2016年3月18日金曜日

肝心の米国では「強者のためのTPP」と国民反発

 政府は38日、TPP関連法案を閣議で決定しました。4月中に国会で審議し、法案を通す方針だということです。米国で「反市民的協定」と見られているPPが日本では、「成長戦略の要」として吹聴されてきました
 政府はTPP協定については、いまだにごくごくの概要を日本文で発表しただけで全容は示していません。国民や国会に協定の全貌が知られないうちに、形式的な審議で国会を通してしまおうという狙いです
 
 さすがに自民党は、当初からTPPの「売国性」をよく理解していました。そのことはまだ野党であった2012年の総選挙(この選挙で政権党に返り咲きました)の時のTPPに対する公約(下記)からも明瞭です。
TPP交渉参加の判断基準
  1 政府が、「聖域なき関税撤廃」を前提にする限り、交渉参加に反対する。
  2 自由貿易の理念に反する自動車等の工業製品の数値目標は受け入れない。
   3 国民皆保険制度を守る。
    4 食の安全安心の基準を守る。
    5 国の主権を損なうようなISD条項は合意しない。
    6 政府調達・金融サービス等は、わが国の特性を踏まえる。
 
 その点は何も知らないままにTPPへの参加を当然のごとくに口にした軽薄な菅首相や野田首相(いずれも当時)とは大違いです。
 
 売国の協定であることを承知のうえで、それをひた隠しにして、批准させようとするのは売国行為です。マスメディアが全く報じないために、大半の国民も殆ど問題意識を持たないでいるのは残念なことです。
 
 その点で米国民は、北米自由貿易協定(NAFTA・1994~)などによって、多国籍企業=大資本は大儲けをしたものの、米国民には、失業・労働条件の切り下げ・格差の増大などマイナスしか生じなかったという経験を持っているため、TPPに明確に反対しています。国民は、「1%への利益は99%への利益に反する」ことを既に知っています。
 
 その国民の意識が反映されて、米大統領選では民主党・共和党とも有力候補は全員TPP反対という、面白いことになっています。
 トランプ候補ははじめからTPPを「完全に破滅的な合意だ」と切り捨てていますが、本当はTPP賛成派であったヒラリー・クリントン候補も、8日のミシガン州予備選の敗北を機に、明確にTPP反対に転じ、その後は好調を維持しています。
 
 山田厚史氏(元朝日新聞編集委員)がダイヤモンドオンライン17日号に、「米大統領選で自壊し始めた強者のためのTPP を載せました。
 同氏は、「米国では政治家は発言への責任を問われるので、当選して大統領になっても簡単に手のひらを返すことはできない」と述べています。
 いまや不可解な売国に奔る安倍政権に代わって、米議会がTPP協定の批准拒否して、何とか協定の発効・成立を阻止してくれることが何よりも望まれます。
 たとえ何十億~何百億円を投じてもそれ遥かに上回る見返りがあるから、批准を審議する米議会では議員に対してグローバル資本から猛烈な札束攻勢が掛けられるのは目に見えていますが・・・
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米大統領選で自壊し始めた「強者のためのTPP」
山田厚史 ダイヤモンドオンライン 2016年3月17日
 環太平洋経済連携協定(TPP)が、各国の批准を前に、失速し始めた。「21世紀の経済ルールを描く」と主導してきたアメリカで鮮明になっている。オバマ大統領は残る任期で批准を目指すというが、肝心のTPP実施法案の成立は絶望視されている。
 大統領候補の指名レースで、「TPP賛成」だった共和党のルビオ候補が地元フロリダで負け、撤退を表明。TPPを担ぐ候補は1人もいなくなった。トップを走るトランプ候補は「完全に破滅的な合意だ」と歯牙にもかけない。民主党ではオバマ政権でヒラリー・クリントン候補が「反対」を表明。追撃するサンダース候補はTPP批判の急先鋒だ。
 TPPは2月4日に各国が署名した。この日を起点に、2年以内に加盟国が国内手続きを終えれば、その60日後から発効する。手続きが終わらない国があっても、6ヵ国以上が手続きを終え、それらの国のGDPを足し合わせ全体の85%を超えれば発効となる。
 ということは経済規模が大きい米国と日本の手続き完了が不可欠なのだ。どちらかが批准にしくじればTPPは成立しない。
 
