サマータイムは戦後の一時期進駐軍の命令で行われましたが、寝不足や長時間労働につながったため、国民は疲労困憊し3年で中止されました。
それが森喜朗氏の発案で、20年の東京五輪を機に2時間差のサマータイムを当面2年間行うことが検討されているということですが、本末転倒もいいところです。猛暑下の5輪対策であれば、種目ごとにそれなりのタイムスケジュールを決めれば済むことです。
省エネ効果や健康増進のメリットを謳う向きがあるということですが、体内時計の修正には数日から人によっては数週間かかるということで、結果的に心筋梗塞の危険が増大します。そもそも暑苦しい夏、せめて涼しい朝に夜間の寝不足を補おうとするその機会を奪われ、逆に炎熱の15時頃に職場を出て帰宅するという生活が、健康を増進させる筈がありません。それに早出をした分早く帰るという習慣が日本社会には乏しいので、早出した分だけ労働時間が長くなるのがオチです。
光熱費が節約されるというのも観念的な主張で本当に実益があるのか疑問だし、企業の冷房費を節約するためには労働者が健康を害することも厭わないなどは論外もいいところです。
もともとこの制度は日照時間の季節変動が大きいヨーロッパや北米などの高緯度地域で導入されたものなので、日本がそれを真似するのが合理的なのかは別問題です。
医療に詳しいジャーナリスト・村上 和巳氏が、現代ビジネスに「世界の国々が『愚策』と認めるサマータイム、人体にこんなに悪い ~ 」を発表しました。
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世界の国々が「愚策」と認めるサマータイム、人体にこんなに悪い
健康は二の次というのですか…?
村上 和巳 現代ビジネス 2018年8月15日
2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向け、政府がサマータイムの導入を検討し始めたと報じられている。
今年は記録的な猛暑が続いているが、今回の一件はオリンピック・イヤーに屋外競技者やその観戦者などが熱中症などにかからないようにと、東京オリンピック組織委員会が求めていると言われている。
現時点で伝わっているのは、時限立法により2019~2020年の6~8月に時計時刻を2時間繰り上げるサマータイムとのことだが、恒久化も視野に入れているという。
既にこの件を巡っては賛否両論が繰り広げられている。従来からこの導入に積極的だった省庁の1つが環境省だ。環境省は省エネ効果を中心に数々のメリットがあることを謳っている。その中には「健康の増進」という言葉も踊る。
しかし、医学的見地からは必ずしも良い効果ばかりではないことが、海外の研究結果から報告されている。
高緯度地域のローカル制度だった
そもそもサマータイムは1916年にイギリスで導入されたのが始まりだ。現在、北米、ヨーロッパを中心に導入されており、春先から秋口にかけて時計を1時間早める。
海外では「デイライト・セイビング・タイム(Daylight Saving Time)」という名称で呼ばれていることが多く、略称「DST」はサマータイム期に導入国を旅行すると、時刻表示脇に付記されているのを見かけることもある。
もともとこの制度は日照時間の長い時期に日中時間をより有効に活用して電気使用などを抑えることを目的に導入された。というのもヨーロッパなどの高緯度地域では、日照時間の季節変動が大きい。
例えば最初にサマータイムを導入したイギリスの首都ロンドンでは、夏至の日照時間は17時間弱に対し、冬至の日照時間は8時間弱。実に年間で最大9時間も日照時間差がある。その意味では地域特性上、これらの地域では必ずしも不合理な制度とは言えない。ちなみに東京でこの差は5時間程度に収まる。
その日本では、第二次世界大戦後の連合国軍総司令部(GHQ)の占領下で夏時刻法が制定され、1948年からサマータイム制度を実施したものの、寝不足や長時間労働など、労働強化につながるとの世論の反発を受けて1951年に中止。夏時刻法もサンフランシスコ講和条約による主権回復後の52年4月に廃止された。
心筋梗塞の発症が増加
医学の進歩とともに、サマータイムについてはヒトの健康との関連についても研究が進んでいる。
そもそもヒトでは、通称・体内時計と呼ばれる体内に備えている時間測定機能により、日常生活が約24時間周期に規定されている。ヒトが朝に起きて活動を始め、夜に眠りに入るのはこの体内時計の作用と言っても過言ではない。
ヨーロッパ各国ではサマータイムによる時刻変動とこの体内時計の関係を調べた研究が数多く存在する。
