2024年8月16日金曜日

反政府派撲滅キャンペーンを一層強化するワシントン

 これは一読して暗澹とならざるを得ない、ある意味身の毛もよだつような記事です。
 米国には、かつては自由と民主の国というイメージがありました。仮にそれが「偽装」であったにしても簡単には見破られない重層性がありました。
 それが今やここまで正義とは無縁で、落ちぶれ果てた国家になったのかという思いを強くします。
 岸田首相はこれまで米国を価値観を共有する国家と持ち上げてきましたが、それはどんな価値観なのかを説明できるのでしょうか。
 それにしても大量虐殺反対するデモ参加する学生たちを、何の抵抗もなく既成の「反イスラエル団体」視する精神とは一体何なのでしょうか。世界の常識に反するものです。
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反政府派撲滅キャンペーンを一層強化するワシントン
                 マスコミに載らない海外記事 2024年8月14日
ここ数日、国内の政治反対勢力に対する闘いをアメリカは様々な方法で強化しており、外国の影響が疑われる大量虐殺反対デモ参加者を取り締まるようアメリカ議員はバイデン政権に要請し、アメリカ外交政策に批判的なジャーナリストたちは、益々武器化しつつあるワシントンの外国代理人登録法の標的となっている
                    ケイトリン・ジョンストン 2024年8月

 ここ数日、国内の反政府派撲滅キャンペーンを、様々な方法でアメリカは強化しており、外国の影響が疑われる大量虐殺反対デモ参加者を取り締まるようアメリカ議員がバイデン政権に請願し、アメリカ外交政策に批判的なジャーナリストたちは、ワシントンで益々武器化されつつある外国代理人登録法(FARA)の標的になりつつある。
 対ロシア・アメリカ外交政策を声高に批判してきた元国連兵器査察官スコット・リッターの自宅をFBIが捜索した。
 コンソーシアム・ニュースはこう報じている。

木曜日「連邦捜査官は元国連兵器査察官がアメリカ外国代理人登録法に違反の嫌疑で、ニューヨーク州アルバニーの自宅からリッターの電子機器と多数の箱に入った書類を押収した。」
 サブスタック・ページに投稿された動画で「FARA違反容疑事件では、通常当局は捜査を通知する手紙を捜査対象者に送る」とリッターは述べた。「捜査令状を持った多数のFBI捜査官を派遣し、証拠の可能性があるものを捜索して、押収することはない。」
 「リッターが投稿した令状の写しには、電子機器の押収のみ記載されていたが、専門家らしい行動をしたとリッターが言った捜査官連中は、1990年代にイラクで国連兵器査察官を務めていた時代に保管していた国連書類の箱も押収した。リッターが動画で述べている通り、国連書類は機密扱いにはならず、彼に対するFARA訴訟と何も関係がない可能性がある。」
 「『だから、これが通常の手続きだという考えは極めて不合理だ。私は外国工作員ではない。私はジャーナリストだ。だから、この件全体を、こう表現する必要がある。昨日FBIがしたこと、昨日アメリカ政府がしたことは、言論の自由だけでなく、報道の自由に対する正面攻撃だ』とビデオでリッターは語った。」
 アメリカ外交政策に批判的な政治発言を抑圧するため、アメリカはFARAを益々積極的に利用しており、中国やロシアなどの政府と協力して無許可の思想を流布しているとして、司法省は反体制派発言を益々標的にしている。

 これは、アメリカが支援するガザでの大量虐殺に反対するデモ参加者が、外国政府と無許可で関わっているかどうか調査し「イラン政権」とのつながりが見つかった場合、厳重に処罰するよう要求する書簡を22人の議員がホワイトハウスに送ったというケン・クリッペンシュタインによる報告と一致している。
 クリッペンシュタインはこう書いている。
 
「先週木曜、バイデン政権に、ガザ戦争抗議行動参加者がイランから資金提供を受けていると主張する書簡を22人の議員が送り、行動参加者の捜査と刑事訴追と財政破綻を要求した。『本日、アメリカの特定反イスラエル組織が、イラン政権から資金提供を受けていたという最近の暴露についてお知らせする』と書簡は始まる。この暴露は、イランが世論に影響を与えようとしているというクリストファー・レイFBI長官とリサ・モナコ司法副長官の声明に加え、最近の国家情報長官アヴリル・ヘインズ声明に端を発している。
 「この書簡は『イラン政権から資金提供を受けて法律に違反する個人や団体を刑事訴追し、民事没収訴訟を起こす』よう司法省に求めている。そして最後に『国家情報長官室(ODNI)と財務省に対し、情報源や手法で妥協することなく、イランがこれら親ハマス組織に資金提供していることに関する入手可能な全情報を公表し、アメリカ国民がこれら集団の本当の姿を知れるようにするよう』強く求めている。」

 この書簡で、イランまたはその「関連団体」から直接的、間接的支援を受ける個人と団体のリスト、制裁対象の資金を受け取ったと考えられる「反イスラエル団体」の銀行情報の写し、違反が判明した者に対し課される「厳しい金銭的罰則」に関する情報提出を要求しているとクリッペンシュタインは指摘している。

 国内外での犯罪行為に対する国民の反対が高まる中、都合の悪い情報の流れを制限するために、アメリカ帝国は、あらゆる手を尽くしてきた。プロパガンダや検閲や報道戦争、TikTok禁止、シリコンバレー・ハイテク企業とアメリカ政府機関の連携強化、大学キャンパスでのデモ参加者に対する警察取り締まりや、反対政治意見の抑圧は、全て、世界で起きていることに関する国民の考え方を操作する計画の表向きの現れだ。

 アメリカを中心とする帝国の指導者連中は、世界で起きていることだけでなく、それに関し人々がどう考えるかを支配する能力こそ真の権力だと理解している。そうすることで、革命のリスクを冒すことなく、彼らが望む通り行動できるからだ。一般市民としての我々の任務は、文明における支配的言説に対する彼らの支配を弱め、この専制的権力構造の支配下で実際起きている真実に国民を目覚めさせることだ。

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記事原文のurl:https://caitlinjohnstone.com.au/2024/08/10/washington-further-escalates-its-war-on-dissent/

