2021年6月22日火曜日

22- 作家・鈴木涼美氏が考察する「菅義偉おじさん」の正体

 新著「ニッポンのおじさん」を出した女流作家鈴木涼美氏による「菅義偉おじさんの正体」が日刊ゲンダイに載りました。

 鈴木氏は、慶大在学中にキャバクラのホステスをしたこともあるという異色の経歴の持ち主で、東大大学院修士課程修了後、日経新聞に5年半勤務し文筆家になりました。
 彼女の語る「菅義偉おじさん観」にはさすがに「ニッポンのおじさん」を語るだけの視野の広さを感じますが、菅氏の政治を評論するという立場ではないので、「おじさんを責めてみても・・・」という優しい評価になっているのは否めません。
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人生100年時代の歩き方
作家・鈴木涼美氏が考察する「菅義偉おじさん」の正体
                          日刊ゲンダイ 2021/06/12
 支持率急落に悩む菅内閣。9日に行われた党首討論でも菅首相は五輪の感染対策を聞かれると、一通りの「安心安全」策を繰り返すばかり。なぜか高校生の頃に見たという東洋の魔女らの思い出を語り始めた。こんなふうに話が脱線してしまうのはおじさんのひとつの特徴。リモートワークで部下との接触機会が減った上司は余計に気を付けたいが、菅首相はなぜ信頼されないのか、多くの国民の嘆きと怒りの“その正体”について、元日経新聞記者の鈴木涼美氏が興味深い見方をする。
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 多くの国民がこの国のトップに抱く不信感の正体は何か。作家の鈴木さんは「菅さんサイドが打ち出した『叩き上げの苦労人』というキャラクターに難がある」と指摘する。
 鈴木さんは新著「ニッポンのおじさん」(KADOKAWA)で、“令和おじさん”としてなかなか親しまれてはいない菅首相について、「苦労してきたから庶民や弱者の気持ちが分かりそう、という時の〈そう〉こそがミソ」とつづっている。

叩き上げキャラこそがクセモノ
「秋田の裕福なイチゴ農家のお坊ちゃんだったとされる菅さんですが、確かに2世や財閥の出身なら当たり前のように持つ地盤はなく、とりわけ自民党内では苦労した部類に入るのでしょう。ですが、苦労した人が必ずしも、他の人の痛みを少なくしようと考える聖人になるとは限りません。むしろ叩き上げや成り上がり系の人の方が、自分が逆境で苦労して勝ち残ってきたプライドがあるぶん、往々にしてもともと富んでいた人以上に冷徹で、過度に実力主義に走る傾向が見られるのも事実。まして政治家の座まで上り詰めて権力や財力を手にすると、それに執着し、ときに躊躇なく他人を見捨てて保身に転じたりします」
 安倍首相の「女房役」としてうまく立ち回り、派閥に属さずとも二階幹事長の後ろ盾もあって第99代内閣総理大臣の座を射止めた。
 とはいえ、地味といえば地味。そこで秘書たちが必死になって若者やメディア受けしそうなボスのアピールポイントを探した末に、出てきた奇策というのが「パンケーキ好き」(?)。すでにブームを多少過ぎたアイテムとのコラボはニュース性にも意外性にも欠けた。いずれにせよ無理やり仕立て上げた甘党キャラは、「叩き上げの苦労人」同様に空回りすることとなる。