米国のグローバル資本にハイジャックされたTPP
 「TPPはアメリカの国益につながる戦略的経済連携」と日本では理解されてきた。シンガポール、ブルネイ、ニュージーランド、チリという「4つの小国」が自国にない産業を補い合う経済連携だったTPPにアメリカが目をつけ、「アジア太平洋市場」を自分のルールで作ろうとしたのがTPPだ。
 「ここでTPPは変質した。投資と金融サービスが新たに盛り込まれ、グローバル資本によるルール作りが前面に出るようになった」
 協定文書の分析をしている和田聖仁弁護士は指摘する。
 小国連合だったTPPはアメリカにハイジャックされ、針路が変わった。操縦桿を握るのはアメリカ発のグローバル資本である。
 「米国でTPP交渉を担当するのは通商代表部(USTR)。ここは商務弁護士の巣窟でアメリカに都合のいいルール作って世界で覇権を目指す戦略的部門です」
 日本の通商関係者はいう。
 TPP交渉は分野が広く、専門性が要求される。USTRの職員だけではカバーできない。企業や業界のロビーストや弁護士が加わって協定の骨格作りが進められた、という。
協定書は英文で5500ページある。運用を左右する付属文書を合わせるとA4版用紙で数10センチになる膨大な協定だ。
 交渉は戦争と同じで、総力戦になった。軍隊に当たるのが交渉スタッフだ。アメリカには百戦錬磨の弁護士がうなるほどいる。しかも英語による交渉。「戦闘能力」で小国は歯が立たない。
 2国間協議が並行して行われ、TPPは安全保障や援助も含めた総合的外交力が交渉に反映する。アメリカが決めた骨格に各国の事情をどこまで反映するかの交渉となった。
 
大統領選で火がついた強者支配の象徴・TPPへの反発
 アメリカの都合が優先されるTPPなのに、なぜアメリカで評判が悪いのか。ここにTPPの本質が滲み出ている。
 「アメリカ」と一言で語られるところに盲点がある。アメリカの誰が利益を得るか。アメリカ内部でも利害は錯綜している。
 オバマ政権で国務長官を務め「賛成」のはずだったヒラリーが「反対」に回った最大の理由は、労働組合がTPPに反対しているからだ。自由貿易は外国製品の流入を招き労働者から職場を奪う。1980年代に日米摩擦が吹き荒れたころと同じ論理が持ち出された。当時「雇用の敵」は日本製品だった。今は中国、韓国などアジアからの輸入が心配されている。
 もう一つ異なる変化が起きている。米国資本のグローバル化である。
 自動車ビッグ3の筆頭ゼネラルモーターズ(GM)が存亡の危機にさらされた80年代は、米国の企業と労働者には日本メーカーという「共通の敵」がいた。今は違う。グローバル化した資本は、本国で勝てない、と見れば外国に投資して生産を行う。
 資本は逃げることができる。労働者は取り残され、雇用を失う。グローバル化は、資本には都合がいいが、ローカルで生きるしかない労働者には迷惑である。民主党は労組を支持基盤にしている。不満を吸収し支持を広げたのがサンダースだ。「TPPは1%の強者が世界を支配する仕組み作りだ」と訴えた。
 アメリカは訴訟社会だ。高給を食むローファーム(企業弁護士事務所)の弁護士はアメリカのエスタブリッシュメントの象徴でもある。彼らはクライアント企業の要請を受け「TPPのルール作り」の素案を書く。
 アメリカ政府はグローバル資本の利益を推し進める舞台装置になっている。
 商売はうまくても民間企業のできることには限界がある。グーグルやアマゾンが強くても自力で他国の法律や制度を変えることはできない。外交や政府の出番だ。米国の政治力がなければ他国の市場をこじ開けることはできない。
 アメリカの参加で、投資と金融サービスがTPPの主題となった。背景には、成長市場で儲けを狙うグローバル資本がいる。この構造は、本連載バックナンバー「TPP幻想の崩壊が始まった。交渉停滞、困るのは誰か?」などで触れているので端折るが、グローバル資本が先導するTPPという構造は、混戦模様の大統領選挙で炙り出されたのである。
政界で大きな顔をしている政治家が、社会の一握りでしかない強者と結びついていることに有権者は反発し、TPP論議に火がついた
 
政治をカネで買える国・アメリカで有権者の反乱が起きている
 米国はカネで政策が買える国である。政治献金は政治家に直接手渡せないが、日本の政治資金団体のような組織を介せば、「無制限」に政治家は献金を受けることができる。「スーパーPAC」と呼ばれる政治献金の自由化が2010年から始まった。この制度で、業界団体は堂々と政治家の買収を行うようになった。オバマ大統領が菅直人首相(当時)にTPP参加を求めたのは2010年だった。
 米国議会では民主党も共和党も評決に党議拘束はない。議員が自分の判断で賛否を決める。そこで暗躍するのがロビイスト。選挙にはカネがかかるのはいずこも同じ。スーパーPACを媒介して「政策とカネのバーター」が行われる。銃乱射が社会問題になっても、銃規制ができないことが物語るように「政治とカネ」は米国民主主義の恥部となっている
  