16- 死者が増え続けるガザ戦争を許してはならない

 元外務官僚の孫崎享氏が掲題の記事を出しました。ガザのパレスチナ人犠牲者は、ハマス保健省の発表で4万人を超えました(ガレキの下の犠牲者を除きます)。実際の数はその数倍と言われています。
 一方イスラエル側の死者は1139人で、それは主に昨年10月7日にハマスが越境攻撃したときの死者ですが、イスラエル軍は当日ハマスに占拠されたビルを自国民もろとも爆撃したので、ハマスによって殺されたと見るのは間違っています。
 孫崎氏は、公式発表の犠牲者数で比較しても、パレスチナ人の死者数は30倍に上る(40倍の間違いでは?)としています(上述の事柄を勘案すると実際の倍数は100倍ほどになります)。まことに恐るべき殺害行為が、現在進行形で行なわれているということです。
 バイデンは今頃になってイスラエルに殺戮行為を止めるように言い出しましたが、この殺戮は米国の援助がなければ遂行できなかったのですから、共同正犯の罪は免れません。
 長崎の平和祈念式典にイスラエルの代表を呼ばなかったという理由で、駐日大使を参加させなかったG7各国(ドイツを除く)も似たようなものです。西側諸国によって世紀の蛮行、世紀の非常識が行われているということです。
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日本外交と政治の正体 孫崎享
死者が増え続けるガザ戦争を許してはならない
                       日刊ゲンダイ 2024/08/15
                        (記事集約サイト「阿修羅」より転載)
 イスラエル軍が10日、パレスチナ自治区ガザの学校施設を攻撃した。
 ロイター通信は避難していた100人超が死亡し、数十人が負傷したと報じた。アルジャジーラは11日時点で、ガザ戦争で「パレスチナ人の死亡は4万319人、イスラエル人は1139人」と報じている。確かにパレスチナ側が先制攻撃をした。しかし、先制攻撃された方は無制限に相手の人々を殺していいというものではない
 しばしば怒りの発露として「倍返し」や「3倍返し」、さらには「10倍返し」という、とんでもない言葉もあるが、ガザの戦争では、すでに「30倍返し」になっている。
 イスラエルは「自己の戦略を達成するためには、敵側の、戦闘に参加していない人を無制限に殺してもいい」と考えているのだろうか。こんな攻撃が許されるわけがない。国内外の多くの人がそう思っているだろう。

 一般市民を標的にして大量の死人を出したのは第2次世界大戦である。
 東京大空襲の死者は11万5000人以上。原爆投下で広島では9万~16万6000人が死亡、長崎では6万~8万人が死亡とされている。
 これらの死者は「戦争を早期に終わらすため」などとして正当化されている。
 ドイツに対する攻撃では、ドレスデンへの爆撃が最も激しい戦闘のひとつとされているが、ドレスデン市歴史調査委員会による調査結果では「死者約2万5000人」とされている。
 つまり、人類は「自己の戦略の成就のため」には3万人の民間人の犠牲者が出ることを容認しているのだ。

 8月9日に長崎で行われた平和祈念式典で、米英などG7の6カ国の駐日大使が欠席した。イスラエルの要人が招待されなかったことが影響しているとみられている。G7の大使は4万人の死者を出していることを人類の蛮行とは見ていないのである。

 旧約聖書の記述にはこうある。
「あなたが行って所有する土地に、あなたの神、主があなたを導き入れ、多くの民、すなわちあなたにまさる数と力を持つ7つの民をあなたの前から追い払い、あなたの意のままにあしらわせ、あなたが彼らを撃つ時は、彼らを必ず滅ぼし尽くさねばならない。彼らとの協定を結んではならず、彼らを憐れんではならない」

 G7の大使は、この教えは現代にも有効だと思っているのであろうか。 

孫崎享 外交評論家
1943年、旧満州生まれ。東大法学部在学中に外務公務員上級職甲種試験(外交官採用試験)に合格。66年外務省入省。英国や米国、ソ連、イラク勤務などを経て、国際情報局長、駐イラン大使、防衛大教授を歴任。93年、「日本外交 現場からの証言――握手と微笑とイエスでいいか」で山本七平賞を受賞。「日米同盟の正体」「戦後史の正体」「小説外務省―尖閣問題の正体」など著書多数。 

2024年8月14日水曜日

小池都知事の「朝鮮人虐殺」否定は学説への信頼を壊すもの 東大教職員83人が批判

 関東大震災直後の朝鮮人虐殺を巡り、東京大の教職員が5日、小池知事宛てに虐殺の認定などを求める要請書を提出しまし(犠牲者数は諸説ありますが、「東大吉野文庫」によると2613人とされています)

 虐殺を巡っては、歴代知事毎年9月1日に開かれる犠牲者の追悼式典に追悼文を寄せてきまし。しかし小池知事は就任2年目2017年以降「都慰霊協会が営む大法要で、関東大震災のすべての犠牲者に哀悼の意を表している」として追悼文を寄せることを見送り、事実認定についても明言を避けています。
 外村 教授は会見で、「行政も過ちを犯したが、そうならないように取り組むというメッセージを出すことに意味がある」と訴えました。

 小池氏は以前からヘイト組織「日本女性の会 そよ風」のリーダと親交があり、その影響が大きいと見られます。
 毎年9月1日に多数の朝鮮人犠牲者を追悼する式典が墨田区・横網町公園で行われますが、その都度「そよ風」は会場のすぐ近くで妨害のための集会を開き、大音声のスピーカーでガナリタテルことを繰り返しています。
 さすがに都も2019年に それがヘイトスピーチであることを認めましたが、その一方で、同年12月に突如「朝鮮人犠牲者追悼式典」の公園占有許可申請に対し様々な条件をつけて、これに従わなければ式典を中止や不許可にするという圧力を加えるようになりました。
 そんな嫌がらせは、小池氏の意向に沿ったものとしか考えられません。
 東京新聞の記事を紹介します。
  関連記事
  21.9.2)小池百合子が関東大震災の朝鮮人追悼式典に5年連続で追悼文拒否
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小池百合子知事を東大教職員83人が批判「学説への信頼を壊している」 「朝鮮人虐殺」はっきり認めるよう要請
                           東京新聞 2024年8月5日
※2024年8月8日午後0時45分追記 記事初出時、見出しを「小池百合子知事を東大教員83人が批判」としていましたが、「東大教職員83人」と修正しました。要請書を出した人たちの中に職員を含んでいたためです。本文の修正はありません)
 関東大震災直後の朝鮮人虐殺を巡り、東京大の教職員が5日、東京都の小池百合子知事宛てに、虐殺の認定などを求める要請書を初めて提出した。虐殺問題を研究する外村大(とのむら・まさる)教授(近代日本史)ら83人の連名。記者会見などで虐殺について明確に答えない小池知事に「定まった評価を受けている学説への信頼を毀損(きそん)している」と批判した。

