北朝鮮の金正恩氏が8日、前回の中朝首脳会談の40日後に再び中国を訪れて、習近平主席と会談を行いました。
日本のメディアは、今度は習氏が北に行く番なのに金氏は何を焦っているのか、とか、よほど窮地に追い込まれたのだろうなどという見方をしていますが、何しろ何の情報もないわけなので説得力のある説明はありません。
「世に倦む日々」氏が翌9日、今回も鋭い考察を発表しました。
真相はいずれ当事者でなければ分からないとはいえ、そこまで周到に分析されていれば満足するしかないという思いになります。同氏は、7日にも「体制保証と不可侵条約 - 文在寅と米保守派とのヘゲモニー争い」という秀逸なブログを発表しています。
TBSの番組「サンデーモーニング」のなかに「風を読むコーナー」というものがありますが、さながら「深読みのコーナー」とでもいうべきものです。
当初の平壌での交渉では、金氏側が「ベタ降り」の一方的な譲歩をして、米国側の要求通りの「完全非核化」という成果をもたらしましたが、「世に倦む日々」氏は、それは北朝鮮の戦術で、相手を懐の内深く取り込んで既成事実化して、米朝和平を引き返せないようにするための策だったとしています。
そして今度は北朝鮮が要求を出す番になり、経済制裁の緩和・解除と体制保証の措置の要求が出されたのに、米国側がそれに対する明確な回答を準備していなくて狼狽し、DC(ワシントン=アメリカ政権)内の保守強硬派の巻き返しが始まったため、5月に入ってから無駄に時間が浪費される(アメリカが立ち往生)事態が継続したという考察です。
トランプ氏にはもともと外交の知識と経験がなく実務の世界を知らず、北朝鮮非核化の成功を中間選挙の目玉にしようという思惑だけしかありません。それに対して現在、政権内でこの場面で動いているのは、ボルトン、ポンペイオ、ハスペルなどの極右タカ派=軍産複合体(CIA)絡みの妖怪たちなので、トランプ氏は劣勢で米朝会談そのものの行方に暗雲が漂い始めていました。
そういう中で、金正恩氏が最も頼りになる中国の習近平主席を電撃訪問したのであり、対して習近平氏は金氏を喜んで迎え中国は力を貸すと言い、一方、トランプ氏には米朝交渉がスタック(立往生)したから、打開の相談にこちらに来ると伝え、米国は北朝鮮側の要求を受け入れて妥協しろと催促したと見ています。
かくして米朝協議に中国が大きく割り込む形となりましたが、これは、保守強硬派に押しまくられ、米朝会談を潰されそうになっていたトランプ氏本人にとって歓迎すべき動きで、局面を動かす習氏という救世主が登場したのだとしています。
結果的にであったのかも知れませんが、金正恩氏は実に迅速・的確に行動したものであり、米朝会談に向けての対応は見事です。金氏(乃至はそのバックについている人間)は意外な切れ者なのかも知れません。仮に米朝会談が暗礁に乗り上げたとしても、非難されるべきは米側の支離滅裂さにあるということになります。
「世に倦む日々」氏は、その場合でも北朝鮮は中国の傘の中で安泰であると見ています。
お知らせ
11日は都合により記事の更新がお昼近くになります、ご了承ください。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
大連会談の論理 - 米朝会談を前に動かそうとする習近平とトランプ
世に倦む日々 2018年5月9日
昨日(8日)、金正恩の二度目の電撃訪中が報道された。訪中は金正恩の方から申し入れたもので、スタックしている米朝交渉を打開して前へ進めることが目的だ。3月26日に北京で中朝会談があり、次は習近平が平壌を訪問するというのが予定で、それは米朝会談が終わった後に実現するはずだった。それが突然、急遽、金正恩が大連を訪問して会う動きになり、さらに加えて、会談の直後に習近平がトランプと電話会談するという展開になった。そして何と、この大連会談の席に、あの北米局長(外務次官昇格という情報も)の崔善姫が同行していた。明らかに、米朝交渉がフォーカスされた緊急の中朝会談だと分かる。5月に入って以降、トランプの楽観的な口調とは裏腹に、米朝交渉の進展を告げるリーク報道が消えて行き、交渉が胸突き八丁に来て難航していることが予想された。その深部の観測については、前回(7日)に分析記事を書いた。4月の平壌での交渉では、北朝鮮の側が一方的に譲歩し、米国の側が一方的に要求を押しまくり、その結果、リークされたような完全非核化(CVID)という成果に到達していたのだ。
