2018年8月26日日曜日

26- 徹底比較 安倍晋三と石破茂 (1)、(2)(日刊ゲンダイ連載)

 日刊ゲンダイが「徹底比較 安倍晋三と石破茂」の連載を始めました。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 徹底比較 安倍晋三と石破茂 (1)  
父・安倍晋太郎はバランス感覚…石破二朗は事務次官を経験
日刊ゲンダイ 2018年8月24日
【対談】政治評論家・野上忠興 × ジャーナリスト・鈴木哲夫
 
 安倍晋三首相と石破茂元幹事長の一騎打ちとなりそうな自民党総裁選(9月7日告示、20日投開票)。安倍陣営は既に勝負あったかのような振る舞いだが、“次の首相”を決める戦いである。国民としては、どちらが本当にふさわしいのか詳しく知りたいところ。安倍家を父親の代から知る政治評論家・野上忠興氏と、石破を長く取材するジャーナリスト・鈴木哲夫氏にそれぞれの生いたちや性格、思想信条など、とことん語ってもらった。
◇  ◇  ◇
野上 安倍さんは皇室までつながる名門の出身です。直系3代は政治家で、父は安倍晋太郎元外相、母方の祖父は岸信介元首相。父方の祖父の安倍寛も元衆院議員で、大叔父には佐藤栄作元首相もいる。きら星のような政治家一家です。
 
鈴木 石破さんの父・二朗は鳥取県知事だったんですけど、旧建設省の事務次官を経て知事になり、4期務めた後、田中角栄に口説かれて参院議員に転身し、自治大臣も務めました。ですから、石破さんは政治家2世ではありますが、DNAとしては官僚の流れをくんでいると思います。母方の祖父も内務官僚出身で官選知事を務めました。
 
野上 安倍の父方の祖父・寛は反戦の人でした。父・晋太郎は特攻隊の生き残り。いざ出撃という時に終戦になって、「親父の後を継いで政治家になる」と、毎日新聞の政治記者になり、その後、岸の長女と結婚し、岸の秘書になった。特攻隊の経験から「悲惨な戦争は嫌だ」と常に考えていて、「外交はタカだけれど、内政はハト」。共産党の政策だって良い政策なら取り入れるという主義。非常にバランス感覚の優れた人でした。外交にしても「タカ」と言っても、言うべきことはひるまないで絶対に言う、ということ。息子とは違いますね。
 
鈴木 石破は、父が建設次官の時に東京で生まれたのですが、父が郷里で鳥取県知事に就任することになり、1歳半で鳥取に移り住んだ。親父さんとはほとんど接点はなかったそうです。そもそも家にいない。小学校に入学したばかりの頃、「お父さんをテーマに作文を書きなさい」と言われ、困ったそうです。父親がどんな仕事をしているのか分かっていなかった。知事公舎に住んでいたから、いろんな人が訪ねて来て、父に頭を下げていくから、「偉い人なんだな」とは思っていたけれど、なぜ偉いのか分からなかった。
 
野上 親父が全く家にいないというのは、安倍とも似ています。安倍が2歳くらいの頃から岸が出世階段を上り始めた。それに伴い、晋太郎も岸の外相秘書官、総理秘書官になったので、家にいないわけですよ。その後、晋太郎自身が衆院選に出馬し、3期目では落選したことで、洋子と揃って山口に行きっぱなし。だから安倍は2歳から12、13歳ごろまでの多感な時期を、ウメさんという養育係に育てられたのです。幼心に、どうして自分は寂しい思いをしなきゃいけないんだ、というのがあったんじゃないかと思いますね。
(つづく・一部敬称略)
 
▽野上忠興 1940年東京生まれ。64年早大政経学部卒。共同通信社で72年より政治部、自民党福田派・安倍派(清和政策研究会)の番記者を長く務めた。自民党キャップ、政治部次長、整理部長、静岡支局長などを歴任後、2000年に退職。安倍晋三首相のウォッチャーでもあり、15年11月発売の著書「安倍晋三 沈黙の仮面 その血脈と生い立ちの秘密」(小学館)が話題。他に「気骨 安倍晋三のDNA」(講談社)など。
 