◆犠牲者に追悼のメッセージを求める
 要請書では、朝鮮人が暴動を起こしたというデマが原因となり、無実の朝鮮人らが多数殺害された史実を認定し、犠牲者に追悼のメッセージを出すことを求めている。都秘書課は取材に「要請文は庁内の関係部署で共有する」と話した。

 虐殺を巡っては、歴代知事が毎年9月1日に開かれる犠牲者の追悼式典に追悼文を寄せてきたが、小池知事は就任2年目の2017年以降「都慰霊協会が営む大法要で、関東大震災のすべての犠牲者に哀悼の意を表している」として見送っている。事実認定についても、記者会見で明言を避けている
 外村教授は都庁で会見し、外国籍や海外にルーツを持つ住民が増えている現状を踏まえ「行政も過ちを犯したが、そうならないように取り組むというメッセージを出すことに意味がある」と訴えた。(原田遼)

<どうなる? 日本の政治> ①~③ (東京新聞)

 東京新聞に掲題の連載記事=学者3人へのインタビュー記事が載りました。
 政治の(近?)未来像はどうあるべきなのかについて学者たちに聞くのは面白い試みです。
 (なお10日~12日まで3日連続で掲載されましたが、13日、14日は途切れています)
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<どうなる?日本の政治>
岸田内閣支持率は低迷続く…なのに野党が伸び悩む理由 「ネオ55年体制」と評した境家史郎・東大教授に聞いた
                          東京新聞 2024年8月10日
 自民党派閥の政治資金パーティー裏金事件で政治不信が高まり、岸田文雄首相は内閣支持率が低迷している。だが、政権交代を目指す立憲民主党など野党の支持率は伸び悩み、政治に閉塞(へいそく)感が漂う。9月の自民総裁選と立民代表選を前に、有識者と政治の今を読み解き、これからを考える。初回は境家史郎・東大教授。

◆旧民主党が大盤振る舞いした政権公約のツケ
  岸田政権の支持率が低迷しているのに、野党の支持率が上がらない理由は
 「野党は、自分たちなら日本をこう良くするという魅力的なビジョンをうまく示せていない。旧民主党のマニフェスト(政権公約)が大盤振る舞いすぎてうまくいかなかったため、慎重になっている。実現可能に見せつつ、自民党政権の方向性とは違う政策をいかに打ち出せるかが重要だ」

  境家史郎(さかいや・しろう) 1978年、大阪府生まれ。東京大社会科学研究所准
  教授、首都大学東京法学部教授などを経て、2020年11月から東大大学院法学政治学
  研究科教授。専門は日本政治論、政治過程論。主な著書に「戦後日本政治史」「憲法と
  世論」など。

  自民への国民の不信感は依然として根強い
 「自民の支持率は2009年に下野した時よりも低い水準だ。今のままでは大幅に議席を減らすことはほぼ確実で、自公で過半数割れする可能性は十分ある。岸田政権は安倍政権と違って熱狂的に嫌う人は少ないかもしれないが、積極的に自民を支持する人も減っている。ただ、第1党の地位を譲るほどではないと思う。立憲民主党の地力は、09年の旧民主党よりもはるかに劣っている

◆緊張感ないシステム、腐敗につながる
  こうした今の政治状況を「ネオ55年体制」と指摘している
 「第2次安倍政権以降の政治状況は、自民党が与党の地位を長く占めた戦後の『55年体制』に似ており、こう名付けた。いわゆる政権担当能力があるというイメージを自民党が独占していて、政党間の競争性が非常に乏しい。政権交代の可能性が低い政党システムになっている。緊張感がないから自民党の気も緩み、腐敗につながりやすい」

  良い体制ではないと
 「競い合って切磋琢磨(せっさたくま)する政党間競争は必要で、良いとは思わない。競争性がなければ民主主義は死んでしまう。緊張感のなさは政権のパフォーマンスの低下にもつながる。『ネオ55年体制』は、健全な民主主義社会の運営が阻害されている状況自体を指している」

◆自民が憲法の問題を訴えれば野党が勝手にもめる
  野党の分裂が自民党を利してきた部分も大きい
 「野党の分裂は戦後の日本政治の基本状態になっており、そこには根深い理由がある。占領期に日本国憲法が制定され9条ができたが、その後の外交・防衛政策との整合性を巡って非自民勢力は常に主張が割れて多党化した。憲法の問題を訴えれば野党が勝手にもめるので、自民はそのアキレス腱(けん)を突いてくる

  政党間の競争を取り戻すために何が必要か
 「憲法を非争点化することだ。政権交代が起きた1990年代は、それまでの『保守派と革新派』の対立から『改革派と守旧派』の対立に構造が変わり、非自民勢力がまとまることができた。戦後政治で例外的な時期だった。当時の大改革のような争点を探すのは難しいが、野党がまとまりうる争点で自民を攻める形をつくらなければいけない」(聞き手・坂田奈央)


<どうなる?日本の政治>
「ズル」をしていたのは政治家だった 「人々の不信と不満の矛先が変わった」と明治大の重田園江教授
                          東京新聞 2024年8月11日
 自民党派閥の政治資金パーティー裏金事件で政治不信が高まり、岸田文雄首相は内閣支持率が低迷している。だが、政権交代を目指す立憲民主党など野党の支持率は伸び悩み、政治に閉塞(へいそく)感が漂う。9月の自民総裁選と立民代表選を前に、有識者と政治の今を読み解き、これからを考える。2回目は明治大の重田園江教授。

