2018年10月12日金曜日

安倍改憲論議は前途多難(高野孟氏)/ 9条改憲案は矛盾の塊(小林節氏)

 安倍首相の考えている改憲案について、ジャーナリストの高野孟氏は、公明党が事前協議に応じない点、改憲案の位置づけが安倍私案に過ぎない点、憲法審査会の審議に堪え得る草案になっていない点で、通常のスタートラインから3歩下がった位置にいると述べています。当然前途は多難です。
 
 また憲法学者の小林節名誉教授は、憲法9条の2項を残しながら「自衛隊を明記」するという改憲案は、既に新安保法で海外派兵を解禁した自衛隊は専守防衛と整合しないし、 「必要・最小限」の条件を外せばやはり「専守防衛というこれまでの解釈は維持できない」、そして何よりも「新法(3項)は旧法(2項)を改廃するという法の一般原則により2項は自動的に失効するので、安倍首相の説明は、嘘と矛盾に満ちているというしかないと述べています。
 
 日刊ゲンダイの二つの記事を紹介します。
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  永田町の裏を読む
合計三歩も後退したところから出発する改憲論議の前途多難
高野孟 日刊ゲンダイ 2018年10月11日
「読売新聞」10月5日付の1面トップは「改憲案、自民単独で提示/臨時国会/与党協議見送りへ」の大見出しだった。一般の読者がこれを見れば、「おっ、安倍さんもいろいろ難題を抱えて大変だが、改憲に関しては頑張って突き進むつもりらしいな」と思うかもしれない。しかし、それは誤解である。憲法族の野党議員が次のように解説する。
 
「安倍は本当は、事前に公明党と調整し、与党としての改憲原案を衆参両院の憲法審査会に提出したかった。それでないと、とうてい来年の参院選前(すなわち改憲派が3分の2議席を失う前)に国民投票を発議することなどできない。ところが公明党は、いま9条改正に手を染めたら学会組織が崩壊するから応じない。そこで一歩後退して“自民単独”になった。そのうえ自民が出すのは、12年の野党時代に公表した党としての正式な改憲草案ではなくて、安倍が昨年5月に個人的に読売新聞などに発表した4項目のメモみたいなものだから、内容面でも一歩後退になる。そうなると、憲法審査会の審議に堪えうる草案として“提出”することは諦めざるを得ず、代わりに、そのメモみたいなものを“提示”することになった。提示というのはプリントを配布して説明するだけだから、さらにもう一歩の後退――というのが読売の見出しの意味です」と。
 
 つまり、改憲を総裁3選後の最大テーマとする安倍は、最初からすでに合計三歩も後退したところから出発せざるを得なくなっているというのである。しかも、自民党のベテラン秘書に言わせると「その4項目自体も怪しい」。
 4項目とは、9条3項追加、緊急事態条項、参院選合区解消、教育の充実と、「改憲のやりやすそうな箇所」のつまみ食い候補リストで、相互に何の脈絡もなく、従って「あるべき国の姿」を示しているわけでもない。そんな4項目を、12年草案との整合性も定かならぬまま党の正式の案として議決せよと言われても、総務会も困るだろう。
 
 こういう安倍流の拙速で粗雑な改憲論議のやり方に公然と反発した石破茂が、総裁選で地方党員票の45%を集めたのだから、全党打って一丸となって「これで行くぞ!」という盛り上がりに達することはあり得ない。それが不安なので、改憲推進本部長に下村博文、総務会長に加藤勝信を配置したのだが、安倍の言うことを聞くお友達で要所を押さえたからといって、全党が言うことを聞くとは限らない。 
 
 高野孟 ジャーナリスト
1944年生まれ。「インサイダー」編集長、「ザ・ジャーナル」主幹。02年より早稲田大学客員教授。主な著書に「ジャーナリスティックな地図」(池上彰らと共著)、「沖縄に海兵隊は要らない!」、「いま、なぜ東アジア共同体なのか」(孫崎享らと共著」など。メルマガ「高野孟のザ・ジャーナル」を配信中。 
 
 
 ここがおかしい 小林節が斬る!  
安倍「改憲」の焦点はただ一つ 少数説で争う時ではない
小林節 日刊ゲンダイ 2018年10月11日
 自民党総裁3期目に入った安倍首相の最大の関心事は憲法改正である。だから、党の憲法改正推進本部長に腹心の下村元文科相を充て、党議決定をつかさどる総務会長に同じく腹心の加藤前厚労相を充て、国民投票を指揮する選対委員長に盟友の甘利元経済再生相を充てた。さらに、閣僚には柴山、片山、山下といった憲法を得意とする論客を登用した。
 
 時間が限られているし、首相の意向は既に明らかになっている以上、近い将来に提案されてくる改憲案も分かり切っている。
 つまり、「現行の9条1項2項およびその解釈(専守防衛の原則)を維持した上で、自衛隊とその権能を憲法に明記するもの」である。条文素案としては、「国の平和と独立を守り国及び国民の安全を保つために『必要な自衛の措置をとり』そのための実力組織として『自衛隊を保持する』」である。
 
 しかし、これは嘘と矛盾に満ちている
 第1に、専守防衛を維持する……と言うが、既に、2015年の新安保法制(戦争法)で、わが国の「存立危機事態」か、わが国の安全保障に対する「重要影響事態」だと政府が認定した場合には海外派兵を解禁してしまっている。この矛盾をどう説明するのか?
 第2に、これまでは「必要・最小限」の自衛措置なら合憲だとしてきたものを、ここで「最小限」という条件を外してしまいながら、「これまでの解釈を維持している」とは言えないはずで、ここに大きな嘘がある。
 第3に、「戦力の不保持」と「交戦権の不行使」を明記した2項の下で海外派兵はできないとしてきた政府解釈の下で海外派兵を解禁した2014年の解釈変更に加え、新たに、「必要な自衛措置は(何でも)できる」という3項が加えられた場合には、『新法(3項)は旧法(2項)を改廃する』という法の一般原則に従って2項は自動的に失効するはずである。となると、「今までと何も変わらない」と度々強調してきた首相の言葉は明白な嘘以外の何ものでもない。
 
 そして、普通の軍事大国となって米軍の友軍としてわが国の自衛隊が世界に出動することの是非が問われることになる。実は、この一点の賛否だけが問われているのである。 
 
 小林節 慶応大名誉教授
1949年生まれ。都立新宿高を経て慶大法学部卒。法学博士、弁護士。米ハーバード大法科大学院のロ客員研究員などを経て慶大教授。現在は名誉教授。「朝まで生テレビ!」などに出演。憲法、英米法の論客として知られる。14年の安保関連法制の国会審議の際、衆院憲法調査査会で「集団的自衛権の行使は違憲」と発言し、その後の国民的な反対運動の象徴的存在となる。「白熱講義! 日本国憲法改正」など著書多数。新著は竹田恒泰氏との共著「憲法の真髄」(ベスト新著)