2019年5月14日火曜日

日米地位協定研究の第一人者・明田川教授に聞く(日刊ゲンダイ)

 日刊ゲンダイが、日米地位協定研究の第一人者である明田川融・法大教授に直撃インタビューしました。
 航空機の騒音問題では「観念的な議論より、どうすれば静かな夜や安全を取り戻せるのかというリアリズムが大事」とか「安保不要論だけでは沖縄の負担は軽減しない」として現実的な視点が必要と述べるなど、現実路線を重視していることが感じられます。
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注目の人 直撃インタビュー  
日米地位協定研究の第一人者「合同委員会に住民参加を」
 日刊ゲンダイ 2019/05/13 06:00
 辺野古新基地建設や度重なる米軍絡みの事故と犯罪で常に取り沙汰される「日米地位協定」。米軍にあらゆる国内法が適用されない主権剥奪状態が、北方領土交渉の妨げにもなっている。令和の時代も、この国は世界に例のない異常な状況に甘んじるつもりなのか――。協定研究の第一人者である法政大学教授・明田川融氏が穏やかな表情で鋭く問いかける。
 
■米軍犯罪激発で身柄引き渡しを勝ち得た韓国
――この2年ほどは、沖縄県が進める「他国地位協定調査」に協力しているそうですね。
  県は、いわゆる本土の人に協定の問題点をもっと知ってもらおうと難解な条文中心の調査を避け、あくまで事例重視。良い手法と思い、お手伝いしています。駐留各国の米軍起因の事故や犯罪、騒音問題などへの対応と比べると、日本の問題点がより鮮明になります。
 
――具体的にはどのような違いがありますか。
  例えば日本では基本的に米軍基地内は立ち入り禁止ですが、県が調査したNATO域内の独、伊、英、ベルギーでは自治体の首長や担当職員に年間パスが支給され、適切な理由があれば、いつでも立ち入り可能です。受け入れ国の主権をより尊重した結果で、米側も理解を示しているようです。
 
――2年前に普天間第二小学校の校庭に米軍ヘリの窓枠が落ちても、3年前にうるま市で米軍属の男に20歳の女性が強姦・殺害されても基地内に入れない日本とは大違いです。
 
  日米合意で返還する予定の基地でさえ、跡地利用の立ち入り調査は返還日の150労働日(約7カ月)前からと設定されました。沖縄県は測量や埋蔵物調査などの期間を考慮し、3年前からの実施を求めたのに、こんな短期間では測量もままなりません。
 
――同じ敗戦国の独・伊との差には愕然です。
  欧州は冷戦終結後、米軍依存が以前より弱まり、駐留軍機の大事故も相次いで、協定改定を求める世論が高まりました。その声に政府が応え、主権の象徴である国内法適用を勝ち得たわけです。
 
――世論の盛り上がりが重要なのですね。
  韓国でも米軍絡みの犯罪が激発し、国民の安全が脅かされると、協定改定を迫った歴史がある。2012年には米兵容疑者の韓国側への身柄引き渡し要件が大幅に緩和されたと聞いています。
 
――日本政府にも見習って欲しいものです。
  日米地位協定は第16条で米軍に日本の法令尊重を義務づけていますが、あくまで努力義務にとどまります。外務省も「一般国際法上、特別な規定がなければ外国軍隊には受け入れ国の法令は適用されない」との立場でしたが、日弁連や野党から具体的な「国際法」を問われても明示できず、ついにHPの説明から「国際法」の文言を削除しました。
 
――いい加減ですね。
  ただ、この問題は「独立国の主権侵害はけしからん」と議論されがちですが、第一に守るべきは市民の生活です。沖縄では早朝や深夜も米軍機の爆音が睡眠を妨げ、低空飛行訓練で身の危険にさらされています。観念的な議論より、どうすれば静かな夜や安全を取り戻せるのかというリアリズムが大事だと思います。県民にとって喫緊の課題を解消するには、航空機の安全運航を定めた日本の航空法第6章を特例法で米軍機には適用させない状態を改め、NATO域内と同様に国内法を適用させるしかありません。 
 
ウチの裏庭は嫌と沖縄に基地押しつける構造差別
――そのプロセスはどうお考えですか。
  沖縄県の調査にベルギーの高名な国際法学者は「外国軍はさまざまな理由で駐留しているから、国内法による規制で撤退することはあり得ない」旨を答えています。日本では国内法適用や地位協定改定を訴えると、米国の信頼を損ね、日米関係に悪影響を及ぼすとの意見をしばしば耳にしますが、まさに米軍は「さまざまな理由」で日本に駐留している。日本の兵站機能は米軍に高く評価され、思いやり予算をはじめ、駐留経費負担も非常に高比率です。近年では集団的自衛権の行使容認にも踏み切りました。
 