◆「政治的無関心」から「政治不信」に
  自民党派閥の裏金事件などで政治への不信感が高まっている
 「昔は『政治的無関心』という言葉が注目されたが、今は『政治不信』に取って代わられている。有権者は政治に関心を持った上で、その信頼性を疑問視している。ただ、行政機関としての政府が完全に信頼を失ったとまでは思えず、不信の矛先はやはり政権を運営する与党、特に自民に向かっているのだろう」

  重田園江(おもだ・そのえ) 1968年、兵庫県西宮市生まれ。早稲田大卒業後、日本
  開発銀行を経て東京大大学院博士課程単位取得退学。99年、明治大専任講師などを経
  て現職。2023年から政治経済学部・政治学科長も務める。専門は現代思想・政治思想
  史。主な著書に「ミシェル・フーコー—近代を裏から読む」など。

◆安倍政権の終わりが境目に
  いつから自民へ不信が強まっているのか
 「安倍政権の終わりが、転換点だったと思う。競争原理を優先する新自由主義が台頭した10年余り前の第2次安倍政権のころは、自己責任論が唱えられ、人々の不平不満は自分よりも弱い立場にある『下』の人たちに向けられていた。例えば『生活保護をもらって暮らすのはずるい』や『障害者への福祉が手厚すぎる』といったように。結果的に政治に不信の目が向けられない状態が続いた」

  その後、なぜ有権者の目線が変わったのか
 「安倍晋三元首相が亡くなった後、メッキがはがれるように『アベノミクス』の虚像が見えてきて、安倍氏も誘致に力を入れた東京五輪・パラリンピックを巡る汚職・談合事件も発覚し、不信や不満の矛先は既得権にまみれた政治家や富裕層という『上』に向かいつつある。旧統一教会の問題や裏金事件も次々と明るみに出た。『ずるをしていたのは、実は社会の支配層だったのではないか』という空気が広がってきた」

◆反対を掲げるだけでは…
  受け皿となるはずの野党は心もとない
 「政治に不当に扱われていると感じる人の声をすくいあげ、自らの政治勢力の拡大にどうつなげるかは当面の焦点になるし、うまくいけば政治が変わる可能性はある。だが、与党への反対を掲げるだけの野党では力を持ち得ない。1人でも強烈なリーダーが現れれば局面は変わるが、立憲民主党にも日本維新の会にも現時点では見当たらない」

  政治不信が政権交代に直結していない
 「政権が代われば、隠されていた不正が暴かれたり、旧弊が打破されたりするメリットは大きいが、残念ながら今のところ、野党への信頼は低い。政権交代が難しいとしても、政治そのものの刷新につなげるため、9月に予定される自民党や立憲民主党の党首選では『重鎮』の老齢男性政治家が幅を利かせるような古い政治を打ち破るリーダーを、それぞれ選び出してほしい」(聞き手・我那覇圭)


<どうなる?日本の政治>
「だらだら」続く岸田首相、「ふわふわ」緊張感のない立憲民主…『嫉妬論』の著者が求めるリーダー像とは
                          東京新聞 2024年8月12日
 9月の自民総裁選と立民代表選を前に、有識者と政治の今を読み解き、これからを考える。自民党派閥の政治資金パーティー裏金事件で政治不信が高まり、岸田文雄首相は内閣支持率が低迷している一方、政権交代を目指す立憲民主党など野党の支持率は伸び悩み、政治に閉塞(へいそく)感が漂う現状をどう捉えればいいか。インタビュー企画最終回の3回目は、立命館大の山本圭准教授に「指導者」のあり方を聞いた。

◆力強い指導者求める空気
  9月の自民党総裁選と立憲民主党代表選では、ともに指導力が問われる
 「リーダーシップの型は大きく『分断型』と『統合型』に分けられる。分断型は敵をつくりだし、それを批判することで人々の喝采を集める。典型はトランプ前米大統領で、安倍晋三元首相にもそういう側面があった。台頭する背景には、紛争や災害、経済の混迷などの社会不安に対応できる力強い指導者への待望論がある

  山本圭やまもと・けい) 1981年、京都府舞鶴市生まれ。神戸大卒業後、名古屋
  大大学院博士課程単位取得退学。岡山大大学院専任講師などを経て2017年から現職
  専門は現代政治理論・民主主義論。著書に「現代民主主義—指導者論から熟議、ポ
  ピュリズムまで」「嫉妬論—民主社会に渦巻く情念を解剖する」など。

  分断型の指導者が台頭する危うさは
 「指導者のカリスマは20世紀前半にも求められたが、ファシズムがそうであったように独裁に進む恐れが常にある。一方、分断型に対抗するのが統合型だ。社会の多様な声を受け止め、結び合わせる方向にリーダーシップを発揮する。オバマ元米大統領のイメージが近いかもしれない」

  岸田文雄首相はどちらのタイプか
 「難しい。当初は『聞く力』を掲げ、安倍氏や菅義偉前首相とは異なるリーダー像を示してくれる期待があったように思う。しかし、就任後に打ち出した『新しい資本主義』の実態は不透明になるなど、ビジョンがよく分からなくなった。能登(半島地震)の被災地支援を見ても、総じて指導力を発揮しているようには見えない。党内にライバルがいないので、だらだらと政権が存続しているだけのように思われる」

◆「もう一つのリーダーシップを模索する時」
  対する野党の状況は
 「何としても権力を取りに行く、というギラギラしたものが見えない。現政権の存続を許しているのは、政権交代の緊張感がないことが大きい。野党第1党の立民も支援組織の連合か、野党共闘を求める共産党を選ぶか、どっちつかずでふわふわしている印象が拭えない。現状に甘んじることなく、無党派層に加えて自民の支持層まで取り込んで政権を奪いに行く気概を示してほしい」

