どんなに自公政権の支持率が下がっても、野党第1党の立憲民主党の支持率が一向に上がらないというのがここ数年の実態で、どうしてそうなのか不思議なことです。明らかなのは立民党に魅力も信頼も感じられないからだということですが、それでは文字通り万年野党に甘んじるしかありません。旧民主党時代に鳩山(由紀夫)政権が輝かしく誕生したのに、結局は党内のゴタゴタから最後には自民党とほとんど変わらない野田政権となって、再び自民党に政権の座を奪われました。
その過程で国民に大いなる幻滅を与えたのは事実ですが、それが10年近くも尾を引いているのは立民党の不手際というしかありません。立民党にも優秀で有為な議員はかなりいるので、そうした人たちが執行部になれば国民が支持する具体的な政策が提示される筈で、イメージも変わります。
国民はいまの立民党の見飽きている執行部には何の期待も持っていません。それなのにそこに延々と居続けているのはどういうことなのでしょうか。枝野執行部こそが立民党の支持が伸びない理由です。
24日、連合の神津会長がいよいよ退陣し、女性の副会長(55歳)にバトンタッチするとのニュースが流れました。神津氏によって示された狂気じみた反共の姿勢が、それで変わるのであれば喜ばしいことです。それを機に立民党も体制を刷新して欲しいものですが ・・・ 。
世に倦む日々氏が「立憲民主党の中で何が起きているのか - ~ 」とする記事を出しました。
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立憲民主党の中で何が起きているのか - ウィズコロナへの変節の危惧
世に倦む日々 2021-09-24
立憲民主党はなぜコロナ対策でメイクセンスな動き方をしないのか。国民の前で、野党の方が国民の命を守る上で確かな力があることを説得し証明しようとしないのか。そのことが不思議で、一体、立憲民主党の中で何が起きているのか探索を試みることにした。このところ、自民党総裁選のマスコミでの露出が過剰で、バランスを配慮してやろうというエクスキューズの対処から、枝野幸男の活動もテレビ報道で紹介されることが多い。その度に、何か政策を並べたボードを手にして訴えている。衆院選で訴える政策カタログをPRしている。カタログを提示して、これこれを実現するから政権交代させてくれと要請している。意気は伝わるが、何かピント外れの感覚を受けざるを得ない。違うと思う。われわれ国民がいま野党に求めているのは、政権交代の魅力をアピールする公約目録の予告やその説明ではないのだ。セールストークではなく、約束手形の口上ではないのだ。コロナ対策で具体的に動きを作ってくれることである。国民が求める方向に行政を動かす実践だ。コロナ対策で実績を作る行動である。
自民党はワクチン一本足の棄民政策だから何もやらない。そのことは国民はよく理解している。「野戦病院」も建たないし、大規模PCR検査の実施もない。国民が求めているコロナ対策の中身を、野党が主導して実現することは可能だし、具体的にどう動けばよいかはアイディアを縷々述べてきた。ひなた動画の直後に都庁に押しかけて小池百合子と直談判する絵を作るという提案もそうだし、第5波を検証・総括する第三者委員会を立ち上げるという一計も出した。それを実行すれば、必ずマスコミは注目する。世論は歓迎して後押しする。行政を動かす成果を出せる。国会を開かなくてもやろうと思えばやれることは多くあり、コロナ対策で国民の期待に応え、国民から評価と支持を得る方法は幾らでもある。むしろ、選挙を前に野党がやらなくてはいけないのは、コロナ対策での熱意と実力を国民に示して納得させることであり、コロナ対策では野党の方が自民党よりも上だと優越性を確信させることである。野党にコロナ対策を任せようと判断してもらうことだ。口先のカタログ商法を演じても意味はない。