――米国製の高額兵器も爆買いしています。
  日本は土地やカネ、自衛隊というヒトまで差し出し、自ら抑止力を高め、日米同盟に「貢献」しています。国内法の適用くらい米国に要請してもいい立場です。その点、昔の政治家は国の資源の限界を考え、米国と向き合っていました。1950年代後半まで今の思いやり予算に似た「防衛分担金」制度があり、独立後も占領期の駐留経費の半額程度を米軍に払い続けた。この制度が占領継続、対米従属の象徴との批判が高まり、そう捉える政治家も存在した。そして50年代半ばには在日米軍基地の滑走路拡張と引き換えに、分担金を減額させたのです。土地負担が増えるなら、カネの負担は減らそうという論理的な思考が昔の政治家には働いていました。
 
――安倍首相の祖父、岸信介元首相が政権中枢を担った頃ですね。
  今はナンでもカンでも負担拡大で思考停止の域に達しているかのようです。ただ、地位協定を抜本改定できない理由を政府の姿勢だけに求めるのは、より大きな問題から目をそらすことになりかねません。まず、そうした政府を多くの国民が支持し続けている問題。何より50年代半ばから後半にかけて「茅ケ崎ビーチ」や「キャンプ岐阜」など本土にいた米海兵隊の沖縄移駐以降は絶対、本土に引き取ろうとしない問題です。最近は「NIMBY」(Not In My Back Yard=ウチの裏庭にはやめてくれ)と呼ぶ態度ですが、ウチの裏庭は嫌だと沖縄に米軍専用基地の7割を押しつけ、本土の人々があぐらをかいているのは構造的差別です。
 
――「内なる断絶」すら感じます。
 沖縄県の大田昌秀元知事は96年、米軍用地強制収用をめぐる代理署名訴訟の上告審で「地位協定2条は日本国内のどこにでも基地を置ける『全土基地方式』を取っているのに、実際には沖縄だけが過重負担を背負わされている」と訴えた状況から何も変わっていません。女性の犯罪被害も深刻です。先日も北谷町で米兵が日本人女性を刺殺する事件がありましたが、沖縄戦で米軍が上陸して以来、米兵による性犯罪の恐怖が消えたことは1日たりともありません。沖縄の基地の過重負担については、本土の人々がどう考えるかで状況は変わると思います。
 
■求められるのはドイツのような住民参加
――本土の意識次第で異常な状態は変わると。
  最近は大阪や新潟などで沖縄の負担軽減を第一に考えた「基地引き取り運動」という新たな民意も芽生えています。ただ、引き取りは基地存続が前提のため、現政権支持派に加え、安保反対の立場の人たちからの批判も受けてしまう。ひょっとすると、基地は絶対不要という考えが沖縄の重い負担継続の一因なのかもしれません
 
――令和の時代に基地負担を和らげ、市民の安全を取り戻すには、何が必要ですか。
  例えば、地位協定の実際の運用を担う「日米合同委員会」の門戸を開き、基地所在地の自治体や住民を参加させることです。基地所在15都道府県で構成する渉外知事会や全国知事会も地域特別委員会の設置を要望しています。近年ようやく存在を知られてきましたが、合同委は基地周辺の意見が全く反映されない閉鎖的で機密性の高い機関です。ドイツは騒音軽減委員会が設置され、自治体の首長や市民団体の代表が参加しています。合同委が住民の声を反映するオープンな機関になれば、騒音軽減などに関する日米合意のような「できる限り」や「運用上必要な場合を除き」といった抜け道だらけの文言で、実効性の薄いルールづくりは許されないでしょう。
 
――北方領土交渉でロシア側は返還後の歯舞、色丹への全土基地方式による米軍基地設置を危ぶんでいます。
 安倍首相は昨秋の首脳会談でプーチン大統領に「米軍基地を北方領土に置かせない」と伝えたとも報じられました。従来の外務省の考えとは相いれません。首相の道理だと、米軍基地の設置は日本側の意向が反映されるということになる。ならば沖縄の基地負担軽減にも日本側の意向が反映されるべきです。この発言について、首相は米国にどう説明するのでしょうか。
(聞き手=今泉恵孝/日刊ゲンダイ)
 
▽あけたがわ・とおる 1963年、新潟県生まれ。97年、法大で博士号(政治学)取得。現在、法大法学部教授。専門は日本政治史。「日米行政協定の政治史―日米地位協定研究序説―」(法政大学出版局)など著書多数。「日米地位協定 その歴史と現在(いま)」(みすず書房)で第36回(2018年度)櫻田會奨励賞を受賞した。