  政治的なリーダーをどう見定めるべきか

 「ある時期まで、対立する意見を戦わせて選択肢を明確にする『分断型』が重要な局面もあったが、社会の分断が深刻化した今、もう一つのリーダーシップである『統合型』を模索する時ではないか。指導者のあり方は、社会情勢や有権者らの姿勢の反映でもある。自民と立民の党首選にとどまらず、来年までに衆院選や参院選もある。投票をはじめ、日ごろからの政治参加や権力監視を通じて、私たちがどのような指導者を望むのか考える機会としたい」(聞き手・我那覇圭) 

14- ロシア領へ侵攻したウクライナ軍はクルスク原発を目指していた可能性

 櫻井ジャーナルが掲題の記事を出しました。
 8月11日のウクライナ軍のスーミからロシアのクルスクへ軍事侵攻クルスク原発を目指していたと推測されているとして、その目的は原発を攻撃するという一種の「原子力恫喝」を試みたのではないかと見ています。そして5kmほどロシア領内へ入ったところでロシア空軍の攻撃で大きなダメージを受け、撤退したようだと述べています
 なお、ウクライナ政府は自国軍がロシア領内深くへ侵攻したと主張ご存知のように西側のメディアはそれを報じていますが、現地へ入ったジャーナリストの報告を見てもウクライナ軍は見当たらないと述べています
 いずれにしてももう少し経たないと真相は掴めないようです。
           ~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ロシア領へ侵攻したウクライナ軍はクルスク原発を目指していた可能性  
                          櫻井ジャーナル 2024.08.14

 スーミからロシアのクルスクへ軍事侵攻を試みたウクライナ軍はクルスク原子力発電所を目指していたと推測されている8月11日に同軍は南東部にあるザポリージャ原子力発電所の冷却塔をドローンで攻撃、火災が発生したという。原子力発電所は安全保障上、大きなリスクだと言えるだろう。アメリカの命令で中国やロシアとの戦争を準備している日本には原発が乱立している。











 ロシア政府との交渉を有利にするためだとも言われているが、ロシア政府はアメリカ/NATOが約束を守らないと悟り、話し合いで問題を解決できないと腹を括っているはずだ。そこで原発を攻撃するという一種の「原子力恫喝」を試みたのかもしれない。
 アメリカ政府は核による恫喝を交渉で使ったことがある。例えば、ドワイト・アイゼンハワーは1953年に大統領となった直後、泥沼化した朝鮮戦争から抜け出そうと考え、中国に対して休戦に応じなければ核兵器を使うと脅したとされている。休戦は同年7月に実現した。(Daniel Ellsberg, “The Doomsday Machine,” Bloomsbury, 2017)
 その後、アメリカは矛先をインドシナへ向けるのだが、そうした中、1958年8月から9月にかけて台湾海峡で軍事的な緊張が高まる。1971年にベトナム戦争に関する国防総省の秘密報告書を有力メディアへ流した​ダニエル・エルズバーグによると​、1958年の危機当時、ジョン・フォスター・ダレス国務長官は金門島と馬祖に核兵器を投下する準備をしていた。

 ウクライナ軍は3個旅団程度でスーミからロシアのクルスクへ軍事侵攻を試みたものの、約5キロメートルほどロシア領内へ入ったところでロシア空軍の攻撃で大きなダメージを受け、撤退したようだ。​現地の住民によると、ER GMLRS(GPS誘導に対応したMLRS)はすべて迎撃された。

 それに対し、ウクライナ政府は自国軍がロシア領内深くへ侵攻したと主張、それを西側の有力メディアは垂れ流しているが、現地へ入ったジャーナリストの報告を見ても、ウクライナ軍は見当たらない。アメリカ国務省のベーダント・パテル副報道官によると、アメリカはウクライナとロシアの軍事基地を攻撃するために長距離ミサイルATACMSを使用する可能性について協議しているというが、ロシアの軍事基地が攻撃されたという話は聞こえてこない。

2024年8月13日火曜日

広島平和公園での原爆と戦争展 各国市民から国籍越えて広がる共感と連帯

 原爆展全国キャラバン隊は3日から6日まで広島市の平和記念公園で街頭「原爆と戦争展」をおこないました。全国各地からそして世界各国から平和公園を訪れ人々が展示に足を止め見入りました。

 今回も各国の人々から沢山の感想文が寄せられましたが、日本人の感想文も末尾にまとめて掲載されました。
 長周新聞の街頭「原爆と戦争展」に関する記事は今年に入って3回目になります。
 全文8200文字の長文の記事ですが紹介します。
           ~~~~~~~~~~~~~~~~~~
様変わりした世界の世論反映 広島平和公園での原爆と戦争展を参観した各国市民の声 国籍越え広がる共感と連帯
                          長周新聞 2024年8月10日




「原爆と戦争展」パネルを参観する人々(6日、広島平和公園)




 原爆展全国キャラバン隊は3日から6日まで広島市の平和記念公園(原爆の子の像横)で街頭「原爆と戦争展」をおこなった。人類史上初めての広島への原爆投下から79年目を迎えるにあたり、全国各地、世界各国から多くの人々が平和公園を訪れ、展示に足を止め見入った。長期化するロシア―ウクライナ戦争や、パレスチナ自治区ガザ地区でおこなわれているイスラエルによる民間人の大虐殺をはじめ世界的な戦争情勢が続くなか、第二次大戦下における日本での沖縄戦、本土空襲や原爆など凄惨な出来事と人々の体験、それから79年を経た現在の情勢を重ね合わせ、展示に真剣な眼差しを向けた。




参観後にアンケートに感想を記す外国人たち(6日)