だが、これは北朝鮮の戦術で、ナポレオンをロシアの奥深く引き込んだクツーゾフのように、日露戦争で日本軍を満州の奥深く引き寄せて補給を断とうとしたクロパトキンのように、相手を懐の内深く取り込んでリークで既成事実を作らせ、米朝和平を引き返せないようにするための策だった。今度は北朝鮮が要求を出す番になり、経済制裁の緩和・解除と体制保証の措置が要求され、それに対する明確な回答を準備していなかった米国側が狼狽を始め、DC(ワシントン:アメリカ政権)で保守強硬派の巻き返しが始まり、5月に入ってから無駄に時間が浪費されるという事態が続いていた。経済制裁の解除については、リビア方式など現実的にあり得ない話で、核保有を果たしている北朝鮮が完全に核廃棄したことをIAEAが査察・検証・認定するまで、どうしても2年以上の時間がかかる。そのことは保守派の平井久志が説明していたとおりで、リビア方式は北朝鮮には適用できない。それまで現在の経済制裁を続けられたら、北朝鮮は崩壊してしまうし、軍が下から暴動を起こすか暴発してしまう。トランプの考えの中では、リビア方式は念頭にないはずで、あれはボルトンが勝手に牽制で放っているブラフだろう。
経済制裁の段階的解除という柔軟対応は、トランプが北朝鮮と交渉を始めると決めたときから、着地の腹づもりがあったものと推察される。おそらく交渉難航の障害はそこではなく、北朝鮮がこの機会に何としても得ようとする体制保証の方なのだ。巷間言われているように、この米朝交渉が決裂すれば、対話ではなく軍事オプションだという空気に傾く。対話では埒が開かないので軍事で解決という方向に導かれる。米国の保守強硬派はそれを欲望していて、北朝鮮に対してもイランと同様の仕置きで潰すべしという考え方だ。日本のマスコミと世論と政権も、その流れへの期待の方が大きく、安倍晋三はDCの保守強硬派を後押ししてトランプの和平路線を頓挫させようと画策している。5月に入ったとき、トランプが在韓米軍撤退の検討を指示した事実が知れ渡り、軍産複合体(CIA)が本気になる状況を作ってしまった。嘗て屡々、寺島実郎が「日米同盟でメシを食う人たち」というフレーズを強調していたが、韓米同盟でメシを食っている者たちも少なくないのだ。コリアハンドラーズと韓国の親米保守派たち。
彼らが存亡の事態となり、猛烈な巻き返し工作に出て、DCでスタッフがいないトランプが立ち往生となった。トランプが羽交い締めされ、米朝会談の事実上のプロデューサーであった文在寅との間が遮断された。トランプには外交の知識と経験がなく、実務の世界を知らず、北朝鮮非核化外交の成功を中間選挙の目玉にしようという思惑だけしかない。従来、北朝鮮との水面下のパイプは国務省の穏健派外交官のジョセフ・ユンが担当していた。ユンはティラーソンの信頼が厚く、北朝鮮も韓国もユンの役割を期待していたのだけれど、トランプが私欲のために北朝鮮外交を私物化する段となり、外されたユンが激怒して辞職し、ティラーソンも馘首され、国務省の実務家が出る幕は全くなくなってしまった。現在、DCでこの関係の舞台で動いているのは、ボルトン、ポンペイオ、ハスペル、スー・ミ・テリーなど、極右タカ派で軍産複合体(CIA)絡みの妖怪たちである。韓米同盟でメシを食う利害共同体の代弁者だ。4月22日のTBS報道特集にインタビュー出演したスー・ミ・テリーは、「米朝交渉は決裂するだろう」「米国は北朝鮮を軍事攻撃するだろう」と不穏な予言を発していた。