下手っぴトークは他人の心はどーでもいい表れ
 その一方で「話し下手、説得力ゼロ」のレッテルは猛スピードで伝播した。何かと言えば、「安心安全」を繰り返すばかり。AIロボのペッパー君の方が語彙力豊富だ。
「菅さんは良くも悪くもポピュリスト的な振る舞いが嫌いなのでしょう。悪く言えば大衆の心をつかむことの重要性を感じていないからこそのトーク不足。オバマさんのようなスピーチを目指して練習しましょうと促されたとしても、プライドが許さず、自分のパフォーマンスを上げようともしない。劇場型ポピュリストの小池百合子さんのような〈謝っていると見せかけて他人を攻撃する〉ような物言いは問題があるとしても、菅さんがおそらくそうであるような、旧来型日本男児の“男は黙ってサッポロビール”的な美学を持つ人たちにとっては、表の仕事よりも裏の根回しが何よりも大事です。
 国会答弁はあくまで形式的なもので、見えないところで握っておけば万事うまくいくのだから、大衆に理解してもらう必要性もないんだよ――と本気で思っていても何ら不思議ではない。菅さんはその点、一切ブレがないんですよね(苦笑い)。もっとも政治家が口だけ達者であることにはもちろん、私も賛同しません。菅さんに限らず、日本の政治家のスピーチ能力は世界では類を見ないほど低い
 ただ、それも良し悪しで、生活者としての目線や自分の実体験を踏まえたうえで、政策や理念をリンクさせながら国民の心に訴えかけるようなトークは非常に大事なことですが、スピーチ力で聴衆を引きつける力ばかりに注力すると、ヒトラーみたいな独裁者を生み出す可能性もあるわけです」

良くも悪くも昭和のおじさん
 そんな政治スタイルに加え、散歩でもスーツ姿という容姿ひっくるめて「菅さんの昭和感はハンパない」と話す鈴木さん。それは一概に悪いことではないという。「モリカケ・桜」の疑惑を抱えながらも支持率が落ちなかった前政権が社会に落としていった不安を、「昭和おじさん」は解消する力があるかもしれないとみている。
「疑惑のロイヤルストレートフラッシュみたいな人が総裁を務める自民党に支持が集まっていたこと自体が異常であって、手放しの支持でした。SNSでは〈#安倍ちゃん可愛い〉といったハッシュタグもつけられましたが、かわいいとは基本、無害なもの、力のないものを形容する言葉。裏を返せば、無力でバカ。〈#安倍ちゃん可愛い〉という言葉に同情や哀れみが隠されていたのであれば、ウイットに富んでいるとは思うのですが、安倍さんはある意味、無害で無力な『かわいい』という評価を受け入れ、むしろ積極的に武器にして『無害そう』な雰囲気を身にまとい、実際に彼の思想に賛同する過激な右翼論者ではない“ゆるふわ”なところにも支持層を広げました。
 ただし、トランプが敗北して以降は、日本でも右傾化していた若者たちが分裂し、ごりごりの陰謀論に突き進む人と、さすがにそうではないよなと読み取りはじめる人が出てきたように感じます。安倍さんと菅さんは明らかに異なるタイプ。菅さんにはかわいさが感じられない分、ゆるふわなまま暴徒化していく大衆のムードが少し冷静に戻るとすれば、誰かにこびるような柔軟さとは無縁な、頑固で昭和的な古くささも悪くはない。ここでは『かわいい』になりきれない菅さんのプライドがいいように作用しているように思います。
 私はやっぱり、若者ににじり寄ってくるおじさんや、それを無批判に支持してしまう若者たちには気持ちが悪いと思ってしまうんです。菅さんが分かりやすい悪人なのか、単に小物だったのかの判断はまだしかねますが、安倍さんやその支持者に比べると菅さんに感じる気持ち悪さは少ないですね」
 マリオのコスプレもノリノリで時代にこびる男と、何を考えているのかハッキリしない不気味な男。どちらのタイプも上司にしてしまうと難儀ではあるが、少なくともミエミエで迎合してくる悪人より、うさんくささではマシということか。一方、不気味をミステリアスだと拡大解釈すれば、女がもう一度会ってもいいかと思うのは「男は黙って……」の昭和的な頑固さを持つ後者のほうかもしれない。 (取材・文=小川泰加/日刊ゲンダイ)

鈴木涼美(すずき・すずみ) 1983年生まれ、東京都出身。慶応義塾大学在学中にキャバクラのホステス、AVデビュー。東京大学大学院修士課程修了後、日本経済新聞社に5年半勤務し文筆家に。







おじさんウオッチは日課のひとつだと話す鈴木涼美さん


新著「ニッポンのおじさん」(KADOKAWA)は政治、人文、芸能、ビジネス各界の著名な“おじさん”に感じる違和感を痛快につづられている。男も女も性別関係なく、彼らの振り見て我が振り直すのに役立つ1冊。