2021年6月11日金曜日

西浦教授が語る「尾身会長が批判を浴びても五輪に提言する理由」

 政府のコロナ分科会会長の尾身茂氏は今月に入って次のように発言しました(いずれも要旨)。

今の状況で(五輪を)やるというのは、普通はないわけですこのパンデミック状況のなかで、やるということであれば、規模をできるだけ小さくして、管理の態勢をできるだけ強化するのは主催するの義務そもそもこういう状況のなかで、一体何のためにやるのかしっかりと明言する必要がある」(2日の衆院厚生労働委員会)
感染のリスクや医療逼迫への影響について評価するのはプロフェッショナルとしての責務だ。選手のリスクは低いと思う。しかし、ジャーナリストやスポンサー、政府要人ら大会関係者の管理はそう簡単ではない(3日の参院厚生労働委員会)
政府にアドバイスしてもIOCには届かない。どこに述べたらいいか、五輪をやるならどういうリスクがあるか申し上げるのがわれわれの仕事だ(3日の参院厚生労働委員会)
 コロナの件ではこれまで菅首相をフォローする発言だけが目立ちましたが、ここにきて初めて専門家らしい発言がありました。

 それに対して菅首相は「黙らせろ。専門家の立場を踏み越え勘違いしている。首相にでもなったつもりなんじゃないか」と、激怒したと伝えられています。
 またブレインの竹中平蔵氏は9日、自身のユーチューブ「平ちゃんねる」を更新し、
・世界的なイベントを国内事情でやめるということはあってはならない
1920年のアントワープ五輪はスペイン風邪のパンデミック禍でも行われた
・ワクチンの普及で欧米では感染者、死亡率が激減し、世界では人流を抑える議論はもはやしていない
の3つの理由を掲げて、東京五輪を開催をすべきだと主張しました。
 しかし当然多くの批判が寄せられ、スペイン風邪に関しても「欧州でのスペイン風邪の感染は1920年には収束しつつあり、参加国29カ国中欧米が3分の2近くを占めていてほとんど影響がなかった(東京五輪はコロナ感染が拡大中でしかも参加予定は200ヵ国。比較にならない)」などと否定されました(他の2項目については論じるまでもありません)。
 TVによく登場するインターパーク倉持呼吸器内科院長の倉持氏はツイッターで、「なにかに目がくらみ、誤った認識でなにかのためにひたすら詭弁を弄し無理を強いて我田引水。国民に対して万全とは程遠い対策しかしてこなかったツケがいま現れている。政治に政商が混ざり込んでは国が滅びる」と酷評しました。まことにその通りです。

 文春オンラインに「西浦教授が語る尾身会長が批判を浴びても五輪に提言する理由という記事が載りました。原記事は「週刊文春」(6月17日号)で、その新聞広告欄には「菅官邸は尾身提言を潰そうとした」という副題がついています。
 京都大学院医学研究科の西浦博教授「週刊文春」の取材に応じ、専門家が五輪に関する提言を行う理由について「五輪に伴う感染リスクは、国内の感染状況と無関係ではありません。五輪開催のリスクを評価することは、専門家としての責務です」と述べ、
「英国株は従来株より1.5倍の感染力があるインド株はそれより更に1.5倍強いと言われている。重症化リスクや死亡リスクも高い。7月半ばには、おそらく現在の英国株がインド株に置き換わる。感染対策がより困難になる」と語っています。
 7月半ば五輪開会式の直前。このままだと、従来株の約2倍の感染力と言われるインド変異株が広がった状況で五輪を迎えることになるわけで、危険でない筈がありません

 AERA dot. は「“五輪株”世界拡散の悪夢 パラ開幕とともに第5波も直撃か」とする記事を出し、
「五輪期間中に人の流れが増えれば、ウイルスの潜伏期間が過ぎた1~2週間後から感染者の増加が始まる。五輪閉幕の16日後に開幕するパラリンピックに“第5波”が直撃する可能性がある」として、
「パラリンピックの選手は、五輪選手に比べて平均年齢が10歳ほど高い。車いす生活が長い選手の中には高血圧や糖尿病の持病を抱える人も多い。また、頸髄損傷や脳性まひの人は呼吸器の機能が弱く、コロナに感染して肺炎になると重症化しやすい」
と警告しています。政府はどう考えているのでしょうか。

