2021年9月29日水曜日

部落、ネット公開は違法 「プライバシー侵害」東京地裁

 ひと頃、「同和問題(部落差別)」が新聞紙上等で取り上げられ、行政や学校等に対する部落解放同盟による過大な権利要求が批判された時期がありました。その結果そうした行き過ぎは是正され、同時に同和問題の解決のために立法行政を中心とした取り組みが進められてその分野ではある程度改善されました。しかし社会の中にある部落差別意識は依然として根絶されていないのが厳然たる事実です。
 全国の被差別部落地名リストのネット公開や書籍化は「差別を助長する」として、被差別部落出身者ら234人が川崎市の出版社「示現舎」と代表の男性らにリスト削除や出版差し止めなどを求めた訴訟の判決が27日、東京地裁であり、「出身者が差別や誹謗中傷を受ける恐れがあり、プライバシーを違法に侵害する」として、被告側に該当部分の削除や出版禁止計約488万円の損害賠償を命じました。
 損害賠償額の適否を別にして、該当部分の削除や出版禁止を命じたのは極めて当然のことですが、その一方 地名リストに掲載された41都府県のうち、関連する原告がいないことなどから佐賀、長崎を含む16県については削除や出版禁止を認めなかったのは何とも不可解です。
 結婚や就職など人生の節目で、被差別部落の出身者が差別に直面するケースは今も後を絶いなかで、当事者であることが明らかになる惧れを克服してそうした訴訟の原告に躊躇せずになれる人などいません。判事が「原告がいないのだからその地区には問題はない」と考えたのであればあまりにも想像力も常識も欠如しています。また判決が、原告が強く訴えてきた「差別されない権利」の侵害を一切認めなかったのも不可解です。
 西日本新聞が取り上げました。
           ~~~~~~~~~~~~~~~~~~
【解説付き】部落、ネット公開は違法 「プライバシー侵害」東京地裁
                            西日本新聞 2021/9/28
 全国の被差別部落地名リストのネット公開や書籍化は「差別を助長する」として、被差別部落出身者ら234人が川崎市の出版社「示現舎(じげんしゃ)」と代表の男性らにリスト削除や出版差し止めなどを求めた訴訟の判決が27日、東京地裁であった。成田晋司裁判長は「出身者が差別や誹謗(ひぼう)中傷を受ける恐れがあり、プライバシーを違法に侵害する」として、被告側に該当部分の削除や出版禁止、計約488万円の損害賠償を命じた。 
 一方自ら個人情報を公にしている場合などはプライバシーの侵害を認めず、一部原告は敗訴。地名リストに掲載された41都府県のうち、関連する原告がいないことなどから佐賀、長崎を含む16県については削除や出版禁止を認めなかった。原告、被告双方が控訴する方針。
 判決理由で成田裁判長は、今なお部落差別は解消されたとは言い難く「住所や本籍が地名リストの地域内にあると知られると差別を受ける恐れがあると推認できる」とし、身元調査などを容易にする影響があると指摘。リスト公開による損失は「結婚、就職で差別的な取り扱いを受けるなど深刻で重大であり、回復を事後に図ることは著しく困難」とした。
 被告側のサイトに掲載された、全国の被差別部落出身者らでつくる「部落解放同盟」幹部の氏名、住所などのリストについても「通常他人にみだりに知られたくない私的な事柄だ」として違法性を認めた。
 原告側が、法の下の平等を定めた憲法14条に基づいて主張した「差別されない権利」については「内実は不明確」として退けた。
 判決によると、地名リストの出典は、戦前に政府の外郭団体がまとめた「全国部落調査」。5360以上の被差別部落の地名などが掲載され、被告の男性が2016年、現在地を加えた全国部落調査の画像ファイルを公開し、復刻版として出版を計画した。
 男性は「地名がプライバシーに当たるなら学問の自由を著しく制限する」と主張したが、判決は「研究の自由が制限されるとはいえず、公益目的ではないことは明らか」と退けた。男性は「詳細は書面が届かないと分からない。控訴はすると思う」と話している。
 男性がネットに掲載したリストを巡っては16年、横浜地裁などが削除や出版差し止めを認める仮処分決定を出した。原告側弁護団は「判決確定まで仮処分の効力は維持されるはずだ」としている。 (山口新太郎)