原爆投下からガザまで重ねて論議

 海外から広島を訪れる観光客が多数展示に足を止め、長時間掛けてパネルの英訳を読む姿が目立った。海外では、原爆の被害については概略だけ伝えられているものの、市民がどのような体験をし、どのような苦しみを味わったかはほとんど知らされていないという。広島市民の心を表現した峠三吉の詩や子どもたちの詩、被害を伝える写真を通じて原子雲の下で何が起きていたのかを知り、多くの外国人参観者が衝撃を受けていた。アメリカ人男性の一人は、涙ぐみながら展示を見たあと、スタッフに「本当にひどい。アメリカ人として、心から謝りたい」と語った。
 展示では、戦争による被害の実態を体験者の証言や写真を通じてあからさまに伝えると同時に、戦前から戦中、戦後の時系列に沿って解説している。日本の軍国主義の暴走や、「リメンバー・パールハーバー」といって日本と戦争をしたアメリカが、実際には真珠湾攻撃以前から対日経済制裁を強め、日本が先に手を出すことを待ち構えていたことなども資料を使って紹介している。
 パネルに掲載されている資料・スチムソン米陸軍長官「真珠湾攻撃」10日前の極秘電文と日記では、「日本との外交交渉が中断することは明らかであって、日本の作戦行動が避けることができないのであれば、アメリカは最初に明白な行動をとるべきではない」(電文)、「日本に最初の一発を発射させることにはリスクがあるが、アメリカ国民から全面的支援を得るには、日本にそれをやらせ、誰が見ても侵略者が誰なのか、少しも疑問を抱かないよう、はっきりさせることが望ましい」(日記)と記述されている。
 そして展示パネルでは、米国は敗色濃厚の日本市民を都市空襲や原爆で虐殺し、戦後日本を単独占領して現在に繋がる統治体制を敷いていったことなども指摘している。
 第二次大戦後、西側の国々では「原爆は戦争を早く終わらせるために必要だった」「原爆によって多くの人の命が救われた」「アメリカは救世主だった」という論調が当然のように流布されてきたが、展示を見た外国人参観者の多くはそれを誤りだとのべている。現在起きている世界的な戦争の背後で糸を引く米国の存在と、過去の日本との戦争とその後の占領・統治の構図を結びつけて考え、鋭い問題意識をアンケートに記している。以下、外国人参観者のアンケートの一部を紹介する。

 ▼展示は写真が多く、自分が小さい頃から習ってきた第二次世界大戦よりも衝撃的な内容だった。アメリカが原爆を落としたのは間違いだった。いかなる理由があっても、人々がこんなにも苦しむ核兵器を使うことは許されない。この活動は世界平和のために重要だ。ぜひこれからも続けてほしい。アメリカのカリフォルニアで生まれた者として、原爆の恐ろしさや、今の広島の街をこの目で見たいと思っていた。そしてこの展示に出会い、被爆者のことを知り、大きな衝撃を受けた。影響力の強い良い展示だった。また、原爆だけではなく、戦争の恐ろしさをもっと人々に見せるべきだ。そうすればその人たちも戦争に反対するはずだ。(アメリカ40代女性)

 ▼原爆投下について、日本人の視点から考えることができる展示であり、とても衝撃を受けた。同じような悲劇をくり返さないためにも、より多くの人々が、片方だけではなくどちらの視点も理解することが重要だと思う。世界で今も戦争や紛争が続いているが、これらすべては複数の当事者による誤解に基づいている。為政者たちは対等な条件で合意するくらいなら、むしろ武力を使うことを好む。その結果、議論に参加できなかった無実の民間人が犠牲になってしまう。(アメリカ・26歳男性)
 ▼強烈だ。アメリカ人として、第二次世界大戦の出来事に対する日本の視点を知ることができて嬉しい。米国の教育制度は、敵国側から見た戦争の悲劇を説明することにもっと重点を置くべきだと思う。戦争は権力者たちがおこなう単なるゲームだ。そして一般人がその代償を払わされる。世界がより良くあるうえで、平和は必要不可欠だ。(アメリカ21歳女性・大学生)

 ▼非常に重苦しい。我が国(アメリカ)がこのような残酷な行為をおこない、多くの人々を苦しめていることを悲しく思う。この展示はとても重要だ。私たちは、アメリカの原爆による破壊を決して忘れることはできない。なんの罪もない一般市民を殺すことは決して解決策ではないと思う。現在起きているウクライナ戦争やガザ戦争のなかでも、とくにガザ戦争(非道というには余りある数の民間人の殺傷)は理解しがたい。我が国の指導者たちはどうしてこれほど残酷なのだろう。指導者の家族、妻、子供たちが苦しむことはないが、その代わりに、最も弱い立場にある人々の家族が苦しむことになるし、そのことについてなんの思いやりもないと思う。(アメリカ31歳男性・公務員)

 ▼初めて広島に来たが、今日(8月6日)という日に来ることができてよかった。簡単に言葉でいい表せない。また、自分がどう感じたかさえうまく言葉にできない。強烈なメッセージ性のある展示で当時の日本をさまざまな視点で描いていた。思わず立ち止まって友人たちと一緒に見たが、写真や記事は初めて見るものばかりだった。当時の日本がどれほど大変な状況にあったかがわかった。私たちがすべきことはただ一つ、二度と戦争をくり返してはならない。戦争は人々の無関心と金によって引き起こされると私は思う。説明して納得できる理由など何一つないと思う。今も戦争が続いているが、いつか誰かが、できればアメリカが、戦争というものがこの地球上で起きてはならないものだと気づくことを願っている。(イタリア27歳男性・会社員)

 ▼原爆が落ちたときの写真やその後の様子など、初めて見ることができた。それらはショッキングなものであると同時に、人々の立場によって視点が違うということを知ることができて興味深かった。当時の日本の状況を想像することすらできなかった私たちだが、展示の写真と記事のおかげで想像することができた。この展示はさまざまな国で戦争の問題を抱えている人々に共有されるべきだと思う。「人間」として戦争を認めるべきではないと思う。歴史のなかで、さまざまな国がさまざまな理由で戦争をしてきたが、私が思うに、暴力で他の国を潰すことが一番簡単なやり方だったのだろうと思う。もちろん、反対に対立を解決するために戦争に参加したり、人口を減らさないために恐れていた国もあると思う。しかし、多くの場合、人々の意志とは反対に政府の方が戦争に意欲的だと思う。(ドイツ17歳男性・学生)

 ▼非常に包括的で、情報や画像も豊富な展示だ。展示を見ながら怒りやフラストレーションを感じたのは私自身、興味深い出来事だった。また、これはよくいわれることではあるが、「反戦」と「平和」という言葉が使われていたことも興味深かった。また、写真や描写を見るうえで、人々の苦しみを政治的文脈で切り離すのではなく、政治的文脈で捉えることこそが重要だと思う。(イギリス41歳女性・大学教員)