 文春オンラインの記事とAERA dot. の記事を併せて紹介します。
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西浦教授が語る「尾身会長が批判を浴びても五輪に提言する理由」
                          文春オンライン 2021.06.09
                          週刊文春 2021年6月17日号
 東京五輪開催に伴う感染リスク評価に関する提言を出す考えを表明した新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長(71)。パソナグループの竹中平蔵会長(70)が「明らかに越権」と批判するなど尾身氏への反発も広がる中、厚労省感染症対策アドバイザリーボードの一員で、京都大学大学院医学研究科の西浦博教授(44)が「週刊文春」の取材に応じ、専門家が五輪に関する提言を行う理由について語った。
 尾身氏が「今の状況で(五輪を)やるというのは普通はない」と述べたのは、6月2日の衆院厚労委員会。以降、竹中氏をはじめ菅義偉首相の周辺から「五輪は尾身会長の所管ではない」といった声が相次いでいる。
 確かに、尾身氏率いる分科会は、コロナ対策について科学的な知見から政府に助言を行う立場。五輪開催の可否などについて、政府から諮問を受けているわけではない。
 にもかかわらず、なぜ五輪に関する提言を行うのか。
 西浦氏はこう語る。
五輪に伴う感染リスクは、国内の感染状況と無関係ではありません。五輪開催のリスクを評価することは、専門家としての責務です」
 分科会やアドバイザリーボードの専門家たちは有志のメンバーで、これまでも五輪をテーマにした議論を非公式な形で重ねていたという。
「開催した場合に想定されるリスクの検討を行ってきました。海外から選手・関係者が来日することのリスク、人流増大に伴うリスク、医療逼迫のリスク、変異株の流入・流出のリスク。4月28日には、組織委の中にもコロナ対策を議論する『専門家ラウンドテーブル』が立ち上がった。この日以降、議論はより活発化し、徐々に意見をまとめていきました」(同前)

7月半ばには感染対策がより困難に
 西浦氏が五輪開催にあたって危機感を抱くのが、強い感染力を示すインド変異株の存在だ。現在、日本で流行しているのは英国変異株だが、各地で続々とインド変異株が確認されている。
「英国株は従来株より1.5倍の感染力があるとされていますが、インド株はそれより更に1.5倍強いと言われている。重症化リスクや死亡リスクも高い。7月半ばには、おそらく現在の英国株がインド株に置き換わる。感染対策がより困難になるのです」(同前)
 7月半ばと言えば、五輪開会式の直前。このままだと、従来株の約2倍の感染力と言われるインド変異株が広がった状況で、五輪を迎えることになる。
 6月9日(水)16時配信の「週刊文春 電子版」及び6月10(木)発売の「週刊文春」では、官邸寄りと言われてきた尾身氏が提言を出すことを決断した背景などを西浦氏が70分間に及ぶロングインタビューで語っているほか、バッハ会長の“右腕”とされるIOC副会長への単独インタビュー、竹中氏が会長を務めるパソナグループがワクチン事業や五輪事業を多数受注している実態、JOCの経理部長が自殺に追い込まれた背景など、東京五輪開催を取り巻く問題を総力特集している


