、今年3月からアサンジは外部との接触を断たれている
 
 エクアドル政府の姿勢が大きく変化した最大の理由は2017年5月に大統領がラファエル・コレアからレニン・モレノへ交代したことだと考えられている。IMFからエクアドルへ圧力がかかったとも言われているが、モレノがアメリカの飴と鞭に屈したということだろう。
 
 WikiLeaksが2010年11月に公表したアメリカの外交文書が原因でアラブの春が引き起こされた。政権が倒されたチュニジアやエジプトがリビアのアフリカ自立計画に賛成していたことから、CIAやモサドイスラエル諜報機関との関係を疑う人もいる。
 その外交文書の中でエジプトの反政府グループがアメリカ政府と事前に打ち合わせをしていることも発覚、バラク・オバマ米大統領が2010年8月にムスリム同胞団を使った侵略戦争を承認したことも今ではわかっている。
 忘れてならないのは、WikiLeaksは内部告発者ではないということ。内部告発を支援する活動をしているのだ。送られてきた情報を取捨選択しているはずだが、元の情報は外部からきたもの。一種のメディアなのである。WikiLeaksのような団体を情報機関が利用することはありえるが、自分たちで創設するのは得策でない。
 
 ところで、アサンジが指名手配される4カ月前、WikiLeaksは衝撃的な映像を公表している。それは​アメリカ軍のアパッチ・ヘリコプターが非武装の十数名を殺害する場面を撮影したもの​で、犠牲者の中にはロイターのスタッフ2名も含まれていた。自動車に乗っていた子どもふたりも重傷を負っている。この映像を伝えないメディアが存在するとするならば、そのメディアは当局の回し者だと言われても仕方がない。
 
 
エクアドル、アサンジ氏は大使館に永遠に滞在できないと発表
スプートニク日本 2018年07月26日
エクアドルのホセ ・バレンシア外相は、英当局から逃れてロンドンのエクアドル大使館に滞在している内部告発サイト「ウィキリークス」の創始者ジュリアン・アサンジ氏をめぐる状況を解決する必要があると発表した。
 
外相は、新聞ABCのインタビューで「かつて合意された保護提供の問題を解決する必要がある。なぜなら同氏は永遠に保護を受けることはできないからだ。だがこの決断を下すためにどれくらいの時間が必要となるのかを予測するのは難しい」と述べた。
外相は、英国政府、エクアドル政府、アサンジ氏の弁護士の3者により国際法の枠中で問題を議論することを呼びかけた。
また大使は、保護提供の条件によると、アサンジ氏は政治な声明を出すことができないほか、エクアドルと他の国の関係をリスクにさらすような発言もできないことに言及した。