北の核実験・ミサイル実験を巡り、米国と北朝鮮の緊張関係がピークに達していた昨年12月、読売新聞の世論調査では47%が米国の武力行使を支持しました。もしもそんなことになれば、在韓邦人はいうまでもなく日本本土も甚大な被害が予想されるにもかかわらずにです。軍事評論家の田岡俊次氏は、「それは戦争を現実のことと考えられない『平和ボケしたタカ派』が日本には多い」ことを示すものだとしました。さしずめ安倍首相などはその代表例になるでしょう。
そうした流れは過日の板門店での南北首脳会談における南北宥和に対しても同様で、日本では「非核化は共同の目標と宣言しただけ」「文大統領は金正恩委員長に振り回されている」などの冷淡で警戒的な評論が優勢です。田岡氏は「朝鮮戦争が再燃し核戦争となる最悪の事態が避けられ、日本もそれに巻き込まれ甚大な被害を受ける危険が去った」のであるから十分評価に値すると述べています。極めて合理的で正当な評価です。
日本のメディアが安倍首相の偏向した考え方に汚染されているのは不幸なことです。
日刊ゲンダイに掲載された田岡氏の評論文を紹介します。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
なぜ日本では「南北首脳会談」に冷淡な論調ばかりなのか
田岡俊次 日刊ゲンダイ 2018年5月5日
軍事評論家
4月27日の板門店での南北首脳会談に対し、日本では「非核化は共同の目標、と宣言しただけで、どのように、いつまでに実施するかは言っていない」「文在寅大統領は金正恩国務委員長に振り回されている」など、冷淡で警戒的な評論が多い。だが南北の両指導者の活躍により、朝鮮戦争が再燃し核戦争となる最悪の事態がほぼ避けられる情勢になったことは確かだ。日本もそれに巻き込まれ甚大な被害を受ける危険が去ったことは十分評価に値するだろう。
昨年、北朝鮮は11月末までに14回も弾道ミサイルを試射、9月には水爆実験も行った。これに対し、米国は11月には空母3隻を日本海に入れ、韓国海軍、海上自衛隊と合同演習を行ったり、グアムからB―1B爆撃機を出し、日、韓の戦闘機がそれを護衛するなど、威嚇競争は頂点に達していた。
米国では「北朝鮮が米国に届くICBMを実戦配備する前に先制攻撃をすべきだ」との論も高まっていた。もしそうなれば、自暴自棄となった北朝鮮が残った核ミサイルを韓国と日本に発射する公算は高く、日本でも数百万人の犠牲者が出かねない状況だった。米国では「他国に構っておれない。米国の安全が第一」との主張も出ていた。
北朝鮮と韓国は共に存続の危機に直面したから、双方の指導者が滅亡を避けるため必死に協力したのは当然だ。これに対し日本では「文大統領は北朝鮮に融和的だ」と非難する声が高く、読売新聞が昨年12月20日に発表した世論調査では47%が米国の武力行使を支持した。これは戦争を現実のことと考えられない「平和ボケのタカ派」が日本には多いことを示した。
緊迫した情勢は昨年11月29日「火星15」が53分も飛行し、米国全域に届く能力を示した直後、金正恩氏が「核武力の完成」を声明、これ以上核実験、ミサイル試射を行わないことを示唆して一転した。この方針は4月20日の朝鮮労働党の中央委員会総会で「ICBMの試射中止、核実験場廃棄」などを決定して確定した。
これに至るまで南北双方は、平昌オリンピックの機会を巧みに活用して接触と和解に努め、韓国は米国に北の動向を克明に通報してその支持を確保、南北首脳会談にこぎ着けた。さらに米朝を首脳会談にまで誘導するのに多分、成功した外交手腕には感嘆のほかない。もちろん、南北の首脳は日本のために尽力したわけではないが、日本が戦争に巻き込まれる危険を避けられたのは両指導者の能力、努力のおかげだ。どちらかが、強硬論一本やりのばかだったなら危ないところだった。
■100点中、合格の60点は得た
トランプ米大統領が南北の両首脳を称賛するのは当然だ。米国に届くICBMの実戦配備を北朝鮮がしないだけでも、米国本土に対する北朝鮮の核の脅威は除去され、大惨事を招く戦争の必要も当面消えたから、その成果を背景に11月の中間選挙に臨める。既にトランプ氏は100点満点中、合格の60点は得たと言えよう。だが「完全で検証可能、不可逆的な核廃棄」を唱えた手前、それを簡単に引っ込めるわけにはいかない。北朝鮮が核と中距離ミサイルを保有し続けることには、特に日本が反発する。北朝鮮が「核不拡散条約」への復帰に同意すれば一応の検証は可能だが、軍の施設の査察は拒否しそうだ。すでに水爆と運搬手段の開発に成功した北朝鮮は、近代的な通常兵器では韓国と大差があるから、完全な核廃棄に応じる可能性は極めて低い。
米朝首脳会談でも非核化は期限をぼかした努力目標として、トランプ氏が「完全非核化を北朝鮮にのませた」と国内で宣伝できるような表現にして顔を立てることになる可能性が高いだろう。
その代償として、朝鮮戦争休戦協定を正規の講和条約にし、米朝の国交樹立と各国の経済支援で北朝鮮を相互依存の枠に引き込み、核を使わせないようにする体制となっても、日本としては北朝鮮の「思うつぼ」に入るのは悔しいから経済支援に消極的となりそうだ。昨年、約45兆円もの貿易黒字を出した中国(日本の黒字は3兆円弱、韓国は約13兆円の黒字、米国は約61兆円の赤字)が経済支援の主役となり、北朝鮮は韓国と同様に中国の経済圏に組み込まれていく形勢かと思われる。 (田岡俊次/軍事評論家)
田岡俊次 軍事評論家、ジャーナリスト
1941年生まれ。早大卒業後、朝日新聞社。米ジョージタウン大戦略国際問題研究所(CSIS)主任研究員兼同大学外交学部講師、朝日新聞編集委員(防衛担当)、ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)客員研究員、「AERA」副編集長兼シニアスタッフライターなどを歴任。著書に「戦略の条件」など。