立法による差別救済を
【解説】インターネット上に掲載された被差別部落の地名リストを巡り、リストの削除を一部にとどめた27日の東京地裁判決は、各地の出身者が裁判を起こさない限り、地名がさらされ続ける可能性も浮き彫りにした。今も根強く残る差別を恐れ、苦渋の決断で裁判に加わらなかった被害者は数多い。識者は立法による救済の必要性を指摘する。
 結婚や就職など人生の節目で、被差別部落の出身者が差別に直面するケースは後を絶たない。その現状でルーツを明かして提訴するハードルは極めて高い。弁護団が原告として想定した人数のうち、実際に提訴したのは半分ほどにすぎなかった事実がそれを物語る。
 判決は「立法および行政を中心とした取り組みが進められてきた現在でもなお部落問題が解消されたとは言い難い」と認め、部落出身者が地名リストの公開で差別を受ける恐れがあることを「容易に推認される」とした。ネット掲載については「差別しようとする者が個人情報の調査を容易にする」と言及。当事者の差別を受けるリスクが飛躍的に高まる現状を示した。
 被差別部落問題に詳しい内田博文・九州大名誉教授は、原告側の主張を一部認めた判決を「一歩前進」と評価した上で、「提訴して名乗り出ることのリスクや、差別被害の立証の難しさは現体制では解決できない」と指摘。行政や司法から独立した人権救済のための機関の設置と、「包括的な差別禁止法」の整備が必要だと訴える。
 差別をなくす活動は「重荷を背負って坂道を上るようなもの」と内田氏は例える。少しでも油断すれば、差別は繰り返されるからだ。判決を機に、当事者を孤立させずに社会全体で「重荷」を受け止める取り組みが求められる。 (河野潤一郎、一瀬圭司)


「一部地域名の容認」憤り 原告側「差別実態分かっていない」
                           西日本新聞 2021/9/28
 被差別部落の地名リストの公開を「違法」と断じた27日の東京地裁判決に対し、原告、弁護団の間では評価と落胆の声が入り交じった。「被告の行為に鉄ついが下された」。ある原告は「一歩前進」と受け止めた。ただ判決は原告が強く訴えてきた「差別されない権利」の侵害は一切認めず、一部地域では原告がいないことなどを理由に事実上、公開を容認した。原告側弁護士は「裁判所は差別の実態を認識しているのか」と憤った。 
 判決の言い渡しから約40分後、東京地裁前。原告側弁護団が「勝訴」の旗を掲げると、集まった数十人の関係者から拍手が湧き起こった。だが「少し説明が必要です。一部の県のリストは差し止めを認めない判断になっています」。弁護団が続けると、高揚した雰囲気は一気にしぼんだ。
 都内で開かれた原告側の報告集会と記者会見で、弁護団は「地名リストの公表は違法としており、基本的には勝利だ」としつつ、指宿昭一主任弁護士は「煮え切らない、大勝利とは言えない判決」と悔しさをにじませた。
                ■    ■
 「なんで…」。佐賀県の被差別部落にルーツを持つ支援者の50代男性は集会の会場で絶句した。
 佐賀県は原告が部落出身者だという「証拠がない」として、事実上公開を禁止しなかったからだ。「差別をしてはいけない」と地名リストの存在を全否定するような明確な司法判断が出ると期待していた男性は「判決には納得できない」とうつむいた。
 弁護団がプライバシー権や名誉権に加え、強く主張していたのが、法の下の平等を定めた憲法14条に基づく「差別されない権利」の侵害だ。判決は差別されない権利について「内実が不明確」と歯牙にもかけなかった。
 出身者であることを公表し、広く知られている人に対するプライバシー権の侵害を認めなかったことに関し、山本志都弁護士は「差別というものをどう考えるのか、裁判所にはその基本がない」。全国の被差別部落出身者らでつくる「部落解放同盟」の片岡明幸副委員長も「リスト自体が差別を助長し、生むということを裁判所は認めていないと感じた。絶対におかしい」と強調した。
                ■    ■
 リストの削除や出版差し止めを認めたこれまでの仮処分決定では、実質的に差別されない権利を認めるような判断も出ている。
 横浜地裁相模原支部は2017年7月の決定で、リストにより出身者であることを示されるのは「差別的取り扱いを受けるかもしれないという懸念を増大させ、平穏な生活を脅かすものとなる」と指摘。その上で「差別行為を受けることなく円滑な社会生活を営む権利を侵害する」とした。
 差別されない権利を訴える原告側の思いは、壮絶な差別の歴史と社会に根深く残る差別意識を抜きには語れない。
 1970年代、今回のリストと同種の書籍「部落地名総鑑」がひそかに多数の企業に販売、購入され、被差別部落の出身者の身元調査に利用されていたことが発覚した。「交際や結婚相手が出身者かどうか気になる」。法務省の国民意識調査(19年度)では、部落差別を知っている人の15・8%が差別意識をにじませた。
 「被差別部落に住んでいるのは原告だけではないのに、個人の評価で一部の地域を差し止めの対象外とするのは理解できない。リストは原告がいてもいなくても差別を助長するのに」。解放同盟の西島藤彦書記長は会見で語気を強めた。

 指宿弁護士は「部落差別の実態を認識しているならば、もう一歩踏み込んだ判決になったはずだ。差別されない権利を認めないとまずいという認識が社会に浸透していない」と語り、判決を機に議論を活発化させるよう促した。 (森亮輔、山口新太郎)