2022年10月20日木曜日

円安は進み物価は上がっても賃金は上がらない打つ手なしの政府

 17日、記者会見した十倉・経団連会長は「急激な円安で消費者や企業が困っていることは事実だ。政府には焦点を当てた対策をしっかりとやってほしい」と述べました。その通りというしかありません。

 岸田首相も同日の衆院予算委で、円安に対して「政府としては、適切な対応を考えている」と述べましたが、もしもそれが政府・日銀による「為替介入」であるならば単なるパフォーマンスであって何の役にも立ちません。
 為替介入は相手国との協調があってはじめて効果が上がるものです。バイデン大統領は「ドルの強さを懸念していない」とドル高を容認しているのでその余地はなく、円安の根源は日米の金利差にあるのですから、これを放置していくら他の物価高対策をやっても砂漠に水をまくようなものです。
 黒田日銀総裁はワシントンで開かれた討論会で、円安による物価高について「日銀が目標とした2%を上回っているが、海外の資源価格や食料価格の上昇が主な要因で、物価目標の安定的な実現には至っていないので、引き続き金融緩和策を継続する」と述べました。とても納得できない論理ですが、来年4月までの任期中一杯は、経済的破綻を出来るだけ目立たせないで終りたいということなのでしょう。
 政府と黒田総裁との間で政策に矛盾があるという指摘がありますが、とてもそれどころではないということなのでしょう。
 岸田首相は苦し紛れに、「円安メリットを生かす海外展開を考えている中小企業、さまざまな企業、合わせて1万社を支援していく」と述べました。少しは活路も欲しいにしても円安を生かせる企業であれば放置していてよいわけで、そんなところに重点を置く必要はありません。
 そもそも本来 円安にメリットなどはなく、インバウンド頼みの経済策などは愚の骨頂です。そんことに活路を見出そうとするのは国家観が欠如しているからで、まして円安を賃金増や価格転嫁につなげるとかに至っては理解の埒外です。
 日刊ゲンダイが「英国の次は日本だろう ~ 」という記事を出しました。
 経済学者の金子勝・立大教授による記事「政府・日銀の矛盾政策は英ポンド危機の二の舞にならないか」を併せて紹介します。
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英国の次は日本だろう 円安は進み、物価は上がり、しかし、賃金は上がらない
                         日刊ゲンダイ 2022/10/19
                       (記事集約サイト「阿修羅」より転載)
 「急激な円安で消費者や企業が困っていることは事実だ。政府には焦点を当てた対策をしっかりとやってほしい
 17日、東京都内で記者会見した経団連の十倉雅和会長。さすがに今の円安局面に対して、こう危機感を募らせていたが、18日も円安進行の流れは止まらなかった。東京外国為替市場の円相場は1ドル=148円台後半を中心に推移。17日の海外市場では一時149円09銭を付け、約32年ぶりの円安水準を更新。18日朝の取引でも149円台に下落する場面がみられた。
 鈴木財務相は18日の閣議後会見で「過度な変動には適切な対応を取る」と強調。岸田首相も同日の衆院予算委で、「政府としては、適切な対応を考えている」と語り、24年ぶりに実施した9月の政府・日銀による「為替介入」に続く追加介入も辞さない構えを示していたが、効果はほとんど期待できないのが実態だろう。
 米国ではインフレの高止まりを受け、FRB(連邦準備制度理事会)が利上げを継続するとの見方が拡大。バイデン大統領も「ドルの強さを懸念していない」とドル高容認の発言を繰り返している。一方、日本政府や日銀は金融緩和を継続する構えを崩しておらず、日米の金利差は開くばかりだ。低金利の円を売り、金利収入が見込めるドルを買う「円売り・ドル買い」の動きは一向に歯止めがかからない情勢。さらなる円安が進む“狂乱”の様相を呈してきたが、そんな状況に対して、「なす術なし」の姿勢が鮮明になりつつあるのが岸田政権だ。

