水俣病と診断されながら国の基準では認定されなかった新潟市などの男女10人(11人中1人は裁判期間中に認定されたため原告から離脱)が国と新潟県、加害企業の昭和電工に対して1人当たり1200万円の損害賠償を求めた新潟水俣病3次訴訟で、新潟地裁は23日、原告7人を患者と認定し、昭電に1人当たり330~440万円の支払いを命じました。
しかし工場排水の規制をしなかった国の賠償責任は認めませんでした。
新潟水俣病に10年先立って確認された熊本水俣病では、九州大学が直ぐにチッソの排水中の有機水銀(メチル水銀)が原因物質であることを突き止めました。しかし国は学者たちを動員してそれを否定させて、当時隆盛にあった重化学工業の基材であるアセトアルデヒドの生産を続行させたために、熊本では10万人を超える水俣病患者を発生させました。
そして9年後には、同じ生産設備を稼動させた昭和電工の排水によって新潟でも水俣病を発生させることになりました。
従って原因を隠した国は、国民を水俣病に罹らせた罪から免れることは出来ませんが、当時新潟県にはそこまでの認識はなかった可能性があります。少なくとも新潟水俣病公式発表後の県衛生部の対応は極めて迅速で的確であったため、患者数を熊本の100分の1程度に抑えることが出来ました。
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新潟水俣病:国と県の責任は認めず…3次訴訟判決
毎日新聞 2015年03月23日
水俣病と診断されながら国の基準では認定されなかった新潟市などの男女11人が国と新潟県、原因企業の昭和電工に1人当たり1200万円の損害賠償などを求めた新潟水俣病3次訴訟で、新潟地裁(大竹優子裁判長)は23日、原告7人を患者と認定し、昭電に総額2420万円の支払いを命じた。一方、工場排水の規制をしなかった国と県の賠償責任は認めなかった。原告は控訴する方針。
水俣病の行政責任を巡っては、熊本の水俣病関西訴訟で最高裁が2004年、国と熊本県にはメチル水銀に汚染されたチッソ水俣工場の排水を規制する義務があったとの初判断を示した。これを受け、原告が07年4月に提訴した。
行政責任について、原告側は、新潟県の昭電工場がチッソ水俣工場と同種だったことから、「1956年に熊本の水俣病が確認されて以降は被害を予見でき、排水を規制する義務があった」と訴えた。これに対し、国と県は「65年の新潟水俣病の公式確認以前は対策を取れなかった」と述べていた。
また、原告が患者と認定できるかどうかも争点になり、原告側は「メチル水銀に汚染された魚介類をたくさん食べ、四肢の末端に感覚障害があるため、水俣病といえる」と主張。国や県側は、水銀をどの程度摂取したか不明などの理由で「別の病気の可能性がある」と反論していた。
新潟水俣病を巡っては、国と昭電を相手取り損害賠償を求めた5次訴訟など2件が係争中。【真野敏幸】