2022年10月2日日曜日

02- 【対談】ー 佐藤優 × 片山杜秀「ウクライナ侵攻」

 週刊ポストに、元外交官で作家の佐藤氏と片山杜秀慶大教授(法学)によるロシアの「ウクライナ侵攻」に関する対談記事が載りました。

 対談では、いわゆる西側のメディアに支配されている日本の報道界の現状や、日本特有の同調圧力でメディアの報道姿勢が「均一」になっているという問題などが指摘されています。
 折しもロシアが施工したノルドストリーム1,2の海底敷設部分が爆破されるという事件が最近発生しましたが、その犯人がロシアだというような荒唐無稽な説が平然と流されています。ウクライナのザポリージャ原発への砲撃事件でも同じようなことが起きています。

 記事の末尾に掲載されている対談者のプロフィールを最初のところに転載しておきます。
【プロフィール】
佐藤(さとう・まさる)/1960年生まれ。元外交官。作家。同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕。2005年に執行猶予付きで有罪判決。近著に『日本共産党の100年』『プーチンの野望』など。

片山杜秀(かたやま・もりひで)/1963年生まれ。慶應義塾大学法学部教授。慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学。専攻は近代政治思想史、政治文化論。近著に『尊皇攘夷 水戸学の四百年』など。
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国際情報
【対談】佐藤優×片山杜秀「ウクライナの大本営発表を真に受ける日本人に危機感」
                            週刊ポスト2022.09.29
 元総理大臣の暗殺やロシアのウクライナ侵攻など、“思ってもみなかった事態”が次々と現実のものとなっている。その対応から明らかになったのは、日本人の深刻な「平和ボケ」だという。元外務省主任分析官の【佐藤】優氏による新書『危機の読書』刊行を記念して、慶應大学法学部教授の片山杜秀氏と、令和ニッポンに潜む「みえざる危機」を語り尽くした。
                              【全4回の第1回】
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【佐藤】:ロシアによるウクライナ侵攻以降、私には日本の危機が露わになったように思えてなりません。もともとウクライナは日本にはなじみが薄い国でした。ウクライナとウルグアイの違いも分からなかった人も多かったはず。にもかかわらず、いまや国民の大多数がウクライナに肩入れし、ロシアを敵視するようになった。
【片山】:確かにウクライナをメディアが連日取り上げるようになり、誰かが発信した情報を相対化も検証もせず「そうなのか」と鵜呑みにしてしまう人が増えた気がします。それが正しい情報ならまだいいのですが……。
【佐藤】:そうなんです。
 例を挙げれば切りがありませんが、マリウポリでロシア軍が化学兵器を使用したと断言した大学教授がいたでしょう。でも、実際は使っていなかったことが明らかになってきている。少し前には、年内にウクライナが勝利し、ロシア軍を駆逐すると力説した専門家もいました。願望なのかもしれませんが、まったく根拠はありません。また、ウクライナ軍は士気が高くて、ロシアは低いとさかんに語られましたが、士気が低い軍隊が1万1000人もの兵士を赤の広場に動員して、パレードできますか?
【片山】:ふつうに考えれば分かりそうなものですが、ウクライナ側の大本営発表を真に受けてしまう。日本人の体質は戦中と変わっていないように思えますね。
【佐藤】:大本営発表を素直に信じてしまう人も問題ですが、それ以上にウクライナの専門家と自称する解説者やコメンテーターの質は本当にひどい
 本来ならメディアが検証すべきなのでしょうが、それは期待できない。ウクライナ危機では、珍しく朝日新聞から産経新聞までが、すべて同じ論調でした。
【片山】:それはウクライナ侵攻に限った話ではありません。7月8日に安倍元首相の銃撃殺害事件が起きましたが、翌朝の新聞一面は、朝日から産経まで横並びの見出しが並びましたね。「民主主義」への挑戦、もしくは危機をうたうものがほとんどでした。オウム真理教による一連の事件のときの各紙論調を彷彿とさせます。
【佐藤】:まったくその通りです。そもそも政治目的がないならテロにはならない。民主主義への脅威という話にどうしてなるのかが理解できません。    (第2回につづく)


