2018年7月16日月曜日

再審制度はこれでよいのか 再審制度の土台を整え直せ

 信濃毎日新聞が「再審制度の土台を整え直せ」とする社説を出しました。
 
 福岡高裁04年、大崎事件の再審請求を棄却するに当たり、「動かし得ないはずの事実関係を事後に安易に動揺させることは、確定判決の安定を損ない、三審制を事実上崩す」と述べたということです。
 驚くべき独善性であり権威主義です。この判事たちには、国民として(あるいは人間として)持つべき知性ないしは真実に対する謙虚さが欠落しています。こういう人たちが司法の主流を占めているのであれば、「中世の司法」が改まることなどは期待できません。
 
 たとえば高知白バイ冤罪事件ではいまだに再審が認められませんが、それで確定判決の安定と三審制の無謬性が保たれたとでもいうのでしょうか。
 全く逆であり、そのスクールバスに乗りあわせ、衝突事故に立ち会った生徒や教師らが抱いた思いは、検察(と警察)が証拠を捏造し、それに基づいて1審がバスの運転手を有罪にし、高裁と最高裁がそれをそのまま追認したという司法の実態への絶望であった筈です。ましてそれらが事故死した警官の立場を良くするために行われたのであるなら猶更です。
 
 日本の刑事裁判有罪率999(諸外国では大体70%程度)という極めて異常なものです。
 要するに検察の主張をそのまま鵜呑みにした判決が出され、それがそのまま最高裁まで維持されるということなのですが、常識で考えれば、そのうちの30%ほどが冤罪であると考えても、諸外国の例と比較して、おかしくはないということになります。
 ところがそれを救済するための再審が認められるのは、「ラクダが針の目を通る」よりも難しいと言われています。要するに再審を請求しても悉く門前払いされるということです。
 
 社説は、「80年代に免田、財田川、松山、島田の4死刑事件が再審で無罪になっている」と驚くべき事例を挙げています。極小数の再審事例の中でこれだけの驚くべきことが起きているのですから、門戸を広げたらどんな事態になるのか想像もできません。
 裁判所が前記したような傲慢な発想や身内を庇い立てする目的で、再審を認めないのは絶対に許されません。
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(社説)再審の壁なお厚く 制度の土台を整え直せ
信濃毎日新聞 2018年7月15日
 30歳のとき逮捕された袴田巌さんは今年、82歳になった。死刑判決が確定した裁判のやり直しを静岡地裁が認め、釈放されてから4年。いったん開いたかに見えた扉は、再び閉ざされた
 東京高裁が先月、再審請求を棄却する決定を出した。地裁の決定を不服として検察が高裁に即時抗告していた。
 
 1966年に静岡のみそ製造会社専務宅が全焼し、一家4人の他殺体が見つかった事件だ。袴田さんは死刑確定の翌81年に再審を請求し、以来40年近く、裁判のやり直しを求め続けている。
 高裁は、地裁が重視した血痕のDNA型鑑定を、確立した手法ではないとして否定し、請求を退けた。けれども、確定判決への疑義はそれだけではない。再審請求審で検察側が初めて開示した証拠から、判決が認定した事実と食い違う点が次々と浮かんでいる
 
 当初から冤罪(えんざい)の疑いが拭えなかった。犯行時の着衣とされた「5点の衣類」が見つかったのは事件から1年以上もたってからだ。しかも、ズボンは袴田さんには小さすぎて履けないサイズだった。
 刑事裁判にあたって最も重んじるべきは、無実の人を罰しないことだ。誤判による冤罪は重大な人権侵害である。再審はその救済を図る唯一の手だてであり、最後の砦(とりで)にほかならない。
 
鉄則貫かれていない
 確定判決が揺らいだと裁判所がいったん判断したなら、ただちに裁判をやり直す。それが本来のあり方だ。検察による不服申し立ては認めるべきでないと一橋大名誉教授の村井敏邦さん(刑事法)は言う。異議があれば再審の公判で争えばいい。ドイツは検察の抗告を法で禁じている。
 
 袴田さんのほかにも、再審開始の判断が覆った事例は少なくない。三重で女性5人が殺害された名張毒ぶどう酒事件は、2005年に出た開始決定が検察の異議で取り消された。奥西勝・元死刑囚は15年に獄死し、存命中の救済はかなわなくなった。
 鹿児島で男性が死亡した大崎事件は、再審開始決定がこれまでに3度も出ている。にもかかわらず、検察が抗告し、再審に至っていない。無実を訴える原口アヤ子さんは既に90歳を超えた。
 
 再審はかつて「開かずの門」と言われた。画期となったのが、最高裁が75年に出した白鳥決定だ。「疑わしいときは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則が再審開始の判断にも適用されることを明確にし、確定判決に合理的な疑いが生じれば足りると述べた。
 80年代には、免田、財田川、松山、島田の4死刑事件が再審で無罪になっている。しかし、白鳥決定から40年以上を経てなお、再審には厚い壁が立ちはだかる。
 動かし得ないはずの事実関係を事後に安易に動揺させることは、確定判決の安定を損ない、三審制を事実上崩す  大崎事件の再審請求を棄却した04年の福岡高裁の決定にはあぜんとさせられる
 裁判制度の安定や司法の権威を保つために、確定した有罪判決を絶対視するかの態度は、責任のはき違えと言うほかない。疑わしいときは―の鉄則は、司法の場にいまだ貫かれていない。
 
 再審制度は戦前の刑事訴訟法をほぼそのまま引き継いだ。再審請求審の進め方について、定めは少ない。非公開であることも含め、適正な手続きの保障を欠く。