 ▼とても良い展示だった。ヨーロッパ(ポーランド)では、日本が唯一の敵であり、アメリカは第二次世界大戦を早期に終わらせた救世主であるという考え方しか教えられていない。すべての点と点を結びつけるためには、別の視点から物事を見ることが大切だ。私はポーランド出身なので、ロシアによるウクライナへの攻撃によって家族も含め全財産を失った人々にたくさん会ったことがある。戦争や市民への武力による抑圧は絶対に許されない。(ポーランド33歳男性・土木技術者)

 ▼衝撃的だった。イギリスでは米軍や米兵による残虐行為について語られることもなければ、私自身考えたこともなかった。私たちが学校で第二次世界大戦について教わるとき、それは常に英雄についてであり、アメリカは日本の真珠湾攻撃によって戦争に巻き込まれ、アメリカがいかにしてヨーロッパを援助したかについてである。日本人の視点から、とても興味深く展示を見ることができたし、日本人がいかに平和を望んでいるかを理解した。また、正直で誠実な人をリーダーに選ぶことの重要性をよりよく理解することができた。(イギリス40代・男性)

 ▼この展示はとても良い。なぜなら、第二次世界大戦中にアメリカ帝国主義が奪ったものについて、そして帝国主義そのものが多くの残虐行為と屈辱の原因であったことを指摘しているからだ。これは日本だけに限った話ではなく、全世界共通の問題だ。また、第二次大戦をめぐる解釈について、西洋の意図が必ずしも彼らが思っていたほど良いものではないことを明確にしている。世界覇権を競い合う戦いが今も続いており、ガザやウクライナでもいまだに多くの民間人が軍事攻撃の標的となって犠牲になっている。過去と何も変わっていない。それなのに彼らは西側諸国の一般市民に対しては決してそうではないといい続けている。それだけでなく、彼らは西洋の政治と世界支配のおかげで、全世界はより良い場所になったと私たちに伝えている。(ベルギー49歳男性・教師)

最終的な悲劇招く前に 「沈黙してはならぬ」
 ▼たくさんの写真から私たちは多くの情報を得ることができた。私たちがいかに第二次世界大戦中に起こった残虐行為について知っていると思い込んでいたとしても、再び事実に直面するたびにそれらは常に検証されるべきである。人々がこの展示を読むことは、第二次世界大戦で何が起こったかを忘れず、再びこのような悲劇を避けるために平和を守る意識を持つ良い方法だと思う。現在、世界中で起きているいくつもの軍事的緊張は、政治経済と自己宣伝が依然として平和の妨げになっていることを示している。私たちはこれらの事象を歴史的に捉え、共有し、同じような戦争をくり返さないようにしなければならない。人間の命はどんな状況でも常に公正であるべきだ。(フランス22歳男性・大学生)

 ▼展示はすばらしく、豊富な情報、詳細な内容、写真、文章は非常に説得力があった。核兵器の破壊力と戦争によって引き起こされた苦しみ、そしてそれらを私たちが協力して抑止する必要があることを深く理解した。現在もウクライナ戦争が続いているが、ソ連崩壊後、米国はNATOの東方拡大を推進し続け、ロシアがそれに反撃した。そしてウクライナはロシアからの軍事的圧力を引き出すために利用された。NATOはロシアの要求を無視するのではなく修正し、段階的に圧力をかけるべきだ。相手のニーズに配慮することができれば、この戦争は元々避けられたはずだと私は思う。このまま緊張関係が続くことで、さらなる核攻撃の危険性も否定できない。そうなると被害は広島の何万倍もの被害になるだろう。(中国30代男性)

 ▼この展示は、少数の人々によって流布される誤情報が、いかにして無数の罪のない人々の不必要な死を招いているかという悲惨な事例を示している。現在続いているウクライナ戦争やガザ戦争については、過去数十年間に起きた地政学的な変化を考えると驚くことではないが、それでも、第二次世界大戦後の人類の時代が悲惨な状況にあることを示唆している。くり返される戦争を止めることができずに、何百万人もの不必要な犠牲が出ている。(ドイツ30歳男性・企業相談役)

 ▼初めて平和公園に来たが、息が詰まるほどとても感動的だった。私は原子爆弾やそれによって広島が受けた被害などについてあまり詳しく知らなかった。しかし、この展示会は、原爆によってもたらされた広島の惨状や歴史について有益な情報を提供している。戦争は悪だ。帝国主義的な行動が戦争を招いていると思う。平和と健康こそが地球上に存在する人類にとってもっとも重要だ。(ドイツ33歳男性・教師)

 ▼衝撃的な写真と、優れた個人的な文章でうまくまとめられている。一般市民はもっと判断力を持つべきだ。民間人の沈黙(80年前にここで起きていたことと同じ)によって、邪悪な指導者が私たちを最終的な悲劇に導くことを助けることになる。(中国52歳男性・経営者)