果たして、立憲民主党の中で何が起きているのか。立憲民主党のコロナ対策本部の本部長は逢坂誠二である。一年前、国民民主党との合同劇が片づき、政調会長に泉健太が就いた後、マスコミに出なくなった。HPを確認すると、立憲民主党のサイトにコロナ対策本部の実体がない事実に気づく。「立憲民主党コロナ対策本部」で検索をかけると、「タグ」という検索結果が出力され、アリバイ的な活動情報が陳列表示される仕組みになっている。党の公式HPに、コロナ対策本部の物理的な所在とアカウンタビリティ(⇒説明責任)窓口がない。SNSアカウントもない。普通に考えて、信じられないことだ。国民にとって切実な命の問題であり、何よりも優先される政治課題であり、来たるべき総選挙で第一の争点となるアジェンダ(⇒課題)なのに。立憲民主党のコロナ対策が弱い、不十分だと常日頃感じていたが、内実はこのとおりで、実務する機関が実体不明になっている。したがって政策を紹介するドキュメントも、6月に出した「zeroコロナ」戦略(改訂版)で止まったままアップデートがない。7月以降の第5波の経過と進行の中で、党が何をどう整理して政策提言したかが散漫でよく掴めない。
9月10日に枝野幸男が党のコロナ対策の緊急提言を発表し、テレビ報道でも軽く触れられていたが、さほど印象に残る中身とは言えない。平板なカタログのリストである。印象に残ったのは添付された写真の方で、枝野幸男の背後に泉健太と岡本充功が立っている。この2人が党のコロナ対策の実務責任者だという意味の人事情報の発信がされている。逢坂誠二の姿はない。テレビは映さなかったが、写真を見ると、3人の右横に長妻昭が離れてポツンと立っている。何とも象徴的で作為的な絵柄であり、強烈なメッセージが発信されていることが一目瞭然である。干されているのだ。長妻昭は、例の4年前の「枝野立て」の結党の際、代表代行で政調会長を兼務していた党の最高幹部だった。ファウンダー(⇒創始者)だった。幹事長の福山哲郎に次ぐNo.3の位置にあったと記憶する。そこに長妻昭がいたから立憲民主党らしい創業の図が描かれたし、「枝野立て」の判官贔屓の同情政治を盛り上げる巨大な功労者だったと言える。今回、役員一覧を確かめると、ヒラ同然の副代表に降格されていた。副代表は5人いる。その上に代表代行が3人いる。No.3からNo.9へと序列を格下げされていた。
もう一つ、枝野幸男が看過できないメッセージを発信した場面があり、9月22日に発表した「アベノミクスの検証」のときの写真だ。党の検証委員会の責任者が江田憲司で、報告文書を枝野幸男に手渡すパフォーマンスを撮らせている。これにも愕然とした。脱力させられた。20日の報道1930に枝野幸男が出演した折、「今、党の経済政策はほぼ江田さんに丸投げで任せている」という発言があり、衆院選のマニフェストの経済政策部分を江田憲司が作文している内情の示唆があった。江田憲司は、4年前の希望の党の政変の際は無所属に逃げ、2年前に立憲民主の会派に加わり、昨年、合流時に代表代行に収まっている。経歴をあらためて辿ると、橋本内閣の秘書官で構造改革(橋本行革)の主導役を演じ、菅義偉の勧めで政界入りして神奈川8区を地盤とし、さらに渡辺喜美のみんなの党の幹事長に収まり、遂には橋下徹と維新の党の共同代表になって立ち回った男だ。現役の国会議員で、自民党議員を除いて、これほどネオリベ色が濃厚で筋金入りの議員もいないだろう。プロフィール上は、堂々たるネオリベ政治家の代表格である。