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【対談】佐藤優×片山杜秀「ウクライナは西側諸国と同じ価値観」というメディア主張は無理筋
                           週刊ポスト 2022.09.30
 ロシアによるウクライナ侵攻のニュースが連日、紙面を賑わせているが、欧米発のストーリーに日本人が相乗りすることに危険がある。新書『危機の読書』を上梓した作家で元外務省主任分析官の【佐藤】優氏が、慶應大学法学部教授の片山杜秀氏とともにウクライナ問題の本質を語りあう。                      全4回の第2回
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【片山】:ウクライナ危機では、すべてのメディアが、ウクライナは西側諸国と価値観が一緒だから、日本も足並みを揃えよう、支援しようと主張した。しかし価値観が一緒というのは無理筋でしょう?
【佐藤】:おっしゃる通りです。ウクライナの歴史観ひとつ取ってもそう。いま広まっているウクライナの歴史は、実証的な歴史学には耐えられない、ガリツィア地方の民族主義者の主張をもとにしたウクライナ版の皇国史観とも呼べる代物です。
【片山】:ソ連崩壊後の30年間、ウクライナは政党政治もままならず、大統領の独裁体制のような形で国を動かしてきた。そして2014年に親ロシア派の大統領を追放したマイダン革命が起きた。以降、ロシア帝国時代から存在したウクライナ神話(皇国史観)を利用して、民族主義、ナショナリズムを煽ってきた背景があります。でも解説者は、そこには触れませんね。
【佐藤】:たぶん知らないのだと思います。ウクライナについての研究書や専門書もほとんどありませんから。専門家やコメンテーターは、ウクライナ版皇国史観をもとに話をするから、妙な方向に向かってしまう。ウクライナが抱える問題を理解するには『国民の僕』を見た方がずっといい。
【片山】:ゼレンスキー大統領がコメディアン時代に主演したドラマですね。見なければ、と思っていたのですが……。
【佐藤】:劇中で、2049年のウクライナは、ヨーロッパの最先進国に変貌しています。大学で、30年前の自国を振り返る授業をするシーンからドラマがスタートします。なかでも重要なのはシーズン3。ウクライナが28か国に分裂してしまう。そこに、大統領に扮したゼレンスキーが登場して、ウクライナが救われる。
【片山】:現実を予見したようなストーリーですね。
【佐藤】:『国民の僕』では最後の最後までドンバス地方とガリツィア地方だけは一緒にならずに対立を続ける。いまのウクライナも、国が分解してしまうという、この恐怖感に支配されている。
【片山】ゼレンスキー大統領の「最後の一兵まで戦う」という発言はまさにドラマのセリフだったんですね。
【佐藤】:ゼレンスキー大統領自身は、主観的には、戦争を避けてウクライナの統一を維持したいと思っていたと思います。ところがシステムを動かした経験がない。そもそも彼の芸風は、志村けんさんの「バカ殿」なんですよ。彼の“笑い”は、まともな周囲の存在があって成立する。政治だってそうなんです。閣僚や側近の力を借りなければならない。実は、大統領のブレーンのほとんどは、このドラマの仲間や番組関係者たちなんですよ。
【片山】:ドラマに現実政治が飲み込まれてしまったわけですね。この30年間、ウクライナが目指した民主政治の帰結がそれだと思うと、皮肉ですね。  (第3回につづく)


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【対談】佐藤優×片山杜秀 ウクライナ侵攻で露呈した「西側=国際社会」の限界
                           週刊ポスト 2022.10.01
 共著『平成史』で「平成という時代の病」を論じたのが、作家で元外務省主任分析官の佐藤優氏と慶應大学法学部教授の片山杜秀氏である。「ウクライナ侵攻」を論じる日本のコメンテーターから、令和ニッポンに潜む「みえざる危機」を読む。【全4回の第3回
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【佐藤】:いまの日本には2種類の平和ボケが蔓延している。ひとつは憲法9条があるから、大丈夫という平和ボケ。もうひとつが血なまぐさい戦場の現実も知らずに、核武装などについて勇ましく語る政治家やコメンテーターの平和ボケ。
【片山】:対極に位置するように見えますが、戦後平和主義がもたらしたという点では根っこは同じかもしれませんね。ウクライナに支援した防弾チョッキにしても武器じゃないから送ってもいいという理屈でした。
【佐藤】:私はむちゃくちゃな解釈だと思いました。防弾チョッキは殺傷能力がないと言いますが、戦場での使われ方次第なんですよ。仮にどんな銃弾でも跳ね返せる防弾チョッキを装備した兵士が自動小銃を持てば、攻撃性は極めて高まります
【片山】:岸田政権は、国際社会と足並みを揃えて防弾チョッキを支援したと話したでしょう。ソ連崩壊後から“国際社会”は、便利な言葉として使われてきました。しかし世界情勢のバランスが崩れたいま、国際社会とはなんなのか、という疑問が出てくる。
【佐藤】イタリアのベルルスコーニ元首相は、ウクライナ侵攻を受け「ロシアは西側から孤立したが、西側は残りの世界から孤立した」と語りました。西側イコール国際社会ではないという指摘は本質を捉えている
【片山】:中国、インド、アフリカ……。あれだけの人口を抱える国々を含まない国際社会に意味はあるのか、という話ですね。
【佐藤】:しかも、現実には日本は“国際社会”と協調しているとは必ずしも言えません。G7のなかで、日本だけがロシア機の飛行を制限していない。それにロシアの意向はともあれ、日本はサハリン1、2からは自主的に撤退していない。
【片山】:なるほど。建前では、国際社会と協調するけど、現実はそうでもないと。ウクライナ侵攻後のロシアとの関係に備えて、保険をかけるという意味で悪い話ではない気がしますが。
【佐藤】:見方を変えれば、岸田政権の機能不全がリスクを分散させたとも言えます。岸田総理の側近、経産省、国交省の間で対ロシアにおける調整が行なわれていないだけという可能性があります。
【片山】:戦前、戦中を想起させる状況ですね。当時も総理大臣の権限が弱かったから、内閣、議会、陸軍、海軍などが各々勝手に動いて統制がとれずに最後はバラバラに崩壊した。岸田政権にも、弱腰で何を目指しているのか分からないという批判があります。
【佐藤】岸田さんのやりたいことは、ひとつだけはっきりしているんですよ。それが、菅政権よりも1日でも長く権力を維持すること。そのために、支持率が上がることならなんでもやる
【片山】:そう考えると岸田政権の行動原理も説明できます(苦笑)。
【佐藤】:岸田政権の対ロ政策で言えば、鍵になったのは3月1日に行なったプーチンへの個人制裁でした。プーチンは日本に資産を持っていない。制裁をかけても実害がないから影響は少ないだろうと日本の外務省は考えた。でも、これが間違いでした。ロシア人の発想は違う。実効性がないにもかかわらず、制裁を科すのは嫌がらせだと受け止める。つまり「岸田にケンカを売られた」と。その答えが、平和条約交渉の停止であり、岸田さんの入国禁止です。
【片山】安倍元首相の遺族にはプーチンから弔電も届きました。安倍政権下なら、プーチンとの個人的な関係もあり、対ロ政策も変わっていたのでしょうか?
【佐藤】:2014年のクリミア併合と似た対応になったと思いますよ。ウクライナは日本と離れていますが、国際社会も日米同盟も大切だからその範囲でお付き合いしますよ、と一定の距離を置いた。安倍政権下なら、プーチンへの個人制裁はなかったはずです。
                              (第4回につづく)