そうした研究報告からは、サマータイムによる1時間の時刻変化に伴いヒトの体内時計の修正には数日から数週間を要するとされている。この幅は研究のデザインなどによって異なるものの、少なくとも時計の針を1時間動かすだけでもヒトの体内では想像を超えた影響があるということだ。
さらに2008年、国際的にも評価が高い医学学術誌「The New England Journal of Medicine」にサマータイムに関して、スウェーデンのカロリンスカ研究所が衝撃的な報告を寄せている。
これはスウェーデンの全国疾病登録データ(1987~2006年)から、サマータイム制度による時刻変更前後の平日で急性心筋梗塞発症の頻度を比較したところ、サマータイム開始直後の3日間に発症リスクが統計学的に有意に増加していたことが判明した。
より具体的には、サマータイム開始直後1週間平均ではリスクは5%高まり、逆にサマータイムが終わった直後の1週間平均でリスクが1・5%低下した。また、このリスクは、特に女性、65歳以上の高齢者、心疾患、糖尿病、高血圧を発症している人などで顕著だったという。この原因はサマータイム導入直後の睡眠時間の減少と推定されている。
わずか5%のリスク上昇と考える人もいるかもしれない。しかし、厚生労働省の2014年患者調査によると、日本国内で高血圧性疾患を有する患者は1000万人超。この多くは高齢者であり、前述のような心疾患や糖尿病を合併している人も少なくない。
だが、それらのオーバーラップを除いたとしても、概説すれば、日本でサマータイムを導入すれば約10人に1人はこうしたリスクに直撃されると考えられる。
スウェーデンと同様の傾向はクロアチアやロシアでも報告され、ロシアでは生体リズムを乱れさせるという理由で、2011年3月にサマータイムに進めたまま時間を戻さず、制度を廃止している。
日本人の睡眠不足は加速化する
しかも、サマータイム移行による睡眠時間減少が、急性心筋梗塞発症リスクの上昇につながるのならば、こと日本での影響はかなり大きくなることが予想される。
2005年に経済協力開発機構(OECD)が行った15歳以上の睡眠時間調査では、欧米などを含む調査対象国の中で日本人の睡眠時間の短さは第2位。
また、5年おきにNHK放送文化研究所が行っている「国民生活時間調査」の2015年調査によると、10歳以上の日本人の平均睡眠時間は平日で7時間15分と、数字だけを見れば十分確保されているように思えるが、1960年の同調査での平日の平均睡眠時間は8時間13分であることから見れば、半世紀強で約1時間減少している。
しかも総務省の社会生活基本調査によると、10歳以上の日本人が22時以降も起きている割合は1960年の32%に対し、2010年では85%。睡眠時間の減少とともに国民の夜型が進行していることがわかる。
ここでサマータイムを導入し、それに沿って既存のオフィスアワーなどがそのまま繰り上げられると、どうなるか?
まず、学生、勤労者ともに起床時間は早まる。これに応じて入眠時間を早められるのなら良いかもしれないが、ヒトの生活習慣はそう簡単に変わるものではない。
結果、サマータイム移行直後は睡眠不足の人が増加し、学校や職場では午前中に居眠りをする人も増えるだろう。加えて現在日本で検討されているサマータイムは2時間も時間が早まる見込みであることを考えれば、健康への悪影響もヨーロッパよりも深刻化する可能性が高いとも考えられる。
サマータイムでは消費の増加などの経済効果は数千億円とのプラス面の試算も公表されているが、これは国民が健康に日常生活を送れていることが前提であるはずだ。前述のような健康問題への波及が指摘されている中では、この議論は二の次ともいえる。
こうしたことなどもあり睡眠に関する専門医などが参加する日本睡眠学会は08年7月に既に日本でのサマータイム導入は不利益が多いとの結論を公表している。
ちなみに今回のサマータイムは議員立法で対応しようとしているらしいが、そうした国会議員が本会議や委員会で頻繁に居眠りをしていることは既に国民の多くが知るところだ。過去に大勢の議員の居眠り姿をモザイクのように組み合わせた雑誌のグラビアページが作られたことを記憶している人もいるだろう。
奇しくもサマータイムの時期と目されている6~8月は従来から特別国会の時期とも重なる。どうしてもサマータイムを導入するというならば、こうした状況に拍車がかからないよう願いたいものだ。
村上 和巳 ジャーナリスト
宮城県出身。医療専門紙記者を経てフリー。専門は国際紛争、安全保障、医学分野など。著書に「化学兵器の全貌」、「大地震で壊れる町、壊れない町」、共著「戦友が死体となる瞬間-戦場ジャーナリストが見た紛争地」など。震災関連の共著「震災以降」(三一書房)。現在、毎日新聞医療プレミアで執筆中。