米朝和平を潰してやるという右翼の宣戦布告だった。巻き返しが奏功して、ボルトンが北朝鮮問題をリークしたりマスコミで政権の意向を言う図になり、トランプの影は薄くなって行く。どうなるかと不安に思っていたら、金正恩の電撃訪中第二弾が飛び出し、同時に習近平とトランプの電話会談がセットされた。電話会談の中身は伝えられてないが、ポンペイオが平壌に再び飛ぶ進行になり、米朝交渉の詰めが始まる幕となった。まず間違いなく言えるのは、習近平は、金正恩の再訪中をトランプに連絡していることだ。米朝交渉がスタック(立往生)したから、打開の相談にこちらに来ると伝え、中国は金正恩に力を貸すと言い、北朝鮮側の要求を受け入れて妥協しろと催促したのだろう。米朝協議に中国が大きく割り込む形勢となった。実は、これは、トランプ本人にとっては歓迎すべき動きなのだ。保守強硬派に押しまくられ、米朝会談を潰されそうになった窮地のトランプに、局面を動かす救世主が登場した瞬間と言える。機を逃さず、トランプはポンペイオを平壌に派遣。合意を詰めて来いと指示したに違いない。逆襲に出て一喝したのだろう。無駄に時間を引き延ばしたらおまえもファイアーだぞと。
大連会談に崔善姫が同席したということは、平壌で行われた4月の米朝交渉について、すべての内容を中国側に説明したことを意味する。米国との安保外交において、中朝が結束して対応するという意思の伝達だ。平壌での米朝交渉は、ポンペイオが在韓米軍の烏山空軍基地から極秘訪朝を果たした後、下旬には当時CIA副長官だったハスペルが平壌に滞在して崔善姫を相手に行っている。二人の女性が英語で非核化交渉を進めていた。無論、このとき、核放棄を最後の中身までコミットした後、崔善姫は制裁解除と体制保証を求め、要求に応じるように迫ったのだろう。ハスペルは、27日の南北会談を見てからとか、DCで大統領の指示を得てからとか言って、その場で回答を与えず帰米したものと思われる。会談場所をどこにするかも暗礁に乗り上げていた。その後、文在寅が28日にトランプと75分間の電話会談をやり、会談場所の有力候補が板門店に浮上、この頃が最も明るい情景が目の前に広がっていた時期だった。いずれにせよ、米朝合意は米朝韓3カ国の外交では纏まらず、軍事選択の路線に戻したい米保守派の抵抗と妨害が激しく、中国が巨体を割り込ませて役割を担う展開になった。
大連会談で何が話し合われたのか。何度もブログで述べたとおり、中朝軍事同盟の有効化と、その中身を成すところの「中国の核の傘」だろうと私は考える。北朝鮮は間違いなく非核化する。それは、第一義的には中国による経済制裁を解除してもらうためだ。非核化した後の体制保証はどうするか。北朝鮮の体制保証は、米国が北朝鮮との間で不可侵条約を締結することでも達成されるが、中国が「核の傘」の中に北朝鮮を入れることでも実質的に充足される。中国から軍事防衛の担保をもらうことによって、北朝鮮は核武装を解除しても米国の戦争の脅しに対抗することができる。もし、米国があくまで北朝鮮との合意を拒み、ボルトンやスー・ミ・テリーの強硬路線を貫徹するのであれば、北朝鮮は米朝和平を諦め、中国との間で非核化交渉を成立させ、ロシアのエンドース(保証)を受け、韓国とEUのサポ-トを受けて国連制裁決議を解除しようと動くだろう。そうなったときは、米国の保守強硬派は満足だけれど、トランプは赤恥をかいて失墜する結果になる。居場所がない。米朝和平の得点で中間選挙を突破しようとしたトランプの挫折となり、トランプは孤立して失脚という顛末になるだろう。
そのことは、文在寅にとってもほろ苦い外交の結果となる。前回の天木氏との対談の機会に少し触れたが、あの青い橋の上で語り合って、最後の最後まで二人は折り合えなかった。それは、「完全な非核化」を金正恩の言葉で板門店文書に書き入れるという問題もあったに違いないが、もう一つ、米朝会談以降の北朝鮮の安全保障をめぐる将来像で意見の相違があったように私は思う。おそらく、文在寅はマルチのスキームを構想し提案しているのだ。それに対して、金正恩はバイの条約(米朝二国間条約=相互不可侵条約)しか信用しないのである。広告代理店の企画書のような文在寅の提案が、金正恩にはお花畑チックに映るのだろう。金正恩の本音はこうだ。橋の上で文在寅にこう反論したのだ。マルチの安全保障スキームなんて、格好いいことを言いますけれど、あなたが次の選挙で負けたらどうなるのですか。親米保守政権ができたらどうなりますか。同様に、米国の大統領が変わったらどうなりますか。キューバやイランはあのようになったけれど、わが国は大丈夫だという根拠と保証はありますか、と。つまり、金正恩の方がリアリズムの立場なのであり、体裁ではなく実質を求めていると、そう理解を及ばせることができるだろう。
冷徹に言えば、韓国は北朝鮮の安全保障の責任を持つことができないのだから。