“五輪株”世界拡散の悪夢 パラ開幕とともに第5波も直撃か
                            AERA dot2021/06/10
 あくまで開催に向けて突き進む政府だが、何より気がかりなのは、感染拡大のリスクだろう。
 政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長は6月2日、参院厚生労働委員会で東京五輪・パラリンピックの開催について問われ、「今の状況でやるのは普通はない」と答弁した。
 政府に助言する立場の専門家が「五輪中止」に踏み込んだのは異例のこと。しかも、追い打ちをかけるようにこんな注文もつけた。
「そもそも、こういう状況の中でオリンピックを何のためにやるのか。それがちょっと明らかになっていない」
「安全・安心な大会」を掲げて開催に猛進する菅義偉首相に、国会の場で冷や水をかけた格好だ。ある官邸関係者は言う。
「菅首相は大会開催の意思を変えていないが、五輪反対論の高まりに風向きが変わりつつある」
 それも無理もないことだ。たしかに、第4波のピーク時に比べると感染者数は減った。だが、東京都では10万人あたりの療養者数などの指標はステージ4(感染爆発段階)のまま。大会期間中に第5波が来てもおかしくない
 そのことは、専門家によるシミュレーションでも明らかになっている。
 東京大学大学院経済学研究科の仲田泰祐准教授らが、今後の東京都のコロナ新規感染者数を予測した。
 試算では、6月中旬に緊急事態宣言を解除すると前提を設けた。そのうえで、ワクチンの接種が日本全国で週420万回の「基本見通し」と、週700万回の「希望見通し」の2通りのケースを想定した。仲田氏は言う。
「緊急事態宣言の解除によって人の流れが徐々に戻り、人流が増えれば、感染者数も増えます。そのため、ワクチンの効果が出て感染者数が減るのは、希望見通しでも9月以降になる可能性があります」
 東京五輪は7月23日~8月8日、東京パラリンピックは8月24日~9月5日の期間で開催される。現在の接種ペースでは、ワクチンの効果は間に合わない可能性が高い。
 これだけではない。大会が開催されれば、人の動きが活発になることが予想される。参加する選手の数は約1万5千人、選手以外の大会関係者の来日は約8万人になる見込みだ。
 また、大会が開催されれば、応援イベントなどで人が集まる機会が増えるのも避けられない。
 仲田氏らの別の試算では、大会期間中に人の流れが1%増えれば、感染者が180人程度増える可能性があるという。
「試算によると、感染者数の増加に与える影響は、五輪関係者よりも日本国内に住んでいる人たちの人流増加のほうが大きい。大会期間中にどうやって人の流れを抑えるか。それを考えることが重要です」(仲田氏)
 大会開催によるリスクは日本国内にとどまらない。複数の変異株が日本に集まれば、新たに“五輪株”が発生する危険性もある。尾身氏も3日の国会答弁で「(ウイルスが)医療制度や検査体制が非常に脆弱(ぜいじゃく)な発展途上国にわたる可能性がある」と指摘している。
 東京医科大学病院渡航者医療センターの濱田篤郎特任教授が指摘する。
「多くの選手やコーチは選手村に宿泊するので、行動制限は可能でしょう。問題は、街のホテルに宿泊する報道関係者や大会関係者です。監視や行動制限が困難になることが予想されます」
 大会に参加する選手や関係者の行動ルールをまとめた「プレーブック」では、報道関係者らにも商業施設やレストランに行かないことなどが求められているが、全員がルールを守るとは限らない。また、入国時は日本で繰り返しPCR検査を受けても、帰国後に日本と同様の検査や隔離が実施されるかは不明だ。
「大会開催の条件は、日本国内で流行を起こさないこと、医療機関に負担をかけないことだけではありません。大会関係者から世界に流行を広げないことも重要です」(濱田特任教授)
 仮に五輪を切り抜けたとしても、本当の危機はその後にやって来るかもしれない。ある大会関係者は言う。
五輪期間中に人の流れが増えれば、ウイルスの潜伏期間が過ぎた1~2週間後から感染者の増加が始まる。五輪閉幕の16日後に開幕するパラリンピックに“第5波”が直撃する可能性がある」
 パラリンピックには、五輪にはないリスクもある。日本パラリンピック委員会の幹部は言う。
「パラリンピックの選手は、五輪選手に比べて平均年齢が10歳ほど高い。車いす生活が長い選手の中には高血圧や糖尿病の持病を抱える人も多い。また、頸髄(けいずい)損傷や脳性まひの人は呼吸器の機能が弱く、コロナに感染して肺炎になると重症化しやすい
 米国の医学専門誌「ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディシン」が5月25日に掲載した論文でも、この問題が指摘されている。東京大会で準備されているプレーブックを「科学的な厳しいリスク評価に基づいて作られていない」と批判。その一例として「パラリンピックのアスリートの中には、より高いリスクを抱えている人がいる」と指摘している。
 大会終了後、日本が世界中から非難の的になる。その懸念はまだ消えていない。(本誌・西岡千史)   ※週刊朝日  2021年6月18日号