櫻井ジャーナルが国内の問題を取り上げることは稀ですが、この度「日本のマスコミの自主規制」を取り上げました。
マスコミで働く記者や編集者も雰囲気や空気を読み、自主規制や自己検閲を強化し、逆に、成り行きに従った方が得だという雰囲気や空気と呼ばれるものを自ら作り出しているが、それは日本が大陸を侵略、アメリカとの戦争に突入する過程でも見られたことだとしています。
そしてノーム・チョムスキー教授の、メディアが権力者の利益に沿った報道をするようになる5つの理由を紹介しています。
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人びとを操るために空気を作っているマスコミに働く人びとは
空気を読みながら自主規制を続ける
櫻井ジャーナル 2016年6月6日
世論調査の結果の信用するなら、今でも安倍晋三政権は半数近い人びとに支持されている。安全保障関連法や秘密保護法を強引に成立させ、住民基本台帳やマイナンバー制度を導入、TPP(環太平洋連携協定)を実現させようとしていること、つまり日本をアメリカの戦争マシーンに組み込み、支配層の犯罪的行為を隠蔽、国民を監視、管理、挙げ句の果てにアメリカを拠点とする巨大資本に日本を贈呈しようとしていることを気にしていないということだ。
個別の問題に対しては反対の声が強いことを考えると、安倍政権が庶民にとって好ましくない政策を推進していることを国民は理解している。銀行に対する投機規制が大幅に緩和され、資金の「地下ルート」とタックス・ヘイブンのネットワークが全世界に張り巡らされている現在、いわゆる「アベノミクス」が日本全体の経済活動を回復させないことを少なからぬ人が予測していただろう。安倍首相が嘘をついていることを理解していながら支持しているわけだ。
支持する理由としてまず挙げられているのは「他に適当な人がいない」。勿論、そうした印象を作り出しているのはマスコミだ。新自由主義的な政策からの決別を願う人びとによって小沢一郎を中心とする民主党は支持され、検察やマスコミから小沢が攻撃される中、鳩山由紀夫政権が登場した。その政権を倒したのも検察やマスコミ。その後に首相となった菅直人や野田佳彦は国民の願いを裏切った。この裏切りも「他に適当な人がいない」と思わせる一因だろう。
安倍政権の背後に存在している権力システムが「民意」を封殺していることは明白で、そのシステムを選挙で変えられないことも人びとは理解しているだろう。何らかの強い「理想」、あるいは「目標」を持っていれば別だが、そうでなければ、雰囲気や空気を読み、成り行きに従った方が得だと考えても不思議ではない。とりあえず、目先の利益を優先するということだ。
そうした雰囲気や空気と呼ばれるものを作り出しているマスコミで働く記者や編集者も雰囲気や空気を読み、自主規制や自己検閲を強化してきた。これは日本が大陸を侵略、アメリカとの戦争に突入する過程でも見られたことだとされている。
第2次世界大戦後、マスコミを取り巻く空気を変えたと思われる出来事はいくつかある。例えば、1961年2月に中央公論の社長宅が襲われて1名が殺され、1名が重傷を負った「風流夢譚事件」、72年には毎日新聞の政治部記者だった西山太吉が逮捕されている。西山記者は外務省の女性事務官からえた情報に基づき、沖縄の「返還」にともなう復元費用400万ドルは日本が肩代わりする旨の密約の存在することを明らかにしたが、情報の入手方法が問題視された。後にこの報道を裏付ける文書がアメリカの公文書館で発見され、返還交渉を外務省アメリカ局長として担当した吉野文六も密約の存在を認めている。
この事件でマスコミは政府側の誘導に従い、密約の内容よりも西山と女性事務官との関係に報道の焦点をあて、反毎日キャンペーンを展開した。これが同紙の経営にダメージを与え、倒産の一因になったと見る人もいる。この漏洩は自衛隊の某情報将校が仕掛けたという噂もあるが、それが事実でなかったとしても、権力の暗部に触れるとマスコミという企業の存続に関わりかねないということを知らしめることになった。
1987年5月3日に朝日新聞阪神支局が襲撃された事件も空気を作る上で重要や役割を果たした。散弾銃を持ち、目出し帽を被った人物が支局に侵入、小尻知博を射殺し、犬飼兵衛記者に重傷を負わせたのだ。「赤報隊」を名乗る人物、あるいは集団から犯行声明が出されているものの、実行犯は不明のままだ。この事件が引き起こされる4カ月前、朝日新聞東京本社に散弾2発が、また4カ月後には同紙の名古屋本社寮にも散弾が撃ち込まれ、1988年3月には静岡支局で爆破未遂事件があった。
マサチューセッツ工科大学のノーム・チョムスキー教授は、メディアが権力者の利益に沿った報道をするようになる理由を5つ上げている。(Edward S. Herman & Noam Chomsky, “Manufacturing Consent”, Pantheon Books, 1988)
まず第1に創業のコスト。新しいメディアが出て来にくいため、中低所得層の立場から報道するメディアは少なくなるという指摘だが、これはインターネットの発展である程度は緩和された。
第2に広告収入の問題。スポンサーに逆らうことは困難だと指摘している。2008年11月、トヨタ自動車の相談役だった奥田碩は首相官邸で開かれた「厚生労働行政の在り方に関する懇談会」で、「正直言ってマスコミに報復してやろうか。スポンサーでも降りてやろうか」と発言、マスコミの編集権に経営者が介入するやり方があるとも口にしている。広告を通してメディアへ電通が大きな影響力を行使していることは世界的に知られるようになってきた。
チョムスキーが第3に挙げているのは情報源の偏り。以前からマスコミは「オーソライズ」という単語をよく使う。政府、企業、そして政府や企業と結びついた「専門家」たち「権威」からのお墨付きをえることで保険をかけようというわけだ。
第4は支配層からの攻撃。政府からメディアへ接触してくることもあるが、「公的」な機関や広告会社からの圧力もある。アメリカの企業は1970年代から80年代にかけてメディアを監視する機関を充実させた。官僚は昔から「質問」という形で圧力をかけ、それを相手が忖度するのだが、同じことを政治家もしているようだ。マスコミ内部でも似たようなことが行われているだろう。
第5はイデオロギーだ。かつて、アメリカでは「コミュニズム」を攻撃用のタグとして使い、効果を上げていた。その背景では学校やメディアが日頃、行っている反コミュニズムの洗脳/プロパガンダがある。逆に、肯定的なタグとして使われているのが「国際化」、「グローバリゼーション」。つまりアメリカ化だ。アメリカを「自由と民主主義の国」だという刷り込みも続いている。事実を検証することなく、反射的に、例えばロシアやウラジミル・プーチンを否定的に語る「嫌露派」が「リベラル派」や「革新派」にいることを考えると、まだイデオロギーの影響力は無視できない。
即効性はないが、こうした状況を打破するためには、事実を明らかにしていくことから始める必要があるだろう。