その江田憲司に、アベノミクスの検証と批判をさせ、選挙の宣伝として「新自由主義からの脱却」をアピールするなどと、へそが茶を沸かす噴飯とはまさにこのことで、笑止千万で話にならない。有権者を愚弄するにも程がある。呆れた倒錯と茶番だ。当の本人の江田憲司が、その欺瞞と逸脱に苦笑する気分を抑えられないのだろう。写真の顔がニタニタ笑っている。「改革」政治屋の人生でここまで来た江田憲司の「ネオリベ批判」に較べたら、まだ宏池会のブランドを背負った岸田文雄の「脱ネオリベ」の方が信憑性を滲ませられるというものだ。いずれにせよ、どうやら、今度の衆院選は、今井尚哉が「新自由主義からの転換」の作文を書き、江田憲司が「新自由主義からの脱却」の作文を書き、二人の元経産官僚が国民を騙して釣る作文競争を演じる展開になるようで、今から憂鬱な気分にさせられる。枝野幸男は、こんな陳腐で面妖な政治の絵を国民に見せて、支持のポイントを上げられると本気で思っているのだろうか。枝野幸男のセンスの無さを痛感するし、合流の中身のグロテスクに鼻白む。立憲民主党は、いつまで経ってもネオリベを清算できない。
清算できないだけでなく、表面上の言説とは裏腹に、むしろ枝野幸男の腹の中は党をネオリベ路線に接近させようと目論んでいるのではないか。そう猜疑させられる。われわれは冷静に党を観察するべきだろう。マーケティングの権威で碩学の故村田昭治は、「人事こそ最大の戦略である」と講義で語った。枝野幸男の立憲民主党の戦略は、この4年間の人事の足跡を見れば明確に意図が分かる。合流までの3年間の人事の特徴は、福山哲郎や安住淳ら凌雲会の一握りのお仲間で一切を仕切る独裁手法だと言われた。合流後は、そこに前原誠司の子分だった泉健太を加え、「改革」エンスージアスト(⇒熱狂的支持者)の江田憲司を置き、右寄りの幹部を揃えて党中枢を構成するに至っている。執行部から排除されたのは、長妻昭であり、逢坂誠二であり、リベラル系のイメージが強い、本来の立憲民主党らしさを漂わせたキャラクターだ。偶然ではあるまい。人事を媒介しているのはイデオロギーだという認識を否めない。すなわち、村田昭治の言葉に従って憶測をめぐらせば、枝野幸男が熱弁している「政権交代」の正体が、やはり前原誠司と同じ「自民党B」の内意ではないかという疑念を拭えない。
懸念される点は、今夏までは党のコロナ対策の基本として堅持してきた「ゼロコロナ」の方針を、選挙を機に枝野幸男が変えるのではないかという問題である。9月に入って、各方面から立憲民主党のゼロコロナに対して罵倒と嘲笑の攻撃が向けられている。総裁選のキャンペーンを通じて、自民党は「ウィズコロナ」のプロパガンダを執拗かつ大量にシャワーし、「ゼロコロナ」は無理で実現不可能な政策だと刷り込んでいる。NHKなどマスコミがそれに追随・加勢し、「ウィズコロナ」「コロナとの共存」こそ唯一で普遍的な指針だと国民を洗脳し続けている。ワクチン接種の進捗と共に、第5波の収束と共に、「ウィズコロナ」のドグマを正当化して押し固める動きが急に強くなった。NHKの強引な報道姿勢の裏を読むと、「ウィズコロナ」の折伏工作の発信源すなわち指示元が、米国CIAであろうという見当が自ずと成り立つ。深読みではあるが、「陰謀論」と一蹴できない問題だろう。世界で、「ゼロコロナ」の推進で成功しているのが中国とNZで、「ウィズコロナ」の路線で突破を模索しているのが米国や英国だからであり、属国の日本が中国と同じ方向を選択するのは具合が悪いという論理が想定される。日本も協調して、ワクチン打ちまくって「ウィズコロナ」のレッセフェール(⇒自由放任)で行けという指導命令なのだ。
立憲民主党の変節を危惧する。「ウィズコロナ」とは、感染波の度に「自宅療養中死亡」で庶民が何百人と命を落とすネオリベの政策系だからである。働いて国民皆保険を支えてきた善良な国民が棄民される。入院して治療ができない。8日に発表された市民連合の「野党共通政策の提言」の中にも、実は「ゼロコロナ」の文言がない。消されている。共産党まで含めて、野党は「ゼロコロナ」を棄てるのだろうか。