本年3月、大津地裁が関西電力高浜原発3・4号機の再稼働差し止め仮処分をした際に、関西経済連合会の幹部が記者会見を行ない、「なぜ一地裁の裁判官によって、(原発を活用する)国のエネルギー政策に支障をきたすことが起こるのか」、「こういうことができないよう、速やかな法改正をのぞむ」と述べました。
『永続敗戦論―戦後日本の核心』などの著書で知られる気鋭の学者白井聡がその発言を取り上げ、「なぜ一地裁の裁判官が国のエネルギー政策に干渉できるのか」の疑問は三権分立の認識を欠くものであり、「こういうことができないよう」にすべきという主張に至っては独裁政治の要求に他ならないと断じました。
そしてそういうことを堂々と高言できるのは、発言の主が「極度の傲慢と極度の卑屈の混合物」だからで、「時の権力の方針に追従していればどんなルール違反でも主張できる」という迎合(=卑屈)の原理が働いているという見方を示しました。
おそらくは発言した当人もまだ明確には自覚していない事柄を指摘した見事な評論です。
(文中の太字強調は著者によるものです)
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三権分立を理解しようとしない人々
白井聡 2016年6月9日
(京都精華大学専任講師)
本年3月9日、関西電力高浜原発3・4号機(福井県高浜町)の再稼働差し止めをめぐる訴訟で、大津地裁は運転停止の仮処分を決定した。これに関連して同月17日に、関西経済連合会の幹部が記者会見を行なったが、そこで発せられた言葉は驚くべきものだった。関経連副会長でもある角和夫阪急阪神ホールディングス社長は、次のように述べたという。「なぜ一地裁の裁判官によって、(原発を活用する)国のエネルギー政策に支障をきたすことが起こるのか」、「こういうことができないよう、速やかな法改正をのぞむ」(3月18日付京都新聞など)。
角氏の「なぜ」への答えは簡単だ。我が国は自由民主主義政体を採用している。この政体においては、国家権力が司法・立法・行政の三つに分割され、それらが相互に抑制する作用を働かせることにより国家権力の暴走を防ぐ仕組み(三権分立)が採用されるのが世界的に見て標準だからである。このことは、中学の社会科で習うことだ。本件の場合、原発の再稼働を進めるという行政府の判断と、それに同調する関西電力の判断に対し、司法権力が待ったを掛けたという事態であり、三権分立が機能した、ということにほかならない。
重大な問題は、角氏が原発再稼働を要求していることではなく(それは個人の意見の自由である)、「こういうことができないよう」にすべきと主張していることである。この主張は自由民主主義に対する否定であり、独裁政治の要求である。あるいは、角氏は自らの要求の反社会的性格を認識していないのかもしれないが、そうであるならば、「中学校からやり直さねばなるまい」とでも言っておこう。
だが、さらなる問題は、大企業のリーダーが中学で習うような基礎的社会常識を欠いているという奇怪な状況がおそらく偶然ではない、ということだ。5月16日の国会質疑で、安倍晋三総理は、自らを「立法府の長」であると述べた。しかもその翌日、同趣旨の発言を繰り返している。正しくは、日本の三権分立において、総理大臣は「行政府の長」である。つまり、現代日本では、政治および経済権力機構の上位者が、揃いも揃って、かかる端的に誤った認識を口にして恥じることもないのである。
したがって、角氏の発言に単なる無知蒙昧のみを看て取るのは不適切だろう。ここにあるのは、極度の傲慢と極度の卑屈の混合物だ。彼の言葉からは、「一裁判官ごときが国の大事に口を出すな」と言わんばかりの態度が透けて見えると同時に、よもや三権分立の原理を全く知らないとも考えられない以上、そこにあるのは「時の権力の方針に追従していればどんなルール違反でも主張できる」という迎合の原理である。
周知のように、阪急は数々の革新的事業の始祖となった企業であり、創業者の小林一三は、国家主導を嫌い独立自尊の精神を重んじた。なぜ、現代の同社が、「我が社は再生可能エネルギーによって全部の電車を動かす」くらいの野心を持たないのか、私には不思議でならない。
(※本記事は「京都新聞」6月7日夕刊に掲載されたものです)
白井聡 京都精華大学人文学部専任講師(政治学・社会思想)
1977年、東京都生れ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒、一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位修得退学。博士(社会学)。政治学者の立場から「いま何が起きているのか」を考え、分析します。私の専門は、政治哲学とか社会思想などと呼ばれる分野です。哲学・思想のプリズムを通して、現実の本質に迫りたいと思います。著書に、『未完のレーニン』(講談社選書メチエ)、『「物質」の蜂起をめざして――レーニン、〈力〉の思想』(作品社)、『永続敗戦論――戦後日本の核心』(太田出版)、共著に『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社新書)などがある。朝日新聞社「WEBRONZA」寄稿者。