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【対談】【佐藤】優×【片山】杜秀 『東京ラブストーリー』リメイクが描き出した日本経済の衰退
                           週刊ポスト 2022.10.02
 令和がはじまって4年に過ぎない。しかし、すでに危機を迎えている――そうみるのが新書『危機の読書』刊行に際して対談した元外務省主任分析官の佐藤優氏と慶應大学法学部教授の【片山】杜秀氏である。そのキーワードは「東京ラブストーリー」と「秋篠宮家」だった。                            全4回の第4回
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【片山】:クリミア併合は、日本人の暮らしにさほど影響を与えませんでしたが、ウクライナ危機は違います。いまはまだ「ウクライナの小麦が輸出されなくても、日本にはさほど影響はない」と高をくくっているようですが、生活にも直接的な影響が出はじめている。日本経済も相当なダメージを受ける可能性がある
【佐藤】:同感です。この4月は輸入小麦が17.3%値上がりしました。秋にはウクライナ危機の影響でさらに値上がりする。あんパン250円、カップ麺300円、ラーメン1000円という生活が現実になるかもしれない。
【片山】:日本は何度も食糧危機に直面してきました。それなのに、ラーメンが1000円に値上がりしないと危機を感じられないんですね。食べ物がなくなってはじめて、自分が置かれた危機に気づく。ひどい平和ボケです。
【佐藤】:いままで日本で問題になっていたのは、相対的な貧困でした。でも、今後は物を食べられない絶対的貧困の時代に突入するかもしれない。日本は確実に貧しくなっている。それを改めて突きつけてきたのが、最近見た『東京ラブストーリー』です。
【片山】:昔、鈴木保奈美が主演したドラマですか?
【佐藤】:そうです。1991年版と2020年版を見比べてみたんです。1991年版ではレストランやカフェバーで飲んで、スポーツカーに乗り、保母さんが1DKのマンションに暮らしていた。2020年版では、それが家飲みに変わり、クルマは普通車、住まいはカンカンアパート。
【片山】:ドラマのリメイクが30年の衰退を描き出してしまったわけか……。現実がドラマを超えてしまったと言えますね。
【佐藤】:まさにそう。だって小室夫妻の物語を超えるドラマや小説なんて出てこないでしょう。
【片山】:かつて国民は、天皇家に理想の家庭を投影したわけですが、現実社会で賃金が上がらずに結婚できず、子供もつくれず、核家族すら成り立たない時代になった。そんな状況で、家族の模範として天皇家を持ち出されても、リアリティがない。
【佐藤】:その意味で、秋篠宮家は典型的な日本の家族とも言えます。娘が親に逆らって、家を出てしまったという。
【片山】:小室夫妻は皇室の幻影を完全に崩し、国民を支えてきた天皇の物語の限界を国民に知らしめたということですね。
【佐藤】:ええ。国民の規範となるべき皇室が役割を果たせなくなってしまった。その上、絶対的貧困も避けられない……。日本はこれまでにない危機であることは間違いありません
【片山】それでも日本は大丈夫と思っている人は少なくない。すぐそこに近づく危機を感じられない──それが、令和日本における最大の危機なのかもしれません。(了)