渾身の思い語る被爆者 遺骨もない親兄弟
 広島市内の被爆者や被爆二世市民も参観し、体験や思いを語った。
 80代の女性は、5歳のときに広島市観音にある自宅で被爆したという。両親はもともとペルーの首都リマへ移民し、そこで時計屋を営んでいたが、日米開戦するという話が広がり始め「ここにいたら日本人は殺されてしまう」という話になり、船に乗り込んで日本へ帰ったという。女性は「船で帰国途中、太平洋のど真ん中で日米開戦を迎えた。その翌日、父は船長から“現地に残っていた日本人はみな殺された”と船の中で聞かされたそうだ」と話した。その後、広島市中広で父と母、3人の兄と1人の妹とともに家族7人で生活していたが、女性が五歳のときに原爆が投下された。当時のことについて女性は以下のように語った。
 3人の兄は学徒動員で作業に出ており、一人は即死し、一番下の兄は大やけどを負い両手の皮膚がボロぞうきんのように垂れ下がった状態で家に帰ってきたが、8日目に息を引きとった。
 一番上の兄は遺骨すらも見つかっていない。私は自宅で被爆し、家の下敷きになって身動きがとれなくなってしまった。そのとき、瓦礫の隙間から外を見ると、上空に巨大な原子雲が広がっており、その恐ろしい光景は今でも脳裏に焼き付いている。
 しばらくして、父が仕事場から帰ってきて私の名前を呼ぶので「ここだ」と叫んだが、声だけでは場所がわからず、父から「体を動かせるなら動かしなさい」といわれて必死に天井を押した。すると屋根の瓦が少し動いたらしく、そこから父が助け出してくれた。
 翌日には、焼けていない瓦礫を集めて中広の河原にバラック小屋を建てて家族で生活した。私は大きなやかんで川に水を汲みに行ったが、川岸には亡くなった人がたくさん浮いていたり、岸に打ち上げられていた。まだ息がある人もおり、「水をくれ」「水がほしい」と頼まれたが、そのことを母にいうと、一人にあげるとみんなにあげないといけなくなるからやってはいけないといわれた。そうした人たちもだんだん衰弱し、一週間後にはみんな死んでいた。河原にたくさんの死体が転がった光景やそのときのむなしさは、今も忘れることができない――。
 女性は最後に「戦争は嫌。とにかく平和が大事。今世界中のあちこちで戦争が起きているが、ニュースで爆撃の映像や、傷を負った人々の映像が流れると、恐ろしくて見ることができずチャンネルを変える。それでも苦しんでいる人のことを思うと、他人事とは思えず、今すぐにでもいってボランティアでもして助けてあげたい気持ちになる。私は放射能の影響などはあまり感じずに生きてきたが、2000年に突然目の前が真っ暗になって倒れた。検査をすると血糖値が600(正常値は70~109)まで上がっていて、それから約一年間入院していた。家族には誰も糖尿病はおらず、原爆による影響もあるのだと思う。家の下敷きになったときに腰の骨も潰れてしまい、歩くのに不自由するが、8月6日には必ず平和公園に来ている。二度と戦争はくり返してはならないという思いを、若い人たちに受け継いでほしい」と話していた。

 被爆二世の女性は「父が16歳のときに、学徒動員で舟入の工場で働いているときに被爆した。父の妹は当時14歳で爆心地から約500㍍の平和大通り沿いの建物疎開をしているときに被爆し、父が探しに行ったが遺骨の一つも見つからなかったそうだ。また、父の母は爆心地から1・5㌔の観音にある自宅で被爆し、崩れた家の下敷きになったまま焼かれたそうだ。ただ、私が父から聞いた被爆体験はそれだけで、あとはまったく語ろうとしなかった。毎年テレビで原爆の特集が組まれて体験者が語っているところを見ながら、父は“よく喋られるのう。わしは思い出すからよう喋らん”と話していた。家族にも話せないほど辛い体験とはどれほどのものなのかと想像することしかできないが、今日のように暑い日に日光の下にいると、条件反射のように父をはじめ原子雲の下にいた人たちのことを思い“どれほど熱かっただろう”と考えてしまう」と話していた。

 参観した広島市民の間では、資料館の展示内容がどんどん薄まっていると指摘する意見も多かった。外国人に被爆遺構や慰霊碑などを案内しているボランティアガイドの女性は、展示の写真を見ながら「資料館の来場者が過去最多というが、展示内容は年々薄まっていると思う。原爆のデータや放射能の恐ろしさなどは伝えるが、市民一人一人がどんなに辛く苦しい体験をしたのかが、まったく伝わらない。やけどの写真や無残に亡くなった人の写真もかなり減らされてしまった。広島市民として、海外の人に伝えたいことが資料館にはないので、私はこの展示を勧めたい」と話していた。

反省のない戦後の欺瞞 若者たちの鋭い意見
 全国各地から広島を訪れた若い世代も、展示を長時間見てアンケートに感想を記した。
 ▼アメリカをはじめとした西側の国々が戦争を避けたかった日本に禁輸をし、戦争へと進めさせた。平和を謳いながら、常任理事国は戦争をいまだに止めようとしない。「今だけ、金だけ、自分だけ」の思想を持った国が、世界の平和を騙(かた)るのではなく、日本が世界の先頭に立って調和への道へと進むべきだ。今まで学校の授業のなかで第二次大戦の知識や原爆の惨さは知っているつもりだったが、GHQ、アメリカの戦後の対応など、今まで見てこなかった目線を昔の人が伝えてくれているこの展示を見て驚いた。そして今まで以上に戦争という究極の消費活動は誰も幸せにならないと感じた。(25歳男性・会社員)

 ▼私は戦争はあってはならないと思いつつも、知識が少なく、もっと勉強したいと思い今回広島に来た。展示を見ることで、過去の戦争の悲惨な現実を知ることができた。すべては読めなかったので、写真を撮り、家でじっくり学びたい。とても残酷な写真や体験談が多く、目を背けたくなるが、今の若者がしっかり学び忘れてはならないと思う。昔の人々は、人間のように扱われていなかったことを改めて知った。二度とこのようなことが起きないよう、活動に参加したり、勉強を続けたいと思った。(26歳女性・薬剤師)

 ▼学校で習う歴史には、日本目線で書かれているものが多く、実際に日本が世界に何をしたのか、当時の世界情勢について書かれているものが非常に少ないということをこの歳になって実感した。この展示では、戦前から戦後にかけてリアルな国民の反応を知ることができてとても興味深かった。当時の人々は政府に不満を持っている人も多くいた様子が見受けられ「敗戦した途端、国が平和主義ぶった」という表現が印象的だった。(20代女性)

 ▼罪のない子どもたちが苦しみもだえ死んでいく。戦争に参加した帰還兵、被爆者は戦後差別される。それなのに戦争を指揮した天皇は、マッカーサーと平然と並んでいて、戦争責任をとらなかった。彼の名の下でおこなわれたあらゆるものがムダだった。この展示がすばらしいのは、日本の加害・被害、そしてアメリカの欺瞞を余すところなく展示している所だ。外国の観光客にも平和の願いが伝わると思う。(23歳男性・大学生)