 大統領選挙の裏テーマは「金持ちに支配される政治」への反乱だ。
 共和党のトランプ氏もサンダース氏も企業献金を受けていない。これまでの大統領選挙では、産業界やユダヤ人団体など強者からの支援なしに出馬できなかった。資産家であるトランプ氏、市民から小口の献金を集めるサンダース候補の登場が、タブーを破る論戦を生んだ。
 製薬会社が強者の象徴として矢面に立っている。「国民は満足な医療を受けられないのに、製薬会社は高価な薬品を売りつけ大儲けしている」と製薬会社はやり玉に挙がった。ファイザーを始めとする米国の製薬業界は豊富な資金力を使い、TPPを動かす有力ロビー団体だ。交渉の最終局面でも知的所有権問題で、新薬特許の有効期限を長期化するよう圧力をかけ続けた。
 今やTPPは「既存政治の象徴」になった。共和党で本命視されたルビオ候補は「TPP賛成」で票を減らしている。民主党はもともとTPPに懐疑的だったが、共和党は賛成だった。ところが選挙戦で評判の悪いTPPを前面に掲げることができなくなった。
 オバマ大統領は、TPP実施法案で共和党に協力を求めたが、上院の実力者・マコーネル共和党院内総務は、大統領選挙前に法案を議会に出すことに反対した。
 態度を決めかねていた末に「反対」を表明したヒラリー候補は苦しい。「無理して反対と言っているだけだ」とサンダース候補に攻められ「反対」を強調するようになった。
米国では政治家は発言への責任を問われる。当選して大統領になっても簡単に手のひらを返すことはできないだろう。足元の民主党が「TPP反対」を鮮明にしている。
 国際社会で力が衰えたアメリカは、国内では政治家の在り方が問われ始めた。「ワシントン・コンセンサス」と呼ばれていた政権とグローバル資本の特殊な関係に有権者が疑問を抱き始めた。「ウォール街を占拠しよう」という運動はその一端だろう。
 既存の政治が自分たちの方を向いていないと気づき始めた民衆が、TPPの胡散臭さにも気づいたのである。
 
TPPは「成長戦略の要」とする日本 何を得て何を失ったのかの検証が重要だ
 日本はどうか。政府は38日、TPP関連法案を閣議で決定した。4月中に国会で審議し、法案を通す構えだ。米国で「反市民的」と見られ始めたTPPが日本では、「成長戦略の要」として吹聴されている
 秘密交渉ですべての資料が非公開とされ、協定全文が「公表」されたものの膨大かつ専門的で読めるものではない。議員や専門家が調べても、細部は分かっても全貌は掴みづらい。。政府は都合よい試算を示すだけで、全体像を分かりやすく国民に示す気はない。国民や国会の無理解をいいことに形式的な審議で国会を通してしまおう、という魂胆だ。
 
 メディアの動きも鈍い。情報や解説を役所に依存している。TPPで得をするのは誰で、損をするのは誰か。農業の問題はいろいろ議論されたが、農業はTPPの中心テーマではない
 誰が得をするのか、を探るなら、TPPを推進したのは誰かを見れば分かることだ。
 米国の「TPP交渉推進企業連合」に参加するグローバル企業が旗頭である。これらの企業が何を求め、どれだけ実現されたのか。その結果、日本でどんな変化が起こるのか。将来に向けていかなる布石が打たれたか。
 
 日本に限って言えば、米国の年次改革要望書に沿った市場開放要求がTPPの骨格になっている。ではその見返りに日本は何を取ったのか。防戦を強いられ、大幅に譲歩した農業分野の陰で、日本は何を失ったのか。その検証が必要だ。米国と同じように、日本のグローバル企業は途上国で活動の自由を広げただろう。しかしアメリカ市場では乗用車の関税撤廃が30年後になったように、抑え込まれた分野は少なくない。
 政府がやりたがらないなら、国会とメディアの出番だが、一部を除いて無気力さは目を覆うばかりだ。このことは改めて書く。
アメリカでは、強者に丸め込まれる政治に有権権者の怒りが爆発した。TPPまで問題にされた。「21世紀の経済ルール」というもっともらしい表書きの裏に「強者による市場支配」が潜んでいることに市民が気づき始めた。日本はまだそこに届いていない