円安を賃金増や価格転嫁につなげるのは「妄想」
 「(日米の)金利差が広がって円安が進んでいるのは一目瞭然。この金利差を放置していいのか」
 「円安がますます進み、物価高対策をいくらやっても砂漠に水をまくようなものではないか」
 18日の衆院予算委で、立憲民主党の階議員がこう迫ると、岸田は「円安のメリットを生かせる政策、日本経済の体質を強化する政策も用意しなければならない」と切り出し、「こうした政策を総合的に稼働することで国民の生活・事業を守っていく努力をしていきたい」と答えていた。
 国会中継を見ていた人は、質問とかみ合っていない岸田の答弁に首をかしげただろうが、この説明には伏線がある。
 岸田は先週末の15日、東京都内の企業や商店街を視察。その際、記者団に対して、「円安メリットを生かす海外展開を考えている中小企業、さまざまな企業、合わせて1万社を支援していく」とぶち上げ、「賃上げや価格転嫁を強力に進める」と強調。賃上げや物価高に伴うコストの上昇分を販売やサービス価格に転嫁できる環境整備に努める──とした。かみ砕いて言うならば、円安による物価高騰も価格転嫁で賃金が上がれば問題ない。政府は円安メリットを生かす支援策を考える、ということらしいが、この考えはハッキリ言って夢物語の類いだろう。中学の社会で習った通り、市場経済は基本的に需要と供給の関係で決まる。需要増による価格上昇でなければ賃金など上げられるわけがないではないか。そもそも円安メリットを生かす企業1万社を支援する──なんて、岸田自身が「円安容認」の姿勢を示したに等しいだろう。
 経済評論家の斎藤満氏がこう言う。
 「円安メリットを生かす企業なら、黙っていても儲かるわけで、わざわざ政府が支援する必要はありません。それよりも、自分の発言がますます円安を加速させるという状況に気付いていないのが問題です。円安を賃金増や価格転嫁につなげるなんて妄想ですよ。今やるべきことは他の中央銀行のように自国の通貨安を防ぐ対応であり、それが世界の常識。日本だけが非常識な対応を取り続けているのです」

このままだと岸田政権と一緒に庶民も共倒れ
 「金融緩和がまったく失敗したというのは事実に反する」
 18日の衆院予算委で、2013年から始まった異次元緩和による「2年で2%の物価目標」がいまだに達成していないことを立憲の階から問われ、語気を強めてこう反論していた日銀の黒田総裁。
 黒田は出張先の米ワシントンで開かれた討論会でも、今の円安を背景にした物価高について、「日銀が物価目標として掲げる2%を上回っているが、海外の資源価格や食料価格の上昇が主な要因」と主張。物価目標の安定的な実現には至っていないとして、引き続き金融緩和策を継続することや、利上げに慎重姿勢を見せていた。だが、よくよく考えれば、この黒田日銀と岸田政権の動きはチグハグと指摘せざるを得ない。
 そもそも、24年ぶりに実施した為替介入にしても、円安誘導と言われてきた異次元緩和の流れと逆行するものだ。黒田は「安定的な物価高ではないから金利は上げない」──というが、岸田はすでに「物価高」と認識しているからこそ、価格転嫁などのバラマキ対策を講じるのではないのか。日銀は中央銀行として政府から独立した機関とはいえ、政府と日銀の足並みのズレがますます露呈する事態に陥れば、減税計画の撤回を余儀なくされた英国のような状況になりかねない。