▽鈴木哲夫 1958年福岡県生まれ。早大卒。テレビ西日本報道部、フジテレビ政治部、日本BS放送報道局長などを経て13年からフリーに。25年にわたる永田町の取材活動で与野党問わず広い人脈を持つ。著書に「政党が操る選挙報道」(集英社新書)、「安倍政権のメディア支配」(イースト新書)など多数。またテレビ・ラジオでコメンテーターとしても活躍。 
 
 
 徹底比較 安倍晋三と石破茂 (2)  
安倍晋三は母親の愛に飢えたマザコン…石破茂は厳しい家庭
日刊ゲンダイ 2018年8月25日
【対談】政治評論家・野上忠興×ジャーナリスト・鈴木哲夫
 
野上 安倍の母、「ゴッドマザー」と呼ばれる洋子は、周知の通り、岸信介元首相の長女です。安倍にとって兄である長男・寛信は安倍家の跡取り。岸にとっても初孫だから、祖父と父・晋太郎の2人は長男を溺愛しました。次男の安倍にとって、これはルサンチマンになっていく。兄は両親の愛情をいっぱい受けているのに、それに対して自分は何なんだ、と。そのうえ、両親とも選挙区の山口へ行ってばかりで、東京の自宅にはいない。安倍はかつてインタビューでこう言っていました。
 <やっぱり普通の家庭への憧れはあった。人の家に遊びに行って友達が両親なんかと楽しそうに話していたり、父親と何か楽しそうにやり合っていたりするのを見ると、「ああ、いいな」と思ったものだ。それに引き換えうちの家には父は全然いないし、母も選挙区へ帰ることが多かった。だから父がたまに家にいたりすると、何かギクシャクした感じがしたほどだった>
 
鈴木 石破は両親が比較的年を取ってからの子供で、父・二朗が48歳の時に生まれました。姉が2人いますが、10歳以上離れているので、実質、一人っ子のようなものです。でもだからといって、べたべた可愛がられたわけではなく、母の和子自身も知事の娘だったことから、石破に対する躾はとても厳しかったそうです。小学校低学年の頃、鳥取県知事だった父を訪ねて知事公舎にやってきた人に対して、石破が何かぞんざいな口の利き方をした。すると母は「出て行けー」と激怒して、石破を家の外に放り出し、一晩入れてくれなかったそうです。
 
野上 安倍がいつも一緒なのは養育係のウメ。躾から何から全部任されていた。安倍は母親の愛情に飢えていました。
 
鈴木 (安倍は)マザコンですか?
 
野上 まあ、そうですね。だから、安倍家を知る人たちは、安倍が岸を持ち上げるのも、祖父を褒めれば母親が喜んでくれるだろうという子供ながらの心理があったんじゃないか、と言うんです。それがいまだにある。それから弟の存在。4歳の時に弟の信夫が生まれるのですが、すぐに病院から岸家に引き取られた。安倍は「お母さん、おかしいじゃないか」と反抗するわけです。やっと弟ができたと思ったら、養子に行ってしまった。大叔父である佐藤栄作が、晋太郎に「本当に(信夫を)渡していいんだな」と念押しする会議まで行われた。病院からそのまま養子に出してしまうなんて、我々のような一般家庭では到底、分からない世界です。
 
鈴木 私は石破は「父性の男」だと思うんです。母親に甘えたりというのがなく、マザコンにはならない。厳しい母親を受け入れたのも父性の人だからかなという気もします。安倍に比べたら石破の家庭は恵まれていますね。何不自由ないし、いびつな家族関係があるわけでもない。そういう意味では、石破の方が普通に育ったのかなと思います。
(つづく・敬称略)