政府、日銀は「金縛り状態」にある
 英国のトラス政権は、エネルギー価格の高騰を受けた家庭や企業の光熱費抑制策を打ち出すとともに、大型減税を柱とする経済対策を決定。ところが、バラマキによる財政悪化を招くとの懸念から、通貨ポンドや英国債の売りが止まらず、世界的な金融市場の混乱を引き起こす展開となった。
 このため、ハント財務相は当初計画した減税規模年間約450億ポンド(約7・6兆円)のうち、7割余りを撤回する形に追い込まれたわけだが、今の岸田政権の無定見ともいえるバラマキ策も似たり寄ったり。英国並みの迷走ぶりを呈してきたと言っていいだろう。
 厚労省の毎月勤労統計調査(8月速報、従業員5人以上)によると、物価上昇の影響を反映した実質賃金は前年同月比1.7%減で、5カ月連続でマイナス。内閣府の景気ウオッチャー調査(9月)では、物価高に懸念を示す企業が多く、2~3カ月先の見通しを示す先行き判断指数は0.2ポイント低下となった。
 円安は進み、物価は上がり、しかし、賃金は上がらない──という「負の連鎖」は果たしていつまで続くのか。亡国政権の今後と庶民の暮らしはどうなるのか。
 埼玉大学名誉教授の相澤幸悦氏(経済学、金融論)がこう言う。
「円安進行に対応するには日米の協調介入が望ましいのですが、ドル安に振れれば米国に恫喝される。ということは日本の単独介入しかありませんが、外貨準備の米国債を売ると米長期金利が上昇するので、やはり日本は動けない。つまり、政府、日銀は金縛り状態なのです。異次元緩和によって日本企業は技術力、競争力が著しく低下してしまった。円安進行は金利差だけが要因ではないのです。インバウンド頼みの経済策など愚の骨頂でしょう。このまま政府が具体策を打てなければ、日本経済は疲弊し続けるわけで、その被害者は国民なのです」
 岸田政権と一緒に庶民も共倒れなんて冗談ではない。


金子勝の「天下の逆襲」
政府・日銀の「矛盾政策」は英ポンド危機の二の舞にならないか
                          日刊ゲンダイ2022/10/19
 9月の企業物価指数が前年同月比で97%の上昇となった。これで19カ月連続だ。輸入物価指数は同48%増。円安の影響もあって上昇する中で10月の値上げラッシュを迎えている。
 輸入物価高を食い止めるため政府・日銀は9月22日、1ドル=145円で円買いドル売り介入したが、10月12日には146円を突破。そして、1998年の金融危機時の「日本売り」の水準148円を突破してしまった
 為替介入の効果が全くなかったことは今後の円相場を左右しうる危機的な事態だが、日本のメディアの危機感は薄い。9月22日の介入では、外貨準備が前月比540億ドル減って、そのうち外貨建て証券が同515億ドル減少した。つまり、財務省はドル売り介入で米国債を売却した可能性がある。
 これは大きな矛盾だ。米国債を売れば、米国の長期金利が上昇して円安を加速させてしまう。さらに、米国の長期金利が上がれば、米国債価格は下落する。米国債を売る介入では、日本政府の損失が拡大していくばかりだ。
 しかも今後、継続できるかも不透明である。米FRB(連邦準備制度理事会)の大幅利上げは継続の可能性が高まっている。米国の金利上昇によって、米国債は価格が下落するので売り手が増えて、買い手が不足することになる。そんな中、大量の米国債売りで介入しようとすることを、米当局は望まないだろう。
 この事態が未来に何をもたらすか――示唆しているのが英国のポンド、国債の暴落だ。アベノミクスにシンパシーを持つとされるトラス新政権は、財源の保障もないまま減税や歳出増のバラまきを実施しようと試みた。政府がポンド安を招きかねない政策を打ち出しながら、中央銀行に当たるイングランド銀行は引き締めを実施。この矛盾が結果的にポンド、英国債の暴落を招いたのだった。
 考えてみると、岸田政権のスタンスもトラス政権と似通っている。ガソリン元売りや電力会社にジャブジャブ補助金を拠出する愚策を実施。これを日銀が金融緩和で支えて円安を誘導しながら、同時に円買いドル売り介入で円安を食い止めるという矛盾。支離滅裂な政策に陥っている点で日英両政権は共通している。
 すでに、10年国債の売買が成立しづらくなるなど危機の兆候は起きている。いつまで矛盾した政策を続けることができるのか。ポンド暴落と同じような経済危機がいつ来るか、我々はそういうリスクに無防備であってはならない。メディアもキチンと日本売りのリスクを直視するべきだ。

金子勝 立教大学大学院特任教授
1952年6月、東京都生まれ。東京大学経済学部卒業、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。法政大学経済学部教授、慶應義塾大学経済学部教授などを経て現職。慶応義塾大学名誉教授。文化放送「大竹まことゴールデンラジオ」などにレギュラー出演中。近著「平成経済 衰退の本質 」など著書多数。新聞、雑誌、ネットメディアにも多数寄稿している。